私のわがままなんです
「セットアップは完了した」
誰に言うとかじゃなく立ち上がって相澤君は言った。多分部長にだよね。
「相澤君、次は何をしたらいいの?」
ともりも一緒に立ち上がる。顔がずいぶん晴れ晴れとしている。少しは仲良くなったってことでいいのかな?この流れ、いいんじゃないかな。
「俺は家でやることがあるから今日は帰る」
「え?もういいの?」
戸惑うともりに気が付いたのか
「逸見、手伝ってくれて助かった」
「え、うん、大したことしてないけど。あの・・・またね」
『ああ』とだけ言ってカバンを手にするとそのままドアに向かう。しかし
「瞬、ちょい待ち」
アイアイ先輩が後ろから声をかける。その場に立ち止まったまま
「なんだ亜衣香。俺はやることをやった。次のことをするために帰る」
「瞬の言い分も分かるけどさ、この部の方針ではない」
私達の時と同じように壁に指差す。
「終わったらちゃんと『お疲れ様でした』これを言って初めて部室を後にすることが出来る」
面倒くさそうな顔を一瞬してからって、なんで私のこと見てんのよ。もしかして意見でも求めてるの?そんなことあなたならすぐ分かることでしょ。一回確認した方がいいのかな。
私はあんたのマネージャーじゃないってこと。けど今は変な空気を何とかしたいから頷いた。
「俺は帰る。・・・・・・・お疲れ様でした」
相澤君はドアに向かう。もう誰も彼のことを引き止める人はいない。それどころかみんなから『お疲れ様でした』と声が掛かる。だからといって少しも動じないのはさすがだね、と言ってやりたくなるのは何故だろう。
「ともり、良かったね」
女子だけになった時に声をかける。ともりの表情は言うまでもないだろう。
「なんか言ったら?」
「・・・相澤君って優しいよね」
「そう?」
昨日から見ているけど優しいなんて思ったことない。もしかしてこれって人を選んでいるってこと?だとしたら私は結構雑に扱ってもいい存在みたいに思えてくる。ともりに確認のために今一度聞いてみても
「だってもの凄く丁寧に教えてくれたよ」
ふむ。なるほど。恋は盲目なの?触れ合うだけで全ての行動が都合よく脳内で改ざんされている可能性だってある。まあ、本人がそれで幸せならそれでもいいんだけどさ。
けれど。もうちょっと突っ込んで考えると、昨日買ったモノは多分かなり高価なモノに違いない。だから丁寧に扱わせるために優しかったのかもしれない。
ん?こんな考え方をする私って、とも同時に思ってしまう。でもまあ、これで少しでも距離が縮まったなら良しとしよう。世の中は平和に流れているということだろうな。
さて、部活という活動がやっと始まる。いや始まったのだ。
「凛柊先輩。よろしくお願いします」
私とともりは凛柊先輩と挨拶を交わしたあと、先輩は私達それぞれにファイルを渡してくれた。
パラパラとざっと中を確認する。そこには歴代の先輩方によって培われた技というか技術というかコツが纏めてあった。そこにはアルバムで見たサムズアップのことから始まっていた。
「それじゃ、まずはこの部のルールから。今渡したファイルを見ながら進めていきましょう。ヒッチハイクのやり方なんかをジェスチャー体験で習得してもらいます。まあ、本番でできるかどうかは、そうね、言ってしまえば度胸かな。あとは慣れるしかないんだけどね。だいたい四月はこんな感じで研修的なことをしてゴールデンウィークにはいよいよ本番。だからやってて不安なこと、分からないことがあったら遠慮なく言ってね」
私もともりもファイルとメモ帳を手に研修に集中した。
研修を済ませると来月はいよいよ実践になる。それは私にとって待ち続けた日だ。
それと実は行き先はもう私の中では決まっている。
アイアイ先輩が最初に目指した場所。軽井沢。
ここ以外考えられなかった。先輩と同じ道を辿る。私も同じ場所に立ってみたい。同じ景色が見られるかは分からないけど、そこにはきっと私だけの風景がある。そんな風に思う。
