第16話
風切り音が轟音となって聴覚センサーを叩く。
自由落下。
背中のスラスターは使わない。
この質量と速度こそが、最大の武器だ。
眼下に迫る、茶色の大地と白の絨毯。
俺はHUD上の着地予想地点――ゴブリンが最も密集している一点を凝視し、機体の脚部サスペンションをロックした。
「踏み潰す!」
ズドォォォォォン!!
地響きと共に、赤い大地が陥没した。
爆心地にいた数匹のゴブリンは、悲鳴を上げる間もなくひしゃげ、肉塊となって周囲に飛散する。
泥と体液、そして粉砕された肉が混ざり合った生温かい飛沫が、ナイトハウンドの黒い装甲に跳ねた。
強烈な衝撃がコクピットを揺さぶるが、高性能なダンパーが一瞬でそれを相殺する。
「……着地成功」
俺は膝立ちの姿勢から、ゆっくりと立ち上がった。
土煙が晴れていく。
その向こうで、突然空から降ってきた黒い鉄塊に、周囲のゴブリンたちが動きを止め、威嚇するように喉を鳴らしていた。
『戦術解析、開始』
意識せずとも、脳内のスキルが自動発動する。
視界がデジタルなグリッドに覆われる。
周囲を取り囲む無数のゴブリンたちが、赤色の『敵性ターゲット』としてマーキングされていく。
その数、視界に入るだけで五十……いや、百以上。
ギャァァァァッ!!
一匹が金切り声を上げると、それが合図となった。
捕食者たちは恐怖するどころか、新たな獲物の出現に歓喜し、波のように押し寄せてきた。
「数は多いが、知能は獣並みか。……なら、まずはこいつの試し撃ちだ」
俺は左手を突き出した。
握られているのは、8.8cm対物リボルバーカノン『オーガ・イーター』。
本来は戦車や要塞を撃ち抜くための化け物だ。
俺は迫りくるゴブリンの最前列、その密集地帯に巨大な銃口を向けた。
「吹き飛べ」
トリガーを絞る。
ドォォォォォン!!
発砲音というよりは、落雷に近い轟音がジャングルの空気を震わせた。
マズルブレーキから噴き出した衝撃波が、周囲の草木を薙ぎ払う。
放たれた8.8cm徹甲榴弾は、先頭にいたゴブリンの上半身を消滅させ、そのまま背後の三匹をまとめて貫通し、さらにその奥にあった放置されたブルドーザーに着弾した。
ズガァァァン!
ブルドーザーがひっくり返り、鉄屑となって爆散する。
「うおっ……!?」
凄まじい反動だった。
発砲の瞬間、機体が後方へと大きく仰け反り、俺は無様にたたらを踏んだ。
警報音が鳴り響き、左腕の関節が過負荷寸前の赤色を示す。
「こりゃ凄い……だが、じゃじゃ馬すぎるな」
俺は苦笑交じりに呟いた。
威力は申し分ない。
だが、今の弾一発で、敵だけでなく、守るべき採掘場の機材まで粉砕してしまった。
視界に『コラテラル・ダメージ警告』の文字が点滅する。
この乱戦状態で、こんな大砲を振り回せば、作業員たちが隠れているバリケードごと吹き飛ばしかねない。
それに、次弾発射までのラグと反動制御の硬直が長すぎる。
多数の小型敵を相手にするには、あまりに不向きだ。
「この場での使用は却下だ」
俺は即座に判断を下し、『オーガ・イーター』を腰のハードポイントに戻した。
ゴブリンの群れは、仲間の死など気にも留めず、すでに目と鼻の先まで迫っている。
鋭利な爪が、俺の装甲を切り裂こうと振り上げられる。
「なら、こっちだ」
俺は右手を背中へと回した。
抜刀。
キィィィィィン……。
耳鳴りのような高周波音が響く。
抜き放たれたのは、日本刀を模した高周波ブレード『村雨』。
紫電を帯びた刃が、空気を震わせている。
眼前のゴブリンが飛び掛かってくる。
速い。
人間の動体視力では捉えきれない速度だ。
だが、今の俺は「ナイトハウンド」だ。
『思考加速』。
世界がスローモーションになる。
ゴブリンが口を大きく開け、唾液を撒き散らしながら飛んでくる軌道が、白い予測線となって視界に描かれる。
見える。
止まって見える。
「遅い」
俺は最小限の動きで半身になり、爪の一撃を紙一重で回避した。
装甲の塗装がわずかに掠れる音。
すれ違いざま、俺は『村雨』を一閃させた。
抵抗がない。
まるで空気を切ったかのような手応え。
だが、俺の背後で着地しようとしたゴブリンは、空中で上下真っ二つに分かれ、臓物をぶちまけながら地面に落ちた。
金属をも引き裂くゴブリンの強靭な筋肉と骨格も、超高速振動する『村雨』の前では、温めたバターと同じだ。
「次ッ!」
俺は止まらない。
左右から殺到する二匹。
右の個体の首を跳ね上げ、その回転の勢いを利用して、左の個体を袈裟懸けに斬り裂く。
血飛沫が舞う中、俺は踊るように刃を振るった。
これは、FPSゲームのエイム操作に似ている。
視界に映る敵の急所――脳幹、心臓、脊髄。
そこにカーソルを合わせ、ボタンを押すだけの感覚。
『近接射撃複合術(CQC)』のスキルが、ナイトハウンドの挙動を最適化していく。
無駄な予備動作のない、機械的かつ洗練された剣舞。
返り血で黒い装甲が濡れ、紫電の光が妖しく反射する。
「掃除の時間だと言っただろう?」
十匹目を斬り捨てた時、俺の周囲には死体の山が築かれていた。
まさに無双状態。
だが、敵の数は減らない。
斬っても斬っても、ジャングルの闇から次なる「波」が押し寄せてくる。
「キリがないな……!」
その時だった。
ズシンッ!!
