赤い糸〜前編〜
雨と風の音が激しく眼下の海は荒れ狂い世界の終わりが来たような感じさえもする天候の中、僕らは海を見ている。
「赤沢君…大丈夫?」
僕の隣に立っている少し背のちっちゃい女の子は言う。
僕は『大丈夫さ』と笑って答える。
雨足の強い中僕らは傘も差さずに外に居るものだから服はびしょ濡れ。
まるで服を着たままプールに飛び込んだ感じだ。
僕の横に立つ女の子…伊都 命も全身びしょ濡れで少し震えてる。
雨に濡れた彼女の髪と少し切ない表情は、いつも笑顔で居てくれる彼女らしくないのだけど正直、凄く可愛い。
このような状況で考えることではないのだけれど、自然と考えてしまう。
やはり僕も男だということか…
「ねぇ、赤沢君…覚えてる?
私たちにとってはとても大切なあの日のこと」
命は僕から視線を逸らし、冷えて赤くなった頬をさらに紅く染め聞いてくる。
…もちろん忘れるもんか…
その日は昇降口で下足から上履きに履き替え、本日行われる授業の事を考えて少し憂鬱になっていた。
いつもと変わらない平凡な毎日。
登校途中に『もしかしたら何か刺激的な事があるかもしれない』と儚い期待を抱き、そして一日が終わってみれば…
いつもと変わらない一日で『ドラマや漫画のようにはいかないか』と自分で自分を苦笑する毎日。
そんなのがこれからもずっと続くものだと思っていた。
だが、その日は違った。
授業で苦手な教科が連続であることを思い出し、さらに憂鬱になっていた。
早く教室に行って家でやっていなかった宿題を友人から見せてもらうために足早に教室に向かおうとしていた時だった…
「あ、あの…赤沢くん…」
とても小さい声で自分の名前を呼ばれた僕は声のした方へと振り返った。
其処には同じクラスの伊都さんが立っていた。
「ん…あ、伊都さんか…
どうしたの、俺に何か用?」
僕は下足から上履きに履き替えた時に上履きのかかとを踏んでいたので、それをきちんとはきなおしながら伊都さんに言った。
「え、えっと…その…」
伊都さんはなにやらもじもじと、何か言おうとして口を開いては閉じたりして用件がなかなか聞けない。
ちょっと早い時間に登校したのはいいものの、伊都さんの優柔不断な行動に時間を潰されてしまい、そろそろ教室に行って宿題を写さないと時間的にもやばい。
「あ、あのさ、用なかったら僕行くけど…」
そう言って僕は急いで教室に行こうとした時…
「きょ、今日の放課後、体育館裏に来てください!!」
伊都さんはそう言うと猛スピードで走り抜けてしまった…
その場に取り残された僕は、さっき伊都さんに言われた事を思い出していた…
…放課後に呼び出し!?
僕が生きてきた中で考えられる放課後の呼び出しは…
むかつく奴に警告、及びその場での鉄拳制裁又は私刑。
その線で考えると…
僕は伊都さんにむかつかれるようなことはしてないし、伊都さんがちょっと気になっているからと言ってしつこくメルアドを聞いたりもしていない。
伊都さん又は伊都さんの彼氏による僕への刑の執行の線はなさそうだ。
次は、部活の勧誘。
ちょっと自分たちの有利な場所と数で入部を希望させる…
ということも考えられそうだが生憎、僕と伊都さんは同じ部活だ。
まぁたまたま入った部活に伊都さんが居たのではなくて、伊都さんが入部するから僕も入部したわけだけど…
これについては他の奴にも同意権なのが居そうだから却下。
最後に考えついたのは伊都さんが僕に告白であるが、クラス内…いや学年内で伊都さんを狙っている奴が多く、中には本当にかっこいい奴まで伊都さんを狙っているって聞いたから、何のアプローチもしていない僕にまずそのような事はありえない。
『もしかしたら…』という期待を持って授業を受けたわけだが、全く集中できない。
何気なく伊都さんの方を眺めて、視線に伊都さんが気が付いたら目を逸らしていた。
今日の授業はとても早く感じた。
気が付けばもう帰りの準備をしていた。
早速体育館裏に行こうと思ったが、もし悪戯だったら…という考えが浮かんできた。
冷静に考えれば悪戯という線が一番ありそうだ。
他の奴らが伊都さんを使って俺を騙そうとしているのだろう。
告白と思い込んで呼び出し先に行ってみれば、実はドッキリで翌日からの笑いのネタとかにされそうだ。
