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往きて戻らぬ春
ふわりと、白い花びらが散る。
満開を待たずに冷たい雨に打たれた昨日を乗り越えた花弁が一枚、また一枚と視界の前を横切って行く。
「………今年は声も聞こえないね」
白い花びらの向こう。黒く背面を塗りつぶしていた雑木林が今は光に満ちて、その向こうに色とりどりの屋根が見える。そして、毎年聞こえていたあの声が聞こえない。
ちりんっ、と耳につく音に後ろを振り向けば小学生ほどの少女が大きめのヘルメットを直しつつこちらへ自転車をこいでくる。少しだけ脇に逸れると彼女はぺこりと頭を下げ、またずれてしまったヘルメットをふらつきながら片手で直して隣を通り過ぎていく。
「季節は、巡るのにね」
ちらりとまた、視界を白いものが落ちていく。ざっと風が吹いて舞い上がる白を見上げれば、視界は湿った灰の中に浮かぶ薄紅。
「ああ、そういえば、花散らしも来てないね」
小さくため息をつくと、春を告げる独特の声がしない雑木林を振り返り、それからゆっくりと少し湿った遊歩道をじゃりじゃりと音を立てて歩き出す。
……ちちちっ。
去年までの花散らしの犯人とも雑木林の主とも違う小さな鳴き声に、少しの切なさと共に、振り返ることなく目を閉じた。




