あわわわ・・・
「・・・ど、どうかな?」
私なりの渾身の一つが完成した。見た目はともりに遠く及ばないけど。誰が見ても卵焼きってくらいのビジュアルには仕上がっていると自負している。
台所は天変地異でも起きたのかと錯覚するほど散らかってしまったが、どうにか作り上げてお母さんに味見をしてもらうために目の前に置いてみた。
本の表題通り簡単にってわけにはいかないけどなんとか形になった。形の悪さやコゲはまあ最初にしたら及第点だと思っている。お母さんはじっと見てから
「最初の犠牲者はやっぱり私がなるしかないんだよね。これも親の務めか」
なんで溜息?可愛い娘が一生懸命に作ったのに最初の感想とは思えない酷い言葉だ。そりゃ間違っていないとは言わないけど、そこまでじゃない。と思う・・・思いたい。
お母さんは覚悟を決めたのか箸を入れる。そして持ち上げて全体を見てからイッキに口の中に。
モグモグ。
私はずっと固唾を飲んで感想という言葉を待った。
モグモグ。
舌のいろいろな角度で味覚を確かめているみたい。
やっと飲み込んでから私の方を見る。いよいよ判決の瞬間。
「・・うん・・初めてにしては美味しいよ。嘘は一切ない正当なジャッジしたよ」
よかった・・・一気に肩の力が抜けた。
「あのさ。これお弁当で出しても平気なレベル?」
「いいんじゃないかな。あ、でも食感はもうちょっと頑張ればもっと良くなるよ。ほんとにちょっとしたコツだけど知りたい?」
う〜ん。この場合はどうなんだろう。親の手は借りない。けどアドバイスならいいよね、多分。
それに料理ってその家々で受け継がれるものだ。私がお母さんから我が家伝統の技法を学んだっていいよね。ってことで
「よろしくお願いします」
今朝は五時起き。
これってともりがいつも起きている時間だよね。窓の外はまだ薄暗いし気温も低い。それに静かだ。ほとんどの人はまだ寝ている。けれどいろいろな事情で起きている人だっている。
あらためて思う、ともりって凄いな。
さて、感傷に浸っている時間は終わり。気合いを入れてないとね。明けきらない空にはまだ消えていない明るい星が一つだけあった。あの星にはどんな名前があるのかな。今回のテーマは『星』だからちょっとは知っておかないとな。
そこで思い出す。確か相澤君のお姉さんってそっちの専門だったっけ。今度聞いてみようかな。でもそれは今日が無事に終わってからの話だ。
さあ、頑張りますか。
作業は自分でも驚くほどスムーズに捗ったおかげで完成目標時間よりかなり余裕を残して一段落ついた。
早起きしたせいか分からないけど頭と身体は完全に覚醒している。まだ約束の時間まで余裕がある。ただテレビを見て時間を過ごすなんてもったいないよね。それにこんな機会はもうないかもしれない。私は出来上がったばかりのお弁当を持って家を出た。
「いってらっしゃい。気をつけて」
「うん。浜松土産楽しみにしてて。お母さん、お弁当作りのアドバイスありがとう。無事なんとかできたよ。みんな喜んでくれるといいけどね」
お母さんは何も言わずにポケットから
「はいこれ。みんなに迷惑掛けないようにね」
そう言って一万円渡してくれた。
「これは?」
「お土産代。それとお茶代。先生によろしく伝えといて」
「分かった・・ありがとう。じゃあ行ってきます」
玄関を開けるといつもとは違う感じがする。平日と休日ってこんなに街が違うんだ。普段感じている慌ただしさがない。空気や時間がいつもよりゆっくりと流れている。
空を見上げるともうすっかり一面に青空が広がっていて、最後まで頑張っていた星は完全に姿を消してしまっていた。見えないけどきっとあの辺にあるんだよね。
電車もびっくりする程空いていた。空席を探す必要もないくらいあっさりと座ることができた。乗っている他の人達だって仕事の時の緊張感がなく、みんなネジを巻き忘れた時計みたいに見えた。
