―番外前編― 学校とカフェ ※誤字修正
―番外前編― 学校とカフェ
ある夜、聡介はいつもどおりに店を閉めてしっかりと戸締りを確認した後に自らのベッドの中へと潜り込んでいた。
元の世界にいたころなら未だにネットゲームをしたり、友人たちとしゃべっていたりするような時間帯だが、この世界にそれほど夢中になれるような娯楽は無く、聡介は最近では早寝をするようになっていた。
その日もなんら変わりなく、ベッドにもぐりこんでからしばらく目を瞑っていると次第に眠気がやってきて、聡介をまどろみの淵へと誘っていった。
ただ今日だけはいつもと違い、心地いい黒い闇に包まれて眠る聡介の姿には一筋の涙が流れていた。
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理学部化学科
「おーい、神尾くーん!ちょっとそこの機材あとで実験で使うから第二実験室に運んでおいてよ!それ運んでくれたら休憩してくれればいいからさー」
「わかりました~、灰村教授~。……って重いッ!この機材重すぎですよ教授!?」
「え?あぁうん。それ高いからね~。壊したら弁償だねっ!」
茶目っ気たっぷりに笑顔を浮かべてビシッと親指を立てる教授に、聡介はヒィッ!といいながら機材をゆっくりと持ち上げて、近くに置いておいた業務用の台車に乗せた。
そして教授の笑いながらの、落とすなよ~という声を聞きながら聡介はゆっくりと慎重に台車を押しながら実験室の中から出てきた。
理学部化学科に所属している聡介は今、教授の手伝いということで学校に来て機材運びなどの雑用をしている。
聡介は中学に入ってからの科学の授業で、実験を重視する先生と出会ったことで科学の楽しさを知り、科学部に所属してその先生の下でなんども実験を重ねていくうちに科学という分野が好きになった。
その好きが高じて聡介は進学した高校でも理系を選び、夜遅くまで勉強を毎夜して国立の有名大学の理学部化学科に見事合格することが出来た。
進学ということで不安だった一人暮らしもすぐに友人ができたことで色々と助けてもらうことも出来たので、快適な生活を送れている。
もちろんバイトもしているので帰りが夜遅くになることもあるが、今の生活が充実している聡介にはさほど苦にはならない。
大学から帰ってからは最近趣味となってきたネットゲームを数時間ほどしたり、課題をこなしたり、趣味の科学分野について調べ者をしたりしている。
大学に早く着いたときなどは教授が暇だと話をしたり、簡単な実験をしてみたり、教授がいないと趣味の実験をこっそりとしてみたりしている。
本当は機材を私用で使うのはあまりよろしくないが、教授はその辺りは寛容で、好きに使わせてもらっている。
教授曰く『若者は若いうちに好きなことを何でもしなさい。それが後悔しない生き方だよ』らしく、時には教授の知り合いも紹介してくれるほどで聡介は教授に頭が上がらない。
ということで、聡介は教授が何かの実験で困っているときや、人手が足りないときなどは進んで手伝うようにしている。
今回は教授がこれから急用で出かけるらしいので、代わりに実験で使う機材を実験室へと運んでおいてほしいということで手伝いにきている。
一つ一つがとても高価な機材なので落として故障させないように慎重に運ぶ作業を、廊下を何往復もしてこなしていくのは疲れる筈なのだが、聡介はいやな顔一つせずにこなしていく。
というのも、先日教授の知り合いの一人の刀匠のもとへ連れて行ってもらい、教授の科学的な解説付きで刀をうつ工程を見学させてもらったからだ。
通常は刀を打っているところを間近で見ることなど出来ない上に、科学的な解説を聞けることなどまず無いので、聡介はとても上機嫌なのだ。
「ふぅ、終わった終わった。……ん、もうこんな時間かぁ。まだ時間に余裕はあるけどそろそろ行くかな」
作業がおわった聡介は、叔父に卒業祝いで買ってもらった腕時計を見て時間を確認すると、荷物をもって実験室に鍵をかけ、その鍵を教授の机の引き出しに入れて講義室へと歩を進めた。
しかし、途中の購買所で見かけた女友達と雑談をしすぎたせいで時間ぎりぎりとなった聡介は急いで講義室へと向かった。
開始時間1分前にギリギリ間に合った聡介が扉を開けて中に入るとちょうど真ん中の列の中段辺りで手を振る友人の姿がみえたのでそこへと歩いていく。
「よう!おそかったなぁ。けど席はとっておいたぞ」
