―030― 宰相と黒い考え
―030― 宰相と黒い考え
騎士の詰所へと急ぐ聡介の歩調は早歩きから小走りといえるぐらいに速まっていっていた。
足を高く上げずにザッザッザッと砂の地面を進んでいく聡介の足で、いくらかの砂が中に舞い上がり、近くを歩いていた主婦らしき人が眉を潜めるが聡介はそんなことには気付かずにひたすら詰所へと急ぐ。
賊に襲われて殺されたという商人の男というのが、数日前に取引したばかりの男かもしれないという疑念は、聡介の中でいつのまにか確信へと変わりつつあった
直感的にそう感じたのにも加え、ここ最近賊がらみの事件に巻き込まれることが多いというのもその理由の一つだった。
事実が確定したわけではないが、もし自分の思っている通りだとしたらどうしよう?とふと思った聡介の足は唐突に止まった。
そうだとしたら、自分はどうするのだ?責任を感じて賊を捕らえに単身賊のアジトに乗り込みに行くのか?それとも、自分には何も関係ないとしてこのまま見過ごすのか?
このまま見過ごしたほうが自分は安全なまま過ごせると一瞬思った聡介だが、そこで聡介は自分の作った武器によって罪のない行商人が、討伐に行った騎士の人が殺されるということを思い出した。
アダマンタイトの剣を渡したわけではなく、それなりに劣化のしやすいアイアンタイトの方を商人に渡したとはいえ、それでもその性能はただの鉄剣よりも数段上の物で、しっかりとした技を持っていれば、鉄の剣を切ることも不可能ではない。
それに、鉄の剣が切られたという噂が出ているということは、それだけ優れた技量を持つものが賊にいるということで、恐らく質のいい武器や高度な魔法の技術をそろえている精鋭の騎士達といえども苦戦するのは間違いないだろう。
となれば、聡介が作った剣によって更に多くの人達が賊の手で傷つけられるということになりかねない。
そんなことは到底許せるものではないと思い直した聡介は、今までは受け身ばかりで事態が好転しなかったため、自分から攻めてみようと決意した。
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決意を固めた聡介が急ぎ足で自分の店へと戻り、サイフとバッグを工房の中の自分用のシングルベッドの上に放り投げたところで、店内から来客を知らせるベルの音が軽やかに響いてきた。
ジョージ達3人に早く先ほどのことを伝えて、対策をとるためのアドバイスや協力を仰ごうと考えていた聡介は、店の表示を『close』に切り替えてなかったことでその動きを止められた。
「すいません、ちょっとこれから所用で……」
工房の扉を開けながら言葉を発していた聡介だが、客の姿を見てその動きがまたも止まった。
「われらは騎士団の者だ。宰相閣下が盗賊事件のことでお呼びだ。至急用意してくるのだ。なお、武器の携帯は道中は許可するが、城内での武器の携行は不可のため、その間は我らがあずからせてもらう」
全身を白銀の甲冑で固められた、まさに『騎士』といえる格好の騎士は、聡介に一方的に用件を伝えると、早く用意して来いという目で聡介のことを見てきた。
騎士達が武器も携行していることからして、盗賊の事件で何か疑いを持たれているのだろうと思った聡介は、分かりましたと短く答えて、変に興味をもたれないようにアイアンタイト製の剣の方を腰に差した。
聡介が出てきたのを見た騎士達2人は、聡介を前後で軽く挟むような位置をとると、案内を始めた。
案内を始めたといっても、町の中心部にそびえる王城へと向かうだけなので、メインストリートに出て後は一直線に進むだけだ。
「剣は我らの方で預かるようにと言われている。これが宰相閣下の許可証だ」
数分して王城の門へとたどり着いた聡介は、門のところの警備員に剣を預けて通り過ぎたところで、後ろに付いていた騎士は聡介が離れたのを確認してから許可証らしき模様が入った札を警備員に見せて聡介の剣を受け取った。
やはり、普通の剣を持ってくるようにして正解だったなぁと思った聡介は、そのやりとりを聞きながら王城の中の宰相が待つ部屋へと案内されていった。
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宰相がいる部屋に案内され、部屋の中に入った聡介の目の前には、執務用の机に座って数枚の用紙に書き込みをしている宰相の姿だった。
聡介が入ってきたことに気付いた宰相はキリのいいところまで文章を書きあげてから、その顔を聡介に向ける。
宰相の表情はニコニコとしていて人が好さそうに見えるが、銀で縁取られた眼鏡の奥から聡介を見る細い目だけは笑っているようには見えない。
「さて、まずは自己紹介をするとしようかな。私の名前はクラックス・ドゥガチ・クロスボーン。この国の宰相だ。あぁ。君の名前はよく聞いているよ。ソウスケ・カミオ、最近この街に引っ越してきたばかりの腕利きの鍛冶氏。私の知り合いや、騎士団の中にも君のところの剣がいいといっている者がいるぐらいだからね」
