―011― 光と腐敗
―011― 光と腐敗
暗闇をかき消すかのように、全身から眩い光を放つ女性は、この世のものとは思えないほどの整った美貌の持ち主だった。
光の中で波打つように揺れる髪は輝き放つブロンド、鼻筋はスッと通り、開いた瞳は金色で、瞳の中は星を散らしたかのような輝きをはなっている。
出るべきところは出て、締まるべきところは締まった美しくきめ細やかな肌を持つ肢体。
その肌の上には、まっさらな白地に金糸で複雑な刺繍をあしらった法衣の上に、キラキラと光を反射させる薄くサラサラとした布を何枚も纏っている。
聡介があまりの神々しさに我を忘れていると、後ろから絞り出すようなエミリーの声が聞こえてきた。
「嘘……でしょ……?……大精霊レイルース………こんな遺跡にいるなんて………。信じられない………。なんでこんなところに………」
呟いたエミリーは大精霊の姿に目をうばわれていた。
それもそのはずで、目の前にいる姿は世界創生の神話によく語られる光の大精霊レイルースの姿であったからだ。
この世界パラノーシスは、6柱の大精霊によって成り立っていると言われている。
光のレイルースは世界を照らし、生きとし生けるモノの目に光を与え、活力を与える。
闇のスキアノクスは世界を闇で覆い、生きとし生けるモノの活動を止まらせ、安らぎを与える。
風のウェントゥスは世界を駆け回り、生きとし生けるモノの背中を押し、勇気を与える。
炎のプロクスは世界を燃やし尽くし、生きとし生けるモノの全てを滅し、再生を与える。
土のテトラスは世界を持ち上げ、生きとし生けるモノの足元を支え、誕生を与える
水のアクアスは世界を潤し、生きとし生けるモノの体内を廻り、成長を与える。
6柱の大精霊によって世界が創生され、大精霊より分かたれた精霊達の加護により生き物は魔法を扱える。
今もどこかで世界を支え続けていると言われている大精霊達だが、発見出来たものはいなかった。
そんな大精霊の1柱が、今や聡介の眼前に光を放ちながら立っているのだ。
聡介は、いつまでも眩いばかりの光を放つレイルースに目を奪われていた。
「我は光の精霊レイルース。ここは腐敗の王を封ずる処なり。汝、腐敗の王を越え、我が光を己が内に求むるならば、王の証たる神の加護を授けし聖銅を見せよ。」
レイルースの口から発せられた言葉に、聡介はぼうっとしながらも自分の腰に下げられている剣を見た。
聡介が持っている剣は、オリハルコンで創られた『クラウ・ソラス』だ。
オリハルコンは、『山の銅』とも言われる銅の頂点に存在する金属……いや、全ての金属の頂点に君臨する金属だ。
他に銅製の物を身につけて無い聡介だけが、聖銅と言われて分かった。
聖なる銅……それはつまり、オリハルコンのことだったのだ。
視線を腰に差した剣へと向ける聡介は、鞘口から紅い光がうっすらと漏れ出していることに気がつく
否、それだけでは無く、全身に身に付けたオリハルコンの鎧すらも、深紅の光を察していた。
オリハルコン達がレイルースの力に反応して共鳴しているのだ。
「ソウスケの全身が真っ赤に燃えあがっている……」
呟いたジャックが見た先の聡介の体は、燃えあがるように揺らめく紅い光の中にあった。
遠くから見ることしか出来ないジャック達は、その姿に茫然としていた。
剣を鞘から抜き、両手で握った剣を何かに突き動かされるように体の前へと掲げた。
「王を継ぐ者。我は汝に、永久の光と守護を。汝は我に、不浄を打ち崩し光の導き手となることを。契約は光の精霊レイルースの名において。契約を交わすならば、我が試練を受けよ。打ち勝ちし時、我は汝に光を与えよう。」
レイルースは言い終わるとその体を光に変え、円柱の中へと吸い込まれていった。
完全に吸い込まれ、光を一際強く輝かせた後、円柱はひび割れる。
不吉な光景と感じた4人は知らずのうちに1歩後退した。
円柱のひび割れた個所からは、黒い霧が蛇の吐息のようにシューシューと立ち昇る。
黒い霧はゆっくりと、確実に広がって行く。
ついに聡介のところまで迫ったが、聡介はゾクッとした悪寒を感じて3人の居る場所まで戻る。
「ねぇ……あれって何だと思う……?」
「知らん。……体に良いものとは到底思えないがな」
「あんなに黒い霧なんて見たことがないわ……」
聡介が冷や汗を流しながら尋ねるが、ジョージとエミリーから帰ってきた答えは期待したものではない。
「瘴気……」
振り返り見たジャックの顔は青褪めていて、恐怖の感情が張り付いていた。
「……昔本で見たことがある……。あれはたぶん瘴気だよ。死の空気、魔界の空気色々言われているけど、共通しているのは『死』ってこと。死んでからも動き続けるモノは、瘴気を出し続けて、生きて居るモノを皆殺そうとするらしいよ。瘴気を生物が吸い込みすぎると、衰弱して死ぬらしいから気をつけて。」
ジャックの注意に、3人は冷や汗を流しながらゆっくりと頷いた。
広がる瘴気は濃度を増し、中心部分は真っ黒に染まり何も見えなくなってくる。
そして、次第に意思を持ったかの様に流動し始めた瘴気は一つの形を作り上げる。
ある一定の形まで達した瘴気は、質量をもった物質へと変化していく。
それを見続けるジョージは何かに気付いたようだ。
「オイオイオイ……。冗談じゃねぇぞ……。なんでこんな遺跡に出てくんだよ。クソッ、ふざけんな!」
「ちょっとジョージ!?一体あれは何なのよ!?」
一人気付いたジョージが悪態をついたが、すぐにエミリーが叫ぶように説明を求める。
その間も固まっていく瘴気は、とある生き物の形になっていった・
「クソッ!ありゃぁ、ドラゴンゾンビだ!耳ふさげ!でかいのがくるぞぉ!!」
ジョージが叫んだ瞬間ジャックとエミリーは直ぐに耳を塞いだが、聡介はなんのことかわからずに立ち尽くしているだけだった。
聡介がそうしている間に完全に形を成したドラゴンゾンビは、血のように赤く輝く目を聡介たちへと向ける。
そして、獲物を視界に捕らえたドラゴンソンビはわずかに首を反らし、巨大な顎を開け放つと、黒い口腔の奥から腐った体液を撒き散らしながら咆哮をあげた。
オォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!
巨大な顎から発せられた咆哮は地下の空気を震わせ、衝撃波の爆風となって聡介たちを襲った。
ドラゴンが獲物を見つけると獲物を怯ませるために咆哮を発すると知っていたジョージ達は、耳を塞ぐことでなんとか気絶をすることは免れたが、耳を塞がずに立っていた聡介は衝撃波の爆風をもろにうけた。
160デシベル以上もの爆音――飛行機のエンジン近くで120デシベル――の衝撃波を受けた聡介は内耳の聴覚細胞を傷つけられ、平衡感覚を失ったことでついには気絶してしまった。
気絶する直前で聡介の目に映ったのは、腐液を流しながらも体中から黒い瘴気を立ち上らせ、こちらを赤く輝く眼で睨みつけてくるドラゴンゾンビの姿だった。
なんて毒々しく、憎しみに彩られた目なんだろうと思いながら、聡介の意識は遠のいていった。
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聡介が倒れてしまってからしばらく、戦況はおよそ良いと言えるものではなかった。
聡介を襲わないようにドラゴンゾンビを挑発したりしているジョージ達は十数分で疲弊し始めていた。
というのも、ジョージ達の武器ではドラゴンゾンビに致命傷を与えるどころか、かすり傷を与える程度しかできなかったからだ。
腐ってもドラゴン種……骨と腐った肉体だけになったといっても強靭な防御力は変わりはしていなかったのだ。
そのうえにドラゴンソンビの放つ一撃は、掠るだけでも致命傷になるほどに殺傷力を持った巨大な爪の一振り。
完全に避けきるしかない一方的な戦い……そして相手は無尽蔵の体力を持つドラゴンゾンビ。
ジョージ達が疲弊するのは仕方ないことだった。
そして、よけ続けられて痺れを切らしたのか、ドラゴンゾンビの次の一撃で状況は最悪の状態へと変化した。
今まではジョージ達3人を一掃するために、死神の鎌のように左右から振られていた一撃が縦へと振り下ろす一撃に変化したのだ。
これがただの魔獣の一撃なら避けるだけで事足りたが、ドラゴンゾンビの一撃は地下の空間を激しく揺らした。
よほど頑丈に作られているのか地下の天井が崩れ落ちてくるということは無かったが、地面を揺らしたためにジャックの体勢が崩れた。
