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赤い糸  作者: 水無月五日
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赤い糸〜後編〜

夕食の時間になっても池尻先輩は姿を現さない。

流石に僕らは池尻先輩の事が心配になって、皆で校舎内を探す事にした。

そういえば気が付かなかったのだけど、雨足はさらに強くなり雷さえも鳴っている。

天気予報では全くこういうことは言ってなかったのに…

僕は伊都さんと二人で校舎内を探し回っている。

皆で手分けして探しているのだが、池尻先輩を見つけることが出来なかった。

「ねぇ、赤沢君…もう少し違うところ探そうか…」

伊都さんは非常階段の方向を指して言う。

「そうだね、まだ回ってないところがあるからそっちも見ようか…」

僕は伊都さんの手を取り、非常階段のほうへ向かう。

この非常階段は設置された位置の日当たりが悪いのと、日頃使われていないので埃や塵が溜まっている。

その時、一面を雷の轟音が包み込んだ…

それと同時に辺りを照らしていた蛍光灯の灯りが消える。

「キャァッ!!」

伊都さんは雷の音に驚き、その場に座り込む。

僕はポケットから予め用意しておいた懐中電灯を取り出す。

スイッチを入れて辺りを照らす…

地面に座り込んでいた伊都さんの表情が青ざめていく…

伊都さんは震える指で階段脇の掃除用具が置いてあるスペースを指差している…

暗くてよく解らないけど、その指差す方向に懐中電灯を向けると…

顔を赤に染め、白いカッターシャツまでもが赤く染まった池尻先輩が居た。

「イヤぁぁぁぁぁッ!!」

瞳を大きく見開き、涙を溜めて伊都さんは叫んだ。

僕は伊都さんを振り向かせ、抱きしめてそれを見せないようにした。

伊都さんの頭越しに見える池尻先輩を見ているとなんとも言えぬ気分になり、吐き気が襲ってきた。

伊都さんの叫び声を聞いて森永たちが走ってこちらへ来た。

そして周囲の状況を見て口を押さえた…

それからしばらくして僕と森永は保健室からシーツを持ってきて池尻先輩に掛けた。

テレビドラマとかで見る人の遺体とは比べ物にならない…

よくは見れないのだけれども髪の毛にこびりつく血、こめかみのところが腫れていて、爽やかな容姿の先輩とは思えなかった。

僕も森永も震える手でシーツを掛けて遺体から離れた…

そして皆が待っているホールへと向かってる途中…

「なぁ、赤沢…煙草いるか?」

森永はポケットから煙草を取り出し、僕に一本差し出す。

僕は煙草を吸った事はないのだけど、それを受け取ることにした。

そして廊下で煙草を咥え火をつけた。

学校でこんな事をするなんて考えてもいなかったのだけど、それ以上にありえない事態を見た僕たちはそんな些細な事も気にならなかった。

初めて吸う煙草は必要以上に脳を刺激し、まるでこれが夢だと思わせるようなものだった…

「今のって…確実に事故なんかじゃないよな…

階段から足を滑らせたにしては、あまりにも不自然だよな…」

森永は煙草の煙を吐きながら小刻みに震える煙草の火を見つめてそう言った。

…確かに僕もそう思っていた…

事故じゃ説明できないあの状況…

あれは明らかに人の手によるものだ…

手に持つ懐中電灯と煙草の火の灯りを見ながら僕らは無言のまま歩いた…


僕らがホールへと戻ると、ホールの中も険悪な雰囲気に包まれていた…

ホール内を照らす二つの大型の懐中電灯の周りに部員皆が集まっている。

「赤沢先輩、森永先輩…」

後輩の鈴木さんがこちらを見て言う…

その意味を読み取ったのか、森永は…

「みんなの考えている通り、池尻先輩は事故なんかでああなったんじゃないと思う…」

そう伝えると、皆の周りを見る目が変わった…

『この中に殺人犯が居る…』

そういう目で周りの人を見だした…

あんなに仲の良かった皆が一瞬にして自分以外の人間を疑っている…

人と人の信頼とはかくも儚いものだろうか…

でも、僕だってそんなことを考えながらも、部員たちを疑っていた…

ただ一人を除いて。

その日は皆でホールにずっと居ようという事になった。

表面的には安全のため、でもその腹のうちはこの中に居る『殺人犯』の監視のため。

皆平然を装ってはいるけれども、目を光らせ不審な行動を行う奴が居ないかをずっと見ている。

そして、さらに危惧すべき問題も出てきた…

三日分の食べ物が底を尽きはじめたということだ…

皆、ただのお泊り会のように思って、無計画に食べていてしかも晩御飯は一日目に皆で作ったカレー以外まともなご飯がない。

二日目、三日目のご飯は出前などで済ませようという考えだったからで、此処に持ち込んでいる食べ物は殆どお菓子だった…

学校に閉じ込められて、なおかつ食べ物が殆ど無い状況になってしまった僕たちは、一層周囲への監視に目を光らせた。

不審な行動をするものが居ないか、無駄に食べ物を取るものは居ないか…

楽しくなるはずだった合宿が姿を変えた…

雨は一向に止まず、救助の見込みもない。

そんな状況からか、皆のストレスは溜まっていった…

そして、この険悪な雰囲気をさらに悪化させる事件が起こった。

「小西、あんた食べ物取りすぎよ!!