でも先輩のように一人で行く自信は今はまだない。
なら、と思ってついアイアイ先輩の方を見てしまうけれど今度の旅が先輩にとっては最後の旅。
私と一緒なんて期待できないよね。できないけどつい見てしまう。そっか、これを逃したら先輩と一緒にっていうのは不可能になってしまうんだ。それだけを励みに今日まで生きてきたのに。そう考えると残念に思えて仕方ない。なんでそんなルールが存在しているのだろう。急に腹立たしく思う。
「・・・・・・先生のばか」
つい小さな声で本音が漏れる。
「誰が馬鹿だって?」
「?へ?」
声の方を見ると
「え?先生いつの間に?」
「藤川さん気が付かなかったの?相澤君が帰った後、割とすぐにやって来たのよ」
凛柊先輩に教えられた。全然気が付かなかった。
「ねえ、ともりは知ってた?」
「うん。挨拶もしたよ。あやせったら全然視界に入ってないんだもん」
不思議そうな顔で私のことを見ている。どうやら自分の世界に入り過ぎていたみたい。
「あ、あの、さっきのは、えっと、その」
先生は私の答えを待っている。
ええ、そうです。確かにそう思ってます。その理由を今聞かなくていつ聞く?
「先生、おはようございます。さっきのは、えっと、先生が作ったルールについてです。私はアイアイ先輩に憧れてこの部に入部しました。けどゴールデンウィークが終わったら引退なんて。これじゃ先輩と一緒にヒッチハイクに行けない。このことをずっと楽しみにして頑張ったんです。でもすごく口惜しくなって。だから・・・気が付いたら声に出てました。えっと、すみません」
先生はなるほど的な仕草をする。ここまでは勢いだ。勢いで言ってしまった。もう後には引けない。明確な答えを今聞かないとならない。こんな新入部員は生意気だろうな。けど後悔はない。ホントのことだもん。
もしこの先アイアイ先輩とヒッチハイク行くことができるとしたら第一志望に合格するか、学校の卒業を待たなくてはならない。私は先輩との間にある一年という空白が恨めしい。
「あやせは私と一緒に行きたいのか?」
「アイアイ先輩・・・・・(小さくコクン)」
先輩は私の隣りに座った。今の私ができることは先輩のことを見つめることだけ・・・自分の気持ち、告白しっちゃった・・・
「あ、あの聞こえてました?」
「そりゃ聞こえないって方が無理があるだろ」
ニッコリと笑って私のことを見ている。先輩の視線・・・私には痛いほど眩しいんです・・・
「それで藤川はこのルールに対して不満がある、と」
今度は先生が紅茶を飲みながら言う。
私が言ったことに対しては怒っているとかなさそう。もしかしたら今までだって同じような意見があったのかもしれない。みんな私の言葉を待っている。もう気持ちは丸裸になった気分がする。ならなにも隠さず素直な気持ちをぶつけるだけぶつけてみよう。私は言葉を選びながらみんなの視線の前に立つ。
「不満っていうか、多少は融通が効いてもいいのかなって思ってます」
「ま、そう言ってきた生徒も過去にはいた。けれど最初に言ったがここは学校。勉強が一番だ。ヒッチハイクはあくまで部活だ。ここで本当の面白さを知ったら大学なり社会人になった時にやればいい。確かに最上級生との思い出作りという点で言えば時期が早いのも分かっている。けどこれからは新しいシステムの元、裏方としては手伝ってくれる」
勉強が一番だ、って言われたら何も言い返せない。成績のことだってある。とにかく先生的には勉強を一番にしたいのだろう。確かにそれは父兄の支持だって得られるだろう。だからいろいろな方面から先生はプロのカメラマンとしも教師としてもやっていけるんだ。
「納得してもらえたようだな」
「・・・納得するっていうよりするしかない」
私は諦めるの?こんなに簡単に?私の想いってそんなものなの?軽くてペラペラで。諦めるの?
