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VRゲーマー、宇宙を征く ~戦場のプロたちがドン引きするムーブで、異星の怪物を殲滅したら宇宙戦争に巻き込まれた件~  作者: KEINO


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第28話

 底が見えないと思われた縦穴の終わりは、唐突に訪れた。


 エレベーターシャフトの最下層。

 俺たちは、クッションダンパーの上に無惨に突き刺さった巨大なゴンドラの天板へと着地した。


 ズンッ、と重い着地音が響く。

 舞い上がった埃が、暗視カメラの視界の中で雪のように揺らめいた。


「……着いたな」


 俺はワイヤーを巻き取り、周囲をスキャンした。

 深度地下100。

 ここはコロニーの基部、管理区画への入り口だ。


 だが、俺はすぐに違和感を覚えた。

 空気が、違う。


 上層の整備通路で感じていた、あの生物的な腐臭や、湿ったカビの匂いがない。

 代わりに鼻孔センサーが拾ったのは、乾燥した埃と、機械油の匂い。

 そして、壁面にはアビスウォーカー特有の侵食粘液が一切見当たらなかった。

 清掃されている?

 いや、徹底的に「排除」されているのだ。


「きれいな場所ですね……。ここなら少しは安心できそうですぅ」


 ハルが安堵したように呟き、盾を下ろそうとした時だった。


「動かないで」


 レベッカの鋭い警告が飛んだ。

 彼女の『機体』が、愛銃の銃口を天井の隅へと向けている。


「見られてるわ」


 彼女の視線の先。

 シャフトの角に設置された、監視カメラがあった。

 首振り機構が動き、そのレンズが俺たちを正確に捉えている。

 レンズの横にあるステータスランプは、不気味な赤色に点灯していた。


「自動追尾の警備システムじゃない。……あの動き、誰かがマニュアルで操作してる」


 レベッカの言葉に、俺たちの間に緊張が走る。

 アビスウォーカーにカメラを操る知能はない。

 つまり、この先にいるのは――。


 その時だった。


 キィィィィン……!


 強烈なハウリング音が、通路に設置されたスピーカーから叩きつけられた。


「うわぁっ!?」


 ハルが耳を押さえてうずくまる。

 聴覚保護リミッターが作動するほどの音量。

 そのノイズの嵐の中から、怒鳴り声が轟いた。


『――ストォォォップ!! そこまでや、自分ら!!』


 男の声だ。

 しかも、コテコテの関西弁。

 だが、その声色に含まれているのは親愛の情などではない。

 触れれば切れるような、張り詰めた殺気と警戒心だ。


『一歩でもこっち来たら、特製の焼夷弾で黒焦げにするで! 冗談やない、ホンマにやるからな!』


 カメラが動き、俺たち三機を舐めるように観察する。


『何しに来たんや。火事場泥棒か? それとも、あいつらの同類か? ……答え次第では、ここが自分らの墓場になるで』


 問いかけと共に、通路の奥からカシャッという駆動音が響いた。

 何らかの兵器が起動した音だ。

 ハッタリではない。

 この男は、本気で俺たちを殺す準備ができている。


「ど、どうしましょうアキトさん……! 焼夷弾って言ってますよぉ!」


 ハルがパニックになりかける。

 レベッカは無言のまま、音源の方向へ照準を合わせているが、相手がどこに潜んでいるか分からない以上、下手に撃てば誘爆を招く。


 俺は深呼吸をし、思考を巡らせた。

 相手は極度の緊張状態にある。

 ここで敵対行動を取れば、交渉の余地なく戦闘になるだろう。

 ここは「イベントシーン」だ。

 選択肢を間違えればゲームオーバー。

 ならば、正解は「誠実さ」だ。


「……俺が出る」


 俺は『村雨』から手を離し、両手を広げて武装解除の姿勢を見せた。

 一歩、カメラの前へと進み出る。


「敵じゃない。話を聞いてくれ」


 俺はスピーカーに向かって、努めて冷静に語りかけた。


「俺たちは『アマミヤ・インダストリアル』からの依頼で来た傭兵だ」


『アマミヤやと……?』


 相手の声がわずかに揺らいだ。


「ああ。目的は二つある。一つは、この奥の管理区画に残された『試作チップ』の回収」


 俺は言葉を区切り、カメラのレンズを真っ直ぐに見据えた。


「そしてもう一つは、もし生存者が望むなら――ここから救助することだ」


 一瞬、沈黙が落ちた。

 スピーカーの向こうから、荒い呼吸音が聞こえてくる。


『……ほんまか?』


 先ほどまでの怒声とは打って変わった、掠れた声。


『救助やと……? 上には、あの化け物どもがウヨウヨおるんやぞ。それを抜けて、ここまで来たっちゅうんか?』


「現に俺たちはここにいる。……信じてくれとは言わない。だが、俺たちはあんたを焼くつもりはない」


 俺の言葉に、スピーカーの向こうで張り詰めていた空気が、風船が萎むように緩む気配がした。


『……マジか。……ホンマに、助けが来たんか……』


 男の声からトゲが消え、代わりに深い安堵と、現実を受け止めきれないような困惑が混じる。

 それは、孤立無援の地獄で戦い続けた兵士が、ようやく武器を下ろせる瞬間の声だった。


『……ちょっと待っとき。今、開けたる』


 しばらくして重厚なロックが外れる音が連続して響いた。

 通路の奥、瓦礫と鉄板で築かれた即席のバリケードの一部が、油圧音と共にスライドする。


「……行くぞ」


 俺は二人に目配せをし、警戒を解かないまま開かれたゲートへと進んだ。


   

