後ろの席の不良女子に餌付けしたら懐かれて一緒に昼ご飯を食べる関係になった件
「よぉ蓮見、一緒に飯食おうぜ」
昼休み、俺が自分の席で弁当を食べようとしていると背後からそんな声をかけられた。
その人物はこちらの返事を待つことなく対面にドカッと座る。
俺にこんな風に声をかける人間などこの学校には1人しかいない。
銀色のウルフヘアに黒いマスクというバチバチに不良っぽい風貌のその少女。その眼光は常にこちらを射殺さんばかりに鋭く、全力で睨まれようものなら例え成人男性すら秒で失禁してしまうだろう。
だが、俺はそんな彼女に気安く声をかけた。
「やぁ大神さん」
彼女の名前は大神 大愛さんといい、俺のクラスメイトだ。挨拶もそこそこに俺は弁当箱を開く。今日のおかずのメニューは唐揚げ、卵焼き、野菜の和え物等。全部自分で作ったものである。
「……」
ふと視線を感じ、弁当の向こう側を見れば俺の弁当をガン見してヨダレが垂れる勢いで口を開けている大神さんがいた。その手には購買で買ったであろう惣菜パンが握られている。
「……えっと、食べる?」
いたたまれなくなり、俺は彼女に自分の弁当箱を差し出した。その鋭い目が見開かれる。
「……っ!? ……い、いいのか?」
「別にいいよ」
俺が笑って頷くと大神さんは恐る恐るといった感じで俺の弁当箱から卵焼きをつまみ取り、八重歯がのぞくその小さい口へと運んだ。
その瞬間。
「~~~っ!!!」
声にならない悲鳴をあげ、ジタバタと体をくねらせ悶える大神さん。しばらく咀嚼した後、ゴクンと飲み込んでからこちらをキッと睨む。
「なんっっっっだこれ美味すぎんだろ! てめぇウチを殺す気か!!」
「えぇ……」
「ふわふわした食感。甘すぎず、かといってしょっぱいワケでもねぇ丁度いい味付け、こんなの100点満点の理想の卵焼きだろうが。……ウチには到底作れねぇ」
「そんな大袈裟な」
言いながら俺も自分の作った卵焼きを食べる。
うん、別にいつもと変わらない普通の味だ。
咀嚼しながらチラリと大神さんに視線をやれば彼女はいつの間に取ったのか唐揚げを美味しそうに頬張っていた。
俺と大神さんのこんな奇妙な関係が始まったのは今から1ヶ月前くらいになる。
「クッソ……金忘れたからなんも買えねぇ……腹減ったぁ……」
今日と同じように俺が教室で弁当を食べようとしていると、ふとそんな声が聞こえてきた。
見ると銀髪の少女が後ろの机に突っ伏して唸っているのが見える。
名前は確か大神さんだったっけ。
どうやらお金を持ってくるのを忘れてしまい、購買のパンが買えないようだ。
その少女と自分の弁当を交互に見つめる。
どうしよう。下手をしたら余計なお世話だと怒られるかもしれない。
しばらく悩んだが俺は声をかけることにした。
「あの……」
突っ伏していた大神さんの顔がこちらを向く。
「あん?」
……あ、めっちゃ怖い。
まずい、これはやっちゃったかもしれん。
だが話しかけてしまったものは仕方がない。
俺はライオンか狼にでも話しかけるように慎重に言葉を選んで発言した。
「えっと、良かったらこれどうぞ」
「……ウチにくれるってのか? お前のぶんはどうすんだよ」
「実は今日あんまりお腹すいてなくて」
俺の返答に彼女の視線が弁当へと向く。
が、すぐに逸らされた。
「気を使ってもらったのに悪ぃがな、他人の物を恵んでもらうほどウチは落ちぶれてねぇ」
「そっかぁ」
まぁそういうことなら仕方がない。
俺は前を向いて机の上の弁当箱を開ける。
キュ~~
その時、かわいい控えめなお腹の音が背後から聞こえてきた。見れば後ろの彼女が慌てたように自分のお腹を抑えている。
……仕方ないな。
俺が黙って後ろの机の上に弁当箱を置くと彼女がお腹を抑えながらそっぽを向いた。
「……いらねぇって言ってんだろ」
「ううん、違うよ」
そう言って俺は彼女の前で弁当に入っていた煮卵を箸で持ち上げ、自分の口へと持っていった。
まるで彼女に見せつけるように、ゆっくりと。
「なっ!? てめぇ鬼かよ!! 人の心とかねぇのか!!」
「んー? だっていらないんでしょ? ならこれは俺が食べちゃうよ。あーん……」
「~~~!!!」
瞬間、大神さんの顔が一瞬でこちらに近づいてきて煮卵をかっさらっていった。その際に髪が鼻をかすめ、ふわっと柑橘系の香りが鼻腔をくすぐる。
「ふん」
モグモグと頬を膨らませながら彼女が勝ち誇ったような顔を浮かべた。が、自分のしたことに気がついたのか一瞬にしてその顔が赤くなる。
「っ……な、なんだよ……なに笑ってんだよ」
「ううん、なんでもないよ。ほら、食べな」
俺がそう言って弁当を差し出すと彼女が上目遣いでこちらを見た。もう虚勢を張るのはやめたようだ。
「……本当にいい、のか?」
「うんうん」
「……なにもお返しなんて出来ねぇぞ」
「いいから」
「……クソッ、後悔すんなよ」
そのまま俺の弁当を食べ始める大神さん。
それからしばらくの無言の時間が続く。
「……うめぇな」
それが俺の弁当を食べ終わってから彼女が最初に発した一言だった。
「意外」
思わず呟く。
「何がだよ」
「いや、てっきり不味いとか言われるのかと」
「……お前はウチをなんだと思ってんだよ。人の弁当食わせてもらっといてそんなこと言うわけねーだろ」
見た目とは裏腹に彼女はちゃんとした人間のようだ。
ほら、たまにいるじゃん。照れ隠しに不味いとか言っちゃう人。
俺はまