―029― 騎士と賊
―029― 騎士と賊
朝食の、黄身が半熟でトロトロのベーコンエッグとふわふわのパンを残さずキレイに胃袋の中に収めた聡介は、オープンに備えて店内の掃除を軽くしておき、武器などに埃が乗っていないことを確認すると、店の出入り口の扉の鍵を開けてOpenの札を掲げた。
包丁の件が成功し、中々にいい評価のある聡介の店だが、開店と同時に人が押しかけるようなほどの知名度はなく、結果として開店して1時間近くも聡介カウンターでぼうっとしている。
聡介と武器しかない店の中へと入ってくるのは朝の気持ちの良い日差しと乾いた風と少々の砂埃だけだ。
窓から入り込んできた日光が心地よく、朝サッパリと起きたにも関わらず眠くなってくるのに耐えていると、不意に扉に付けた鈴がカランコロンと鳴り響いた。
鈴の軽やかな音で夢うつつから目覚めた聡介は、カウンターに肘を着いて支えていた頭を起こして客の応対をしようとする。
しかし、そのときには既に客の男は聡介の目の前まで歩いて来ており、その客のほうが先に聡介に話しかけてきた。
「よう、ボウズ。店主いるか?」
「店主は私ですよ。店主のソウスケです」
葉巻を口に咥えていかにもハードボイルドっぽい雰囲気を滲ませる男は、店番の小僧か何かと勘違いしたのか聡介のことをボウズと呼び、店主がいるかどうかを聞いてきた。
聡介は、元の世界でも東洋人は童顔に見られることが多いと知ってはいたが、自分はボウズと間違われるほどに童顔なのだろうかと一瞬気落ちするが、そのことはは表に出さないようにして返答する。
「おう、アンタがか。すまねぇな。俺ぁ集団犯罪調査部のアルバートだ。よろしく」
そういったアルバートが差し出して来た手を握り返して握手すると、アルバートの手のひらが硬くゴツゴツとしていて大きいのが良く分かる。
集団犯罪調査部という肩書きらしいが、聡介はアルバートがどうにも一人で直接乗り込んで犯人を殴り飛ばしていくような人物に感じた
「朝早くに騎士団の連中が来ただろうから、不思議に思っているだろう。騎士の連中はいわば、実行部隊。俺は調査専門だ。実際に切りあったりするわけじゃない。それで、早速だが……。賊の特徴だ。覚えている限り全部話してくれ」
「え、えぇ。……直接交渉したのはいかにも好青年といった感じの男性でした。年齢18前後で背は私と同じくらい、髪の色は明るい茶色、やせているわけでも太っているわけでも無くて、普通の体系でしたよ」
「なるほどな……。この辺りの人間の特徴だ。うまく誤魔化す奴だ、新参の賊jではないだろうな。他に特徴らしい特徴は覚えてないか?例えば表情とか」
特徴らしい特徴と聞かれて直ぐに浮かんでこなかった聡介は、腕を組んでうーんと思い出そうとしてとあることを思い出した。
「あっ、そういえば。その人ですけど、最初から最後まで終始ニコニコして笑顔を絶やさない人でしたよ」
「やはりな……。また『笑顔』か……。分かった。もういい。……それと一つ、忠告しておくが……首を突っ込むなよ、まだ死にたくないならな。賊とのやり取りってのは命のやり取りだ」
笑顔という特徴を聞いたアルバートは何かに思い当たったのか、渋い顔をして一人納得するとくるりと身を翻して出口に向かう。
出口に向かう途中でアルバートがふと足を止めたが、アルバートは肩越しに目線だけをやり、忠告の言葉を聡介に伝えると、出入り口の鈴をカランコロンと鳴らせて外に出て行った。
アルバートが去っていった店内には、アルバートの吸っていた葉巻のスパイシーで複雑な香りと、吐き出した煙が僅かに漂っていた。
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アルバートが帰ってからしばらくすると、次第に店の中の客の数が増えていった。
しかし、大半が体格の良さそうな男たちが数人のグループで訪れていたり、冒険者ではなさそうな、街の騎士用の少し上等な服を着ていたりと、明らかに冒険者と違う装いだった。
そのわりには意外と買っていく人がそれほどいなかったので、聡介は悪いことだとは思ったが、気になって男たちの話に耳を傾けているとその訳がようやく分かってきた。
男たちの話を簡単にまとめると『ベルナルドが最近いい実績を出しているのは武器のおかげだ』ということだった
しかし、それは最近この街に異動してきたベルナルドの存在によって立場が揺らぎそうになる者達の陰口が大半で、性格のいいベルナルドを慕う下の者達からは、ただ単に『ベルナルドが持っている武器はとてもいいものだ』という風にしかとらえられていない。
