黒い翼と白い羽根の邂逅だが、色はあべこべかもしれない
それからしばらくの間、私は男がとった一連の行動を眺めていた。
女の元へ→そこで数分何かの会話を→今度は黒いコートの男の前へ→やはり数分、何かの会話を(こちらには若干の不穏があった)交わし→彼方自由太を一瞥し→極道風の男二人に声をかけ→それらを伴い、屋上をあとにした。
「鴉、てめぇをぜってえ許さねえからな。オヤジの仇は、俺たちが取る。覚えておけよ」
去り際、極道風の男が黒いコートに怒鳴りつけた。それを最後に、屋上を支配する音は地上のサイレンと風だけになる。
私もここには長くいない方がよさそうだ。いずれ警察がやってくるだろう。爆発のあったビルからは、すでに黒煙が消えている。
倒れたままの彼方自由太に近寄った折り、黒いコートの男が私に話しかけてきた。さっきまでは膝を折っていたのでわからなかったが、非常に長身だった。顔立ちは、掘りが深く、野性味がある。それは決して野卑な雰囲気ではなく、洗練された男臭さ、とでもいうべきだろうか。そういうものを放っている。
「あんたは?」
でも礼儀は知らないみたい。とはいえ、こういう男が好きな女の子は少くないだろうな、なんて平和なことを考えながら私は返答する。
「人に名前を尋ねるときのエチケットについて、習ったことは?」
悪い癖だな、と思う。誰かに素直になることを、あまり私は由としない。まして十分前に素直を強制されたものだから、八つ当たりみたいに、私は冷たくいっていた。
「俺は【レスト・イン・ピース】の鴉森、鴉森楚々倶だ。悪かったな。まともな教育を受けたことがないんだ。それこそ、義務教育ってやつですらな」
「同業者ね」
鴉森楚々倶。芥川からその名前を聞いたことがある。【アクタリ】におけるトップの殺し屋が百千なら【レスト・イン・ピース】のそれは鴉森楚々倶という男にあたる、と。
「さっきの会話、きいてた? 私は【アクタリ】の人間よ。現状ではあなたの敵にあたると思うわ。のんきに自己紹介なんか、出来ると思う?」
波照間南魅という殺し屋に命を狙われている手前、名前を明かすことは避けるべきだった。エチケットがないのは、私の方。
「別に名前を教えて欲しいわけじゃないが、こいつはあんたの知り合いか」
鴉森は彼方自由太を見下ろした。
「だとしたら?」
「こいつは【レスト・イン・ピース】の人間だ。どういう理由でここへきたのか知らんが、この有り様でね。俺が回収しようと思ったんだが、あんたも同じことを考えてるようだから、訊いたんだ」
平静を装っているが、鴉森は脂汗を額に浮かべていた。さりげなくだが、数秒おきに鳩尾のあたりをかばう仕草をしている。多分、あの男と交戦して傷を負っているのだろう。
「そうね。確かに、私は彼を回収しようと思ってる」
「何故だ?」
「真っ当な疑問だけど、生憎、答えてあげられないわ。私が彼を連れていくことが、あなたにとって是か非か。悪いけど、それだけ教えてくれるかしら」
「気の強い、女だ。非と答えたとしたら、どうする」
『姉さん、やめようよ』
鴉森の顔色には変化がない。答え如何によっても、私と殺し合う気はなさそうだけど、どうかしら。もし戦うことになったとしたら?
手負いの手練れと、概ね平常コンディションの私。差を計るのが難しい。それが一番得意な彼方自由太は、しばらく起きそうにない。
『駄目だよ姉さん。もう、いこう』
ハネが叫んでいる。最近、心配かけてばっかり。ごめんね。だけど――。
「私も退けないわ。例え、あなたと戦うことになったとしても」
鴉森は一歩前に出て、やや前屈みになり、視線を私の高さに合わせた。身構え、スーツの内に忍ばせているナイフを手にとろうとする私の腕を鴉森が掴む。力強い。抗えない。この時点で、私と鴉森の力関係ははっきりした。
「あんたと戦う気はない」と、鴉森はいった。
「だが、是と答えるわけにもいかない。仮にも社会人だ。会社の不利益になることは、見逃せない」
「学校教育を受けてないわりに、随分と真っ当なことをいうわね」
「自主的に社会勉強はしてきたさ」
「それで? あなたが学んだ社会勉強の教材に、か弱い女の腕を強引に掴んだあとの離し方については、書いてなかった?」
「口の減らない女だが、九郎はあんたを気にいったようだ」
腕が解き放たれ、私は再び攻撃を考える。しかし鴉森は姿勢を正すと、妙なことをいってくる。
「探してみるか。お互いの、及第ってやつをな」




