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VRゲームだと思って始めたら、ガチの宇宙戦争だった件について  作者: KEINO


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第5話 G.F.000.6

 プシュー、という排気音と共に、医療区画の気密扉がスライドする。


 一歩、足を踏み出す。

 金属の靴底がグレーチングの床を叩き、カチン、と硬質な音を立てた。


「……うん、意外と動けるな」


 俺は動くようになった右腕を軽く回し、膝を屈伸させてみる。

 相変わらず油切れの自転車のような駆動音が響いてくる気がするが、シャトルに逃げ込んだ状態に比べれば雲泥の差だ。

 少なくとも、歩くたびにどこかの部品が脱落しそうになる不安感はない。

 関節のアクチュエーターも、最低限の滑らかさを取り戻している。


「案内します、こちらへ」


 先を歩くユイが、振り返って微笑んだ。

 死線をくぐり抜けていた時の強張った表情は消え、歳相応の少女らしい柔らかさが戻っている。

 その自然な表情の変化、声のトーンの緩急。

 俺は内心で舌を巻いた。


(マジですごいな、このゲームのAI……。今のところ、会話に違和感がゼロだ)


 俺は足音を響かせながら、彼女の背中を追う。


 「アマミヤ・インダストリアル」の本拠地であるこのコロニーの内装は、実に俺好みだった。

 通路は装飾を極限まで削ぎ落とした、機能美の塊だ。

 壁面にはパイプやダクトが血管のように張り巡らされ、所々に「注意:高圧電流」や「頭上注意」といった黄色い警告ペイントが施されている。

 

 ピカピカの未来都市というよりは、巨大な潜水艦か、あるいは大きな工場。

 質実剛健。

 飾り気のない鉄とオゾンの匂いが、この企業の社風を物語っているようだった。


「こっちです、アキトさん」


 ユイが角を曲がり、一際大きな隔壁の前で立ち止まる。

 認証パネルに手をかざすと、重々しい警告音と共にゲートが開かれた。


 その先に広がっていた光景に、俺の足が止まった。


「……お」


 先ほどまでとは全く異なる生き生きとした世界が広がっていた。

 そこは、コロニーの居住区画――通称「プロムナード」と呼ばれるエリアだった。

 視界が一気に開ける。

 それと同時に、俺の平衡感覚が心地よい混乱を覚えた。


 頭上に、大地があった。


 俺たちが立っている地面は緩やかに湾曲しながら奥へと続き、そのままぐるりと円を描いて、頭上の遥か彼方まで繋がっているのだ。

 空があるべき場所には、対岸の街並みが見える。

 ミニチュアのような家々、緑地帯、そして生活道路を走る豆粒のような車両。


 円柱のようなオニール・シリンダー型スペースコロニー。

 SF作品や他のVRゲームでも見飽きるほど見てきた構造だ。知識としては知っている。

 だが、この『ギャラクティック・フロンティア』が描くそれは、解像度が違った。


(なんだ、この空気感……)


 視覚情報だけではない。

 肌――義体のセンサーに触れる微風には、湿り気と、どこか金属っぽい匂いが混じっている。

 循環システムが生成するわずかなオゾン臭と、植えられた植物たちが発する生物の匂い。

 

 遠くから響く、人々の喧騒。

 車両の走行音、何かの放送、子供の声。

 それらが反響し合い、独特の生活音となって空間を満たしている。


 コロニーの中心軸には、端から端までを貫く巨大なシャフト――人工太陽灯が鎮座しており、エリア全体を柔らかな午後の光で照らしていた。

 その光を受けてきらめく人工の川が、遠心力に従って頭上の大地へと流れていく様は、まさに幻想そのものだ。


「……こいつは、驚いたな」


 俺は思わず独り言ちた。

 ただのポリゴンで作られた背景じゃない。

 ここには「質量」がある。

 数十キロメートル四方の空気が、人工重力が、確かにここに存在しているという圧倒的な説得力。

 これを作り上げた開発者は、狂人か天才のどちらかだ。


「ふふ、すごいでしょう。現在稼働しているコロニーの中でも屈指の規模なんです」


 ユイが嬉しそうに言った。

 彼女にとって、この反応はお馴染みのものなのだろう。


「こんな光景、初めて見たから。絶景だよ。すごい」


 景色に圧倒されている俺を見て、彼女は満足げに微笑んだ。

 

 俺たちはプロムナードの歩道を歩き出した。

 すれ違う人々――作業服を着た男たちや、買い物袋を下げた女性たちも、一人一人が生き生きとしており、ゲームとして処理されている感じがしない。


 しばらく歩くと、ユイがふと足を止め、通路の脇にあるエレベーターホールを指差した。


「せっかくですから、ここ一番の見晴らしにご案内しますね」


「見晴らし?」


「はい。今の時間帯なら、きっと綺麗に見えますから」


 意味深な笑みを浮かべ、彼女はエレベーターのボタンを押した。

 居住区画の地面よりもさらに深く、コロニーの外殻へ向かって沈んでいく。

 身体にかかる遠心重力がわずかに強くなるのを感じた。

 数秒の浮遊感の後、扉が開いた。


 そこは、照明が落とされた薄暗い展望デッキだった。

 