現に、階級が高そうな上等な服を着ている者達は少々高めの剣でも惜しまずに買っていき、逆に階級の低そうな者達は、ここで買ったのかという憧れによって来ただけなのか、買わない、もしくは安目に設定されていて手の出しやすい質の良い鉄剣を買っていくだけだ。
ベルナルドの評価はこちらの魔物討伐などによって着実に上がっているらしく、いわゆる有望株なのでそういう状態になっているらしい。
なるほどと納得した聡介は、せっかく多くのお客さんが来ているのだからと、ガーランドの町でやったような鉄などを切るといったデモンストレーションを披露して見せた。
そのデモンストレーションによる効果は大きく、中にはお金がよほど余っているのか、その場でアダマンタイトで作られた剣を買っていくような猛者も、片手で数えられるほどだがいた。
しばらくウィンドウショッピングや、真剣に購入を考える人で盛況していたが、夕方にもなると、夜間の仕事が入っている兵士も多くいるのか、次第に客足は遠のいていった。
日が暮れ始めて、空の色も紺色に染まっていくと店内に残っている客もまばらになり、だんだんと店の外へと姿を消していった。
客の最後の一人が出て行くのをカウンターからお疲れ気味の聡介が見送っていると、その最後の客とすれ違うようにして一人の男が入ってきた。
「店主さん、今日は大盛況でしたね。昼間にここを通りがかってビックリしましたよ。ここで購入したらしい人に聞いてみると切れ味がものすごく良いと聞きましてね。」
そういいながら、男は風に巻き上げられて服に乗っかっていた砂を落としながら店内に入ってきた。
「あの……すいませんが、どちらさまでしょうか?」
つい最近賊に騙されたことと、客が居なくなるのを見計らって現れたようなタイミングの男に聡介は警戒しながら聞く。
「あぁ、申し訳ない。名乗りおくれたね。私はここから山を2つ越えた所の街の商人だよ。ほら、これが商業ギルドのカードだ」
くたびれたショルダーバックからカードを取り出した商人の男は、名前も印も押してある正規のギルドカードを見せてきた。
今度は騙されないぞとばかりに聡介はしっかりそのカードを見たが、怪しいところはどこにもなく、とりあえずは信用することにした。
「アッハッハ、そんなに穴が開くほど見なくても本物だよ!まぁ賊に騙されたなんてことがあったあとならそれも当然かな?」
「なぜ、そのことを?」
「ん?知らないのかい?そういうことがあると直ぐに商業ギルドの中の掲示板に張り出されるんだ。賊は僕たち商人にとっては天敵だからね」
山を越えてまで仕入れにくるような商人はそういう情報に敏感なんだなぁと思った聡介は、商人の男の言葉に耳を傾ける。
「君も商業ギルドにはちょくちょく顔を出したほうが良いよ。こういう注意情報だけじゃなくて、組合ごとの連絡事項みたいなのもたまに張り出されるからね。……おっと、もう日も暮れかけているのに余計に話をしてしまったね。それじゃぁ早速本題にはいろうか!」
「実は僕は明日この街を出発してさっき話した街に戻るつもりなんだけど、あと一品ぐらいがどうにも決まらなくてねぇ。それで今日はあてもなく街をぶらぶらと歩いて何か良い品が無いか見ていたんだけど、ちょうどこの店の前を通りがかったら随分盛況しているのが見えてね。その後も色々見て回ったんだけど、気になって来たというわけなんだ。僕も大型とはいえ馬車で移動するからたくさんはもっていけない。そこで、どうだろう?ここにあるアイアンタイトの剣っていうのを15本ほどうってくれないかな?もちろん、向こうでもちゃんと宣伝とかはする。だから……こっちにも利益が出るようにもうちょっと安い値段でうってくれないかな?」
商人の男は聡介が口を挟めないように、流れるように自然にスラスラと言葉をつないでいき、値段交渉まで一気に話をもっていく。
一気に値段交渉までもっていかれた聡介は、商売が専門というわけではないのでその迫力に圧倒されて知らず知らずのうちに首を縦にふっていた。
「ありがとう!助かったよ、これで馬車もいっぱいになったし良い商売が出来そうだよ!それで値段のことなんだけど……」
そして、値段交渉は終始商人の男のペースで進んでいき、聡介は流されるままだった。
