ウサギとカメ ~森の英雄~
「君はいつも、本当にのろのろと動くなぁ」
「僕は君よりずっと長く生きているから、たくさんのことを知っているし、速く動けなくたって不自由しないのさ」
たくさんの動物たちが暮らすその森には、小さな争いが絶えません。
今日もウサギさんとカメさんが、お互いの短所をつつき合っているようです。
「あはは。しゃべるのも、のろのろだ。そんなんじゃ食事しに行くだけで日が暮れちゃうよ」
皮肉たっぷりにウサギさん。
「君こそ、自慢の足で勢い余って崖から落ちないといいね」
ゆったりと負けずにカメさん。
そこへ、いつものように現れたキツネさん。
「そんなに言うなら、どちらが優れているか競ってみなさいな。ルールはそうだね……明日一日の時間をどちらがより有効に使えるか。これでどうだい?」
「「のぞむところ!」」
二人は声を合せるように言いました。
◆
翌朝、たくさんの動物たちが集まる広場の真ん中を、昇りはじめたお日さまが暖かく照らします。二人はすでに準備万端のようです。
「いい心がけだね二人とも。時間を守るのは基本中の基本。今日一日の出来事の報告時間は、日が落ちるまでだよ。守れなければ、その時点で負けだからね。判定は、その時に話した二人の一日を聞いて、ここに集まるみんなが決めます。いいね?」
二人はにらみ合いながら軽くうなずきます。
「では、スタート!」
こうして始まった二人の勝負。たくさんの動物たちの歓声を背に、お互い別々の方向へ向かいます。
★カメさんの行方
「まずはいつもの川へ行こう。着くころにはお日様が真上にくるから、食べる時間はいつもより少し急ぎで……」
カメさんは、お日様が落ちるまでの時間を計算しながら、のっそのっそと足を動かします。
☆ウサギさんの行方
「いつもの原っぱまで急ぐぞ。お日様が動かないうちに着いてやる」
仲間の集まる原っぱで早めのお昼ごはんをとるようです。
そして、着いた途端にむしゃむしゃと草をほおばるウサギさん。
「ふー。さてと、いつもみたいにお昼寝を……あっ!」
何かに気付いたウサギさん。頭をくしくしとかきながら悩み始めました。
「うーん……お昼寝なんか報告できないぞ。いつもの楽しみなんだけど、今日はダメだ。弱ったなあ……」
さて、困ったウサギさん。早々にお昼ごはんを済ませてしまったのが裏目に出てしまいました。
★カメさんはというと
「ウサギさん、今頃悩んでいるんじゃないのかな。いつもお昼寝しているのは知っているよ」
のっそのっそと相変わらずの足運び。しかし気分はルンルンです。
☆悩むウサギさん
そこへ、息を切らしながらやってきた友達のリスくん。
「ウサギさん、ウサギさん! 僕のおばあちゃんが大変なんだ!」
「ど、どうしたんだい?」
どうやらリスくんのおばあちゃんが高熱で倒れたとのことです。
それを聞いたウサギさん、早速行動に出ます。
「それは大変だ。すぐにお医者さんを呼んでくるよ!」
しかし、リスくんは浮かない顔で返答します。
「医者のヒツジさんは今、となり山まで往診中なんだ……」
ウサギさんはすぐにこう答えました。
「大丈夫、走って連れてくるよ!」
言い終わるや否や、となり山に向かって一直線に駆けていきました。
★一方カメさん
いつもの川に着いたカメさんは、ゆっくりと食事を済ませ、今後のスケジュールを確認し始めました。
「今日は特別だ。明日の分の食料を準備しておこう。それと、仲間に食料をおすそ分けしてこようかな。僕のできることは少ないけど、無駄な時間なんてないんだ」
カメさんは、明日の分と仲間の分の食料をせっせと確保します。
さて、カメさんが仲間の元へ向かって歩いているところ、おどおどした様子のリスくんに遭遇しました。
「そわそわと、どうしたんだい?」
「あ、カメさん! 僕のおばあちゃんが高熱で大変なんだ……」
カメさんはリスくんを落ち着かせて、ゆっくり話を聞きます。
詳しく聞くと高熱のほかに、手足が硬直している、という症状があることを知りました。
「今、ウサギさんがヒツジさんを連れてきてくれようとしているんだ。でも僕はどうしたらいいか……」
今にも泣き出しそうなリスくん。
カメさんはゆっくりと言いました。
「大丈夫。ウサギさんは足が自慢だから、きっと間に合うよ。おばあちゃんのそばにいてあげな」
リスくんはカメさんのゆったりとした暖かい言葉に励まされ、おばあちゃんのもとへ走って行きました。
カメさんは足を止めて、ふと何かを考え始めます。
☆ヒツジさんを見つけたウサギさん
「ヒツジさん!」
「おお、血相変えてどうしたんだい?」
ウサギさんは、お日様の位置が頭上をゆうに超えるほどに走り続けていましたが、呼吸を整えるよりも先に、ヒツジさんに事情を話しました。
「それは大変だ。すぐに戻ろう」
となり山での仕事を終えていたこともあり、二つ返事でおばあちゃんのもとへ急ぎます。