穏やかな時間。今日は良いことあるよね。そんな気分にさせてくれる一日が始まった。
「おはようございます」
「お、あやせじゃん。おはよう。どうしたのこんなに早く」
土曜日でも朝のアンプレアントは常連さんで混んでいた。いつものコーヒーの香り。
あ。お弁当に集中していて朝ご飯・・・お腹空いた。
「アイアイ先輩も知っての通り、早起きしてお弁当作りました。予定より早く出来たから出発前にゆっくりコーヒーを飲もうかなって」
「そっか。なら時間までゆっくりしていくといい」
「はい。じゃあ、モーニングのBセットお願いします。ホットコーヒーブラックで」
「ん。すぐ持ってくるからちょっと待ってて」
モーニングセットBは本当にすぐに私の前に姿を現した。
バターたっぷりの厚切りのトースト、ハムエッグ、それに小さなサラダが付く。ドレッシングはマスターの手作りで酸味が強いのがお気に入りである。
「いい匂い。すっかりコーヒーが好きになりました」
「それ、パパに直接言った方が喜ぶと思うな」
アイアイ先輩は土曜日はほぼ毎週モーニングを手伝っている。今日は学校に行く前にどうしても一目先輩の顔が見たかった。
「これからが始まりだからね」
「はい。実験上手くいくことを願っています」
「で、それが例のお弁当」
カウンター席の下に置いてある荷物入れに置いてあるのを確かめてから聞いてきた。
「そうなんです。私は車チームだから私も入れて三人分。足りますか?」
大きなタッパーがざっと三つある。
「十分過ぎると思うけど。これ全部あやせ一人で作ったの?」
「はい。一応親の手は借りないっていうのがともりとの約束だったんで。でもまあお母さんから手は出してもらってないけど、アドバイスはしてもらいました」
「へぇ〜」
先輩はちょっと興味ありそうな感じで私のことを見る。
「で、あやせは何が得意なんだっけ?」
「あの、私、料理ってあんまり得意じゃなくて。っていうかまともに作ったことなかったんです。それで」
私はお弁当を入れてあるトートバッグから小さなタッパーを出して
「実は先輩にも味見をしてもらいたくて。駄目ですか?」
蓋を取る。中身は出し巻き卵だ。お母さんのアドバイスを入れた強化版とでも言った方がいいのかな。見た目も最初よりはずいぶんキレイに仕上がった自信作だ。
「いいよ」
先輩は快諾してくれた。
「でもさ、なんでわざわざ出汁巻き?普通の卵焼きでも良かったんじゃない?」
そう言ってからフォークを出して一口。お母さんの時より緊張するのは何故だろう。つい背筋が真っ直ぐになる。
「あ、あの、どうですか?」
どうも先輩の表情が芳しくない。なんだろう?急に不安になってくる。
フォークを置いて
「これ。同じもの、お弁当にも入っているの?」
あれ?先輩の口には合わなかった?
「は、はい」
やっぱり。なんか様子が変だ。
「あのさ、正直に言う。調味料間違ってる」
一番肝心なところでミスをしてしまったらしい。慌てて私も一口
「・・・・うわ・・・最悪・・・ごめんなさい。どうしよう」
そういえば他にもやることあったから味見忘れてた。
う〜・・・頭・・・真っ白。ホントどうしよう・・・・・・(泣)
今日は何の日。豆を撒いて太巻きを食べる日。
読んでいただきありがとうございます。
私が子供の頃は恵方巻きなる文化はなかったな。
ある年いきなりやってきた。
びっくりというよりは理解不能。
多分私と同じ世代の人は同じことを思っていたんじゃないかな。
今は普通に定着しているね。
舶来の文化も衝撃だったのかな。
新しいモノを柔軟に受け入れることって必要な時もあるよね。
何が言いたいのかと言うと太巻きは美味しい。それだけ。
次回もまたお会いしましょう。目指せ南南東!