「サンキュー悠斗。でも、まわりはそこまで埋まってないからあまり意味がないけどな!」
「うるせーバカ!ちょっとぐらい感謝しろ!」
と軽いやり取りをしていると講義の担当の教授が現れたので、二人はすぐに静かにしておく。
間もなくその教授による講義が開始され、その数分後、聡介の友人は机に撃沈した。
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「おいおい、直ぐに寝るなよなぁ。あとで授業内容聞いてきても教えないぞ」
講義がようやく終わって一息ついて聡介が横を見ると、友人がちょうど起きたところだったのであとで泣きつかれないように聡介は先に釘をさした。
「ご心配なく~。俺は毒系のことは得意だから問題ないもんね~。あれぐらいの講義ならだいたい分かるさ。そんなにいうなら聡介は知っているのか?地球で最強の毒を持つ生物って」
「えー?ん~……なんだったっけなぁ……。……フグ?」
いつだったかのテレビ番組の特集で聞いたことがあるような問題に聡介は悩んだが、結局それらしい答えは出ず、一般的に有名な毒を持つ生き物の名前を挙げてみた。
「はっずれ~。正解は『キロネックス』クラゲの一種だ。立方クラゲの一種で、刺されると運が悪いと3分で死ぬほど強力な毒の持ち主。血清はあるけど、刺されたらほぼ死亡確定だな。なんせ3分で死んじゃうほどだからな、こわいこわい」
「へぇ~。そんなのがいるんだ……。それじゃぁ安心して海も泳げないじゃないか」
「あぁ心配すんな。日本の近くにはいないし、海外でもいるなら看板が出てるはずだから」
「ふーん……。それじゃぁさ、構造式が判明している最大の天然有機化合物で、非タンパク質の天然物として最強の毒は知っている?」
今度はさきほどのお返しとばかりに、聡介は友人が分からないように細かい条件をつけてさきほどと同じような問題を出す。
「あ?あ~……え~っと……なんだっけ……?ん~……」
「はい、時間切れー。正解は『マイトトキシン』。毒性はフグ毒として有名な『テトロドキシン』の約200倍の強さで、サザナミハギから単離されたもの。構造が巨大でまだ全合成した人がいないから、今だとそれを目指してる人たちが多いよね。あんなに構造が巨大なのによくやると思うよ」
「あ~マイトトキシンか。全然分からなかったわ。ってか、そんな条件つけて難しくするなんて卑怯だぞ!」
俺のはかなり優しい問題だっただろうがー!とウガー!といいながら怒る友人を尻目に聡介は涼しい顔でやり過ごしている。
やり返したという少しばかりの優越感を感じて少し気分がよくなった聡介は、今日のカリキュラムを思い出して他に講義が無いことを確認するとまだ講義が有る友人とは別れて、知り合いの経営するカフェへと向かった。
洋風の家が立ち並ぶ通りを抜けるとまず目に飛び込んでくるのが、地中海から吹く風を感じさせる手入れの行き届いた真っ白な白壁で、そこにはおしゃれなスカイブルーの小窓と、同じくスカイブルーの軽いゴシック調の扉がある。
周りに植えられている手入れの行き届いた観葉植物の緑も、白壁の美しさを際立たせるのに一役買っている。
扉の直ぐ脇には、草書体のような細い文字で『Cafe』と書かれた板が白壁に立てかけられていて、それがまた一層おしゃれに見える。
『Cafe』と書かれている以外には無粋なメニューや値段の表示などが無いのも好印象である。
それだけで一枚の絵のようになる扉を開けて店内に入ると、白壁に反射した光が店内を明るく照らして落ち着いた空間を演出している。
店内の各所には小窓や扉にあわせる様にスカイブルーの小物が配置されているので、落ち着いた空間というだけではなく、安らげるような優しい空間ともなっている。
聡介は小窓の近くの日の光の当たる明るいテーブルにつくと、かばんの中から愛読書を取り出した。
「いらっしゃい聡介さん。今日もいつもと同じコーヒーでいいのかな?」
「ん~、いや、今日は紅茶をお願いします」
「あら、珍しいですね。今日はなにかあったんですか?」
いつも頼んでいるコーヒーとは別の選択をしたことを珍しく思ったのか、このカフェの店長の妻である霧崎響香が聡介に尋ねる。
「いえ、今日は特に晴れていて気持ちがいいので香りがいいそちらにしようかと思いまして」
「なるほど、確かに今日は雲ひとつ無い快晴で気持ちがいいですからね。分かりました、少々お待ちください」
