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VRゲーマー、宇宙を征く ~戦場のプロたちがドン引きするムーブで、異星の怪物を殲滅したら宇宙戦争に巻き込まれた件~  作者: KEINO


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第23話

 深夜一時。

 警察署の自動ドアを抜けた瞬間、生温い夜風が頬を撫でた。


「……終わった」


 俺は大きく息を吐き出し、重力に負けたように肩を落とした。

 長い、あまりにも長い数時間だった。


 通報で駆けつけた警察官による現場検証。

 パトカーでの連行――いや、任意同行。

 そして、冷房が効きすぎた取調室での、終わりの見えない事情聴取。


 幸い、状況証拠や夏川の証言、それにあの男が挙動不審で刃物を所持していたことから、俺の行動は「緊急避難」および「正当防衛」として処理される見込みとなった。

 もちろん、高校生が成人男性の腕をへし折って制圧したという事実は、刑事たちの頭を大いに悩ませたようだが。


 俺はふらつく足取りで、自宅への道を歩き始めた。

 疲労が、泥のように全身にまとわりついている。

 だが、それ以上に俺の脳裏に焼き付いていたのは、あの取調室でのヒリつくようなやり取りだった。


 

 ---


 

 狭い取調室の空気は、冷房とは別の種類の冷たさで張り詰めていた。


 机を挟んで対峙していたのは、生活安全課の須藤という年配の刑事だ。彼は手元の資料と俺の顔を、何度も見比べていた。

 その目にあるのは、被害者を労る温かさではない。

 得体の知れない相手を見るような、警戒心だ。


「……春夏冬くん、だったな」


 須藤が低い声で切り出した。

 彼は一枚の写真を机の上に滑らせた。それは現場検証で撮られた、犯人の男の腕のレントゲン写真のコピーらしかった。


「相手は刃物を持った成人男性。身長180センチ、体重85キロ。対して君は、170センチの60キロそこそこ。部活は帰宅部。格闘技経験もなし」


 須藤が指先で写真を叩く。


「なのに、結果はこれだ。『螺旋骨折』。ただ殴ったり捻ったりしただけじゃ、こうは折れんよ。関節の可動域を完全に把握した上で、テコの原理を完璧なタイミングで作用させないと不可能だ」


 刑事の顔が近づく。

 タバコの染み付いた息がかかる距離。


「正直に教えてくれ。……どこで『壊し方』を習った?」


 俺は乾いた唇を舐めた。

 殺し方なんて習っていない。

 ただ、あの瞬間、視界に赤いガイドラインが見え、体が勝手に最適解をなぞっただけだ。


「……必死だったんです。無我夢中で、抵抗したら」


「無我夢中ねぇ」


 須藤は鼻で笑い、椅子に深くもたれかかった。


「目撃者の証言とも食い違うな。一緒にいた女の子は言っていたぞ。『彼は一瞬で相手の懐に入り、流れるような動きで取り押さえた』とな。まるで、ダンスでも踊るみたいにな」


 痛いところを突く。

 俺は視線を逸らし、あえて弱々しい声を装った。


「火事場の馬鹿力、ってやつですよ」


「馬鹿力で説明がつくのは、重いタンスを持ち上げた時くらいだ」


 須藤がペンを机に置いた。


「いいか、これは『過剰防衛』の線も視野に入れているんだ。相手は今、全治三ヶ月で入院中だぞ。君がやったことは、護身の域を超えている可能性がある。一歩間違えば、相手の首を折っていた可能性だってあるんだ」


