―番外後編― 夢の終わりと疑問
ちょっとグロイ表現あり・w・
―番外後編― 夢の終わりと疑問
体にあたる暖かな日光と髪をサラサラと揺らす風が吹く気持ちのいい午後を霧崎夫妻のカフェで過ごした聡介は、気分を切り替えて課題をこなすために自宅のPCの前でインスタントコーヒーを片手に画面に向かっていた。
眠くなるのを防ぐために買った安っぽいインスタントコーヒーをブラックで入れ、安っぽい苦味を感じながら聡介は片手でキーボードを打っていく。
しばらくしてコーヒーの入った白いマグカップをダークブラウンの机の隅に置くと、それからは両手の指を使ってキーボードをたたき、本格的に文字をうちこんでいく。
ただただひたすらに打っていくのだけではなく、時々内容を確認するように見返したり、ネットから参考となる様々な画像や論文を引っ張ってきながら課題を黙々と進めていく聡介。
カタッカタカタッカタタッカタッと、指がキーボードを叩く小気味いい音が6畳ほどの静かな部屋の壁に小一時間ほど響いては消える。
「ふぁ…あぁぁ……やっと終わったー……」
あくびをしつつ、背もたれに体重を預けて大きく体を伸ばした聡介は、ギィッというイスのきしむ音を聞きながら、あくびのついでに出た涙を指先で軽くふき取って、マウスを動かして課題のウィンドウを閉じ、動画サイトのTOPページを開く。
右上に設置された検索ウィンドウにカーソルを持っていき、そこでクリックした聡介は最近ハマっている洋楽のアーティストの曲をスピーカーから流す。
マンションなので隣や上下の階の迷惑にならないように音量を絞ったテンポの速い音楽が室内を満たすと、聡介はキッチンに向かった。
スピーカーから流れてくる音楽とあわせるように歌のサビの部分を口ずさみながら、IHのコンロの上にフライパンや鍋を用意し、他にも包丁やまな板を出していく。
冷蔵庫を開けて、玉ネギや、ジャガイモ、ニンジン、ニンニク、牛肉を取り出して、玉ネギを薄切りにし、ジャガイモとニンジンを一口大に、ニンニクを摩り下ろす。
フライパンにバターを溶かし、ニンニクを入れて香りが出てきたら玉ネギを入れてキャラメル色になるまで炒めつつ、鍋に油を引いて牛肉を塩コショウをかけて炒め、ニンジンやジャガイモ、炒めた玉ネギを入れて更に炒める。
ちょうど良くなってきたタイミングで鍋の中に水を投入し煮立たせ、アクをとってからローリエの葉を入れて30品ほど煮込む。
30分ほど煮込んだ後、一旦火をとめてカレールーを溶かして更に30分以上グツグツと煮込む。
おいしそうなカレーの匂いを嗅いで、早く食べたいといわんばわかりグルルルル……と唸りを上げるお腹をおさえつつ、更においしくさせるために空腹を我慢して30分近く煮込んでいく。
出来上がったばかりで、カレー独特のスパイシーな香りと湯気がゆらゆらと立ち上がる美味しそうなカレーに合わせるのは、このときのために買っておいたカレーライス用のお米『華麗舞』。
とある食品会社がカレーライスを更に美味しく食べるためにと開発したカレー用のお米で、表面はインド型品種の用に硬めで粘り気が少なく、内側は普通の日本型品種の柔らかさと弾力性を持ち、カレールゥをかけると一粒一粒がルゥと綺麗に絡み合いカレーが更に美味しく感じると言われている。
その『華麗舞』を大き目のカレー用のお皿に盛り付け、さきほど出来たばかりで未だに湯気を立ち上らせる美味しそうなカレーを『華麗舞』のそばにトロッと流し込む。
様々な食材の島が浮かぶ深い褐色のカレーの湖と、白銀に輝くご飯の丘の境界で混ざり合うカレーとご飯は、まるで恋人同士のようにしっとりと絡みつき、カレーの湖に浮かぶ。
白銀の丘の向こうにそっと彩られた福神漬けも、単調な褐色と白の世界に鮮やかな赤色となって彩を添えていて素晴らしい。
改心の出来に満足した聡介は、折りたたみ式の小さなガラステーブルの上にカレーの入った皿とスプーン、簡単なサラダ、それとレモン汁を少量加えて爽やかさを演出した水を乗せる。