「そこまでいっていただけるとは光栄です」
一応友好的に自己紹介から入ると宰相は言ったが、聡介にあまりしゃべらせようとしないということは、自分がこの話し合いの主導権を握ろうという意思が垣間見える。
予想以上に面倒くさそうな事態になってきたぞと思い始めた聡介は宰相の話に注意して耳を傾けることにした。
「しかし、まずいことになったのだよ。情報源は明かすことは出来ないが、君がある商人の男に武器を売り、それが盗賊団によって奪われてしまったということが分かってね。あぁもちろん故意に売ったわけではなく、偶然だと信じてはいるよ。しかし、過程はどうあれ、結果として盗賊達に武器を渡ってしまったというのは非常にまずい事態だ。これがただの武器商人が普通の武器を奪われただけであれば、騎士団を派遣し、即座に盗賊達を潰して終わりだったのだが、盗賊達の持つ武器の質がいいだけに中々そうもいかない。恥ずかしい話だが、向こうにも相当の腕利きが多数紛れ込んでいるらしく、騎士団の武器が何度も壊されているのだ。相手の人数も通常の盗賊団よりも多く、アジトまで作っているので、このままでは無為に武器の損失と騎士団の消耗を増やすだけで中々解決にこぎつけるのは難しい。」
「盗賊団は騎士団でも手こずるぐらいに大規模なのでしょうか?」
「もちろん、騎士団を本気で投入すればなんとかならないわけではないが、騎士団は他にも様々な案件を抱えているのでそうそう簡単に人員を割ける状態ではないのだ。たしか、盗賊団の名前を『荒野の猟犬』といったか。ここ『荒野地帯』から奪うということだろう。不愉快な名前だよ。」
「あぁ話がずれてきたね。話を纏めると、君に頼みたいのは『盗賊団に通用する武器をわが騎士団に卸す』ということだ。盗賊団に渡った剣の更にもうひとつランクの上のアダマンタイトの剣といったかな?あれを15本ほど用意してもらいたい。ただし、払う金額は通常の金額の25%。新開発した、または改造した武器などは登録をしなければいけないという法律は知っているね?武器を新開発したわけではないだろうが、鉄の剣をきれるだけの性能を持った剣だからね、改造武器ということでこの法律が当てはまるんだ。ただし、このようなことで良い職人を捕らえるというのも惜しい。だから25%で販売してくれるのならこの件については不問とする。逮捕よりは赤字の方がまだましだと思うけど…どうかな?」
なるほど、宰相の目が笑っていなかったのはこの条件をのますことが出来ると考えていたからなのだろうと聡介は悟った。
鉄を切れるほどの剣を手に入れることに加え、それを更に通常価格の25%で買えるともなればそれを狙わない手はないだろう。
通常ならばそんな無茶は出来ないが法律という言葉をかざし、逮捕と引き換えに……という強く出られる立場だからこそ出来る手だ。
聡介は、商工ギルドでの契約の時にしっかりと契約に関する法律の欄に目を通しておくんだったと後悔している。
契約分などをしっかりと確認せずにサインをしてしまうのは日本人の悪い癖だなぁと聡介は改めて思った。
さすがに逮捕されるというのは不味いので、聡介はその条件をそのまま飲むことにした
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「フフフ、これで剣を手に入れれば騎士団内での私の評判は上がり、討伐の実績を与えることで今後の政治で影響力をますことができるだろう。それにあの小僧が潰れたら潰れたで城の方に引き込めばいい。城の奴らが同じものを量産できるようになるかどうかは分からんが、うまくいったな。」
「宰相もひどいことを考えるお方だ。まだまだ相手は若い小僧じゃないですか。流石まつりごとを取り仕切るだけはありますね」
聡介が去って行ったあとの室内で宰相は人と接する時の仮面を脱ぎ棄てて、笑みを深くする。
その様子を傍らで控えていた宰相子飼いの騎士が薄く笑いながらいう。
「フフフ、今さら何をいうか。そもそもあの小僧に目をつけたのはお前だっただろう?私は友人の頼みをきいただけだよ」
「それはそれは……宰相殿からのプレゼントとは光栄極まりないことですな。これからもどうぞよろしくお願いしますよ」
騎士は宰相の言葉を聞いて、感謝感激恐悦至極とばかりにわざとらしく大仰に礼を返す。
「これでベルナルド・バルベリーニが率いる部隊も目じゃなくなったではないか。賊の討伐戦では期待しているぞ。お前の隊が戦果をあげればそれだけお前の地位もあがるだろう。もし、最近なにかと優秀なベルナルドや他の隊が戦果をあげても流れ弾や伏兵にやられてしまっては仕方がないからな。お前も流れ弾や伏兵には気を付けることだ」
「……では、いいのですね?」
「ん?何をいっているのだ?私は流れ弾に気をつけろと注意を促しただけだが?」
宰相がわざとらしく芝居がかってとぼけるのを見た騎士は、一歩下がり軽く礼を返して部屋の外へと出ていった。
「クックック…。何もかも思い通りに人を動かせるから権力というものは手放せないな。……さて、仕事に戻るとしよう」
