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 陽は、すでに落ちていた。辺りは暗くなっていたが、下界にはマスコミがはびこり、上空には爆発のあったビルの惨状を伝えるべくヘリコプターが二機飛んでいる。



 私はまだ、答えを見つけてはいない。彼方自由太もまた、目覚めてはいない。



 鴉森は、あれから一言も発さず、その黒い背中を私に向けて、静かに佇んでいた。その姿は時間に比例して、夜の闇と同化していく。



 何度か鴉森の携帯が鳴っていたようだが、彼はそれを無視していた。



『本当のこと、話してみたら?』とハネがいった。



『多分、この人、大丈夫だよ』



「大丈夫?」



『姉さんが【レスト・イン・ピース】に狙われていることを知っても、それで姉さんをどうにかしようと思わないってこと』



「どうして、そう思うの?」



『あの人の《恋愛観》、僕はあまり好きじゃないけど、それとは別に、同じものを感じる』



「同じものって?」



『羽根』



 羽根――私の弟の名前であり、私たちが求めたものの象徴。



『っていうか、自由かな。僕がずっと焦がれてたもの。それを、あの人は、持ってる。多分、だけど。だから』



「思考が柔軟?」



『うん。簡単にいえば』



 私も、鴉森には、それを感じていた。感じていたが、一歩を踏み出せず、悪戯に時間を浪費してしまった。



 私の持つ羽根と鴉森の持つ《九郎=羽根》。似てはいるが、異なる。恐らく、それを隔てているものは、《自由に憧れているだけの者》と《自由を手にしている者》の差。



「羽根」



『なに?』



「背中、押してくれて、ありがとう」



『いいよ。姉さんは、最近、僕のいうこと、あんまり聞いてくれないから、たまにはね』



 可愛げないんだから。やや遅めの、思春期かしら。



「鴉森さん」と私は声をかける。



「私は、蓬田卵。自己紹介、遅れたこと、ま

ず謝るわ」


 


私は、鴉森に今日一日の出来事を、【アクタリ】にとって不利益になりそうな情報のみ伏せて、打ち明けた。



 パートナーを消すチカラの真相を確かめるため、貝原を誘拐しようとしたこと。結果としてそれは失敗し、彼方自由太と交戦があったこと。私は敗れたものの、命を救われ、それに少なからず恩義を感じていること。また、彼方自由太も、パートナーを消すチカラに危惧を感じ、真相を確かめようと、少々強引な手段で私を人質――語弊はあるが、面倒なので表現は変えない――とし、共に事件を追うことになったこと。ところがビルの爆発があり、彼方自由太が血相を変えて走り去り、それを追ったら、ここへたどり着いたこと。



 そして、私が【レスト・イン・ピース】の殺し屋、波照間南魅に命を狙われていること。



「波照間が、あんたを狙っている?」と鴉森はいった。



「解せんな。貝原がわざわざ殺し屋を使ってあんたを消そうとする意味がわからない」



「私だって、困惑してるわ。お宅の代表から個人的な怨みを買った覚えはないわよ。少なくとも、今朝までは」



「だが、波照間のスケジュールは何週も前から今日まで、びっしり埋まってたはずだ。今朝、あんたが貝原を誘拐しようとしたから、なんて理由で、わざわざ案件を迅速に作り直す必要はない。その気になれば、貝原本人があんたを殺すことだってできただろうからな」



 遠慮ない物言いだが否定はしない。今日一日で、私は殺し屋としての自分がいかに弱者であったかを思い知らされている。



「私も引っかかってる。それに、例の美女。【アクタリ】の他の殺し屋に対しては、みんなパートナーを消すことで無力化してるのに、なんで私に関してだけは《直接殺害》するっていう方法をとろうとするのか」



 鴉森の表情が、やや曇ったように見えた。



「どうしたの?」



「あんたも自由太も、そのパートナーを消すチカラ。貝原の差し金だっていう当たりをつけてるのか」



「違うのかしら?」



「さぁ、な。よしんばそうだったとして、俺がそれを認めると?」



 それはそうだ。仮に鴉森が真相を知っていたとして、それを私に認めてしまうのは、《思考が柔軟》とかそういうレベルじゃなくて、ただの馬鹿。私は頷いた。



「そうね。それじゃ差し支えない範囲で構わないから、一つ教えて欲しいことがあるんだけど」


「なんだ」



「さっきの男は何者? この彼方自由太と関係がある人?」



 鴉森は目を丸くした。



「あんた、【アクタリ】の殺し屋だろう? なのに知らないのか」



「確かに、私は【アクタリ】で彼を一度見てる。でも、彼について芥川さんから聞いたことはない」



「なるほどな。あんたんとこの代表も、貝原に負けず劣らず、狸らしい。身内にすら、大した情報を開示しないか。まぁいい。教えてやる。あいつは、《聖人丈治》だ」



 聖人丈治――。あ、と私は掌の上に拳をのせた。



 学生時代にも、その名前を聞いたことがあった。確か、《ある条件を満たすと、無償で人を殺してくれる》とか、そういう類の都市伝説。実在を知ったのはこの業界に入ってからだが、なるほど、彼が例の、伝説の殺し屋さんだったのね。



「伝説の殺し屋、ね。どうりで……」



 底知れないわけだ。文字通り、私と彼では赤子と大人か、それ以上の差を痛感した。



「鴉森さん、あなたの狙いって、もしかして」



「俺の仕事についての質問なら、答えない」



 鴉森は断言した。付け入る隙を針の穴ほどにも感じさせないきっぱりとした否定。私としても、鴉森に対して小賢しい論法で情報を引き出すことは失礼だと思い、もう一つの疑問に移った。



「彼方自由太と、《聖人丈治》は、何か関係があるの?」



「それについては、こいつから聞く方がいいだろう。俺も詳しく知ってるわけじゃない。何にせよ、私情の絡む問題だ。他人がベラベラ喋るべきことじゃない」



「それも、そうよね。わかったわ。ありがとう。それじゃ、あなたの答えを聞かせてもらえるかしら」



 鴉森は鼻で笑った。



「答えもなにも、こいつは自発的に、あんたと共に、その美女とやらの正体を探る道を選んだんだろう。なら、俺は特になにもする必要はない」



「会社の意志は? 【レスト・イン・ピース】としては、彼の回収を望むはずでしょ? あなた自身、さっきそういっていたわ。それが会社の不利益になるから、見逃せないって」



「不利益にはならないさ。あんたの話を聞く限りはな。自由太の意志を尊重させて問題ないと、判断できた」



 私は大きく息を吐いた。とりあえず、目先の問題が解決した安堵感から、緊張がほぐれていく。

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