 だが、暗くはない。

 正面の巨大な窓から、暴力的なまでの光が溢れ出していたからだ。


「――――」


 言葉を失う、とはこのことだ。

 

 目の前に広がっていたのは、分厚い多重構造の透明装甲ガラス一枚を隔てた向こう側にある、本物の「宇宙」だった。


 漆黒。

 モニターで見るような黒色ではない。

 光を一切拒絶する、無限の深淵。吸い込まれれば二度と帰ってこれないであろう、絶対的な虚無としての宇宙空間。

 

 そして、その闇の中に、巨大な宝石が浮かんでいた。


 視界の端に情報が表示される。

 惑星N3。

 テラフォーミングの途中であるというその惑星は、青と白のマーブル模様を描いていた。

 分厚い大気の層が太陽光を受けて青白く発光し、雲の渦がゆっくりと、しかし確実に形を変えていく。

 

 デカい。

 あまりにも巨大だ。

 遠近感が狂うほどの質量が、眼前に迫ってくる。


 ゆっくりと、景色が流れていく。

 コロニーが自転しているのだ。

 星々の海を背景に、惑星の稜線がゆっくりと傾いでいく。

 その雄大な動きを見ていると、自分がちっぽけな存在であることを嫌でも思い知らされる。


(……綺麗だなんて言葉じゃ、安っぽすぎる)


 グラフィックが凄い、解像度が高い。そんなゲーム的な評価は、瞬時に消し飛んだ。

 俺の魂が、震えている。

 

 俺は吸い寄せられるようにガラス面に歩み寄った。

 錆びついた義体の手を持ち上げ、冷たいガラスに指先を這わせる。

 

 ひやりとした感触。

 この数十センチ向こうは、絶対零度の真空だ。

 

 その恐怖と美しさが、背筋を駆け上がる。

 

 現実世界での記憶――教室の窓から見た気だるげな夕焼け、参考書の眠くなる文字列、満たされない焦燥感。

 それら全てが、この圧倒的な光景の前で塗り潰されていく。


「俺は今……宇宙にいるんだな」


 ポツリと漏れた言葉は、ロールプレイでもなんでもない、俺の本心だった。

 この瞬間、俺の中でこの世界は「ゲーム」という枠組みを超えた。

 ここには、俺が求めていた冒険がある。

 未知がある。


 隣に立ったユイが、窓ガラスに映る俺の顔(といっても無骨なセンサーヘッドだが)を見上げて、静かに言った。


「綺麗でしょう? ……あの星を開拓するための前哨基地がこのコロニーなの」


 その声には、誇らしさと、そして微かな寂しさが滲んでいたような気がした。

 彼女もまた、この景色を見つめながら、何かを思っているのだろうか。


 俺たちはしばらくの間、何も言わずにその星の輝きに見入っていた。

 

 数分、あるいは数十分経っただろうか。

 不意に、俺の視界の端で赤いアイコンが点滅した。

 

『警告:エネルギー残量低下。補給を推奨』


 同時に、腹の虫が鳴く……わけではないが、義体の出力が低下する感覚が襲ってきた。

 そういえば、あの激戦の後、何も補給していなかった。

 精神的な興奮で忘れていたが、このボロ義体は燃費も最悪らしい。


「……っと、悪い。どうやら腹が減ったみたいだ。いや、電池切れっていうべきか?」


 俺が苦笑いしながら腹をさするしぐさをすると、ユイがくすりと笑った。


「ふふ、そうですね。では食事をできるとこへ行きましょうか、話もそこで」


「そいつはいいな」


 ユイに促され、俺たちは展望デッキを後にする。

 

 向かう先は、併設されているカフェテリアだという。

 エレベーターを降り、再び通路を歩き出すと、前方から活気のある声と、何かが焼けるような香ばしい匂いが漂ってきた。


 すれ違う人々が、ユイに「お嬢、無事だったか!」「大変だったな!」と声をかけていく。

 ユイもそれに笑顔で応え、手を振り返す。


 ここには生活がある。

 ただのNPCの集まりではない、まるで生きているかのようなキャラクターたちの営みがここにある。

 

 その事実に、俺は再び奇妙な高揚感を覚えながら、賑やかなカフェテリアの扉をくぐった。

カクヨムの方で続きを先行してUPしています。

カクヨムコンで賞を取りたいのでそちらで読んでいただけると幸いです。


タイトル、VRゲームだと思って始めたら、ガチの宇宙戦争だった件について、で検索、検索!!

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