「う~ん、流されるままだったけど、どうせ元手もそんなにかかってないし……。まぁいっか。商業ギルドのことも教えてもらったから情報料ってことで……」
腕を組んで、これでよかったのだろうかと考えている聡介だが、もう済んだことを気にしていても仕方がないとして情報料ということで納得することにした。
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商人の男との取引から四日が立ち、聡介が商業ギルドへと何か情報がないかと確認に訪れてみると、商業用のルートなどの情報をまとめた茶色の簡素な掲示板の中央に、とある街への通行を禁じる旨が書かれた紙が張ってあった。
それは四日前に聡介が取引をした時に、商人の男が戻ると言っていた街へのルートだった。
紙自体には『盗賊出没のため討伐までの通行を禁ず』と書かれているだけで詳しい情報などはかかれていない。
「ん?君この街へ行きたいのかい?今はやめといたほうがいい。なんでもやたら強い賊がでたらしいぞ。ちょっと偵察がてら様子を見に行った騎士達が瀕死の状態でかえってきたらしい。今はもっと実力がある部隊を編成しているらしいから数日の我慢さ」
張り紙を見ている聡介に、隣にいた日に焼けた色黒の大柄のお兄さんが親切に教えてくれる。
しかし、そんなことよりも聡介は気にかかることがあり、そのお兄さんに親切ついでにもう少し教えてもらうことにした。
「すいません。その話もう少し詳しくおしえてもらえませんか?」
「え?あぁ、まぁいいが俺も聞いた話だからハッキリとした話じゃないぞ。え~っと、確か賊が出たって情報が出たのは3日前だったか。たまたまその日にこのルートを通る人が居たらしいんだが、その人が街道脇にボロボロになった馬車と血だるまの商人風の男を発見したらしい。その人は急いでこの街まで戻って報告して、報告を受けた騎士3人が偵察と殲滅を兼ねて数時間後に出発したんだが、その騎士たちも賊と出くわして返り討ちにされたんだとさ」
「あぁそうそう!その騎士の中で2人が瀕死の重傷でようやく帰ってきて言った言葉が、剣が切られた!だったんだとさ。変な話だろう?『剣が折れた』なら分かるが、『剣が切られた』なんだからな。その報告を受けた他の騎士たちも変に思って何度か聞き返したらしいんだが、その二人が言葉を変えないんだ。それでその二人の持ってた荷物を調べていると、なんと鎧がすっぱりと切られていた部分があったらしいんだ!それで今はその二人の言葉も信じられることになって、部隊はその対策に忙しいんだとさ」
3日前という言葉を聴き、4日前に取引をした商人の男の顔を思い出した聡介はいやな予感がして、もっと詳しい情報を聞こうとする。
「3日前……。すみませんが、その殺された商人の男の特徴ってわかりますか?」
「いやぁ……。俺も聞いただけだから、そこまで詳しいことは知らないなぁ。もし何か気になることがあるんだったら、ここから歩いてすぐのところにある騎士の詰め所にでも行ってきたほうがいいぞ」
「そうですか……。ありがとうございました!」
お兄さんに軽く頭を下げ、感謝の言葉を伝えた聡介は、早い歩調で騎士の詰め所へと向かっていった。
「??なんか関係でもあったのか?」
聡介に賊の情報を教えてあげた親切な色黒のお兄さんはその場で首をかしげるのだった。
4922文字です。入学式いきました。
地震の影響で引越しの日も大幅にずれましたが、なんとか間に合いました。
ようやく落ち着いてきたので、更新です・w・
一人暮らしって大変ですね。毎日やることがあって、親にどれだけお世話になっていたか痛感いたします。
『大人になったら親を尊敬するようになる』っていうのはこういうことに気づくからなんでしょうね。
これからは一人ですが、がんばっていきます。
さて、学校のほうですが何事も問題無くいっています。先日は10人ほどでラーメンを食べに行ったりゲーセンにいったりして親睦を深めました。
皆さん思ったよりも気さくで、これからの学校生活が楽しみです。
留学生の方とも仲良くなれたので、異文化交流して見識を深めていきたいと思います。
もしかしたら、いつかこの作品も大幅に改良されて、商品化ということも0%ではありません。
そのときには、感想などで私をこれまで支えてきてくれた皆さんへ感謝の気持ちを示したいと思います。
なぜか完結のような感じのあとがきになりましたが、完結ではありません。
これからも不定期更新ではありますが、よろしくお願いいたします。




