第6話
カフェテリアの自動ドアをくぐると、喧騒が俺の聴覚センサーを揺らした。
そこは、企業のカフェテリアといった雰囲気の空間だった。
体の一部を機械化した義体技師たちや白衣を着た医師が、一日の労働の合間の休息を楽しんでいる。
大声で笑い合う者、端末を片手に議論する者。
おしゃれなラウンジといって差し支えない。
「空いてる席、あそこですね」
ユイが手際よく席を確保し、壁際の自動配膳機から二人分の「食事」を運んできてくれた。
俺たちは向かい合って座る。
「それじゃあ、いただきましょうか」
ユイが手を合わせる。
彼女のトレイに乗っているのは、湯気を立てるスープと、いくつかの固形ブロック、そして銀色のチューブに入ったペースト状の何かだ。失礼ながら、あまり食欲をそそる見た目ではない。SF映画でよく見る、ディストピア飯といった風情だ。
「……味気なさそうに見えるが、おいしいのか?」
俺が率直な感想を漏らすと、ユイはチューブの封を切りながら悪戯っぽく微笑んだ。
「ふふ、見た目で判断しちゃダメですよ。これはコロニー内でも評判のメーカー品なんです。今日はチキンソテー風味。ちゃんと焦げ目の香ばしさまで再現されてるんですよ」
そう言って、彼女はスプーンに絞り出した灰色のペーストを、美味しそうに口へ運ぶ。
「うん、おいしい! アキトさんも……あ、そっか。アキトさんはこっちでしたね」
ユイが俺のトレイを指差す。 そこに乗っていたのは、料理ではない。大きなUSBのような形状をした、一本のカートリッジ。中には蛍光ブルーの液体が満たされ、妖しく発光している。
『高濃度エネルギーカートリッジ(軍用規格)』
アイテム詳細にはそう表示されていた。
「……おう、SFファンタジー」
俺は苦笑交じりに呟き、そのカートリッジを手に取る。ずしりとした重み。視界に表示されるガイドに従い、俺は自分の顎の下にある装甲をスライドさせた。わずかな音と共に、隠されていた接続ポートが露出する。
食事というよりは、給油だ。
俺はおっかなびっくり、カートリッジの先端をポートへとねじ込んだ。
その瞬間。
「ッ……!?」
ドクン、と心臓が跳ねるような衝撃が走った。喉を通る液体の感覚はない。代わりに、熱い電流のような奔流が、首筋から脊髄を駆け抜け、瞬時に全身の駆動系へと染み渡っていく。視界のノイズが一瞬で晴れ、色彩の彩度が一段階上がった。気だるげだった関節の反応速度が向上し、体内で待機状態だった機能が再度動き出す。
味覚はない。
だが、脳が直接「快感」を感じている。
乾いたスポンジが水を吸うように、枯渇していたエネルギーが満ちていく全能感。
「……ははっ、なるほどな」
空になったカートリッジを引き抜き、俺は自然と笑みをこぼした。
「悪くないかも。エナジードリンクを一気飲みした時の百倍くらい、目が覚める」
「ふふ、お気に召したようで何よりです。そのカートリッジ一本で、戦闘行動でも三日は持ちますから」
ユイも食事の手を休め、微笑ましそうにこちらを見ている。周囲の喧騒に紛れながら、俺たちはしばらくの間、それぞれの「食事」を進めた。彼女が固形ブロックを食べ終え、俺のシステムのエネルギーステータスが「良好」に変わる頃。
ユイがふと、表情を引き締めた。先ほどまでの穏やかな空気とは違う、真剣な眼差しが俺を射抜く。
「……アキトさん。そろそろ、ちゃんとお話しなくてはいけませんね」
「ああ。あの化け物のこと、そしてなぜ君があそこにいたのかとか、聞かせてくれ」
俺も居住まいを正し、彼女の目を見据える。
ユイは小さく頷き、静かに語り始めた。
「私たちが遭遇したあの怪物は『アビスウォーカー』。深宇宙より飛来する、正体不明の敵性生命体です。金属やエネルギーを喰らい、無限に増殖する……宇宙の害虫のような存在」
「害虫にしては、タチが悪すぎるな」
「はい。……一週間前、私は父の命を受け、中立コロニー『タルタロス』へ向かいました。そこで、ある重要な取引を行う予定だったんです」
「取引?」
「ええ。我が社の社運を賭けた新型スキルチップ――『オーバードライブ・アクセラレーター』などの試作品の受け渡しです」
オーバードライブ。 俺が逃走中に使用し、思考加速を得たあのチップのことだ。
「ですが、取引の直前……突如としてアビスウォーカーの大群が現れました。逃げ出す隙すらありませんでした。隔壁が食い破られ、空気が抜け……タルタロスは一夜にして、死のコロニーへと変わりました」
ユイの声が微かに震える。
彼女は膝の上で拳を握りしめ、痛ましい記憶を振り払うように言葉を継いだ。
「取引相手も、私の護衛たちも……みんな……。生き残ったのは、偶然ドックの近くにいて、あなたというイレギュラーに出会えた私だけ。……チップのサンプルが入ったケースは、全てあのコロニーの取引現場に残されたままです」
なるほど、状況は読めてきた。俺はゲーマーとしての思考回路(脳)をフル回転させ、情報を整理する。
『タルタロス』という名のまるでダンジョンと化したようなコロニー。
そこを占拠する強力なモンスター『アビスウォーカー』。
そして、その最奥に眠るレアアイテム『新型スキルチップ』。