そんな簡単に諦められるはずない。私をここまで導いてくれたのは私の想いなんだ。
トクン
私の胸は今、もの凄くドキドキしている。それは急に訪れる。自分で押さえつけておかないと口から飛び出してしまいそう。想いが私に訴えている。それが何なのか。この衝動は私にとってもの凄く大事なことに違いない。逃すことの出来ないこと。ここまで自分で掴み取ってきたんだ。そして導かれるように今の私がここにいる。それは運命というのかもしれない。
だから私は自分の奥底に眠っている本当の気持ちを読み取ろうと自分自身に集中する。
・・・・・・ホントはもうこの言葉しかない
答えは始めから分かっている。けれど本当に言ってしまっていいのだろうか。その葛藤が言葉に輪郭を与えてくれない。
でも、でも、でも。
それでも何とか今の自分の気持ちを言葉にしないときっと後悔する。だから私はもっと正直になるんだ。
「あ、あの、アイアイ先輩。ゴールデンウィーク。私と一緒に行ってもらえませんか?」
振られてもいい。今は自分の気持ちをぶつけるしかない。私はじっと答えを待つ。返事を待っている間の一秒ってもの凄く長い。心臓はさらに速くなったような気がする。
急に頭に重さを感じると
「そっか、そっか。そんなに私と一緒に行きたいか。そっか、そっか」
頭を撫でながら言う。
「あやせは私の部活での最後の旅に一緒に行きたいと」
そのままの姿で頷くと先輩の手が急に止まって
「あのさ、浅倉部長、私、あやせと一緒に行ってもいいかな?」
え?いま、なんて?
「アイアイがそれでいいなら、部としては問題はない。最後の旅。たまには誰かと一緒ってのもいい思い出作りになると思う。なんせあんたはほとんど一人だったし」
部長は快諾してくれた。というより私がこう言い出すのが分かっていたのかもしれない。
「ま、後輩がこう言ってくれているんだ。いい旅にしないとな」
先生も後押ししてくれているみたいに聞こえるのは気のせいじゃないと思う。
「というわけで、あやせからこんなに熱いラブコールをもらったからには先輩として一肌脱ぐしかないだろうな」
みんなが笑顔で拍手してくれた。まさかこんな展開になるなんて。
「あ、あの、ほんとにいいんですか?」
私は素敵な奇蹟に今一度確認してみたくなった。
「ああ。ただし・・・・」
言いながら私の髪を自分と同じように纏める。
「まだポニーは無理か。できたらお揃いにしたかったけどな」
今度は笑って髪を整えてくれた。それが結構気持ち良くてつい顔が赤くなった。
「あと一ヶ月あります。それだけあればもうちょっと伸びます。私、伸びるの速いから」
私の希望はこんなに簡単に叶ってしまう。そんなことってあるの?
分かっているのは運命とかじゃない。みんなが優しいからだ。私はその優しさに甘えているだけだってこと。
それでも嬉しくて嬉しくて思わず涙が溢れる。最近の私は泣いてばかりいるような気がする。けれどどれもが悲しみや絶望を含んでいない。希望や期待が込められた涙だ。
それからは気合いを入れ直してヒッチハイクのことを教えてもらう。
今の私には悩みなんて一つもない。
人生でこんなに充実した時間を過ごしたのはきっと初めてのこと。私は自分の人生に感謝した。
カーブを曲がると目の前に海が広がっている。
読んでいただきありがとうございます。
景色が突然拓けると感動してしまうのはなぜでしょう。
人生だって同じかな。私の目の前には挑戦という名の海が広がっています。
これって今が楽しいってことなのかも。
海の先にはどんな世界があるのだろう。
その景色を見たくて物語を書いているのかもです。
次回もよろしくお願いします。