テーブルの前に座り、このカレーのレシピを考えてくれた方や、このご飯を開発してくれた方々、食材を作ってくれた方々に感謝の意を示して手を合わせて「いただきます」と、聡介は声に出して言う。
「……うまい……」
ほろほろと解けてルゥと絡み合うご飯をすくって口に入れた聡介は十分に味わった後、ため息をつくかのようにほぅと息をついて、一言だけ口にした。
口の中で解けて完全にルゥと絡まったご飯はしっかりとカレー本来の味を引き立てつつも、ちゃんと柔らかさと弾力があり、ご飯の存在を主張している。
カレーのために作られた『華麗舞』は、その名に恥じぬほどの役割をしっかりと果たしていた。
その後、夢中になって食べた聡介はおかわりに二杯目をつぎに行き、それをご飯の一粒も残さずに綺麗に完食した。
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ご飯を完食した聡介は、直ぐにカレーの入っていた食器などを洗い、そのついでというわけではないが、シャワーを浴びて自分の体もすっかり綺麗に洗って、スウェット姿でPCの前に座っていた。
最近ハマってきたFPS――First Person shooter――系のゲームを立ち上げ、数十分間ほどゲームの中で出会った友人とともに熱中する。
しばらくして、ふと喉が渇いたことに気がついた聡介は、ハンドルネーム以外年齢も性別も知らぬ友人に敬語で飲み物を買いに出かける旨を伝えると近くのコンビニへ向かうために家を出た。
少し大きな交差点を信号機に従って渡り、入ったコンビニでたまたま見かけた車や、バイク、ファッション、ミリタリー関連の雑誌を適当に流し読み、風呂に入っていたことも考えてスポーツドリンクと、小腹を満たすためにスナック菓子を掴んで会計を済ませる。
聡介は、歩くたびにカサカサと音を立てる白いコンビニ袋をぶら下げ、来た道を帰るために青になったばかりの横断歩道を渡り始める。
そして、横断歩道の半分ほどまでにきた時に甲高いエンジンの音が聞こえてきた。
すぐに曲がり角から白煙を巻きながら慣性ドリフトをしてきた車は、カウンターを当てたままの凶暴なまでのスピードで、そのメタリックライトグリーンのボディを夜の闇に躍らせる。
カウンターを当てたままで減速も出来ずに交差点へ侵入した車は、横断歩道を3分の2ほど渡っていた聡介に逃げる余裕さえ与えずに体重62kg、年齢21歳の肉体を、軽々と上空へと吹き飛ばした。
衝突した衝撃でバキバキになった体中の何十本の骨はいくつもの鋭い槍となって、柔らかな様々な内臓をその先端で抉り、切り裂き、貫いた。
その時点で上空に吹き飛ばされた自分の聡介の意識はブラックアウトしていたのだが、それでも容赦なく重力は聡介の体をその手に絡め取って地上へと引っ張り、ゴシャッという鈍い音を立てて不時着し、更に体から骨が飛び出したり、脳を損傷させるなどして生命活動にトドメをさした。
聡介を跳ね飛ばした車は聡介を撥ね飛ばしたということからうまく曲がりきれず、歩道近くに植えられている植え込みや木、電話ボックスに衝突してようやく動きを止めた。
それからしばらくし、衝突の物音を聞いて住民が外に出てみて通報したのだろう警察が現場にやってきた。
「……こりゃぁ……ひでぇ……。おい、もっと応援呼んでこい。こいつは即死だわ」
現場に駆けつけた二人組み警察官のうち、中年と呼んでいいぐらい年を重ねた警官のほうは苦い顔をし、もう一人の若い警官はすぐにその場から離れて近くの植え込みで膝を突いて胃の中の物を吐き出した。
それから聡介の死体はパトカーの中に積まれていたブルーシートで野次馬達の目から隠され、現場検証が始められた。
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警察からの電話で聡介が事故に遭い、即死したと聞かされた両親はそんなことあるはずがないと、寝る寸前だったのにも関わらず、高速道路の制限速度を大幅に上回る勢いで聡介が担ぎ込まれた病院へと駆け込んだ。
