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VRゲームだと思って始めたら、ガチの宇宙戦争だった件について  作者: KEINO


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第8話

「……いいか? 途中で嫌だといっても、私はやめんからな」


 一ノ瀬博士の声が、どこか楽しげに響く。

 俺は今、工房の奥にあるメンテナンス用ベッドに横たわっていた。

 隣のベッドには、漆黒の機体『ナイトハウンド』が固定され、無数のケーブルで接続されていた。


 俺の意識データを、古い義体から新しい義体へと移し替える転送作業。

 本来なら専用の設備と数時間の調整を要する工程だが、このマッドサイエンティストは「私の独自アルゴリズムを使えば数分で終わる」と豪語した。

 ただし、「多少の反動は我慢しろ」という不穏な注釈付きで。


「準備はいいか、ポンコツ。いや……久々のチャレンジャーと言っておくべきか」


 コンソールに向かう一ノ瀬の背中は、獲物を前にした肉食獣のように弾んでいる。

 キーボードを叩く指の速度が、彼女の興奮を物語っていた。


 「フフフ……一応聞いておくが、この転送プロセスで脳が焼き切れた場合、当社は一切の責任を負わない。その旨の免責事項には同意するか?」


 「長い利用規約は読まずに『同意する』を押す主義でな。スキップしてくれ」


 「ハッ、いい心がけだ。どうなっても知らんぞ」

 

 一ノ瀬は鼻で笑いながらも、最後のキーを入力した。


「――転送、開始」


 エンターキーが叩かれた瞬間。

 世界が裏返った。


「ぐっ……!?」


 視界がホワイトアウトする。

 脳髄を直接鷲掴みにされ、無理やり引きずり出されるような強烈な浮遊感と吐き気。

 視神経の奥で、幾何学模様の光が明滅し、耳元で高周波のノイズが暴れ回る。

 まるでジェットコースターで垂直落下しながら、パズルを解かされているような感覚だ。

 これが反動か、と苦しんでいるうちに感覚が溶けていく。

 

 溶けた意識が、データの奔流となってケーブルの中を疾走する。

 暗闇の中を、光の速さで駆け抜ける。


 そして。

 ガキンッ!

 硬質な何かに、意識が激突して嵌まり込む衝撃。


 『システム・オンライン』

 『生体認証:確認。ニューラル・リンク・確立』

 『動力炉ジェネレーター:臨界出力にて安定』


 軽快な電子音声と共に、視界が拓けた。


「…………」


 俺は、言葉を失った。


 そこにあったのは、圧倒的な「解像度」と「透明度」だった。

 さっきまでのジャンクハウンドの視界とは、次元が違う。

 アナログ放送から、いきなり8K映像に切り替わったような衝撃。

 ノイズの一つも走らないクリアな視界には、工房の埃の一粒、空中に漂うオイルの微粒子までもが鮮明に映し出されている。情報の密度が濃い。

 なのに、頭が痛くない。

 膨大な視覚・聴覚・触覚情報が、抵抗なく脳に流れ込んでくる。


 俺は、自分の手を見下ろした。

 漆黒の艶消し装甲に覆われた五本の指。

 握り込み、そして開く。


 音もしない。

 ジャンクハウンドの時は、「重い鎧」を内側から必死に動かしているような感覚だった。

 動くたびにギシギシと悲鳴を上げ、ワンテンポ遅れて反応する鉄の塊。

 だが、こいつは違う。

 もはや、生身の体といって差し支えない。


 指先の関節一つ一つに神経が通っているかのような錯覚。

 機体との境界線が曖昧になるほどの一体感。

 そして、身体の奥底――胸部のジェネレーターから伝わってくる、低く、腹に響くような振動。

 それはまるで、鎖に繋がれた猛獣が、今か今かと獲物に飛びかかるのを待ち構え、喉を鳴らしているかのようだった。


「……聞こえるか? 『ナイトハウンド』の機嫌はどうだ」


 スピーカー越しに、一ノ瀬の声が聞こえた。


「……最高だ。ノイズがない。視界が良すぎて、博士の白衣のシミの数まで数えられそうだ」


 俺が口を開くと、機体のスピーカーからは、先ほどまでの歪んだ合成音声ではなく、威圧感のある低音が響いた。


 だが、それを聞いた一ノ瀬は、なぜかプッ、と吹き出しそうになるのをこらえ、ニヤニヤと俺の顔――黒いバイザーを見つめていた。


「……なんだ、その顔は」


「いや? 『遊び心』も正常に作動しているようで何よりだと思ってな」


 一ノ瀬は意味深に喉を鳴らすと、コンソールを叩いた。


「減らず口が叩けるなら上等だ。さっさと外へ出ろ。赤ん坊の歩行訓練の時間だ」


 工房の大型ゲートが開き、天井の明かりが差し込んでくる。

 俺は、新生した身体で、最初の一歩を踏み出した。


 

   ***


 

