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VRゲームだと思って始めたら、ガチの宇宙戦争だった件について  作者: KEINO


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第7話

 快適な高速エレベーターを乗り継ぎ、俺たちはコロニーの最深部――「第8工業ブロック」へと降り立った。

 エレベーターの扉が開いた瞬間、鼻をついたのは、焦げたオイルと鉄錆の濃厚な匂いだった。


「……随分と空気が変わったな」


 俺は周囲を見渡し、センサーの感度を調整する。

 先ほどまでいた「プロムナード」の、作り物ながらも美しい空や緑はここにはない。

 あるのは、剥き出しになった黒い配管が内臓のように這い回る壁と、薄暗い通路だけだ。

 天井の照明は頼りなく明滅し、遠くからは断続的に、金属を叩く音や、スパークが散る音がBGM代わりに響いている。


「ここはコロニーの心臓部に近いエリアです。環境維持装置や動力炉、それに……一般には公開されていない研究施設が集まっています」


 ユイが少し申し訳なさそうに説明する。

 俺は口元のスピーカーからノイズを鳴らした。


「謝ることはないさ。こういう裏路地みたいなところはついワクワクしちまう」


 ゲーマーの性というやつだ。

 煌びやかな王都よりも、薄暗いスラム街の裏武器屋にこそ、ユニーク武器や隠しクエストが転がっている。

 このオイル臭い空気は、まさしく「当たり」の予感を漂わせていた。


 通路の突き当たりまで歩くと、そこには一際無骨な鉄の扉があった。

 その横には、スプレーか何かで殴り書きされたような、少し古びた看板が掛かっている。


 『一ノ瀬開発部』


「ここです。……少々、個性的な方なので、驚かないでくださいね」


 ユイが苦笑しながら、インターホンも押さずに重い扉を開けた。


   ---


  扉の向こうは、カオスだった。


 広い工房のはずだが、床が見えないほどに様々なパーツが散乱している。

 天井まで積み上げられた機械部品の山、ジャングルの蔦のように絡まり合うケーブルの森。

 整理整頓という概念が、この部屋では死滅しているらしい。


 その時だった。


『ドォォォン!!』


 工房の奥から小規模な爆発音が轟き、白い煙が勢いよく噴き出した。


 「ゲホッ、ゴホッ! ……チッ、またコンデンサが飛びやがった。出力係数の計算が甘かったか?」


 煙の向こうから、盛大に咳き込みながら一人の女性が現れた。


 白衣は煤と油で汚れ、本来の色を失っている。

 ボサボサの黒髪を適当に束ね、額にはごつい溶接用ゴーグルをずり上げている。

 顔立ちは整った美人――なのだが、目の下には不健康極まりない、濃いクマが刻まれていた。

 その片手には、「カフェイン150%UP・極」と書かれた、見るからに体に悪そうな配色のエナジードリンクの缶が握られている。


 マッドサイエンティスト。

 その言葉が服を着て歩いてきたような人物だった。


「一ノ瀬博士! 大丈夫ですか!?」


 ユイが声をかけると、女性――一ノ瀬博士は、気だるげに視線を向けた。


「……あ? なんだお嬢か。また親父さんからの面倒な依頼か? 今は忙しいんだが」


 彼女は新しいエナジードリンクのプルタブをプシュッと開けながら、面倒くさそうに言う。

 だが、その視線がユイの後ろ、ボロボロのジャンクハウンドを捉えた瞬間、あからさまに表情が曇った。

 ため息をこぼす。


「……なんだそのポンコツは。またお嬢が外から変なのを拾ってきたのか? ウチは廃棄物処理場じゃないぞ。スクラップならリサイクル区画へ行け」


 辛辣極まりないご挨拶だ。

 俺は肩をすくめた。


「初対面で手厳しいな。これでも一応、客みたいなもんなんだが」


「客だ? そのスクラップ同然の義体で何ができる。ドアのストッパーくらいにしかならんぞ」


 一ノ瀬は鼻で笑い、取り合おうとしない。

 ユイが慌てて割って入った。


「待ってください博士! アキトさんは、アビスウォーカーの襲撃から、私を守り抜いてくれたんです! それに……『オーバードライブ』の負荷にも耐えきった、正真正銘の適合者なんです!」