口の端を吊り上げて一人わらった宰相は、表情を元に戻すと机の隅に置いてあった用紙を手に取った。
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王城に来る時と同じ騎士に連れられて、王城の外へと連れてこられた聡介だが、預けていたはずの剣は、そっくりに似せられている剣とすり替えられて聡介のもとへと返された。
最初に騎士達がわざわざ宰相の許可証まで見せたのはこうしてすり替えをして技術を盗むためなのだろう、とあたりをつけた聡介は、すり替えを指摘するのは騒ぎを起こすことになると思って黙ってその剣を受け取った。
ちなみに、聡介が一目ですり替えられていると分かったのは、持ったときに感じた剣の重さだった。
聡介が預けていた剣は鉄とアダマンタイトの合金だったため、ただの鉄剣よりも軽いので、普段から店頭に並べるために持ったりしている聡介はすぐに分かったのだ。
そして剣に加えて、皮の袋に詰められた剣の代金を騎士から手渡された。
これだけ用意が早いということは最初からこうなると分かっていて用意していたということになるが、聡介はこれも何も言わずに受け取った。
剣と代金を受け取った聡介は、なぜか店まで送ろうと申し出てきた二人の騎士に、買い出しなどがあるので……と言って断り、その言葉どおりに夕飯に使う食材などの買い物をして店へと戻った。
さすがに気配まで分かるとはいなかい聡介だったが、さっきまでのやりとりがあったので監視程度に人がついているだろうと思い、特に目立った行動は起こしていない。
店へと戻り、工房の中に入って鍵を閉めた聡介はそこでようやく大きく息を吐きだした。
「ふはぁ……。なんだか厄介なことにまきこまれそうになってきたぞ……。それにしても25%か……。逮捕と引き換えとはいえ、原価割れ確実、普通なら超大赤字の値段だよね……。でも、騎士団に採用されるっていうのは美味しい話だったな。騎士団に卸したっていう実績があったら、お店の評判も上がるし、騎士団の人の信用も得られるし、注文も増える……。それになにより、錬金術を使っている自分にとっては材料なんて対外的なものだし、実際はそこまで赤字じゃないんだよね~。宰相は利用するつもりだったみたいだけど、こっちにとっては美味しい話だったし、この話を持ちかけてくれた宰相に感謝しないと。」
実は聡介にとって、宰相の話というのは悪い話ではなかったのだ。
本来なら維持費や材料の仕入れにお金をかけてイイ物を作るところを、聡介は錬金術でそれをクリアしているので、金銭的な面で圧迫されるということがない。
もちろんあまり疑いを持たれないように材料などを定期的に仕入れているが、それでも通常より少ない量なので気にならないほどだ。
聡介は思わぬ好展開に嬉しくなるが、宰相が自分をハメようとしたという事実は消えていないのでしっかりと気を引き締める。
そして、聡介は翌日から店の営業を7日間休み、店のストックのアダマンタイトの剣13本に加えて、アダマンタイトの剣を2本を作った。
当然七日間もかかるような作業では無いのですぐに終わらせたあとは工房の中で本を読んでみたり、なにか面白いアイディアはないものかと考えていたりした。
そして、王城に呼び出されてから8日後の営業の再開の日には、朝のうちに荷運びようの馬車を市場の近くの店から借りてきて、それに注文されていた剣などを運び入れていた。
既に話は通っていたのか、聡介が王城へと到着し、門番に注文をされていた剣を届けに来たというと、騎士団の隊舎がある区画の方へと誘導され、頑丈な鍵のついた倉庫へと案内された。
倉庫の中にはしっかりと整備された武器が整然と並んでいたが、ところどころに傷があったりするので実際に使われているのだろうということが直ぐに分かる。
それらの武器を眺めながら、防犯上のためか1人の門番から3人の騎士へと増えた騎士の人に誘導されて剣を運び入れていく。
奥の方にある、ちょうど15本の剣が収まるように作られた木製の枠の中に作った剣を入れ終えた聡介は、入った時と同じく騎士に誘導されながら倉庫の外に出る
倉庫の外に出た聡介は、その場でまたされていた門番に連れられて門へと戻り、そこから馬車を借りた店へ馬車を返しに行ってから店へと戻った。
そして、それから3日後。
賊のために通行不能となっていた通路が再開通された。
5780文字です
修正したものを再投稿になります。
今回は前回ほど無茶ぶりになっていないはず…。ただし、何かおかしいと感じた時にはまた感想のところに書いていただきたいです。
あと肝心な日数ですが、調べてもよく分からなかったのでとりあえず2本を7日間で勘弁してください;w;
あまり日数を取り過ぎても物語として成り立たなくなってしまうので…。
もうここら辺は本当にファンタジーの世界ということにしていただかないと厳しいです。
なるべくリアルに近づけるとか言っておきながら申し訳ないです;w;
では、また次回で…!