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VRゲーマー、宇宙を征く ~戦場のプロたちがドン引きするムーブで、異星の怪物を殲滅したら宇宙戦争に巻き込まれた件~  作者: KEINO


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第18話

 硝煙の匂いは、どこか錆臭さに似ている。

 それに混じって、濃厚な腐臭と、焦げたオイルの刺激臭が鼻孔センサーを刺す。


 戦闘の喧騒は、嘘のように消え失せていた。

 あれほど響いていた銃声も、悲鳴も、絶叫も。

 今はただ、生き残った重機の冷却ファンが回る低い音と、ジャングル特有の湿った風が葉を揺らす音だけが、不気味なほど静かに響いている。


「……酷いな」


 俺は『ナイトハウンド』のセンサー感度を通常モードに戻しながら、改めて眼下に広がる光景を見渡した。

 そこは、巨大なすり鉢状の地獄だった。


 本来、この惑星N3の地表は、酸化鉄を多く含んだ赤茶色の粘土質だ。

 だが今、俺の視界を埋め尽くしているのは、おぞましい「白と赤」だった。


 累々と積み重なった、数百匹に及ぶゴブリンの死骸。

 日光の届かない地底で進化した彼らの皮膚は、病的なまでに蒼白い。

 その白い肢体が、折り重なり、ひしゃげ、山を築いている。


 そして、その隙間を埋めるのが「どす黒い赤」だ。

 ゴブリンたちが流した大量の体液と、破壊された重機から漏れ出した黒い廃油、そしておそらくは、最初に犠牲になった作業員たちの血。

 それらが混ざり合い、赤茶色の大地を底なしの沼へと変えている。


 赤、白、黒。

 三色が混じり合う、吐き気を催すようなアート。


「ゲームなら、死体は数秒でポリゴンとなって消えるはずだが……」


 俺は足元の白い塊を、泥だらけのつま先で軽く突いた。

 生々しい重量感と、肉の感触。

 こいつらは消えない。

 ただ腐敗し、分解され、この星の土となるまでそこに在り続ける。


 強烈なリアリティ。

 モニター越しではない「死」の重みが、そこにあった。

 VRゲームにしては少しやりすぎな気もする。


 頭上から、重いローター音が近づいてきた。

 上空で待機していた輸送機『バロー』が、安全確保を確認して降下してくる。

 着陸脚が泥を跳ね上げ、機体が着地すると、タラップからギデオンが降りてきた。

 彼はハンドガンを片手に、油断なく周囲を警戒しながら歩み寄ってくる。


「お疲れさん。派手にやったな」


 ギデオンは俺を見上げ、次に周囲の惨状に目を向けると、顔をしかめた。


「こいつらは一体何なんだ? ただの野生動物にしては、殺意が高すぎる」


 俺は義体にこびりついた泥と肉片を払い落としながら、疑問を口にした。

 あの異常な数。

 銃撃を恐れず、死体の山を乗り越えて突っ込んでくる狂気じみた習性。

 生物としての生存本能が欠落しているようにすら見えた。


 ギデオンは足元に転がっていたゴブリンの頭部を、汚いものを見るような目で蹴り飛ばした。

 白い頭蓋がゴロリと転がり、泥の中に沈む。


「こいつらは、この惑星N3の正当な先住民さ。本来は地中深く、光の届かない場所に迷路のような巣を作って生活している。基本的に地上へ出てくることはねえ」


「地底人、ってわけか。だから目が退化して、皮膚が白いのか」


「ああ。光を嫌い、振動と熱に敏感だ。地底の暗闇で独自の生態系を築いてやがる。……普段ならな」


 ギデオンはタバコを取り出し、火をつけた。

 紫煙が、腐臭の中に細くたなびく。


「じゃあ、なんでこんな大量に地上へ溢れ出してきたんだ? まるで狂気に駆られているみたいだったぞ」


 俺は、先ほど瓦礫で蓋をしたばかりの坑道の入り口に視線を向けた。

 あそこから、奴らは雪崩のように押し寄せてきた。

 地上への侵略というよりは、パニック状態の暴走に見えた。


「運が悪かったのさ。……あるいは、欲をかきすぎたか」


 ギデオンは坑道の奥、いまは岩盤で塞がれた闇の方角へ顎をしゃくった。


「作業員からの報告によれば、鉱脈を追って深く掘り進みすぎたらしい。巨大なドリルが、偶然にも奴らのコロニーのど真ん中を貫いちまったんだとよ」


「なるほど……」


 状況が読めた。

 寝床の天井をいきなりぶち抜かれ、轟音と振動、そして忌み嫌う「光」が差し込んできたのだ。

 彼らにとっては、エイリアンの侵略を受けたようなものだろう。

 防衛本能と怒り、そして恐怖。

 それらが爆発し、地上へ溢れ出し、目につく動くもの全てを襲ったのだ。


 これは戦争ではない。

 事故だ。

 それも、この未開の惑星では日常茶飯事の、悲劇的な災害。


「……そこまでして、何を採掘していたんだ?」


 俺は周囲を見渡した。

 飴細工のようにひしゃげたパワーローダー。

 中身がぶちまけられたプレハブ小屋。