 同席していた若い警官が、たまらず横から口を挟む。


「須藤さん、相手は刃物を持ってたんですよ。流石にそれは……」


「黙ってろ」


「おい、ちょっと手を見せろ」


 須藤は俺の両手首を掴み、無理やり掌を開かせた。

 白く、細い指。

 軽いペンだこ以外に目立つ特徴はない、学生の手。


「……拳にタコひとつない、きれいな手だ。筋肉だって人並み。……なあ、本当に『君』がやったのか?」


 刑事の目は本気だった。

 彼は俺の中に、別の誰か――あるいは、もっと凶暴な何かが潜んでいることを本能的に嗅ぎつけているようだった。


 俺はそれでも顔色一つ変えずに答えた。


「俺がやりました。……運が良かっただけです」


 それ以上、言葉を継ぐことはできなかった。

 自分でも何が起こったのかはわかっていないのだから。


「……チッ。まあいい、とりあえず調書はそれで組む」


 須藤は忌々しげに舌打ちをして、手首を離した。

 張り詰めていた糸が切れ、俺の体がガス欠を起こしたのはその直後だった。


 グゥゥゥゥ……。


 雷鳴のような腹の音が、狭い取調室に響き渡ったのだ。


「……腹が、減って」


 俺が正直にそう告げると、若い警官が呆れつつも気を利かせ、出前を取ってくれた。

 ドラマでよく見る、定番のカツ丼だ。


 湯気を立てる丼が目の前に置かれた瞬間、俺の理性のタガが外れた。

 さっきまでのシリアスな空気など知ったことではなかった。


「いただきます」


 割り箸を割るのももどかしく、俺は丼にかぶりついた。

 出汁の染みた衣、柔らかな豚肉、半熟の卵、そして熱々の白飯。

 それらが喉を通り過ぎるたび、胃袋が歓喜の声を上げ、瞬時に熱エネルギーへと変換されていくのが分かった。


 咀嚼など、ほとんどしていなかったかもしれない。

 吸引。

 まさに掃除機のように、一杯のカツ丼はわずか一分足らずで俺の胃の中へと消えた。


「……足りない」


 俺は空になった丼を見つめ、無意識に呟いていた。

 まだだ。

 全然足りない。


「すいません、もう一杯……あと、甘いもの。ジュースでも缶コーヒーでもいいので……」


「はあ!?」


 刑事たちが目を丸くした。

 結局、俺は追加で頼んでもらったカツ丼もう一杯と、自販機の甘ったるいカフェオレを三本、猛スピードで胃に流し込んだ。

 それでもまだ、スティックシュガーを直接齧りたい衝動に駆られたほどだ。


「……犯人と格闘した後によく食えるな。心臓に毛でも生えてんのか?」


 須藤刑事が、空になった器の山を見て呆れたように呟いた。

 だが、その目はやはり笑っていなかった。俺という生き物の生態を観察するような目だった。


「まあ、食欲があるのは元気な証拠か。若いってのは凄いな」


 その的外れな感心を背に、俺は取調室を後にしたのだった。


 

 ---


 

 自宅の鍵を開け、自室に入ると同時に、俺はベッドへと倒れ込んだ。


 窓の外から聞こえる車の走行音。

 湿気を帯びた布団の感触。

 重力という鎖。


 すべてが、煩わしい。


「……やっぱり、おかしいだろ」


 俺は天井を見上げ、独りごちた。

 須藤刑事の言葉がリフレインする。


『どこで壊し方を習った?』

『関節の可動域を完全に把握した上で、テコの原理を完璧なタイミングで作用させないと不可能だ』


 ボールを掴み、ナイフを躱した瞬間の記憶。

 あの時、俺の世界はスローモーションになり、思考速度が跳ね上がった。

 脳を強制的に加速させた代償としての、異常な空腹。

 ハードウェアである肉体が、ソフトウェアである脳の要求スペックに追いつこうとして、異常な燃焼を起こした結果だとしたら――。


 微かな恐怖を感じた。

 俺の何かが変わっていっているのかもしれない。

 ゲームの中の『ナイトハウンド』に引っ張られるように。


 俺は重い身体を起こし、吸い寄せられるようにデスクのPCを起動した。

 モニターの青白い光が、暗い部屋を照らし出す。


 あれは本当にただのゲームのプレイ経験によるものなのか?

