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分類なし短編

勇者アレックスの華麗(笑)なる転身

作者: 三來

 


 人生のエンディングロールが終わり、俺が次に目を開けた時、そこは眩い光の世界だった。


 遥か前方には、荘厳という言葉を具現化したような巨大な門がそびえ立っている。ここまで来られた魂だけが通ることを許される、栄光の門だ。


「ふっ、長かったな」


 思わず口からこぼれた独り言には、万感の思いが込められていた。

 俺の人生は、さながら一大叙事詩。

 魔王を倒し、世界を救い、姫を助け、ついでに街のパン屋の看板娘の笑顔も守った。道端のゴミを拾った回数は星の数ほど、迷子の猫に至っては三桁を超えてから数えるのをやめた。


 我ながら、非の打ちどころのない完璧な勇者人生。当然、俺を待っているのは、他の一般人とは一線を画す待遇のはず。せめて歓迎のファンファーレぐらいは鳴らしてもらわねば割に合わん。


 そんな輝かしいセカンドライフに胸を膨らませていると、門の前にもうもうと光が凝縮し、中から一つの人影が現れた。

 純白のローブ、背後からこれでもかと差す後光。間違いない、天使というやつだろう。


「ようこそ、勇者アレックス。君の偉業は、我々の間でも語り草になっている」


 穏やかで、全てを包み込むような声。うんうん、わかってるじゃないか。俺はふんぞり返り、続く賞賛の言葉を待った。


「さあ、門をくぐりたまえ。……と言いたいところだが、君のような特別な魂には、天国に入る前にもう一つ、果たしてほしいことがあるのだ」

「ほう?」


 なんだろうか。天国に入るための儀式か何かか?

 天使は、実に神々しい笑みを浮かべて続けた。


「天国へ入る前の最終試練……それは、神を真に喜ばせることだ。君は人生において多くの善行を積んだ。だが、真の善行とは、自らが輝くだけでなく、道に迷った者たちを導くことにある」

「……まどろっこしいな。要点はなんだ?」


 俺がそう言うと、天使はポンと手を打った。


「話が早くて助かる。そこで君に頼みたいのだ。君のその類稀なる勇者の魂と経験を、地獄にいる者たちの再教育のために貸してはくれまいか?」


「……は?」


 地獄? 再教育?


 俺の頭上に浮かんだハテナを読み取ったのか、天使はにこやかに説明を続ける。


「そう、地獄は罪を償う場所であると同時に、次の転生に向けて善行を学ぶための施設でもあるのだ。そこで君に、勇者として彼らを指導してほしい。これ以上の善行はない。神もきっとお喜びになるだろう!」


 なるほど。なるほど、なるほど。

 つまり、こういうことか。

 俺は人生という名の激務を終え、ようやく楽隠居できると思ったら、死んでまで「やりがい」という名のボランティア労働をさせられようとしている、と。


 じわじわと、腹の底からマグマのような怒りがこみ上げてきた。俺は震える指で、目の前の天使をビシッと指差した。


「なんだそれは! 俺はもう人生の中で多くの人を救ったのだ! その上で更に働けと? 貴様は悪魔か!!」

「なんでバレた!!!!」


 俺の魂の叫びに、目の前の天使だったものが、すっとんきょうな裏声で叫び返した。


 同時に、まるで魔法が解けたかのように、奴を包んでいた後光が蝋燭の炎が消える寸前のようにバチバチと揺らめき、プツンと消えた。穏やかだった表情は見る影もなく歪み、頭からは二本の小さな黒い角が、ぴょこんと生える。


「……本当に悪魔とはな」


 単なる比喩のつもりだったのだが、どうやら正体を見破ってしまっていたらしい。流石俺。流石勇者。


「いつもなら簡単に騙せるのに……」


 泣いている悪魔に、俺はなぜこんな事をしているのかを問うた。さっきまでの威厳は見る影もない悪魔は、同情を誘うように内情を暴露し始めた。


 悪魔も天使も想像とは違い、ただの神の使いっ走りであるらしい。そして地獄は今のところ、深刻な人手不足なのだと言う。

 そこで「まあまあ善人」の魂を言いくるめ、悪人の更生の為の講師としてある程度働かせることで凌いでいるようだ。


 そこまで聞いて、俺は思わず眉をひくつかせた。


「まあまあ善人とはなんだ失礼な! 勇者だぞ? 魔王を倒し、人を助けた勇者だぞ!!」

「いや、そう言うところだからな?」


 俺が胸を張って反論すると、悪魔は食い気味に、心底呆れたという顔で言った。


「しかも、割と迷惑もかけてるだろ。宿屋の壁を剣で傷つけたり、女の子に声かけて嫌がられてた記録、全部残ってるからな?」


「うっ……」


 思わぬところから痛い所を突かれ、俺は言葉に詰まる。だが、このまま言い負かされている場合ではない。


「そ、それはそれ、これはこれだ! 俺が偉業を成し遂げたことに変わりはない! 天国へ行く権利があるはずだ、そこをどけ!!」


 俺の剣幕に、悪魔は情けない声を上げる。


「うっ……そこをなんとか! 一度だけでいいから!」

「ええいうるさい! 俺は天国へ行くんだ!」


 俺が無理やり門へ向かって歩を進めると、悪魔はもはや俺を止める力もなく、深々とため息をついた。


「……はあ。わかった、通るといい。……くそ。単純そうだから騙せると思ったのに」


 ブツブツと呟いている奴の横を通り、今度こそ俺は天国へと足を踏み込んだ。


 死して尚、俺は勇者の鏡と言えるだろう。なにせ悪魔の妨害を退け、天国の門を潜ったんだからな!

