―026― 商品作りと新装開店 ※誤字修正
―026― 商品作りと新装開店
大慌てで再び工房に戻って、次の朝までなにをするともなくゆるゆるとひきこもり生活をして過ごしていた聡介は工房の中で目を覚ました。
前日にやることが無さ過ぎて昼寝をしていた聡介はその分だけ目覚めが早くなってしまい、工房の裏路地に通じるドアの鍵を開けて出ると、家と家とで挟まれた狭い空はまだ白み始めたばかりだった。
デザートランドの裏路地はその言葉のイメージ通りにジメジメしているということはなく、乾いた砂埃が積もっていて埃っぽいような場所だ。
しかし、やはり建物に挟まれた狭い通路なので暗いし、稀にどこかの食堂がすてた残飯のすえた様な匂いもただよってくる。
砂漠という暑い環境なので普通は捨てた物が腐って匂いを放たないようにキッチリ処理をするはずなのだが、どこかのだれかがそれを忘れたようで今日はその匂いが裏路地に漂っていた。
外の明るさがわかった聡介は、腐った匂いに顔をしかめながら早くドアを締め切った。
さて、話は変わるが聡介の本日の予定としては、この店の新装開店である。
そのための準備をしなくてはいけないと思った聡介は、動きまわるには多少早い時間ではあるが、時間ギリギリになるよりはましだと判断して店の準備を始めることにした。
まずは商品の代金のお釣りの用意のために売上金を入れるためのボックスの中の硬貨を取り出しやすいように並べ替えておき、そのボックスの横に売れた商品を書いておくためのメモ用紙――コレは元々聡介のバッグにあったもの――を置く。
それが終わった後はメインの商品となる武器を倉庫の中から取り出していく。
店内の棚にかざるとゴトゴトと音が鳴るので店内には出せないが、工房の壁は厚く音を通さない造りなので工房の床にどんどんと並べていく。
刀8本、片手剣25本、両手剣20本、短剣10本、ナイフ15本、盾5個、鎧4個
数だけ見れば小さな武器屋としては一見十分そうに見えるが、これでは少し客層が限られてしまう。
というのも、これでは飛び道具、主に弓矢などの遠距離から攻撃出来る武器がなく、槍などのリーチが長い武器がないのだ。
他にも武器の種類をあげていけばきりがないのだが、これでは少し心もとないというのは事実である。
そこで考えた聡介は、あまり複雑な成型などをしなくても済む打撃系の武器をレパートリーにいれることにした。
まずは棒の形にするだけでことたりる棒の制作に取り掛かることにした聡介は、炉の傍に積んでおいた木を取ると、錬金術で黒檀ほどの重さと硬さになるまで圧縮をし、そこに炉の中に残っていた炭――必要なのは黒色となる炭素――を加えて見た目も黒檀と同じに仕上げる。
圧縮したおかげでかなり小さくなった物をそこから圧縮率を変えないまま180㎝ほど縦に細長く引き伸ばしていき、打撃部に鋼をコーティングして完成させた。
黒檀を意識して造ったため表面は重厚感溢れる黒一色で染まっていてとてもきれいな仕上がりとなり、いかにも高級ですといった感じだ。
だが、これは品数を増やして売るための物なのであまり値段をつけられないため、普通の鉄剣よりちょっと安い500ギルほどの値段設定にするつもりだ。
それと同時に、聡介もあまりにもネタに走りすぎていて誰も買わないだろうとは思ったのだが、アダマンタイト製金属バットにアダマンタイト製の釘を張り付けた所謂『釘バット』。
通常の釘バットと違い、アダマンタイト製のため錆びず、折れないため半永久的に使い回せる逸品ではあるが、流石にこんなものに値段は付けられないため、聡介はアダマンタイトの色を隠すために黒色を混ぜて誤魔化して店の隅の棚にでも飾っておくことにした。
そのほかにもハンマー部分に鉛を入れた鉄製のハンマーや、大きさがバラバラの偽黒檀製の棒を創った聡介が、工房の床にそれらを並べると少しは見栄えが良くなった。
槍や、弓矢などの武器はこの街に来る時に馬車に積んでいなかったので、今度創ることに決めた聡介はとりあえずそれらのラインナップで満足することにした。
そのほかにも開店の為にする準備などで聡介が悩んだり動きまわっていると、太陽がようやく地平線の彼方からゆっくりと眩く輝くその身を現し始めた。