 検索窓にワードを打ち込む。


『ギャラクティック・フロンティア』

『VR 思考加速』

『スキル 現実で』


 エンターキーを叩く。

 表示された検索結果を見て、俺は眉をひそめた。


「……ゼロ件?」


 スペルミスではない。

『思考加速』などの一般的なワードでさえ、ヒットするのはほかのゲームの攻略サイトだけ。

 その他は難解な量子力学や宇宙物理学の論文サイトばかりだ。

『ギャラクティック・フロンティア』に関しては、ゲームの攻略Wikiも、個人のブログも、SNSのつぶやきすら一つも引っかからない。


 これほどのクオリティの神ゲーだ。

 SNSで話題になっていないはずがない。

 それが、ネットの海に欠片も情報がないなんてありえるか?


 背筋が粟立つのを感じながら、俺はマウスを操作し、ゲームストアの履歴を開いた。

 あの日、俺がこのゲームをダウンロードした配信サイトのURLだ。


 クリックする。

 砂時計が回る――。


『404 Not Found』


「……ページが存在しません、だと」


 俺は震える手で、デスクトップにある『ギャラクティック・フロンティア』のショートカットアイコンを右クリックし、プロパティを開いた。


 ファイルサイズ:不明。

 作成日時:空白。

 開発元デベロッパー:署名なし。


 そこには、膨大な容量の「不明なデータ」が鎮座しているだけだった。

 まるで、ネットから、勝手に芽吹いて「生えてきた」かのような不気味さ。


「俺は……何を遊んでいるんだ? これは本当にただのゲームプログラムなのか?」


 得体の知れない恐怖が、胃の腑の底からせり上がってくる。

 あの刑事の疑念は正しかったのかもしれない。

 俺は「何か」得体の知れないものに、作り変えられようとしている。


 普通なら、ここはプレイを躊躇する場面かもしれない。

 即座にアンインストールし、HDDを物理的に破壊してもおかしくない異常事態だ。


 だが。


 俺の視線は、デスクの脇に鎮座するヘッドセット『Cerebrum-07』に吸い寄せられていた。


 あれを被れば、俺はヒーローになれる。

 重力から解き放たれ、鋼鉄の身体で宇宙を駆けることができる。

 そこには、俺を疑う刑事も、インドアな青年の肉体もない。


「……ま、インディーズのクローズドベータならよくあることか」


 俺は乾いた声で呟いた。

 無理やりな理屈。

 穴だらけの推論。

 だが、俺は自ら進んでその理屈を飲み込んだ。


 正体が何だろうと関係ない。

 ウイルスだろうが、悪魔の罠だろうが、構わない。


「……あっちの方が、現実ここより面白い。それが真実だ」


 恐怖を、快楽への渇望が塗り潰していく。

 俺は迷いを断ち切るようにヘッドセットを掴み、頭へと装着した。


 視界が遮断され、心地よい暗闇が訪れる。


「ログイン」


 意識が、泥のような肉体から引き剥がされる。

 魂が電子の海へとダイブし、光の奔流となって加速していく。


 

 ---


 