 そして、原型を留めていない作業員たちの亡骸。


 これだけの犠牲を払い、危険な原生生物の巣を刺激するリスクを負ってまで、彼らは何を求めていたのか。


「これさ」


 ギデオンは、半壊したコンテナのそばに歩み寄ると、そこからこぼれ落ちていた「石」を拾い上げた。

 一見すると、ただの黒っぽい岩石だ。

 だが、俺のセンサーを通すと、それが微弱なエネルギー干渉を起こしているのが分かった。


「ネオディウム鉱石だ」


 彼はその石を空にかざした。


「高純度のレアアースを含んでやがる。超伝導モーター、高出力レーザーの発振器、そして俺たちの義体のジェネレーター。あらゆるハイテク機器の心臓部に欠かせない素材だ」


 ギデオンは石を放り投げ、再びキャッチした。


「こいつをめぐって、大手企業複合体アルカディアは戦争を仕掛けてくるし、一攫千金を夢見る違法採掘業者は後を絶たねえ。……場所によっちゃ、命よりも重い石っころだ」


 ネオディウム。

 あの美しいコロニー「アマミヤ」を支えている基幹技術の多くにも、この物質が使われているのだろう。


「俺たちのコロニー、いや、この世界で暮らす人々の生活を動かす燃料だ。これがなけりゃ、あの綺麗なクリスタルの摩天楼も、人工太陽も、ただの鉄屑になる」


 ギデオンの言葉は重かった。

 あの塵一つない白い部屋。

 虹色に輝くビル群。

 笑顔でカフェを楽しむ人々。


 そのすべてが、この泥と血、そして異形の死骸にまみれた大地から吸い上げられたもので成り立っている。

 光が強ければ強いほど、その足元に落ちる影は濃くなる。

 ここは、その「影」の最深部だ。


「……割に合わない仕事だな」


 俺が皮肉交じりに呟くと、ギデオンは吸い殻を泥の中に捨て、首を横に振った。


「そうでもねえさ。ウチの会社、アマミヤは、従業員の安全を何よりも優先する『ホワイト』な企業だぜ? 危険手当は法外なほど高いし、もしもの時の補償も手厚い」


 ギデオンは、破壊された重機を見つめた。


「機材なんざ、いくら壊れてもいい。資源も二の次だ。アマミヤはいつだって『生きて帰ること』を最優先命令にしてる。……それでも、死ぬ時は死ぬ。ここはそういう場所だ」


 その時、無線が入った。


『船長、生存者の確認、終わりました……』


 ハルの沈んだ声だ。


『作業員三十名のうち、生存者は……四名。重傷です。今、救護ポッドへ収容しました』


『資源コンテナは無事よ。……もっとも、作業員たちが命懸けで守ろうとした結果でしょうけど』


 レベッカの淡々とした報告が続くが、その声色には僅かな無念が滲んでいた。


 三十人中、四人。

 壊滅に近い。

 ギデオンは奥歯を噛み締め、悔しげに拳を握りしめた。

 資源が無事であることなど、彼にとっては慰めにもなっていないようだった。


「……クソッ、到着があと十分早ければな」


 彼は吐き捨てるように言った後、通信機に向かって努めて冷静な声を出した。


「了解だ。撤収するぞ。負傷者を最優先で運ぶんだ。コンテナは後回しでいい、積み込めなければ置いていけ」


『了解。……それと、亡くなった方々の識別タグも回収しました』


「ああ。丁重に扱えよ。……彼らの家族には、アマミヤから一生遊んで暮らせるだけの補償金が出る。せめてもの救いにな」


 ギデオンが空を見上げる。

 どんなに安全対策を施し、どんなに手厚い補償を用意しても、失われた命は戻らない。

 企業がどれほど「ホワイト」であろうと、この惑星N3という大自然の前では、人間はあまりに無力だ。


『な、泣いてませんよぉ……! ちょっと、目がかゆくなっただけですぅ……』


 鼻をすする音が聞こえる。

 タイラントのコクピットの中で、あの気弱な青年が顔をぐしゃぐしゃにしている姿が目に浮かぶようだ。

 彼は戦闘中はトリガーハッピーな狂戦士になるが、終わればただの繊細な青年に戻る。

 この地獄のような現場で、その人間臭さはある意味で救いかもしれない。


「アキト、お前もだ。いつまで突っ立ってる」


「ああ、今行く」


 俺は踵を返そうとして、ふと足を止めた。

 視線を、再びあの塞がれた坑道へと向ける。

 そして、そのさらに奥。

 どこまでも続く、鬱蒼とした緑のジャングルへ。


 この星には、まだ無数の生き物たちが息を潜めている。

 そして、それを上回る価値の資源が眠っている。

 欲望と生存本能が交錯する、終わりのない戦場。


 それがN3。


 俺の『ナイトハウンド』のバイザーに、夕暮れの赤い光が反射した。

 綺麗なだけの箱庭よりも、よほど性に合っている。

 俺は、この世界の残酷なまでの「作り込み」に、奇妙な満足感を覚えていた。


「ゲームとは思えないな」


 俺は小さく呟くと、泥だらけの背中に赤と白のコントラストを焼き付けたまま、駆動音を響かせて輸送機へと歩き出した。

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