少し時間を潰して行くことにしようかな。
もし悪戯なら時間が経っても来る気配がないというのならあきらめて帰るだろうし、本当に告白ならば待ってくれているはずだろう。
僕は三十分ほど教室に残っている友人と話して時間を潰した。
少し日が傾きかけた頃、俺は体育館裏に行ったのだが…
其処にはしきりに時計を気にして、不安そうにため息をつく伊都さんの姿があった。
その姿に罪悪感を抱きながら伊都さんに声を掛ける。
「ゴメン、急な用事入って遅くなる事伝えられなかったよ…」
伊都さんは僕の顔を見て少し安心したような表情になった。
「ううん、私の急な呼び出しだから気にしてないよ。
よかった…来てくれて…」
伊都さんは笑顔でそう言った。
…其処までの会話はよかったのだけど、その後はずっと沈黙が続く。
朝と同じように伊都さんは口を開いては閉じるを繰り返している。
そうこうしているうちに日はさらに傾き、一面は夕焼けのオレンジに染まる。
伊都さんはそんな夕焼けの色の中で深呼吸をする。
平然を装っていた僕の鼓動はさらに加速する。
「ず、ずっと、赤沢君のこと見てました…
あんまり話した事はないけれど…私、赤沢君のことが好きです!!」
顔を真っ赤にして伊都さんはそう言った。
次は僕の返事の番だけど、上手く言葉が出ずに口をパクパクさせた。
このままでは心臓が破裂するのではないかと思えるほど鼓動を早め、顔は茹でだこにも負けないほどに赤くなっているに違いない…
目の前に居る伊都さんの顔の色が真っ赤なように、僕の顔も伊都さんから見れば真っ赤になっているんだろう…
震える声で僕はこう答えた。
「ぼ、僕も実は伊都さんのこと気になっていた…
伊都さんが僕の事を想ってくれていたなんて…僕も伊都さんの事が好きなんだと思う…」
そういい終わるのと同時にとんっと伊都さんは僕の胸に顔を埋めてきた。
そのちっさい身体は小刻みに震えている。
そんな彼女の姿に僕は上手く声を掛けられない。
「あ、あの…伊都さん…」
そう言うだけで精一杯だ。
伊都さんは自分が何をしているかを思い出し、さらに真っ赤になって僕から離れた。
「ご、ごめんなさい…嬉しくて、つい…」
伊都さんの目からは涙が零れていた。
「あれ、何で?
嬉しいはずなのに、涙が止まらないよ…」
と伊都さんは涙を拭いながらそう言った。
そんな彼女に笑いかけ、僕は『帰ろっか?』と言った。
こうして僕と伊都さんは彼氏彼女、恋人になった。
でも、僕と伊都さんの幸せな時間は長く続かなかった。
それから二ヶ月後、部活の合宿という事で所属する部員で学校に泊まることになった。
文科系の部活なのだけど、部活の内容はとてもきつい。
でも、僕のそばには彼女が居てくれるから、部活のきつさはつらくはなかった…
夏休みを使い、学校に三日ほど泊まる事になっていたのだけれど、一日目の夜に急な大雨が降ってきた。
予定されていた校庭での花火大会は中止され、伊都さんとの思い出を作ろうと思っていた僕は少しショックを受けていた。
雨は止む気配も弱まる気配もみせない。
三日分の食料を予め買っておいたのだが、もしかしたらもう何日か学校に泊まることになるかもしれないと言うことで、先生と部長が街へ食べ物を買いに車で出かけて行った。
わざわざ学校に泊まらなくてもこのまま家に帰ったほうがいいのではと思ったのだけど、この大雨の中車で何度も移動するのは危険だという先生の意見があって、学校に留まることになった。
その日の夜は皆この大雨はあと一日か二日ぐらいしたら弱くなるんじゃないだろうかとか思っていて、先生の心配性を笑っていた。
僕も伊都さんも部員たちと一緒に笑っていた。
その日の消灯の時間には先生と部長は帰って来なかった。
皆が寝静まった時間に、僕と伊都さんは二人で屋上に上がって話していた。
勿論、外に出ると濡れてしまうから、屋上入り口の軒先の下で濡れてない部分に座り、いろんなことを話していた。
「はぁ、今日の花火結構楽しみにしてたのに、この雨で中止なんて残念だなぁ…」
伊都さんも花火を楽しみにしていたのか、空を見ながらそう言っていた。
「そういや先生達、結局帰って来なかったよね、事故ってたりしなければいいのだけど…」
