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闇にロココがよく似合う  作者: 太郎鉄
楽しいダブルデート→粉々ビスケット
23/42

名探偵は失う

 ハイエースはさっきと同じ場所に停車していた。蓬田は運転席で誰かに電話をかけている。僕が正面に立ってフロントウィンドウ越しに右手を上げると、慌てた様子で電話を切った。



「ごめん、電話の邪魔をするつもりはなかったんだけど」



 そそくさとドアをあけて出てきた蓬田にそういうと、彼女は特に怒るでもなく、平坦な表情で「忘れ物かしら」と訊いてくる。



「ある意味では。他の二人は?」



「先に帰ったわ。あなたになすすべもなくやられてしまったのがこたえたみたいね。慰めてくれるパートナーもいないし」



 パートナーを失った殺し屋の精神状態について想像を巡らせてみたけれど、ダメだった。そんなものは《失ってみないと解らない》し、《失いたくない》という僕の想いが思考にブレーキをかけてしまう。



「都合がいい」と僕は少々残酷なことをいいながら視線を助手席に移した。



「乗っても?」



 意外にも、蓬田の返答はイエスだった。礼をいいながら、助手席に乗り込む。ちょうどその時、蓬田の携帯が鳴った。



「でなよ」と僕はいう。



「僕に気を使う必要はない」



「気は使ってない」と蓬田は断言する。



「あなたが【レスト・イン・ピース】の人間でなかったなら、躊躇なくでるわよ」



 相手は芥川か。ここで蓬田に嫌われるのは得策ではないけれど、事態はそれなりに切迫してはいる。僕たちが今何よりも優先すべきなのは、《てっとり早さ》だった。



「失敬」といって僕は蓬田の携帯をひったくる。蓬田が「ちょっ……」という間に通話ボタンを押している。



「もしもし」



「……おや、私としたことが、掛け間違いましたかな」



「いえいえ、こちら蓬田卵さんの携帯電話で間違いありません。僕は【レスト・イン・ピース】の彼方自由太と申します」



 返しなさい! と蓬田が怒鳴りながら僕につかみかかってくる。『殺気はないよ。適当にあしらって大丈夫』とロココがのんきなことをいう。とはいえ携帯を取り戻そうとする蓬田の剣幕はそれなりに恐ろしい。僕はささっと本題を切り出す。



「結論から申しますと、御社の蓬田さんは命を狙われております」



 蓬田の手がピタッと止まった。僕は蓬田の瞳を見つめながら芥川と会話を続ける。



「……それは、彼方さんにではなくてでしょうか?」



「はい。弊社の、他の殺し屋にです」



「解せないですね。とにかく、蓬田の無事を確認したいのですが」



 僕は通話口を蓬田に向けて、なんかいって、とジェスチャーで伝えた。あっけにとられていた蓬田は「ええと、はい、私は、無事です」と日本語覚えたての外国人みたいな片言でいう。



「なるほど。いつもの蓬田だ。彼女が無事なことは理解しました。では、彼方さん。改めて現在の状況をお伺いしたいのですが、よろしいかな?」



 僕は現在に至るまでの経緯を漫画本のあらすじみたいに簡潔に話した。芥川は黙っている。通話口の向こうは闇夜みたいな静寂に包まれていた。思わず、芥川さん? と声をかけようとした時、芥川は咳払いとともに新しい言葉を紡いだ。



「今ひとつ、納得がいかないのだが」と芥川はいう。



「君は、なぜ、蓬田を助けようとする? 君のしていることは、【レスト・イン・ピース】に対する背任行為なのではないかな」



「今朝方僕にキスをした女性が、あなたたち【アクタリ】の殺し屋を無力化した人物であるならば、貝原は身内に対してもそれを実行しようとした可能性があるということです。ご理解頂けると思いますが、僕ら殺し屋にとって、最優先されるべき事項はパートナーの安否。現状、【レスト・イン・ピース】の管理のもと動くのはそれを失う危険を孕んでいると判断しました。ま、噛み砕いていえば蓬田さんの方が信用できるなって思ったわけです」



「蓬田さん、というのは【アクタリ】にいいかえられる?」



 試すような口調の芥川に、僕は挑むようにいってやる。



「いいえ」



 芥川はホッホとフクロウのように笑う。



「はっきり仰る」



「おかしいんですよ」



 蓬田が首を傾げた。僕は芥川と蓬田、二人に向けていう。



「そもそも、御社だってうちと並んで業界の双璧でしょ? 名の通った殺し屋だって少なくない。百千万ももちよろずさんとか、僕だって知ってるような手練れもいるはずだ。その割に、皆さん簡単にやられてる」



