第27話
試験的にタイトルを変えてみました。
スペースオペラやんけ、と言われたのでジャンルも戻しました。
整備通路を抜けると、不意に空間が開けた。
巨大な円筒形の空間。
ここは、コロニーの縦軸を貫く資材搬入用エレベーターホールだ。
かつては、数十トンもの物資を積んだ巨大なカーゴが行き来していた大動脈。
だが今、そこに文明の鼓動はない。
「……静かね」
レベッカがサブマシンガンを構えたまま、周囲を警戒する。
ホール全体が、アビスウォーカーの分泌した粘液で覆われており、本来の金属色が全く見えない。
まるで巨大な生物の食道に迷い込んだような錯覚を覚える。
俺たちは、ホールの奥にある「第4資材搬入エレベーター」の大扉の前に立った。
高さ三メートルはある分厚い隔壁。
当然、電力供給は絶たれている。
操作パネルは破壊され、スパークすら散っていない。
「正規の手段で電源を復旧させるのは無理だ」
俺は扉の隙間に指を差し込もうとしたが、ビクともしない。
ロック機構が物理的に噛み合っているようだ。
「……なるべく静かに、こじ開けるしかないか」
爆破すれば一発だが、そんなことをすれば、このコロニー中の化け物が集まってくる。
ここは「力」と「技」で解決するしかない。
「ハル、出番だ」
「は、はい! 頑張ります……!」
ハルが『タイラント』を操る。
彼は恐る恐る、その巨大なマニピュレーターを扉のわずかな隙間にねじ込んだ。
「大きな音を立てないように……そぉ~っと……!」
ハルが気合を入れる。
ジェネレーターが唸りを上げ、人工筋肉が最大限まで収縮する。
パワーアーマーとして作られた 『タイラント』の力は、ナイトハウンドなどの軽量級とは桁が違う。
ギギギギギギギ……ッ!
重装甲のアクチュエーターが悲鳴を上げ、分厚い隔壁がミリ単位で左右に開き始める。
金属が拉げる、耳障りな音が響く。
「ちょっと! 音を立てすぎよ!」
レベッカが鋭く叱責する。
「す、すみません! でも、ロックが硬くて……これ以上は……!」
ハルの機体が震えている。
パワーの問題ではない。
内部のロックピンが物理的に引っかかっており、無理やり開けようとすれば扉ごと破壊してしまう。
そうなれば大音響は避けられない。
「ハル、そのまま維持しろ。……俺が噛み合わせを外す」
俺は『ナイトハウンド』を滑り込ませた。
ハルがこじ開けた、わずか数センチの隙間。
そこから内部構造を覗き込む。
暗視モードの視界に、太いロックピンが見えた。
「ここだ」
俺は『村雨』を抜き放ち、その切っ先を隙間に差し込んだ。
刃を高周波振動モードにする。
狙うは、ピンの一点のみ。
ズッ。
バターを切るような手応え。
振動ブレードが、分厚い鋼鉄のピンを音もなく切断した。
「今だ、開けろ!」
「はいっ!」
ハルが一気に力を込める。
抵抗を失った扉が、左右へと開かれていく。
その先には、底の見えない漆黒の縦穴が、巨大な口を開けて待っていた。
第4エレベーターシャフト。
ここを降りれば、目的地である最深部まで一直線だ。
「……深いな」
俺はシャフトの縁に立ち、下を覗き込んだ。
ゴンドラはずっと下層にあるらしく、ただ空洞だけが無限に続いているように見える。
重力制御が死んでいるため、ここを「落下」するのではなく、「浮遊降下」することになる。
「行くぞ。……ダイブだ」
俺はワイヤーアンカーを壁に打ち込み、虚空へと身を投げ出した。
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シャフト内の降下は、予想以上に神経を使う作業だった。
壁面にはアビスウォーカーの巣らしき穴が無数に開いており、そこからいつ敵が飛び出してくるか分からない。
俺たちは互いの死角をカバーしながら、慎重に高度を下げていった。
深度30を越えたあたりだった。
俺のセンサーが、暗闇の中に「異質な光」を捉えた。
「止まれ!」
俺は即座にハンドサインを出し、ハルとレベッカを制止した。
スラスターで壁に取り付き、身を隠す。
「どうしたの? 敵?」
