粉々ビスケット→まるで、根拠のない確信→サディスティック→走る
上野近辺の駐車場でハイエースに別れを告げる。一時的にでも足がなくなるのは不便だが、【アクタリ】と【レスト・イン・ピース】の追従を回避する為にはやむを得ない選択だ。後でレンタカーを調達しよう。
「ロココさんのチカラを使えば、追っ手を恐れる必要はないんじゃない?」と道すがら蓬田がいう。
ロココの《超・思春期》が敵意を感じとれる範囲はおよそ半径三百メートルまで。それも相手がご丁寧に僕に不利益を与える気満々で来てくれた場合だ。手練れの急な襲撃には対応しきれない。それにかなり高い集中力を要するチカラだから、常に展開し続けられるわけでもない。十分に一度は休憩が必要なのだ。そして最も恐怖すべき《クレオパトラ級》はロココのセンサーに捉えられなかった。
「なるほど。睡眠も交代でとる必要があるわね」
「申し訳ないね、待遇悪くて」
「早急に事態を解決すれば、長く続く問題じゃないわ。善処しましょう」
時刻は午後二時を回ったところ。太陽は堂々と輝いていて、道行く人々が、何かの手違いで電子レンジに入れられてしまった哀れな小動物みたいな顔をしながら日陰を求めて――。
嫌みったらしいくらいに。甘ったるいビスケットのように平和な世界を目の当たりにしながら、僕たちは僕たちの平和を捜す。大切な人が、失われる可能性を排除できる世界を。
「まずは腹ごしらえ」と僕はいう。
「あなた、わりかし脳天気ね」と蓬田がいう。「異論はないけど」
「駅前に美味い店があるん」
だ――爆発音。耳をつんざく。
ビスケットが粉々になる。人々はまるでそれを待っていたかのように。
なにこれ?――何ってそりゃあ。
爆発?!――見ればわかるだろ。
あっち! 煙上がってる!――本当だ、近い。
うっそ!? すごくない!?――凄いね。でも、危ないよ。
写メろ! 行こ!――写メ? 撮ったらそこに写るのは。
鳥肌が、立つ。奇妙な予感が、脈絡もなく芽生える。
「ロココ」
『関係ないとは思うけど、調べる』
黒煙が登っているが見える。あの辺りは飲食店やらオフィスビルやらが密集しているはずだ。
『あ』とロココがいう。その後何かをいおうとして、止める。
その気配を僕は見逃せない。見逃してあげる優しさを持てない。
「どうしたの?」
ロココは答えない。バレバレの浮気を必死で隠そうとしてるみたいに。
「何を、捉えた?」
つい語調が荒くなる。《僕自身が感じている》のだ。忌まわしい気配を。理屈抜きで。虫のしらせのように。
「ロココ、答えは」
何かを守ることに必死な、しかし、いずれは確実に破られなければならない処女膜みたいな沈黙を。
「ロココ!」
愛よりも哀で破ろうとしてしまう僕は愚か――か?。
『鴉森さんと、《誰か》が、いる』
代名詞に逃げるロココ。黒煙と僕をせわしなく見比べる蓬田。
「誰かじゃ、わからない。ちゃんと、いえ」
《やっつけ仕事なピストン運動》で、僕はロココを責める。《自由太わりかしSだし》――ほんの少し前、ロココが僕にいったそれが、虚しく響く。もしかしたら、僕はロココを――にべもない考えを打ち消す。
『自由太、お願い、落ち着いて』
「あいつなんだな?」
例外は一度だけ――だからこそ、逃さない。
「あいつなんだろ、ロココ!?」
『……うん』
どす黒い感情が液体になって僕の五臓六腑に染み渡る。僕はやっぱり愚かだった。《クレオパトラ級》のことも【レスト・イン・ピース】も【アクタリ】も貝原も芥川も。
全部消えて。残った像はあの男――。
殺すべき聖なる殺し屋。
「聖人丈治」
会いたかった。殺したかった。
『自由太、ダメ。行ったら、ダメ』
頑なに僕を止めるロココからはいつもの自信も軽口も消えて、まるでか弱い女の子。例えるなら――。
《ココロ》みたいな。
そうだよ。ココロを奪ったあの男を殺すんだ。ロココがどうしてそれを止める? 君はそれを、望んでないのか?
《ロココ》は《ココロ》じゃないのか?
『違うよ、違う……』
ココロの涙――。
もう拭うことが出来ない、止まったままの、刹那の情景。
『無理だよ、勝てない』
走れと思う少し前に、僕は走りだす。ロココの声が消える。ココロの声が蘇える。
「ちょっと」
蓬田が後を、追ってくる。