 百千はまだ、健在よ、と蓬田が小さくいった。それにしたって。



「犯行現場だって【アクタリ】から一キロ離れてない場所だ。一~二人ならまだしも、計二十回以上そんな近辺でやられるなんて、よっぽどの馬鹿か、そうじゃなきゃ《何らかの手引き》があったとしか思えないってこと」



「《何らかの手引き》」と芥川は復唱する。



「例えば、私が御社の代表と、何かしらの密約を結んでいる。そのようなことを君は考えていると?」



「そうであって欲しくはないけど、そうでないと言い切ることができないんで」



 芥川の含み笑いが聞こえてくる。



「推量にしても、根拠が乏しいですな。勤務先を裏切るのは、やや早計かと思いますが」



「ご忠告どうも。もっとも、まだ裏切ると決めたわけじゃない」



「いざとなったら、あなたが蓬田を殺すと?」



 僕は黙った。嫌な訊き方をするおじさんだ。交渉事に慣れている。僕が会話の主導権を握るのは難しそうだった。



「これはさっき、蓬田さん本人にも伝えましたが」



 僕は困惑している蓬田の双眸を見据えて、その奥にいるパートナーにも聴こえるように、力強くいった。



「仕事以外では、殺しません。特に、同じ世界を生きる人間は、決して」



「蓬田を殺すことが、業務になってしまう可能性は? 現実にいま、御社の波照間さんが蓬田の命を狙っているでしょう?」



 もっともなご意見。しかし、想定内の問いではあった。



「それはないと思います」



「何故?」



「【レスト・イン・ピース】に蓬田さんがやってきた時点で、貝原は僕に彼女の殺害を命じることができました。しかし、そうせず、あしらえと適当な業務をこしらえたんです。波照間には殺害をあらかじめ命じていたにもかかわらず。御存知かもしれませんが、貝原はあれで、以外と物事を計算してる。無駄なことを嫌うんです。つまり、《貝原は僕に、蓬田さんを殺させたくなかった》んじゃないかと、僕はそう思っています」



 いいながら、なんとも強引な論理だなと僕は苦笑してしまう。蓬田はそんな僕をみて、より一層頭がこんがらがってしまったようだ。目を細めて、人差し指を額にあてている。



「して、その理由は?」



「さぁ? 僕がいいたいことは、《僕は彼女を殺さないし、それについて御社、ひいては蓬田さんが心配することは何もない》ということだけですよ」



 ねっ? と蓬田にウインクしてみたら、デッドボールを華麗に避ける首位打者みたいに、彼女はぷいと顔をそむけた。



「結局」と芥川がいった。



「彼方さんは、これから蓬田をどうしようというのかな?」



「行動を共にして、会社という枠組みの外で、事件を追います」



「蓬田は何と?」



「何とも。これは誘拐みたいなもんですから、彼女の意志は関係ありません。僕が強引に彼女を人質として連れまわし、捜査に協力してもらう。その代わり、必要に応じて、その命を守る」



「待って、私はまだ何も――」 



 抗議の声をあげさせない。蓬田の口を左手で塞いで、僕は芥川に残りを一気にぶちまけた。



「繰り返しますけど、僕は【アクタリ】も疑ってます。全ての嫌疑が晴れるまで、蓬田さんをお返ししませんのであしからず。文句なり抗議なりは【レスト・イン・ピース】までお願いしますね」



 一方的に通話を切ろうとすると、芥川の高らかな笑い声が聞こえてきて、僕はそれを思い止まる。



「冷静なようでいて、激情家の側面も持ち合わせている。ハードボイルド小説の名探偵のように。強く美しい意志はあなたにとって、恐らく何よりの武器になる。ただね、彼方さん、これだけは肝に銘じた方がいい」



 不意に芥川の声色が重くなる。通話口越しに伝わってくるプレッシャーが僕を緊張に走らせた。



「多くの名探偵は、犯人にたどり着く前に、様々なものを失う。特に、《自分が守らなければならないもの》を、よく」



 暗示めいた芥川の言葉が不気味で、僕は沈黙が欲しくなる。通話を切った。

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