私だって我慢しているんだから少しは我慢しなさいよ!!」

ちょくちょく食べ物を取っていた小西に畑井がキレた。

「そんな事言ったって、俺はこの体格だから皆より食べなきゃ…」

小西は食べ物を手に取り畑井に言い返す。

「その体格だから栄養蓄えているんじゃない!?

それに、先輩を殺ったのは、小西じゃないの!?

先輩に殴られたんだから動機はあるじゃない!!」

ストレスが溜まっていたせいか、畑井は思っていることを吐き出す。

小西もそれに負けじと…

「なんだよ畑井、お前だって先輩に部活サボってたのですっごく怒られただろ!!

そんなことが殺人の動機になるんならお前だってなるだろ!!」

言い合う二人の仲裁に入った野瀬や鈴木、森田も過去にあった先輩との間であった些細な衝突の話を掘り返されて誰もが犯人であるうるという事になってしまった…

そしてそれが収まる頃には皆ばらばらの場所に動いてしまった…

そうなる前に止めておけばこれ以上事態はひどくならなかったのかも知れない…


皆がばらばらに動いて伊都さんが何処に行ったかわからなくなってしまった僕は伊都さんを探し校舎内をうろついた。

そして、家庭科準備室前に行くと、誰かが言い争っている。

誰が言い争っているのか中を覗いてみれば…

「ちょっと、こっちに来ないでよ!!」

伊都さんが叫んでいた。

そしてその相手は畑井だった。

「先輩を殺したのはあんたじゃないの!?

あんた、先輩によく言い寄られていたでしょ!!」

小西は叫びながら伊都さんに近づいていく…

二人とも凄く興奮しているようだ…

そして畑井に突き飛ばされた伊都さんは戸棚に当たり、戸棚の中から皿や包丁などが地面に散らばる…

そして伊都さんは咄嗟に地面に落ちてある包丁を手に取った…

まずい!!

僕はドアを開け、一目散に掛けていった。

包丁を振り回す伊都さんを止めに入ったのだが…

…一瞬時間が止まる。

目の前に居た伊都さんの顔が青ざめる…

その視線の先は…僕のお腹だった…

僕は視線を伊都さんから自分のお腹へ向けると…

包丁が僕のお腹へと刺さっていて、それを持つ伊都さんの手は真っ赤に染まっていた…

そして畑井の叫び声。

そして伊都さんは家庭科準備室を飛び出して行った…

僕はふらつく足で伊都さんを追った。

伊都さんが走り抜けて行ったほうには赤い点が続いていた。

それを目印に僕は伊都さんを追う。

その点は体育館裏付近で消えていた。

僕はその周辺を探す…

すると、僕たちには思い出深いあの場所で伊都さんはうずくまっていた…

「い、伊都さん…」

僕は背後から伊都さんに話しかける。

彼女は自分の爪で腕を引っかいていて、両腕からは雨に濡れて薄くなった血が流れていた。

「あ、赤沢君!?

違うの、私は先輩を…」

僕は彼女を抱きしめて『うん、解ってるよ』とつぶやいた…

伊都さんは僕の胸の中で泣いている…

数ヶ月前と同じ状態で…

でも、今回は嬉しさなどは感じられない状況で。

伊都さんは畑井の証言で『池尻先輩を殺し、赤沢も刺した事件の犯人』という事になっているのだろう…

刺された僕は、不思議と彼女を憎もうとも思わなかった。

こうなってしまってはしょうがないと開き直っているほどだ。

僕は彼女の手を取り、この場から離れよう…と言った。

彼女を追いかけることで頭がいっぱいだった時には感じられなかった痛みが、一気に僕の身体を駆け回っている。

おぼつかない足で歩いていたせいで、足がもつれ、その場に倒れる。

「赤沢君、大丈夫!?」

伊都さんは僕を抱え起こす…

そこで、自分のやった事を思い出しその目からは雨とは違う、大粒の涙があふれていた。

「ゴメンね、赤沢君…私、赤沢君を…

こんなのじゃ、無事に助けが来たってしょうがないよ…」

伊都さんはしきりに『ゴメンね』とつぶやいて、学校から少し離れた崖の方を見る。

「私、もう駄目だよ…

このまま生きてても、この事件の犯人にされちゃうし…

それより、赤沢君を刺しちゃって…大好きな人を刺しちゃって…」

寒さと、恐怖に震える自分の手を見ながら伊都さんは言う。

たぶん、伊都さんは自分も死のうと考えているのだろう…

伊都さんは僕を濡れない場所まで移動させ、走り去ろうとした…

「伊都さ…いや、命…」

僕は精一杯声を出して彼女を呼び止めた。

彼女はこちらに振り向きはしなかったが、足を止めた。

「知ってるかい?

