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もしかしたらあの人が

 爆発のあった階層は八階らしい。向こうに見える黒煙を眺めながら、私は彼方自由太が侵入したであろうビルの非常階段を登り続けている。



 彼方自由太に何があったのだろう。それこそ、親の仇をとりにいくといわんばかりの剣幕で走り出した彼は、明らかに先ほどまでの冷静さを失っていた。



 この爆発に何らかの関係があることは間違いないだろう。もしかしたら、本当に親の仇に相当する何かを見つけたのかもしれない。彼のパートナー、宮野ロココなら、離れた場所からでもそういう探索が出来るのだから。



 宮野ロココ。人のことはいえないが、変わった名前だ。【アクタリ】に就業してから、代表の芥川を始め、変わった名前の殺し屋にはやたらと縁があったが、その中でもトップクラス。



 本名なのかしら?



『心の闇』と唐突にハネがいった。私は、えっ? と声に出して返す。



『ミヤノロココを逆さまに読むと、そうなるんだ』



 あ、と私は思わず口に手を当てた。



『姉さん、僕は、もしかしたら、あの人が……』



 ハネのいわんとすることはわかる。



 彼方自由太こそが、かつて世間を騒がせた少年Aなのではないか。



 確かに【アクタリ】就業初日、芥川に読まされたあの書類、神宮真理と少年Aの対話記録には、少年Aがパートナーを《心の闇》と名付けた記述があった。



 彼方自由太の年齢を直接訊いてはいないが、風貌をみるに、私より二つか三つ、年下だと思われる。だとすれば一致する。鏡面性再生疾患にかかっている人間は芥川によれば百名前後だ。同い年の患者――患者といういい方は語弊があるが――がいる可能性は、確率的に、そこまで高くない。



 とはいえ決めつけるのは時期尚早だ。世の中には偶然という厄介な代物が少なからずはびこっている。



「ミヤノロココ、ココロノヤミ、か」



 その後の少年Aについて、私は知らない。あの書類の中で、少年Aは明らかにパートナーを憎んでいた。だからこそ、《心の闇》という不名誉な蔑称をパートナーに名付けたのだ。



 彼方自由太にパートナーを憎んでいるようなふしは見当たらなかった。いや、そもそも、殺し屋とパートナーに憎しみが介在するなんてことがあり得るのかしら?



『愛とは、詰まるところ心というパズルに嵌めるピースに過ぎないの』



 久しぶりに《私≦敵》の言葉が脳裏をよぎった。



『色んなパズルがあって、色んなピースがある。形や色は重要じゃない。そこに《ぴったりと嵌っているという事実》が何より大切なのよ』



 仮に、彼方自由太を少年Aとしたとする。



 例えば。彼方自由太のパズルに、宮野ロココというピースが、憎の色をもって、嵌っていたとしたら? それが、双方の愛し方だったとしたら?



《宮野ロココ》という名前は《心の闇》という不名誉な名称をつけられたパートナーが抗議した結果、逆読みにすることで折り合いをつけたられたものだとしたら?



 ため息――そんなの、推測すること自体、失礼だし、哀しすぎるじゃない。



 いずれにせよ、彼方自由太には借りがある。私はそれを返さなければならない。



『行くんだね、姉さんは』



 ハネが半ば諦めを声色に含ませていう。



「ごめんね。何かあったら、チカラを貸してくれる?」



『僕の最優先は姉さんだ。でも、なるべく人は殺したくない』



「わかってる。これは仕事じゃないもの。いうなれば、誇りの問題」



『恋愛感情ではない?』



 なぜ、こうもハネは私を疑うのだろう? 信頼されないのは、哀しい。こんなことは今までなかった。屋上に繋がる扉の前に立つと、私は遅れた返事をした。



「ハネが私にいることが、証拠じゃない」



『……うん』



 納得の気配を感じとることはできなかった。私は一息いれてから、ノブを回した。

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