 ---

 


 バリケードの向こう側は、小さな拠点になっていた。

 予備電源で動いているのか、薄暗い照明が灯り、壁には武器弾薬や食料の空き缶が整然と積まれている。

 そして、その中央に「彼」は立っていた。


 俺は我が目を疑い、息を呑んだ。


「……嘘だろ」


 暗がりから姿を現した一機の義体。

 それは、俺がこの世界で最初に乗り込んだ体――『ジャンクハウンド』だった。


 だが、様子がまるで違う。

 俺が知っているジャンクハウンドは、錆びつき、塗装が剥げ、動くだけで悲鳴のような異音を上げる、まさに「動く鉄屑」だった。


 しかし、目の前の機体はどうだ。

 装甲は傷一つなく丁寧に磨き上げられ、鈍い銀色の輝きを放っている。

 剥き出しの関節部はオイルで濡れ、駆動音は高級時計のように静かで滑らかだ。

 頭部のセンサーアイも、曇りのないクリアブルーの光を湛えている。


 それは「新品」以上に手入れされた、愛機と呼ぶにふさわしいジャンクハウンドだった。


 その機体が、油断なく右手のショットガンを俺たちに向けたまま、ゆっくりと歩み寄ってきた。


『……なんや、生き残ってるのがそんなに不思議か?』


 ジャンクハウンドの声色は、先ほどの弱々しいものから、再び探るようなトーンに戻っていた。

 彼はハルやレベッカには目もくれず、俺の『ナイトハウンド』だけをじっと見据えている。


『よう手入れされたええ義体やな。……動きに無駄がない。重心移動も完璧や』


 彼は独り言のように呟くと、不意に銃口を下げた。

 だが、警戒を解いたわけではない。

 むしろ、より深い部分を探ろうとするような、鋭い視線を感じた。


『なあ、こっちの住人なら、この義体を見ても「古い作業機械」としか思わん。……けど、自分は違った。ちゃんとこっちを「人」として認識したな?』


 ハッとした。

 確かに、俺はこの世界の住人が見向きもしないジャンクハウンドに、過剰な反応を示してしまった。

 アキトが返答に詰まる一瞬の隙を突き、彼は畳み掛けるように、決定的な「言葉」を放った。


『なあ、ニイちゃん」


 ジャンクハウンドのカメラがズームし、俺の顔を覗き込む。


『――“チュートリアル”は、終わったんか?』


「え……?」


 後ろでハルが素っ頓狂な声を上げた。


「ちゅーとりある……? なんですかそれ? 隠語ですか?」


「さあね。聞いたことないわ」


 レベッカも怪訝そうに眉をひそめる。

 この世界の住人には、その単語の意味が通じない。

 概念自体が存在しないからだ。


 だが、俺だけはその言葉の意味を痛いほど理解していた。

 心臓が早鐘を打つ。

 背筋に電流が走るような感覚。


 こいつも、そうだというのか?


 俺は苦笑し、深いため息をついた。

 そして、武装を完全に解除して両手を挙げる降参のポーズを取った。


「……ああ。今までやったゲームの中で、一番不親切で、クソったれなほどハードコアなチュートリアルだったよ。説明書もないし、リスポーンもできないときた」


 俺の答えを聞いた瞬間。

 男の義体から、スッと殺気が消えた。


『ブハハハハッ! せやろなぁ! いきなり放り出されて、説明もなしに死にかけたんやろ? ワイもそうやったわ!』


 男は腹を抱えて笑い出した。

 その笑い声は、狂気ではなく、心からの歓喜と親愛に満ちていた。

 ハルとレベッカは完全に置いてけぼりで、顔を見合わせている。


『まさか、本当に助けが来るなんて、助かったわ』


 男は笑い涙を拭うような仕草をしてから、スッと姿勢を正した。

 磨き上げられたジャンクハウンドが、芝居がかった動作で手を差し出す。


『自己紹介が遅れたな。――ワイは『ノア』や』

 

『君と同じく、“プレイヤー”や』


 ノアはニヤリと笑った――そんな気がした。

 義体の表情機能で光点が歪む。


『ここにおるのは、このコロニーの生き残りと、ワイだけや。待っとったで、話の通じる相手をな』


 俺は差し出された手を、強く握り返した。

 ガシッ、と金属同士がぶつかる音が響く。


 冷たい鋼鉄の手。

 だが、その奥には確かに、俺と同じように現実世界からこの理不尽な宇宙に放り込まれ、足掻き続けてきた人間の熱があった。


『よろしく頼むで。……先輩』


 この地獄の底で出会ったのは、最強の武器でも奇跡でもない。

 同じ「現実」を持つ、たった一人の仲間だった。

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