こんな時間になっても帰って来ない先生達が少し心配である。
「うんうん、そうだよねちょっと様子見てから明日にでも行けば…」
伊都さんがそう言いかけたとき、一面を轟音が覆った。
それは雷とかの音ではなくて、聞いた事のない大きな音だった。
「な、何だよ、今の音!!」
僕はビックリしてフェンスの辺りまで出て屋上からあたりを見回すが暗闇と雨で全く見えない。
「あ、赤沢君濡れちゃうよ!!」
伊都さんが入り口のところで僕を呼んでいる。
少し雨に当たっただけなのに、僕の着ていた制服は少し中の服に雨がしみこんでいる感じがする。
「一応皆も起きたかも知れないし、皆が寝ているホールかその隣の教室まで戻ろっか?」
僕は伊都さんの手を握り、校舎へと入った。
僕らが戻ってくる頃にはホールに灯りが点いていて、さっきの音で皆起きたみたいだ。
「赤沢、何処行っていたんだ!?」
副部長の池尻先輩が僕と伊都さんを見て言う。
「ちょっとトイレに行っていたら、あの音が聞こえたんで屋上まで見に行ってました!!」
僕と伊都さんは周りには付き合ってるという事は全く言っていなく、恋人同士ということは二人の秘密にしてある。
こうやって二人で戻ってきた事は失敗したかなと思いつつ、回りを見渡す。
ホールに居るのは僕らを合わせて十人。
最上級生の先輩は今言った池尻先輩と部長だけで、部長が居ないから此処での最上級生は池尻さんだけである。
次に二年の部員は僕と伊都さんと、ちょっと太った小西という男と、北島という女で伊都さんの友達と、森永という男で僕の友達、畑井という女と野瀬という畑井の友達の女の七人。
最後に一年生の高田というおとなしい女の子と鈴木という女の子の二人。
皆さっきの音で起きたらしく、今の音は何だろうと話している。
「で、赤沢何か見えたか?」
池尻先輩は僕に周りの状況を聞くが、あの状況だったので何も見えなかったと僕は答えた。
「そうか…今見に行っても危ないから、明日何人かで見に行こう」
と池尻先輩はそう言って皆にまた寝るように言った。
男の部員はホール隣の教室で寝るようになっていて、僕は森永と話しながら教室に向かった。
「なぁ、赤沢…伊都ちゃんと何していたんだよ?」
森永も僕と伊都さんが一緒に居たことを気にしているらしい。
「いやただトイレに行くので怖いからって一緒に行っただけだよ」
僕は森永にそう言った。
森永は『ふーん』と言ってそれ以上は聞いてこなかった。
こいつは何かあっても無理に聞き出したりはせずに、本人が言うまでは待とうという姿勢で、しつこく追求してこない奴で個人的にも信用できる奴だ。
しばらくは眠れそうになかったが僕の意識は自然と暗闇に飲まれていった…
「おーい、起きろ、朝だぞ〜赤沢〜」
ぺちぺちと頬を叩かれる感触と森永の声がする。
まぶたを開けると目の前には森永が僕を起こしていた。
「あ、朝かい、森永」
僕は目を擦りながら森永に聞く。
雨は止んでおらず、夏の朝だと言うのに蛍光灯が点いている。
「おう、朝だぞ皆ホールに集まっているから早く行こうぜ」
森永にせかされて僕はホールへと行った。
「よう、赤沢お前が一番起きるの遅かったぞ〜」
池尻先輩は笑いながら僕のほうへ手を上げる。
「スイマセン」
僕は先輩に会釈して、輪に加わる。
「で、早速だが昨日の音を調べに行こうと思う。
行くメンバーは…俺と赤沢と森永の三人で行こうと思う。」
こうして僕らは合羽を着て外に出ることになった。
外の雨足は全く弱まっていない。
学校に置いてあった長靴を履いて僕らは外に出た。
「先輩、まずは何処から見るんですか?」
僕は走りながら池尻先輩に聞いた。
「ん〜このままじゃ雨は止む気配ないから、皆身体だけでも家に帰そうと思う。
今朝調べて見たんだけど、学校の電話繋がらないし、携帯だって圏外になってるから、家の人も心配するだろうしな」
とんでもないことになったな…
僕らはとりあえず校門を出て、家に繋がる一本道を走った。
其処には、信じられない光景が目の前に広がっていた…
目の前には大きな土と岩の山が道を押しつぶしていた…
「う、嘘だろ!?」
森永はこの状況を見て驚愕の声を上げる。
僕も、これは夢じゃないのだろうかと何度も目を擦った…
「マジでどうするんだよ!?