 工房に併設された試験演習場。

 コンクリートで舗装された広大なスペースは、義体のテストを行うには十分な広さがあった。

 ユイと一ノ瀬が、安全圏である強化ガラス張りの管制室から見守っている。


「アキトさん、無理はしないでくださいね! まずは基本動作の確認から……」


 ユイの心配そうな声が通信機越しに届く。


「では、セーフティーを解除するぞ」


 一ノ瀬博士の言葉と共に視界の端に『制限解除』のログが流れる。

 俺は軽く手を挙げて応えようとし――


「おっと」


 右腕を軽く上げただけのつもりが、視界の中を黒い影がカッ飛ばした。

 ブンッ! という風切り音。

 気づけば、俺の右腕は頭上高く振り上げられていた。


「……なんだ、今の」


 速すぎる。思考と動作のラグがゼロどころか、マイナスに感じるほどの反応速度。

 「腕を上げよう」という意識を読み取り、脳が指令を完遂する前に機体が動き終わっている。


「まずは歩行テストだ。前に進んでみろ」


 一ノ瀬のどこかワクワクしている声が響く。

 俺は慎重に、本当に慎重に、「一歩、前に歩く」というイメージを浮かべた。

 日常で、コンビニへ行く時のような気軽さで。


 その瞬間。

 ドンッ!!


 爆発的な加速Gが全身を襲った。

 景色が後方へすっ飛ぶ。

 一歩踏み出したはずの俺の体は、まるでロケットブースターでも点火したかのように前方へ射出されていた。


「うおっ!?」


 目の前に、演習場のコンクリート壁が迫る。

 止まれ!

 脳内でブレーキをかけるが、間に合わない。

 俺は無様にバランスを崩し、スキップするような奇妙な動きでつんのめり、そのまま壁際で派手に転倒した。


 ガシャァァァン!

 凄まじい轟音と土煙。

 機体が地面を削り、受け身も取れずに転がったのだ。

 衝撃で視界が赤く明滅する。


「アキトさん!?」


 ユイの悲鳴が聞こえる。

 俺は瓦礫の中で、何が起きたのかを理解しようと必死だった。

 歩こうとしただけだ。

 それなのに、まるで全速力でダッシュしたかのような挙動が出た。


「くっ……痛くはないが、目が回る……。こいつは、じゃじゃ馬どころの騒ぎじゃねえぞ……!」


 起き上がろうと腕に力を入れると、今度は勢い余って地面を殴りつけ、コンクリートにクレーターを作ってしまう。

 加減が効かない。

 出力係数がバグっているとしか思えない。


「ハッハッハ! 言った通りだろう!」


 一ノ瀬の高笑いが響き渡った。


「その機体は、意思をダイレクトに反映しすぎるんだ! 君が『動こう』と思った瞬間、人工筋肉は即座に反応する。並の反射神経じゃ、自分の身体が動き終わってから、意識がそれを認識する羽目になる!」


 一ノ瀬はモニター越しに、哀れみを含んだ視線を投げてきた。


「諦めるなら今のうちだぞ、チャレンジャー。その機体は、人間の認知限界を超えている。制御AIのサポート無しで乗りこなすなど、理論上不可能だ」


「アキトさん……! やっぱり、別の機体にしましょう! そんな危険な義体じゃない方がいいですよ!」


 ユイも必死に訴えてくる。

 確かに、普通ならここで諦めるだろう。

 まともに歩くことすらできない欠陥機。

 「失敗作」の烙印は伊達ではなかった。


 だが。

 土煙の中で、俺は口元を歪めた。

 (……面白い)