ほんの少し、それもヨロッとする程度のものだった。
それでも、一撃必殺をほこるドラゴンゾンビの一撃を辛うじて避けていたジャックにとって、それは致命的過ぎるほどの隙だった。
当然、ドラゴンゾンビがそれを見逃すはずも無く、ジャックに向けて鋭く巨大な爪を振るった。
体勢が崩れるのもかまわずにバックステップを踏んだジャックは、なんとか一撃目をよけることが出来た。
そう……一撃目は避けられたのだ。
無理を承知でバックステップを踏んだジャックは、さらに体勢を崩した。
ドラゴンゾンビが無情にも巨大な腕を振りかぶる。
体勢を崩したジャックは、まだよろけている。
そしてついに、ジャックを確実に死に至らしめる一撃が振るわれた。
「ジャァァァァァァァアアアアアアアアアック!!!!!」
ジャックを助けようとして、叫びながら走りこんでいったジョージは、眼前を通り過ぎた一撃が起こした突風によって吹き飛ばされた。
「イヤァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
ジャックへと迫るドラゴンゾンビの一撃を目にし、エミリーが悲痛な悲鳴を上げる。
そして
ドラゴンゾンビの一撃は狙いたがわずにジャックを吹き飛ばした。
まるで大砲で打ち出されたように猛烈なスピードで吹き飛ばされていったジャックは、何度もバウンドして、地下の硬くゴツゴツとした地面に叩きつけられた。
ジャックは、すらりと伸びていた手足を不自然な方向に折り曲げ、大量の血を流してピクリとも動かなかった。
再度、エミリーの悲鳴が広大な地下空間に空しく響きわたった。
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聡介は、とてつもなく大きな揺れを感じて、ようやく目を覚ました。
いまだに耳鳴りがして、頭痛がするのをなんとか気合で押さえ込み、状況を把握しようとする。
聡介が体を起こして最初に見た先にはジャックがよろめいて体勢を崩したのが見えた。
その次に奥で鋭い爪を振り上げる巨大なドラゴンゾンビ。
助けなければ……そう思った聡介の体は動かない。
怖い……そんな感情が頭の中を支配していた。
意識を失う直前に見た、憎しみに彩られた血の様に赤く輝く眼が脳裏に蘇る。
そうしている間にもジャックには鋭く巨大な爪が迫る。
それをなんとかバックステップをして避けたジャックを見て、聡介は安堵に胸を撫で下ろす。
やはり、自分が出て行かなくてもジャック達はプロの冒険者だ、任せれば良いと思ってしまった。
目を上げた聡介の目の前では体勢を立て直そうとしているジャックがいる。
それをなんとなしに見ている聡介の目に、奥で爪を振りかぶるドラゴンゾンビが映った。
未だジャックは体勢を整えられていない。
今度こそ助けなければ……そう思ったが、やはり足がすくんでしまった。
そして、ジャックを殺そうとする一撃がドラゴンゾンビによって放たれた。
その一撃は助けに入ろうとしたジョージを突風で吹き飛ばし、ついにはジャックを吹き飛ばした。
え?
そう思う間も無く自分の数メートル横を吹き飛んでいったジャック。
後ろを振り返ると、手足を不自然な方向に曲げて血を流して動かないジャックがいた。
ジョージは吹き飛ばされて遠くで動かないまま、エミリーは涙を流して膝を突いている。
短い間ながらも本当に仲良くしてくれた3人。
その瞬間に聡介の中で、なにかが弾け飛んだ気がした。
殺してやる
ふらりと立ち上がった聡介の目は、垂れ下がってきた髪で隠れて見えない。
腰に差さったクラウ・ソラスをゆっくりとした動作で引き抜く聡介。
「殺してやるッ!!!!!!!!!!!」
憎しみを込めて叫んだ聡介は、全力でドラゴンゾンビのもとへと矢のように駆けていく。
聡介を迎え撃とうと再び爪を振り上げて、ゴウゴウと風を巻き込みながらドラゴンゾンビは腕を振るう。
「邪魔だ!!!!」
腕を振るおうとする聡介の手の先で、バチバチと練成が始まりだす。
そして、振り切る聡介の手の動きに合わせるかのように巨大な紅い槍が精製されて、ドラゴンゾンビの腕を串刺して動きを止めた。
初めて傷を負ったドラゴンゾンビが鋭く悲鳴を上げるが、それさえも途中でやめることになった。