此処しか学校から街に行く道ないぞ!?」
池尻先輩は濡れた頭を掻きながら叫んだ。
僕らの通っている学校は、土地がなかったせいか、山と海に囲まれた土地に出来た。
元々の土地が広いので、とても大きな学校が出来たわけだけど、学校から離れれば崖から海が見えるというとんでもないところに建てられてあった。
しかもこの周辺の山は地盤が固く、土砂崩れなどないと思われていたのだけれども…
「こ、此処にこうやって居てもしょうがないですから、一度校舎に帰りましょう、先輩、森永」
僕達はとてもがっかりした様子で学校まで引き返した。
学校では僕らの帰りが遅いのを心配して皆が外に出る準備をしていた。
「あ、赤沢君!!
大丈夫だった!?」
昇降口に入ると伊都さんは僕の方へ駆けて来た。
「あー、皆…話があるから一度ホールへ行こう…」
池尻先輩はそう言うと皆をホールへ行くように言った。
ホールのドアを開けると、他の部員達が集まって話などをしている。
そして入って早々池尻先輩は声を荒げた。
「こら、小西!!
まだ昼時でもないのに飯を食うな!!」
急いで先輩は小西のところに行って食べ物を取り上げた。
いつもは優しい先輩のいきなりな行動に周辺に居た部員は驚いて池尻先輩を見た。
そして一番の楽しみな時間を取られた小西は先輩に食って掛かった。
「何するんすか先輩!!
いつ飯やお菓子を食べるのは俺の自由でしょ!!」
そういって小西は先輩からまた食べ物を取り返した。
そして先輩の目の前で食べ始めた…
そんな小西の態度に先輩の表情は一変した。
「聞けっていってんだろうが、このデブ!!」
先輩の右ストレートがきれいに小西の頬に入り、小西はバランスを崩し、吹っ飛んだ。
そんな状況に周りの部員は池尻先輩を冷たい目で見ている。
その視線に気が付いたのか、先輩はそのままホールを出てしまった…
倒れた小西に畑井や野瀬が駆け寄り『大丈夫』などと聞いている。
その場の雰囲気が急にキレて、小西に手を上げた先輩を非難するムードに変わっている。
畑井や野瀬は『何様のつもりよあの先輩は』などと言っている…
先輩がキレ理由がわかる僕と森永は頷きあって口を開いた…
「えっとね…信じられないかもしれないけど…
僕達此処に閉じ込められたみたいなの…」
僕は皆に言い聞かせるようにそう言った。
すると、周囲の雰囲気は一変して『嘘でしょ〜』とか『冗談きついぜ』とかが飛び交っている。
森永はさらに…
「いや、本当のことなんだ、今三人で学校の外に出たんだけど、土砂崩れがあっていて…
しかも電話も通じないらしい…」
森永は自分の携帯を開いてそう言った。
「だからさ、先輩が小西の事で怒っちゃったのも…」
僕は池尻先輩のフォローに入るが…
「ふざけんなよ、そんなのが理由になるか!!」
と小西は相当ご立腹のようだ。
それに加えて野瀬、畑井も加わっている。
その場で言い争ってもしょうがないので昼まで自由行動になった。
自分の目で土砂崩れを確認しに行く者も居た。
昼食時には先輩は姿を現さなかった。
そしてそれからも夕食まで自由行動になったわけだけど、そこで事件が起きた…
どうも、水無月五日です。今回は少し変わったものを書いてみました。この話はチャット中に出た会話を元に書いていみました。こういうジャンルを書くのは初めてで、至らない部分もたくさんあるでしょうが、最後まで読んでいただけたら幸いです。