背後で重い着地音が響いた。
同時に、甲高いモーターの回転音が唸りを上げる。
「ひぃぃっ! く、来るな! 来ないでくださぁぁぁい!!」
情けない悲鳴と共に、暴風雨のような銃撃音が炸裂した。
ハルの『タイラント』だ。
両腕に装備されたガトリングガンが、目にも留まらぬ速度で回転し、毎分三千発の鉛の雨を吐き出している。
作業員たちが逃げ込んだコンテナバリケード。
そこに取り付こうとしていたゴブリンの群れが、側面から浴びせられた弾幕によって、一瞬にして挽肉へと変わる。
「うわあああ! あっち行ってよぉぉ!」
ハルは半泣きになりながら、機体を左右に振って弾幕をばら撒く。
だが、その射線管理は完璧だった。
バリケードのギリギリ手前で弾丸を止め、敵だけを正確に粉砕している。
恐怖でパニックになっているようでいて、その意識は冷静に火器管制を行っているのだ。
さすがは、この部隊の「盾」だ。
さらに、頭上からは乾いた銃声がリズミカルに響く。
ドンッ。
ドンッ。
俺の死角、背後から忍び寄ろうとしていたゴブリンの頭部が、次々と弾け飛ぶ。
上空でホバリングする輸送機からの、レベッカの狙撃だ。
揺れる機内から、乱戦の中の小さな的を正確に撃ち抜いている。
「助かる!」
俺は背後の憂いを捨て、正面の敵に集中した。
三人による連携。
戦線は一見、安定したように見えた。
だが――。
10分後。
俺のHUDに警告が表示された。
『エネルギー残量:60%』
『警告:敵増援、途切れず』
「……おかしい」
俺は『村雨』で襲い来るゴブリンを両断しながら、舌打ちした。
もう百匹は倒したはずだ。
ハルとレベッカの戦果を合わせれば、五百匹は下らない。
だが、奴らは減らないどころか、増えている。
すり鉢状の採掘場の奥、崩れかけた坑道の方角から、白い奔流となって次から次へと湧き出てくるのだ。
ゲームで言うところの「無限湧き」。
イベント戦などでよくある、特定の条件を満たすまで敵が尽きないクソ仕様だ。
「湧き地点を潰さない限り、ジリ貧だな」
弾薬にも、機体のエネルギーにも限界がある。
なにより、集中力が持たない。
ハルのガトリングも、銃身が赤熱し始めており、いつ焼き付いてもおかしくない状態だ。
『アキト! 聞こえるか!』
通信機に、ギデオンの切羽詰まった声が飛び込んできた。
『作業員から情報が入った! どうやらこいつら、資源採掘中に地下空洞……ゴブリンの巣を掘り当てちまったらしい!』
「巣だって?」
『ああ! さっきからウジャウジャ出てきてるのは、その穴からだ! そこが湧き出し口だ! 塞がないと、いくらでもゴブリンが湧いてくるぞ!』
なるほど、そういうフラグか。
俺のHUD上のミニマップが更新される。
新たな目的地の座標を示す黄色いマーカー。
場所は採掘現場の最深部、今まさにゴブリンたちが溢れ出している崩落した坑道の入り口。
ここから約三百メートル。
だがその道程は、大量のゴブリンで埋め尽くされた「死の海」だ。
『ハルはその場で防衛維持! これ以上バリケードに近づけさせるな! レベッカはハルのオーバーヒートをカバーしろ!』
ギデオンが矢継ぎ早に命令を下す。
そして。
『アキト! お前が行け! あいつらのど真ん中を突っ切って、その穴に蓋をしてこい!』
無茶苦茶な命令だ。
支援なしの単独突撃。
敵の密度が最も高い場所への自殺行為。
だが、俺の口元は自然と歪んでいた。
その難易度、最高じゃないか。
「了解。……任せろ」
俺は短く答えると、バリケードに背を向けた。
目の前には、蠢く白い波。
その奥にある、暗黒の穴。
俺は思考コンソールを操作し、ジェネレーターのリミッターを一段階引き上げた。
ナイトハウンドの全身から、余剰エネルギーの放電が散る。
「行くぞ」
ドンッ!!
爆発的な加速。
泥を跳ね上げ、俺はゴブリンの群れの中へと飛び込んだ。
真正面から爪が迫る。
俺は止まらない。
『村雨』を風車のように回転させ、肉片と血飛沫の雨を降らせながら、一直線に突き進む。
悲鳴、咆哮、断末魔。
それら全てを置き去りにして、黒い流星が死地への道を切り開いていく。