この学校に伝わる七不思議のひとつ、『赤い糸伝説』を…」

僕は先輩から聞いた学校の七不思議のひとつを命に言う事にした。

「昔ね、この学校にあるカップルが居たらしいんだ…

でもね、そのカップルの彼氏の方がとてももてる男で、彼女の方がそのカップルを妬む女子生徒達のいじめにあうようになったらしいんだ…

で、いじめてるところを見られるとまずいからか、いじめの現場はこの学校から少し離れた崖のところであっていたらしいんだよ…

そしてある日、その彼氏が彼女のいじめに気が付いたんだろうね…

彼氏は急いでその現場に行くと、案の定いじめがあってたらしいんだ…

それを止めに入ろうとしたときに、いじめられていた彼女の足場が崩れちゃって、その彼女は中吊りになってしまってね…

その事態に驚いたいじめグループはその場から逃げてしまったんだよ。

その場に残されたのはカップルだけ…

彼氏のほうは一生懸命助けようとして、彼女の赤いリボンをお互いの手に巻きつけてたりして落ちないようにがんばったのだけれども、引っ張り上げている彼氏の方の足場も崩れちゃってさ…

で、それから数年ぐらい経ってからかなぁ…

その場所は皮肉にもカップル達の秘密の場所になってしまって、夕焼けなどを見る絶好のスポットになってしまったんだよ…

そしてそこで夕日を見ているカップルに異常が起こりだしたんだ…

何かに誘導されるようにその夕日を見ていたカップルは崖の下へと飛び降りてしまうという事が度々起こったんだ…

そこで学校側もその崖を危険と見て、バリケードを作って誰も其処に行かせないようにしたらしいんだ…」

命は足を止めて僕の話を聞いていた…

僕はさらに続ける…

「ちょっと恐ろしい話だけどさ…

考えようによっては、素敵なカップルじゃない?

彼女を見殺しにしなかったなんて…

普通に考えれば自分の身を大切にしろって思うかも知れないけどさ、それをやらなかったって事は、それほどその彼女を愛していたんじゃないのかな?」

命は僕の方へ振り向いて…

「だから何よ!!

そんなの全く関係ないよ…

何?赤沢君は私に生きて、やってもいない殺人を認めろって言うの!?

もうすでに私は赤沢君を…」

命は泣きながら叫んだ。

「違うよ…

僕が止めようが止めないが、命は飛び降りる気でしょ?

それなら僕も付き合うよ…」

傷口を押さえていた手を顔の横に持ってきて、親指を立てる。

そんな僕の反応に、命は…

「そんな…

何度も痛い思い、怖い思いはしなくていいんだよ…赤沢君!!」

命は泣きながら顔を振っている…

「はは、確かに痛いかも知れないけどさ…

このまま此処で死んじゃったらそれこそ本当に命に殺されたことになっちゃうよ…

飛び降りるのは僕の意思、それで死ぬなら自殺だよ。

これで命は悪くない。

それに、そんな危ない事一人じゃやらせられないよ…」

僕は精一杯の笑顔で言った…

そして、命はもう殆ど動けない僕の肩を持って、おぼつかない足取りで崖へと向かって歩いた。


命と話して何分経っただろう?

もう殆ど周りの音も聞こえない…

唯一解るのは、決して離れないようにしっかりと握り合った命の手。

そしてその手の小指と手首にはさらに離れないようにと赤い靴紐が結ばれている。

ふさわしい赤い紐がなかったので僕の運動靴の靴紐で結んだちょっと歪な僕らの運命の赤い糸。

雨と風の音と、数人の声が聞こえる…

こっちに居た…などと聞こえる…

そして、僕の愛すべき彼女、命の声が聞こえる…

「赤沢君…いくよ…

最後にね…これからも、死んでも、ずっとずっとずっと…」

僕はかすれた視界を命の顔へと向ける…

命も同じように僕の顔を見ているのだろう…

「大好きだよ」

それを合図に、僕らは一歩踏み出す…

重力から解き放たれた僕ら…

出来うる事ならば…未来永劫この手が離れませんように。


どうも、水無月五日です。

お目通しありがとうございます!!

ちょっと長すぎた気もしますが、なんとか未知のジャンルを書けてよかったです。

アドバイス、感想、ご指摘がありましたら知らせていただくと幸いです。

お付き合い、ありがとうございました。

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