見ないほうがいいですよという言葉も聞かずに、ところどころ血のシミがついた白い布を取ると、そこには聡介の顔は無かった。
聡介の顔は完全に潰れてしまい、もとの輪郭すらも崩れてすでに人の顔らしいものとはかけ離れていた。
それを見た瞬間に母親は悲鳴を上げ、あまりの光景に耐え切れなかったのかガクッと気を失った。
気を失った母親を支え、部屋の外の長いすに自分の上着をかけて横にさせた父親は、すぐに来た警察官からくわしい事情を聞いた。
警察官からの説明が終わり、どうしようもなく呆然とする父親の前に、加害者の父親が現れた。
加害者の父親が名乗りをあげる途中から煮えたぎるマグマのように怒りが噴出した聡介の父親は、胸倉を掴んで相手を殴り飛ばし、倒れた上に馬乗りになって怒鳴りながら殴り始めた。
相手の被害者も先に聡介の状態を聞いていたために殴られるのを覚悟していたのか、殴られて血が出ようと庇う素振りを全く見せなかった。
さきほどの呆然とした様子から一気に変わった聡介の父親の様子に警察官は少しの間動けなかったが、すぐに我をとりもどすと聡介の父親に飛びついた。
警察官二人がかりで後ろから羽交い絞めにして、なおも相手を殴ろうと暴れる父親だったが、警察官が加害者の父親を急いで別の場所に連れて行くと、ようやく暴れるのを収めた。
警察も聡介の父親が気の毒に思えて何も言わないでいると、父親がふらふらっと立ち上がったので身構えたが、加害者の父親が連れて行かれたほうとは別の方向に歩いていった。
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「聡介……今頃お前は天国にでもいって、好きな化学の勉強でもしているのかな……?天国なら幸せな環境で何不自由なくできそうでいいなぁ。そういえば聡介が死んでから色々な人が来たよ。たしか南原悠斗君だったかな?あの子は色々な薬草だったかな……?とにかく色々な種類の薬草を持ってきてくれたよ。なんでも、天国で怪我したらこれで治せばいいんだってさ。今でもたまに線香をあげにきてくれるよ。いい友達を持ったな、聡介。」
聡介の父親が示す目線の先には少し日数がたってしなっとしている様々な薬草がおいてあった。
「次に来たのはどこだったかのカフェの夫婦だったよ。聞いたぞ、聡介。交通事故で困ってたその夫婦を助けたんだって?……その夫婦が泣きながら言ってくれたよ。私たちは交通事故で聡介君に助けてもらったのに、聡介君が交通事故で殺されるなんて神様はひどすぎる。なんで聡介が……グッ……ッ……殺されなきゃいけなかったんだって……な……。本当に……そう思うよ……。聡介が死ぬ必要なんて無かったんだ……!父さんが……!父さんができれば……代わってやりたかったのに……!」
霧崎夫妻の言葉を思い出している途中から溢れ出した涙はついに決壊して流れ出し、机に落ちた涙が弾けて飛び散り、霧崎夫妻が持ってきてくれた高級な紅茶と珈琲豆の箱にかかった。
しばらく涙が止まらなかった聡介の父親だったのか、ひとしきり涙を流すと落ち着いたのか、近くに置いておいたタオルで涙を拭いた。
そのタオルは、聡介の遺影の前で泣いてしまってもすぐに涙を拭けるようにと聡介の母親が用意したものだった。
「あぁ……みっともないとこをまた見せてしまったな……。聡介の前にきてから、父さんは最近泣いてばかりだ。親を泣かせやがって仕方の無い奴だな……。あぁそういえば聡介のとこの教授だったかな?灰村さんって方が刀を持ってきてくださってなぁ。魔除けとしてちゃんとお払いしてもらったものらしいぞ。本当はいれていいのか分からないけど、骨壷と一緒に墓の中に入れておいたよ。わざわざ急ぎで作ってもらったものらしいから大事にするんだぞ」
そういった聡介の父親は、遺影の前に写真に写した小刀をかざして、聡介によく見えるようになのか何枚かの写真を順番に持ち替えていく。