白のシャツに黒のパンツというシンプルな服装を身に着けた響香がカウンターへ戻ろうとすると、腰元につけた白地に青いチェックが爽やかなカフェエプロンがゆれる。
響香がカウンターに戻ると、そこには聡介の知り合いである霧崎洋介がコーヒーや紅茶をいれるための準備をしていた。
響香が洋介に聡介のオーダーを伝えると、コーヒーミルを引く手を一旦止めてこちらに軽く頭をさげる。
響香はスッと整った顔立ちでクールな印象を与える美人だが、洋介は見るからに優しそうな顔立ちで柔和な印象を与える好青年といった感じだ。
この二人と聡介が出会ったのにはありきたりではあるが、あまり遭遇しないだろういきさつがある。
というのも、20代前半で若くしてこの店を立ち上げようとしていた時、洋介と響香が運転する車がたまたま見通しの悪い交差点で左方からきた車にぶつかられてしまったのが始まりである。
ぶつかった車はいわゆるチンピラが数人で乗っているような性質の悪い車で、見通しが悪いんだから止まらなかったソッチが悪いと、一方的に言いがかりをつけて全額賠償どころか、そのうえで法外な慰謝料をふんだくろうとしたのだ。
当然、すぐに警察を呼んで解決をしようとした二人だが、洋介が携帯を出した瞬間に洋介は突き飛ばされ、そのすぐ傍にいた響香が人質同然につかまえられてしまった。
洋介はどうしようもなく、ちかくの銀行で引き出せるだけの現金をもってこいと言われ、店の開店資金を苦渋の決断で手放すところだったのだが、たまたま近くを通った聡介が近くの交番に駆け込み、すぐに警官を連れて行ったおかげでそれを回避できたのだ。
そんないきさつがあり、とても感謝をされた聡介は店を開いた時に招待してもらい、それ以来このカフェが気に入って何度も来ている常連となっている。
恩人ということでいつでもタダにしてくれるような勢いではあったが、聡介は流石にそれは悪いということで、妥協点としてコーヒーや紅茶を頼むと一つデザートをタダでつけてもらうということにおさまった。
これは自称スイーツ男子を語る聡介としては非常にうれしい事態で、このことも聡介がこの店の常連になった理由の一つでもある。
そしてしばらくしてから、洋介が厳選した茶葉で作られた出来立て紅茶が運ばれてくると、聡介は本を読む手を止めて栞を挟み、カップを手に取った。
香りをかげば、ダージリン特有のマスカットフレーバーと呼ばれる強く甘い香りが心地よく、紅茶を口に含むと、強めの渋みが口の中にひろがり、味に深みを与える。
「洋介さん、このダージリンすごく香りがいいですね。とっても美味しいですよ!」
「たまたま知り合いにいい茶葉をわけてもらえまして。気に入ってもらえたのならなによりです。」
紅茶を持ってきてくれた洋介に聡介がそういうと、洋介は笑みを浮かべる。
「それではごゆっくりしていってください。本日のデザートは響香が焼いたフォンダンショコラです。たしか聡介さんはチョコレートがお好きでしたよね?美味しく焼けているみたいなので楽しみに待っていてください」
「フォンダンショコラですか。美味しそうですね。あのチョコのとろけていく美味しさといったらもう……。楽しみに待たせていただきますね!」
聡介がそう返すと、洋介は微笑んだまま頭を下げ、カウンターのほうへと戻っていった。
それからすぐに響香が聡介のもとにデコレーションされた綺麗なフォンダンショコラを持っていき、聡介はとろける甘いチョコの味と、ダージリンの芳醇な香り、開かれた小窓から時折入り込んでくる風を感じながら午後のひと時を過ごした。
4996文字です。まさかの二部!?
書いてるときに前編後編に分かれるなんて想像もしてなかった……。
調子にのってあれこれ書いた結果がこれだよ!
さて、実は何を隠そう聡介は実はスイーツ男子だったのです!
スイーツ(笑)男子でもいいじゃない。美味しいんだもの……
作者も実はスイーツ男子だったり。だって美味しいんだもの。週2でスイーツ食べてるよ。だって美味しいんだもの。
まぁそれはさておき、次回ももちろん番外です。
いらねぇよ、バカ!本編進めろ、ノロマ!なんて言わないで……。
ちなみに作者3月1日に学校卒業です!進学で東京にいくよ!専門だけど!
ちなみにすむのは川崎多摩区あたり。そこら辺りに私は転がっています。
一人暮らしでも皆がいるから寂しくなんてないんだからぁぁ!