★歩き出したカメさん
「高熱と同時に手足が硬直する症状……そうだ、昔に僕の仲間がかかった病気かもしれない。だとしたら時間がないぞ」
カメさんは、想定する病気に効く薬草を採りに向かいます。
さて、薬草のある場所にたどりついたカメさん。
しかし困ったことに、自分の足では、リスくんから聞いたおばあちゃんの居場所まで行くことができません。時間が足りないのです。
「もし、想定する病気だとしたら、僕の足では到底間に合わない。どうしたものかな……」
少しだけ考えた後、カメさんは薬草をくわえて、ある場所へと歩き出しました。
☆戻ってきたウサギさん
「おーい! リスくん!」
戻ってきたウサギさんとヒツジさんを見るや否や、リスくんはすがるようにヒツジさんに泣きつきます。
「どれどれ……」
ヒツジさんの表情がみるみるこわばります。
「これはいかん。昔この森に流行った病だ。私も治療するための薬草を知っているが、持ち合わせていないし、どこにあるかも見当がつかない」
一息ついたウサギさんでしたが、ヒツジさんの診断に納得いきません。
「ヒツジさん! 医者なんだから、なんとかしてくれよ!」
「発症してから時間が経っている。このままでは、日が落ちるまでもたないかもしれない」
リスくんは、もうどうしたらいいかわかりません。ただただ、泣くばかりです。
しかし、ウサギさんはあきらめません。
「キツネさんに相談してみよう。彼は物知りだし、何か知っているかもしれない」
ウサギさんは二人にそう告げると、一目散にキツネさんのもとへ走り出しました。
その頃、広場ではたくさんの動物たちとキツネさんが二人の帰りを待っていました。
そこへ走ってきたのはウサギさん。
「お、少し早いが、君が先か。カメさんはまだ――」
キツネさんが言い終わる前にウサギさんが割り込んで言います。
「昔流行った病についての薬草の場所を知らないかい!?」
キツネさんは目を丸くして驚きましたが、ウサギさんの今の状況を聞くと、悲しげな表情でこう言いました。
「……残念ながら、私も知らないのだ。なにせ生まれる前のことだし、当分その病の話も聞いていない」
一瞬心が折れかけたウサギさんでしたが、まだあきらめません。
「みんなも知らないかい!? だれか知っていたら教えてくれ!」
集まっている動物たちもざわざわし始め、おばあちゃんの容態を心配しますが、誰一人として薬草の場所を知る者はいませんでした。
ウサギさんはその場にへたり込んでしまいました。今日一日走りまわった疲れがどっと出たのです。
みんなが途方に暮れているときでした。のっそのっそとカメさんが歩いてきます。
「君の方が早かったかウサギさん。しかしどうしたんだい? 浮かない顔をして」
ウサギさんは言います。
「僕は無力だよ。散々走り回った挙句、結局何もできない。おばあちゃんを助けることができないんだ」
ウサギさんは心底悲しく思い、その瞳からは、ぽろぽろと涙がこぼれます。
「その様子をみると、おばあちゃんの病気は僕の思ったとおりだったみたいだ。ウサギさん、君の役目はまだ終わっていないよ」
そう言うとカメさんは、採ってきた薬草をウサギさんの目の前にゆっくりと置きました。
「……これは」
「僕の足では間に合わない。君が届けるんだウサギさん」
ウサギさんはふるふると頭を横に振って涙を払いのけると、薬草をくわえておばあちゃんの元へ全力で走って行きました。
◆
すっかり日は落ち、月明かりが広場をほのかに照らします。
「さて、今日の一日を聞こう」
キツネさんの前にはウサギさんとカメさん。その後ろにはたくさんの動物たちが静かに見守っています。
「……と、思ったが、二人の一日は聞くまでもない。後ろのみんなも君たち二人の今日の活躍を知っているよ」
後ろで見守る動物たちも、ニコニコしながら二人を称賛します。
「自慢の足とやさしさで、おばあちゃんを助けるために必死に走り回ったウサギさん。深い経験と知識で、誰も知らない薬草の場所を知り、持ってきてくれたカメさん。どちらか一人ではなしえない。二人がそろって長所を発揮したからこそ、おばあちゃんを助けることができた。私は物知りで足も遅くないが、一人では君たち二人には敵わない。短所なんて長所でいくらでもカバーできるんだよ」
ウサギさんとカメさんは少し照れくさそうに顔を見合わせました。
「ありがとうカメさん。僕には君のような知識と機転はないよ」
「それは僕のセリフだよ。君のやさしさと行動力には敵わないや」
キツネさんはにっこりとほほ笑み、ジャッジを告げます。
「今日の勝負は……引き分けとする!」
おばあちゃんを救った二人の英雄には、後ろからひときわ大きな歓声と拍手が送られました……とさ。
ある人と電話しながら交互にアドリブで作っていった物語です。
楽しかったなぁ、あのころは……