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「おはよう、ソウスケ。今日からお店開店だっけ?」
「うん、そろそろ店を開けなきゃ支出ばっかりで赤字になっちゃうからね。今日開店するつもりだよ」
既に着替えをして髪を整えてから下りてきたエミリーは、慌ただしそうに開店の準備で商品を棚に陳列している聡介を見ると、簡易に造られているキッチンスペースに立った。
エミリーは冒険で役に立つようにと覚えた簡単な火の呪文を唱えて、火をおこすと近くに置いてあったフライパンをその上に載せて温め始める。
その間にパンをその横で焦げない程度に温めつつ、ザクザクと野菜のシャキシャキ感を損なわない程度に切っていく。
温まったフライパンにアリーバと呼ばれる実からとれる油を引いて、長めのソーセージを2本並べて焼いていく。
そしてパンが温まったところでパンの真ん中にナイフを入れて切り開き、そこに先ほど切った野菜を詰めておく。
最後に、ソーセージを直火にあててバツッと皮を弾けさせてから、肉汁溢れるソーセージをパンの中の野菜の上に載せてピリ辛のソースを掛けると出来上がりだ。
パンはほんのり温かく、ジューシーなソーセージからは肉汁が溢れて光輝き、野菜は瑞々しそうで、そしてそれらの上では赤色のソースが鮮やかな彩りとなってパンの上で存在感を放っている。
出来たてのホットドッグは簡素なカウンターの上で、窓から差し込む太陽の光を受けてまさに宝石のような輝きを放ち、市場で安く売られているクタッとしたモノとは一線を画している。
そしてそれは冒険者でありながらもキレイに手入れされた滑らかな指先でソッと優しく包み込まれ、プルンとした瑞々しい唇の上を滑り口の中へと迎え入れられた。
「ソウスケの分もつくったからいったん休憩して食べなよ~」
「ありがとう!わぁ、すごくおいしそうだね!」
「ふふふ、簡単だけど出来たてってすごくおいしいのよねぇ~。ささっ、早く食べちゃいなよ!」
「いただきますっ!」
作業を一時中断して、エミリーから出来たてのホットドッグを受け取った聡介はガブリと大きく口を開けて食べた。
「うん、やっぱり出来たてはおいしいなぁ~。わざわざありがとね、エミリー」
「そう言ってもらえるとつくったほうとしては嬉しい限りだわ~」
そしてホットドッグを食べ終えた二人は、聡介がお礼にと用意したコーヒーを飲んで雑談をしてしばらく朝食のあとの優雅な一時を楽しんでいた。
「「え~っと、俺らの朝食は……?」」
それから少しして起きてきたジョージとジャックは朝食を買いに二人で寂しく市場の方へ出かけていった。
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聡介が開店をすると、まず最初に入ってきたのは明らかに冒険者らしくない主婦といった感じの3人ほどのグループだった。
その奥様3人組は、剣や防具等があちこちに飾られて光を放っている店内を物珍しそうに見回しながらカウンターまでやってきた。
「すいません。包丁を買いにきたのですがありますか?」
「はい、こちらです」
「……えっと、これら以外の包丁ってないんですか?」
聡介が包丁の置いてある棚の場所まで案内すると、お客の女性の口から出た言葉はお目当てのモノが無いことに対する落胆だった。
「私達、斜向かいの食堂のアイラさんがここのお店でもらった包丁がすごくいいって聞いてきたんだけど、もうそれはないの?」
「えっと、すいませんが。あれは非売品でして、どうしてもっていう方には特注という形でお売りするつもりなんです。ここにある包丁も流石にあれほどではないのですが、これもモノはいいのでどうでしょうか?」
「ん~、どうする~?」
「私は切れ味を見てみないことにはなんともいえないかな~」
「あの~すいませんけど、ちょっと試し切りしてもいいですかー?」
3人は少しだけ話しあうと、どうやら切れ味を見てみるために試し切りをすることに決めたようだ。
こちらとしても、切れ味を直接見てもらってそれで納得してもらって買ってもらうのがベストなので、どうぞという感じで聡介はそれを承諾した。
その3人組はどうやら市場からの帰りだったらしく、一番後ろにいた人が袋の中から玉葱――オーニオンと呼ばれているが、玉葱――を取りだしたので、聡介は店のキッチンスペースからまな板を持ってきた。