 恐怖よりも先に、ゲーマーとしての分析本能が鎌首をもたげていた。


 機体の不具合じゃない。

 ラグもない。

 ただ、感度が異常に高いだけだ。


 俺は記憶の引き出しを開ける。

 かつてプレイしたアナログのFPSゲーム。

 安物のマウスから、プロ仕様の高性能ゲーミングマウスに買い替えた時の感覚。  

 DPI(解像度)設定を最大まで上げた時、マウスポインタは指を数ミリ動かしただけで画面の端から端までカッ飛んだ。


 今の状況は、まさにそれだ。

 ジャンクハウンドという「安物マウス」に慣れきっていた俺の脳が、無意識に「大きな入力」を送ってしまっている。

 だから、機体が過剰反応する。


「……機体が速すぎるんじゃない。俺の『入力』が雑なだけだ」


 俺はよろりと立ち上がり、土煙を払った。


「まだやる気か?」


 一ノ瀬がいぶかしげに問う。

 俺は答えず、その場に棒立ちになった。

 そして、視界を閉じた。

 視覚情報をカットする。


「リミッターで機械側を人間に合わせるんじゃない。……俺が、機械に合わせるんだ」


 意識を、内側へ向ける。

 想像しろ。

 この機体は、俺の指先だ。

 1を動かすのに、10の力を込める必要はない。

 0.1の意思でいい。

 ミリ単位、いやミクロン単位の操作。

 神経を絞り、最適化する。


 重心の位置。

 足裏の接地感。

 人工筋肉の張力。


 脳内で、バラバラだった感覚と機体の挙動を一つ一つ紐付け、キャリブレーションしていく。

 嵐のように荒れ狂っていた機体のアイドリング振動が、徐々に俺の呼吸とシンクロしていくのを感じる。

 ……そうだ。

 もっと繊細に。

 もっと鋭く。


 数十秒か、数分か。

 永遠のような静寂の後。


 カッ、と俺は目を見開いた。


 クリアな視界に、世界が止まって見える。

 ――行ける。


「……見せてやるよ、一ノ瀬博士。こいつの正しい動かし方を」


 呟きと共に、俺は一歩を踏み出した。

 今度は、爆発しない。

 滑るように、しかし目にも留まらぬ速度で、前方へ移動する。


「なっ!?」


 管制室の一ノ瀬が椅子から腰を浮かせたのが見えた。

 俺は止まらない。

 前方にある障害物のコンクリートブロック。

 衝突する寸前、右足の爪先で地面を「撫でる」ように蹴る。


 フワリ、と重力が消えた。

 機体は高速移動の慣性を完全に制御し、真横へとスライドステップする。

 

 残像が残るほどの鋭角機動。

 そのまま壁に向かって疾走。


 激突するかと思われた瞬間、俺は壁を垂直に駆け上がっていた。

 足裏のスパイクが壁面を噛む感触。

 景色が90度回転する。

 壁を蹴り、天井の鉄骨に片腕を引っ掛け、遠心力で空中に舞う。

 上下感覚が反転する浮遊感の中、俺は空中で二回転し、音もなく地面に着地した。


 スタッ。


 数十キロの鉄塊が降り立ったとは思えない、猫のような静かな着地。

 衝撃吸収も完璧だ。


「……ふぅ。こんなもんか」


 俺は息を吐き、右手を軽く握って開いた。

 意のままに動く。

 思考するよりも早く、身体が最適解を導き出している。

 この機体は、俺の神経を拡張した「翼」だ。


「バ、バカな……ありえん……」


 スピーカーから、一ノ瀬の震える声が聞こえた。

 管制室のガラスに張り付くようにして、彼女は俺を見下ろしている。


「機体制御AIのサポートも無しに……あの反応速度を制御しているだと……? 数分前までまともに歩くことすらできなかった素人が……!?」


「素人じゃないさ」


 俺はニヤリと笑い、管制室に向けて指を立てた。


「こういうのをいくつも乗りこなしてきたからな」


 演習場の真ん中で、漆黒の機体――ナイトハウンドは、静かに佇んでいた。

 その姿はもはや、暴走する欠陥機ではない。

 闇夜に溶け、獲物を狩るための洗練された刃だった。



   ***



  「素晴らしい……! まさか、この『理論値の試作機』を乗りこなす変態が、本当に現れるとはな!」


 演習を終え、再び工房に戻った俺を迎えたのは、興奮のあまりキャラが崩壊しかけている一ノ瀬博士だった。

 彼女は俺の機体の周りをグルグルと回りながら、タブレットに表示されたログデータを食い入るように見つめている。


「出力係数の平均値、姿勢制御の誤差……全てが異常値だ! 人間離れした反射神経と、異常なまでの空間把握能力。お前の脳みそはどうなってるんだ!?」


 褒め言葉として受け取っておこう。

 俺は、一ノ瀬をみた。


「どうだ?これならお眼鏡にかなったかな?」


「合格だ! 文句なしの大合格だ!」


 一ノ瀬はバンと俺の装甲を叩き、それからニタリと獰猛な笑みを浮かべた。


「いいぞ、気に入った。お前のようなイカれたチャレンジャーには、とびきりの獲物が必要だろう」


 彼女が指を鳴らすと、工房の床下から新たな装備ラックがせり上がってきた。

 そこに鎮座していたのは、ナイトハウンドに相応しい、凶悪な武装の数々だった。


「右手に装備するのは、単分子カッター搭載の高周波ブレード『村雨ムラサメ』。アビスウォーカーの外殻だろうが、バターのように切り裂く」


 刀身が妖しく紫電を帯びた、長大な実体剣。

 まさに、近接特化のこの機体のための武器だ。


「そして左手には、8.8cm対物リボルバーカノン『オーガ・イーター』。装弾数は少ないが、一発の威力は戦車の主砲並みだ。反動で普通の義体なら腕がもげるが……今のナイトハウンドの人工筋肉なら抑え込める」


 武骨で巨大な拳銃。

 ロマンの塊だ。


「持っていけ! お前ならこいつらの性能を限界まで引き出せるはずだ!」


 一ノ瀬の声には、先ほどまでの侮蔑や嘲笑は欠片もない。

 あるのは、自分の作った最高傑作を託せる相手を見つけた、技術者としての歓喜だけだった。


「有難く使わせてもらうよ」


 俺はナイトハウンドの両腕を伸ばし、その武器を掴み取った。

 ずしりとした重み。

 だが、それが心地いい。


 右手に剣、左手に銃。

 漆黒の身体。


 準備は整った。

 俺は嬉しそうにこちらを眺める一ノ瀬博士に向かって、力強く頷いてみせた。


「パーフェクトだ、博士。実にいい」


 新生した『夜の猟犬』が、静かに、しかし獰猛に起動音を響かせた。

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