 カッ、と目を見開く。


 視界に走るシステムチェックの羅列。

 クリアで、ノイズのない映像。


『システム・オールグリーン。生体認証パス。お帰りなさい、アキト』


 アナウンスと共に、俺は身体を起こした。

 そこは、薄暗いハンガーの片隅だった。

 センサーが拾うオイルと鉄の匂い。

 遠くから聞こえる整備用ドローンの駆動音。


 俺は、黒い鋼鉄の手を開き、そして強く握りしめた。

 軽い。

 思考と直結したアクチュエーターが、ゼロ遅延で反応する。


 現実の肉体で感じていた鉛のような重さはなく、全身に力が満ち溢れている。

 空腹感もない。

 あるのは、研ぎ澄まされた刃のような全能感だけだ。


「……戻ってきた」


 俺――『ナイトハウンド』のスピーカーから、低く重厚な声が漏れる。

 この姿こそが、本来の俺の形であるかのように馴染んでいる。


 ふと、視界のHUDに赤いアイコンが点滅しているのに気づいた。


『着信:ギデオン・マクレーン』

『件名:作戦ブリーフィング・参加要請』


「ギデオン船長からか」


 昨日の今日だ。

 まだ休息を取っている時間のはずだが、何事だろうか。

 俺はハンガーを出て、集合場所である「酒場」へと向かうことにした。


 通路に出ると、基地内は相変わらずの活気に満ちていた。

 溶接の火花が散り、巨大なパワーローダーが資材を運んでいく。

 すれ違う傭兵たちが、俺の漆黒の機体に気づき、手を止めた。


「よう、ナイトハウンド! 昨日は凄かったらしいな」

 

「ゴブリンの群れに単騎で突っ込んで、巣穴を潰したって? イカれてるぜ」

 

「おかげで今日はぐっすり眠れたよ。ありがとな」


 荒くれ者たちが、口々に声をかけてくる。

 親指を立てて挨拶する者、敬礼を送る者。

 そこには、以前のような「新入り」を見る侮りや値踏みする視線はない。

 一人の戦士として、仲間として認められた者への敬意があった。


 悪くない気分だ。

 現実世界で味わった警官のいぶかしむような視線とは大違いだ。

 ここでは、力こそが正義であり、結果こそが信頼だ。


 俺は軽く手を挙げて応えながら、居住区画への通路を進んだ。


 

   ---



 「酒場」の扉の前に立つ。

 センサーが拾うのは、空調の音と、固い声のみ。


 俺は意を決して、ロックを解除した。

 空気の抜ける音と共に、重い扉がスライドする。


 中は薄暗く、タバコの煙が充満していた。

 部屋の中央、ホログラムテーブルを囲むようにして、主要メンバーが集まっていた。

 

 ギデオン、ユイ、ハル、レベッカ。

 俺の足音――重厚な駆動音に気づき、全員の視線が一斉に向けられた。


「……アキトさん」


 ユイが振り返る。

 その表情が一瞬、安堵に緩んだ。

 すぐに真剣な眼差しに戻り、彼女は言った。


「来て、くれたんですね」


 俺は無言で頷き、テーブルのそばへと歩み寄った。

 ギデオンが顔を上げ、俺を見据える。

 その眼光は鋭く、重かった。だが、そこにあるのは須藤刑事が向けてきたような「疑念」ではない。「信頼」だ。


「待ってたぜ、新入り。……いや、アキト」


 彼は俺の名前を呼んだ。


「昨日の今日ですまねえが、仕事だ。アマミヤの嬢ちゃんから、例のチップ奪還についての詳細が出た」


 ギデオンがホログラムマップの一点を指差す。

 アビスウォーカーの巣窟となった中立コロニー、タルタロス。


「お前が必要だ。お前の、あのイカれた機動力と判断力がな」


 ギデオンは言葉を切り、俺のバイザーを真っ直ぐに覗き込んだ。


「……覚悟しておけよ。もうやり合ったとは聞いてるが今度の相手は、ゴブリンなんて可愛いもんじゃねえ。俺たちはこれから、『本当の地獄』を見に行くことになる」


 酒場の空気が、さらに一度下がった気がした。

 本当の地獄。

 歴戦の傭兵であるギデオンにそう言わせるほどの場所。


 だが、俺の心臓――ジェネレーターは、恐怖で縮こまるどころか、歓喜の咆哮を上げるように唸りを上げた。

 現実世界の息苦しさに比べれば、地獄ですら楽園に見える。


 俺はバイザーの光点をニヤリと歪めた。


「望むところだ。……案内してくれ、その地獄へ」




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