まな板をうけとった人はカウンターの上にまな板を置き、その上に玉葱を置くと、聡介が棚から出した包丁を受け取って薄くスライスし始めた。
トントントンと軽快でリズミカルな音が昼さがりの店内に響いていく。
「……?あれ?マリー、これっていつもと同じ玉葱?全然涙でないんだけど……?」
「えー、本当?このあと、マリネのサラダにするつもりだったから普通の玉葱のはずだよ?」
「……実は玉葱は、切れ味が良いと目が痛くならないんです。これはあまり知られていないのですが……。おそらくその玉葱は普通のものだと思いますので、かじってみると辛いと思いますよ」
その言葉に半信半疑といった感じながらも、切りかけの玉葱をちょっとかじってみた3人は辛そうな表情を浮かべた。
そんな3人にお茶を入れて持ってきた聡介は、飲んでいる途中で説明した。
「自分もなんでそうなのかは詳しくはしらないのですが、切れ味がいい包丁だと玉葱を切っても目が痛くならないようなんです」
成分などの話をするわけにもいかないので誤魔化していった聡介の言葉を身を持ってしった3人はそれぞれ、へぇ~といった感じに頷いた。
「じゃぁそれをもらおうかしら。いくらぐらいですか?」
「この包丁は60ギルになります。ちなみに、この小さいナイフ等のセットになりますと、5本で200ギルになります」
「それじゃぁ1本もらうわ」
「私も1本お願い」
「ん~……私はセットで買わせてもらうわ~」
鋳造の技術があるとはいえ、まだ大量生産が出来ないこの世界ではまだ包丁は長く使い続けるものという考えがあるために少し高めのこの値段設定でも奥様3人組は快く受け入れたようだ。
元の世界なら100円均一ショップのせいで売れなかっただろう値段設定なので、聡介は内心でこの値段が適切なのだろうかと、僅かに不安を持っていたがそれは杞憂に終わったようだ。
カウンターで3人からそれぞれ合わせて320ギルを受け取った聡介は、それを売上金を入れる箱にいれつつ、包丁単品×2包丁セット×1とサッとメモ用紙に書きつけた。
それからカウンターの下から包装用の黒の無地の布を取り出し、包丁をとりに棚までいった聡介は2本の包丁にそれを巻きつけ、セットの包丁の方は置いてあった箱ごと抱えてカウンターに戻った。
ちなみに、黒の無地の布は市場で安く買ったもので、なぜ布かというと、木の箱は一般的にそこそこ造るのに値段が掛かるので安く済む布にしたというわけだ。
3人にそれぞれの商品を渡した聡介は、お取り扱いに気を付けてください、切れが悪くなれば持ってきて下さればお安く研ぎますと言って、3人を店の外に送り出した。
それからもしばらく冒険者風の人達や、包丁の噂を聞いた奥様方や料理人といった方が来て包丁や鉄剣などを買っていったが、さすがに高額の商品が開店当日に売れるということは無く、その日の売り上げは、包丁単品×5=300、包丁セット×2=400、鉄剣×5本=3000、ナイフ×3=900の計4600ギルとなった。
もとの世界の値段に換算するとおよそ460000円。
一日の売り上げが46万円。
武器屋の商人が死の商人と呼ばれて蔑まれていても無くならない訳が聡介はようやく分かった。
特にこの世界では恒常的に魔物という敵対存在がいるおかげで需要は無くならないために廃れるということも無く、安定した職業となっている。
もちろん技術がともなっていない、または工房に武器を注文してソレを売るタイプの武器屋は、買われなかったり、工房に渡す代金がいるために利益がでにくいだろうが、聡介のような全て自分でするタイプの武器屋は大きな利益が出やすい。
とはいえもちろんデメリットはあり、無名の武器屋なので人が入りにくいというのがある。
それはこれから聡介の創る武器の優秀さが有名になれば解決されるので、そこまで気にしなくていいことかもしれない。
これから自分の創るものが認められれば更に多くの売り上げが期待できると分かった聡介は、そんな期待に胸を膨らますのであった。
5019文字です。
今回は気分がよかったので、調子に乗って今までより早い更新をしてみました。
……くれぐれも次もこのペースでの更新だと期待はされないようにお願いします(汗
それではまた次回でお会いしましょう