レベッカが小声で問いかける。
「いや、違う。……あれを見ろ」
俺が指差した先。
シャフトの中央を横切るように、複数の赤い光線が走っていた。
肉眼では見えないだろうが、ナイトハウンドの多波長センサーにははっきりと映っている。
レーザー光だ。
「……トラップ?」
「ああ。しかも、人間に分かりやすいように色がついている。恐らくアビスウォーカーをひっかけるためのブービートラップだ」
俺は慎重に近づき、レーザーの発信源を確認した。
壁面に設置された、即席の爆弾だ。
指向性の地雷。
もし不用意にこのラインに触れれば、シャフトごと吹き飛ばすように計算されて設置されている。
「ギデオンの話と違うぞ。『生存者はゼロ』じゃなかったのか?」
俺は思わず愚痴をこぼした。
アビスウォーカーは知能が低い。
こんな高度な罠を張るはずがない。
つまり、これは――。
「生存者の痕跡だ」
レベッカが息を呑む。
俺はトラップのコンソールへアクセスする。
バッテリー残量は十分。
設置されてから、そう時間は経っていない。
現在進行形で、この奥に誰かが潜んでいる。
俺たちはシャフトの踊り場に降り立ち、顔を見合わせた。
想定外の事態だ。
単なる回収任務が、救助任務に変わる可能性が出てきた。
「……置いていくべきよ」
口火を切ったのは、レベッカだった。
彼女の声は冷徹で、感情を押し殺した響きがあった。
「今回の作戦は隠密が前提。生存者を連れれば、移動速度が落ちるわ。敵に見つかるリスクが跳ね上がる」
「で、でもぉ……!」
ハルが反論しようとするが、レベッカはそれを遮った。
「それに、帰りの『スターゲイザー』は熱光学迷彩が使えない。スピード勝負になるのよ。『荷物』が増えれば、全員死ぬ可能性がある」
正論だ。
軍事的な判断としては、彼女の言うことが正しい。
共倒れを避けるために、非情な決断を下す。
それがプロの傭兵だ。
「チップの回収が最優先。……冷たいようだけど、私たちは慈善事業でここに来たんじゃないわ」
レベッカは俺の方を見た。同意を求めている目だ。
だが、ハルは食い下がった。
「そ、そんな……生きてるかもしれないんですよ? 見捨てるなんて……僕にはできません……!」
ハルは怯えながらも、その巨体を震わせて訴えている。
彼のような優しい人間にとって、生存者を見捨てるという選択肢は、死ぬことよりも辛いのだろう。
二人の視線が、俺に集まる。
任務か、人命か。
究極の二択。
俺は腕を組み、しばし思考した。
ゲーマーとしての効率なら、レベッカ案だ。
だが、俺のプレイスタイルは――。
「……欲張らせてもらう」
俺は口元を歪めた。
「生存者もチップも、両方回収する。それが『完全攻略』だ」
「アキト!」
レベッカが声を荒げる。
「正気? リスク計算できてるの? 生存者を守りながらの脱出戦になれば、ステルスなんて無理よ!」
「ああ、分かってる。難易度は跳ね上がるだろうな」
俺は認めた。
それは無謀な賭けだ。
「だが、ここで見捨てたら、俺たちの心に傷がつく気がするんだよ。……それに」
俺はハルの肩を叩いた。
「このデカい盾役が、必死に訴えてるんだ。やってみるぐらいはいいだろう。それに本当に生存者がいるかわからないしな」
「ア、アキトさん……! うぅ……ありがとうございますぅ……!」
ハルが感極まって泣き出しそうになる。
レベッカは深いため息をついた。
呆れたように、しかしどこか諦めたような表情で肩をすくめる。
「……呆れた。あんた、本当に死ぬのが怖くないのね」
彼女は愛銃のマガジンをチェックし直した。
「分かったわよ。付き合うわ。……ただし」
彼女は鋭い視線を俺に向けた。
「生存者がすでに助からない状態だったら、即座に切り捨てるわよ。それだけは約束して」
「了解だ」
合意は取れた。
俺は再び、シャフトの闇へと向き直った。
目の前には、赤いレーザーの境界線。
「行くぞ」
俺は慎重に、その赤い一線を跨いだ。
人間への通行許可証ともとれる光のゲートをくぐり抜け、俺たちはさらなる深淵へと降下を開始した。