「……はあ?」


 一ノ瀬の手が止まった。

 彼女は疑わしげな目で俺を上から下までジロジロと眺める。


「そのポンコツで適合? アビスを? ……フン、どうせ運が良かっただけだろ。あのチップは脳を焼く。まともな神経をしてたら耐えられるはずがない」


 彼女は興味を失ったように手を振った。


「ま、いい。お嬢の頼みなら機体くらいくれてやる。どうせ在庫は過剰になってるんだ。好きなのを持っていって、とっとと失せな」



   ---



   案内されたのは、工房の中央にある、少し開けたハンガースペースだった。

 一ノ瀬がコンソールを適当に操作すると、床の一部がスライドし、三機の義体がせり上がってくる。


 先日、カフェテリアでユイがホログラムで見せてくれた機体の実物だ。


「左から、重装甲タンク型『ギガント・ボア』。見ての通り、複合装甲の塊だ。多少の被弾は無視して突っ込める」

「真ん中が、高機動型『エアリアル・ダンサー』。背中の大型スラスターで、三次元的な機動が可能だ」

 「右端が、光学迷彩搭載の『ファントム・スパイダー』。隠密行動ならこれ一択だな」


 一ノ瀬は説明書を読み上げるような棒読みで紹介した。  

 どれもピカピカの新品。オイルの匂いもしない、アマミヤ製の高級品だ。

 俺はそれぞれの機体に近づき、装甲に触れ、表示されるスペック詳細に目を通す。


 ……確かに、高性能だ。

 比較されているカタログスペックを見れば、文句のつけようがない。

 アマミヤ・インダストリアルの技術力の高さが伺える。


 だが。

 俺の心は、動かなかった。


「……どうした? どれも気に入らんのか?」


 俺が沈黙しているのを不審に思ったのか、一ノ瀬が眉をひそめる。


「いや、素晴らしい性能だと思うよ」


 俺は機体から手を離し、首を横に振った。


「だが、なんか違うんだよ。どいつもこいつも『優等生』すぎる」


「は?」


「姿勢制御アシスト、照準補正、衝撃緩和リミッター……。誰でも簡単に性能を発揮できるように安全装置でガチガチに固められてる。こういうタイプは俺の意思が機体に伝わる前に、AIが勝手に『正しい動き』に補正しちまう」


 俺は自分の手を握りしめ、開いてみせる。


「俺が欲しいのは、俺の手足となって動く『相棒』だ。誰にでも扱える『商品』じゃない。……俺の魂が、こいつらじゃないって叫んでるんだよ」


 俺の言葉に、一ノ瀬の雰囲気が変わった。

 それまでの気だるげな態度が消え、眼鏡の奥の瞳が、鋭い光を帯びる。


「……ほう? ポンコツのくせにしては、生意気な口を利くじゃないか」


 彼女は口元の端を吊り上げ、ニヤリと笑った。


「リミッターが邪魔だと? アシスト無しで機体を制御する自信があるとでも?」


「少なくとも、機械に指図されるのは好きじゃないんでな。……もっとユニークなのはないのか? 博士」


 俺が挑発的に問うと、一ノ瀬は楽しそうに喉を鳴らした。

 そして、顎で工場の隅、薄暗い一角をしゃくった。


「……なら、あそこを見てみな。お前みたいな物好きが気に入るかもしれない『ガラクタ』が眠ってる」



   ---



 言われた場所は、うず高く積まれたコンテナの影だった。

 照明も届かない暗がり。

 だが、俺のセンサーは、そこに異質な「気配」を感じ取っていた。

 まるでそこだけ、闇が濃縮されているような圧迫感。


 俺は吸い寄せられるように近づいた。

 分厚い防水シートが、乱雑に掛けられている。

 積もったホコリが、長い間誰にも触れられていないことを物語っていた。


「……これか」


 俺はシートの端を掴み、勢いよく引き剥がした。

 舞い上がるホコリの中、その機体が姿を現す。


「――――」


 息を呑むほどの、異形。

 そして、美しさだった。


 色彩は、光を一切反射しない、吸い込まれるような漆黒のマット塗装。

 シルエットは人型に近いが、脚部の関節構造が獣に近い「逆関節」気味になっており、今にも獲物に飛びかかりそうな「人狼」を連想させる。


 何より異様なのは、その構造だ。

 防御用の装甲板は極限まで削ぎ落とされ、内部フレームが剥き出しになっている。

 そこには、黒い人工筋肉マッスル・シリンダーが生物の繊維のように幾重にも重なり合い、不気味なほどの躍動感を放っていた。


 頭部に、人間の顔を模した意匠はない。

 のっぺりとした黒いバイザー状のディスプレイが前面にあるだけ。

 表情も、感情もない。

 ただ敵を屠るためだけの、冷徹な「兵器」としての顔。


「そいつは……『失敗作』だ」


 背後から、一ノ瀬の警告が飛んできた。


「機体名は、試作実験機『ナイトハウンド』。……反応速度レスポンスを極限まで追求した結果、センサー感度が過敏になりすぎた。さらに、その過剰な反応速度を実現するために、人工筋肉を限界まで積載してしまった」


 一ノ瀬は、まるで手のかかる子供を見るような目で、その黒い機体を見つめた。


「安全リミッターという概念を、設計段階で置き忘れた欠陥機だ。試したやつは皆、自分の思考速度が機体に追いつかず、壁に激突するか、気分を悪くして吐いた。……誰も乗りこなせないまま、ここに眠っている『スクラップ』だ」


 失敗作。

 誰も乗りこなせない。

 過剰な反応速度。


 その言葉の一つ一つが、俺の脳髄を痺れさせた。

 優等生はいらない。  誰にでも扱える量産品になんて興味はない。

 俺のゲーマー魂が求めていたのは、こういう「じゃじゃ馬」だ。


 廃棄寸前の野犬ジャンクハウンドの次が、欠陥品の夜の猟犬ナイトハウンド

 最高の進化じゃないか。


 黒いディスプレイに、俺の壊れかけた顔が映り込む。

 俺は、自分が内心獰猛な笑みを浮かべていることを自覚した。

 ゾクゾクするような「ロマン」が、全身を駆け巡る。


 俺は振り返り、一ノ瀬に向かって宣言した。


「こいつにしたい。……いや、こいつがいい」


 一ノ瀬が、目を見開いた。

 その驚愕の表情を見ながら、俺は確信していた。

 俺の新しい体は、こいつしかいない、と。



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