まわりの空気ごと瘴気を切り裂いて飛来した巨大な槍が、ドラゴンゾンビの喉を貫くことになったからだ。
自分を守ろうとして残った腕を我武者羅に振り回すドラゴンゾンビ。
しかし、それが聡介にあたることは無かった。
聡介が走りを緩めることなくクラウ・ソラスを振り抜き、その腕を切り飛ばしたからだ。
手首ごと斬り飛ばされた腕は一度空中を静かに舞った後、ズズゥンと音と粉塵を立てて地下の地面に落ちる。
再度腕をふるって紅い槍を練成した聡介は、それを投げ飛ばして手首の無くなった腕を地面に縫いとめる。
両腕と喉を串刺しにされたドラゴンゾンビは、その場から動くことも咆哮をあげることも出来ずにただ立っているだけだ。
しかし、いくら聡介の身体能力が強化されていようとドラゴンゾンビの頭まではジャンプしても届かない。
腕を振るう聡介は再度練成をする。
そして、今度は地下空間の天井から真っ赤な太い柱が伸びてきてドラゴンゾンビの頭を地面へと押さえつけた。
それを確認した聡介は更に走るスピードを上げ、クラウ・ソラスを大上段に振りかぶった。
いまや聡介は戦場を駆け抜ける軍馬の如く速い。
ドラゴンゾンビは頭を押さえつけられたまま、巨大な顎を開くことも出来ずに動けずにいる。
最後の一歩で地面を踏み切り空中から振り下ろされたクラウ・ソラスは、柱ごとドラゴンゾンビの頭を一刀両断した。
そして、ドラゴンゾンビは悲鳴を上げることなく動かなくなり、灰になると消え去っていった。
いま、立っているのは聡介とジョージだけだ。
どうやらジョージはあれから直ぐに立ち上がってこの戦いをみていたらしい。
エミリーはというと、呆然とした面持ちでドラゴンゾンビの消えたあたりを見ている。
「終わったの……?」
エミリーがつぶやくようにいうと、聡介もジョージもやっと武器を下ろした。
やっと、終わった……
そう思うと聡介の膝から力が抜けそうになったが、なんとか踏みとどまる。
すると、またもや目を焼くような眩いばかりの光が目の前を覆いつくす。
そして光が止み、目をようやく開けると目の前には光の大精霊レイルースが再び姿を現していた。
「見事。我は契約を交わそう。我が光を汝に。光の加護を、光の導きを汝に。我が光は永久に汝と共に歩み、永久に汝の道を照らす。汝が望むならば、どんな障害であろうと切り裂き、道を示そう。今ここに光の精霊レイルースが誓おう」
そういうとレイルースの体から真っ白な光の珠が生み出され、クラウ・ソラスの中へと吸い込まれていった。
光の珠を吸い込んだクラウ・ソラスは次第に輝きを増してくる。
ついにオリハルコンの紅い刀身は眩く光り輝く刀身へと生まれ変わった。
それはレイルースと同じ光を発していて、まるで伝説の中に登場した本物のクラウ・ソラスと同じような神々しさだった。
ケルト神話の中でダーナ神族を率いていた王ヌァザが所持していた光の剣。
一度鞘から抜かれれば、その一撃から逃れられる者はいない不敗の剣。
誰一人逃れることも隠れることも出来ず、どんな敵も探し出して必ず打ち倒すヌァザの剣。
まさにその剣がここに出来上がっていた。
そして、それを見届けたレイルースは輝き始め、去ろうとしていた。
「待ってください!ジャックを……ジャックを助けてください!」
そう叫んだ聡介の言葉に動きを止めてゆっくりと聡介のほうに向き直るレイルース。
「契約を。汝は不死になり、永劫を生きることを。我はその者を生き返らせることを。契約を望むならば、誓いの言葉を述べよ」
生き返らせることが出来る。
その言葉に聡介はすぐさま飛びついた。
代償に永劫を生きることを条件に。
そうしてジャックは生き返り、聡介は不死を手にした。
このときの聡介は、永劫を生きるという意味を勘違いしていた。
そして、聡介の長い長い人生がこの時より始まったのだった。
6595文字です。
難産!すごい難産!死ぬほど難産!
もうね、皆さんが納得できるかどうか不安でございます……。
この話を読んで時間があるならば、この話の感想をもらえると嬉しいです。
今回ばかりは誹謗中傷も覚悟しております。
では、この話を読んでも次を見てくれるのならば!
次回をお楽しみに!