 これから、華々しく、輝かしい天国での暮らしが!!!


 はじまらなかった。


 そこは夢見た楽園ではなかった。


 だだっ広い空間、どこからか聞こえる、気の抜けるような竪琴の単調なメロディ。食事は健康的だが味の薄い神々の蜜。

 やることといえば、生前は王様だったジジイや、大魔導士だったバアさんが「俺の城はデカかった」「ワシの魔法はすごい」としょーもないマウントを取り合っているのを眺めるぐらいだ。


 つまらない。想像と違いすぎる。


 このまま、次の生の順番待ちをしていろだと?

 冗談じゃない! 俺が求めていたのは、俺の偉業にふさわしい、幸せで誰もが羨むような楽園だったのに!


 体感で数百年が過ぎた頃、俺の我慢は限界に達した。

 定期連絡で天国を訪れていた、あの悪魔……ベヒモス三郎を捕まえ、壁際に追い詰める。


「おい! 話が違うぞ! 俺は勇者だ! こんな隠居所みたいな生活は真っ平ごめんだ! 特別待遇を用意しろ!」


 すっかりやつれた顔のベヒモス三郎は、こめかみを指で押さえ、天を仰いだ。


「だから、何度も何度も何度も言ってるが、特別待遇ってのは望めば与えられるものじゃなくてだな……」

「うるさい! 俺は嫌だ! 神に言え! 勇者アレックス様が特別待遇を所望している、と!」


 この数百年、出会うたびに言い続けた俺の要望に、ついにベヒモス三郎の何かがキレたらしい。


「ああ、もうわかった! 神に聞いてやる! それで満足なんだな!? 言っておくが、神が否といえばそれまでだと思え!!」


 嵐のように去っていった彼は、しばらくして幽霊のように青白い顔で戻ってきた。


「……神に伺いを立ててきた」

「ほう、それで?」

「『え? 魔王倒した勇者? ああ、あのずっとクレーム入れてきてる子ね。それなら希望聞いてあげなよ。特別待遇がいいんでしょ?』……と」


 俺はガッツポーズをした。それ見ろ、神は俺を見ていてくれたのだ。

 そんな俺を横目に、ベヒモス三郎がボソボソと小声で毒づいている。


「神の奴……何が『今忙しいから後はそっちでやって』だ……。適当に返事しやがって。説明も何もかも全部こっちがしなきゃならんのに……」


 何か言ったかと聞く前に、悪魔は諦めきった顔で俺に向き直った。

「……と、いうわけだ。神が決めたのなら仕方がない。着いてくるのだ」


 浮き足立つ心地で連れて来られたのは厳かな雰囲気の部屋だった。中央には祭壇のようなものがあり、何物にも比べられない程の神々しい光が満ちている。


「ここが俺の特別室か! 悪くないじゃないか!」

「ああ、まあ……。ここに署名を。全てに目を通せよ?」


 悪魔が差し出してきた羊皮紙には、目を細めないと読めないような細かい文字がビッシリ書かれていたが、待ちきれない俺は、気にせずサインする。


 その瞬間、俺の身体が光に包まれ、人間だった頃とは比べ物にならない絶対的な力がみなぎってきた。


 やがて光が収まり、俺はゆっくりと床に降り立った。身体が軽い。気分も最高だ。


「俺は、生まれ変わった……のか?」


 そう尋ねる俺の肩を、ベヒモス三郎がポンと叩いた。

 その顔は、はじめて見る悪魔らしい邪悪な笑みだった。


「ようこそ。地獄の職場へ」


「は?」


 ふと自分の姿を見ると、背中には蝙蝠のような皮膜の翼が生え、頭からは見覚えのある黒い角が二本、ちょこんと突き出ていた。服装も、いつの間にか黒を基調とした、やたらと動きにくいが威厳だけはあるものに変わっている。


「いやーよかった! 禄に読まずにサインしたな? そう言う奴は悪魔に振り分けられるのだ。……これでやっと、やっと一人増えた」


 ニヤニヤと笑う悪魔。


 俺は、目の前のベヒモス三郎の顔と、今まさにコイツに押し付けられた分厚い紙の山を、交互に二度見した。

 紙の表には、こう書かれていた。


『第三級犯罪者 人間性改善指導案』


「それがお前の最初の仕事だ。……じゃ、よろしく頼むぞ。新人」


 新人……? まさか、特別待遇ってのは……。


 俺が呆然と呟くと、ベヒモス三郎が心底愉快そうに笑った。


「神の使いっ走りへの転生だ」


「思ってたのと違う!!!!」


 かくして、元勇者の神の下での地獄の職員生活が幕を開けた。

 そして、意外にも彼が地獄の業務改善に大きく貢献することになるのだが、それはまた別の話である。


登場人物紹介


勇者アレックス

→ただただ栄光のために偉業を成し遂げた人間。褒められたいし、いい暮らしがしたい。モテたら嬉しい。


悪魔ベヒモス三郎

→人手不足の地獄で働く悪魔。はじめて特別待遇をアレックスに所望された時から「焦らせば焦らすほどコイツは悪魔になる可能性があがるな」と画策していた策士。狙い通りに永遠の労働力を一人確保できてニッコリ。

神に渋々確認しに行ったでしょうって?はて、何のことやら。


→特別待遇?いいよいいよ。天国にいる子なら要望聞いてあげなよ。……あー、悪魔に振り分けられるように焦らしてるのか。ま、程々にしなね。




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テンポが良くて読みやすかったです。後爆笑しましたw 今後の活躍も楽しみにしています!
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