「それでな。あれから暫くたってなぁ。ようやく母さんも元の調子が戻ってきたよ。お前が死んでからしばらく母さんは何をやってもぼうっとしてて危なっかしかったんだけど……ようやく元気になってきたよ。でも、夜中にお前の遺影の前で酒を飲んで泣きながら語りかけているのを見るとまだもう少しかかるみたいだ。そういえば、なんで元気になったのか聞いたんだけどな。お前の夢を見たんだってさ、なんだかどこかの田舎で鍛冶屋の真似事をしてたっていってたよ。化学が好きな聡介がやるもんかなぁ?って思ったけど、刀をもってこられたぐらいだし、意外にそういうことも面白がってやってそうだと思って母さんと久しぶりに笑えたかな」
「なぁ聡介……。いったいお前はどこで何をしているんだ?元気にやっているか?辛かったら帰ってこい、霊だろうと何だろうと話をきいてやろうじゃないか」
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砂漠の向こうから昇ってきた太陽の日差しで窓から差し込み目覚めた聡介は、自分の目元に違和感を覚えて指先を当ててみた。
「涙……?」
不思議そうにつぶやくと、さきほどまで見ていた夢の内容が一気に鮮明に脳裏に蘇った。
最後のシーンを思い出した聡介の目からはまた新たな涙が頬を伝って落ち、落ちた涙は工房の硬い床の染みとなった。
締め切った工房の中の薄暗さに、聡介はまるで冷たく暗い監獄のような印象を覚え、自分がこの世界に閉じ込められてしまったように感じてふいに不安になった。
しかし、そんなことはない!と強く思って頭を横に振って目を開けると、そこは普通の、鍛冶で使う工房の面影を残している部屋だった。
不安が消えて安心した聡介だが、ふと違和感を感じてベッドの上で動きを止める。
違和感がなんだったか。
それをじっと考えているとふとあることに思いついた。
「なんで死んだあとのことを覚えているんだろう?」
それは聡介が死んだあとのことにも関わらず、聡介の中で夢としてハッキリとした映像として残っていたからだ。
普通に考えれば死んだ時に記憶は途切れて、そのあとの自分が死んでからの周りの反応などが分かるわけはないのだ。
それなのになぜそれが分かるのか?
無理やりに考えれば聡介が作り出した本当の意味で夢と考えられなくも無いが、それだと聡介の知らない警察官や加害者の父親が出てきたことに説明がつかない。
夢とは基本的に過去の記憶や体験などをもとにして構成される自分に都合のいいものというのがほとんどだからだ。
父親を泣かせるということや、悲しませるということが都合のいいものかと問われれば断じて否である。
聡介は何か変なものに触れたかのように思いながらも、自分の想像か何かなのだと納得してベッドから身を起こした。
5863文字です。今回は前後編ということで早く更新してみました。
この後編では夢が覚めるまでとさめてからのちょっとですね。
はい、つなげました。1話目の話とリンクさせましたよー。
ちょっと意外でしたよね!?意外じゃなかったらごめんなさい!でも書いたった!
んで、親父さんパートですん。これね。皆はそうじゃなかったかもしれませんが、書き手として思い入れがあるぶん、号泣しながら書いてました。
自分の作品で泣くなんて自意識過剰みたいですが、泣いちゃった;w;
(´;ω;`)ブワッじゃなくてドバッて感じで……。家族物よわいのよ……。
んで、最後になりましたが、カレーの話です。
このカレーですがね。つくったことがありますが、すっごい美味しいです。
乗せていいのか分からないので削除依頼がきたら消しますが、URLをば……。
http://cookpad.com/recipe/507299
んで、ご飯のほうは実際に『華麗舞』でググれば出てきます。これ本当にカレーに合ってて美味しいです、カレーマニア必見。
もうね。感想じゃなくてもカレーの話でもかまいません。
カレー談義しようぜ!!!!
では、また次回で会えることを祈って。
P.S 無事卒業しました。皆様のおかげです。