典型的な、だが最高に燃えるシチュエーションだ。
「つまり、お宝がダンジョンになったコロニーの奥底に取り残されたってわけか」
俺が軽口で返すと、ユイはきょとんとした後、弱々しく笑った。
「ふふ、アキトさんにかかれば、地獄のような惨劇も冒険譚みたいですね。……でも、その通りです」
彼女はテーブルに身を乗り出し、切実な声で告げた。
「アキトさん、お願いします。コロニー『タルタロス』に再潜入し、残されたスキルチップを回収する作戦に……協力していただけませんか?」
予想通りのクエスト依頼だ。
だが、俺はすぐにイエスとは言わなかった。
疑問があったからだ。
「依頼は分かった。だが、なぜ俺なんだ? 俺はただの通りすがり……いや、廃棄寸前のポンコツだぞ? これだけでかい企業なんだ、専門の部隊だっているだろ」
ここはアマミヤ・インダストリアルの本拠地だ。警備兵もいれば、最新鋭の兵器もあるはずだ。 わざわざ得体の知れない俺に頼る理由がない。
俺の問いに、ユイは苦渋に満ちた顔で首を横に振った。
「……できないんです。今、私たち……いえ、弊社は危機的状況にあります」
「危機的状況?」
「はい。大手企業複合体、アルカディアからの、敵対的買収攻撃……実質的な企業戦争を仕掛けられているんです。正規の戦力は、このコロニーと、開拓中のN3惑星の防衛ラインに張り付けになっています。一兵たりとも、外に割く余裕はありません」
企業戦争。
物騒な響きだ。この世界はモンスターだけでなく、人間同士も殺し合っているらしい。
「なら、傭兵を雇えばいい」
「信用できません」
ユイは即答した。
「敵対企業は手段を選びません。雇った傭兵が、裏で買収されている可能性が高いんです。現に、護衛の一部は……敵の手引きで裏切りました」
彼女の瞳に、暗い悔恨の色が浮かぶ。
なるほど、金で動く奴は、より高い金で裏切る。
この状況下で、外部の人間を信用するのはリスクが高すぎるということか。
「今回は、私が信頼できると判断した少数精鋭のチームで、極秘裏に動く必要があります」
ユイがまっすぐに俺を見つめた。
その瞳は真剣そのもので、NPCとは思えない「必死さ」が熱量を持って伝わってくる。
「あなたは、あの極限状態で自分の命を顧みず、私を助けてくれました。損得勘定抜きで、身体を張ってくれた。……そして何より」
彼女は言葉を区切り、俺の胸元――電子頭脳がある位置を指差した。
「あなたは『オーバードライブ』の負荷に耐えきった。理論上、即死レベルのバックドラフトを受けても、平然としていた。あなたのその特異な適正は……アビスウォーカーひしめく死地において、最強の武器になります。あなたなら……いえ、あなたにしか頼めないんです」
殺し文句だ。
「君にしかできない」と言われて、燃えない男がいるだろうか。
いや、いない。
だが、俺はまだ慎重なゲーマーを演じた。
タダ働きは主義じゃない。
「事情は分かった。だが、それは命がけの仕事だ。見返りは?」
「もちろん、用意しています」
ユイは待っていましたとばかりに、手元の端末を操作した。
テーブルの上に、青白いホログラムが展開される。
「今回の依頼を受けていただけるなら、『アマミヤ・インダストリアル製の義体』を提供します」
ホログラムに映し出されたのは、現在の俺のポンコツボディとは比べ物にならない、洗練された機体の数々だった。
重装甲と重火器を搭載した、要塞のようなタンク型。
四脚で壁面を高速移動できる、隠密特化のスパイダー型。
人型に近いフォルムだが、全身に高出力スラスターを内蔵した高機動型。
どれもが、男心をくすぐるデザインとスペックをしている。
他のゲームなら課金でしか買えなそうな代物ばかりだ。
「これらは全て、軍用規格の制式義体です。お好きな機体を、あなたの専用機として調整し、譲渡します。さらに、回収したチップの一部と、各種戦闘用プログラムも提供します」
破格だ。
初期装備の鉄パイプ一本のおんぼろ義体から、いきなりレアな装備が手に入るチャンス。
だが、俺の心を動かしたのは、報酬の豪華さだけではない。
化け物の巣窟への再突入。
しかも、少数精鋭での潜入ミッション。
一歩間違えればゲームオーバーの、ヒリつくような緊張感。
(……ああ、そうだ)
俺が求めていたのは、これだ。
安全圏でレベル上げをするだけの作業じゃない。
魂を削り合うような、ギリギリの冒険。
現実の退屈な夏休み。
空っぽだったスケジュール帳が、最高に刺激的な予定で埋まっていくのを感じる。
俺のゲーマー魂が、歓喜の声を上げていた。
俺は空になったエネルギーカートリッジを、ショットグラスのようにテーブルに置く。
カツン、と乾いた音が、契約成立の合図のように響いた。
「乗った。その依頼、引き受ける」
俺の言葉に、ユイの表情がパッと輝いた。
まるで暗闇に光が差したかのような、満面の笑み。
「ありがとうございます……! アキトさん!」
「礼を言うのは早い。まずはその新しい身体とやらを見繕ってもらおうか。今のままじゃ、玄関先でスクラップだ」
「はい! すぐに工房へ案内します! 最高の一機を見つけましょう!」
ユイが弾むように立ち上がった。




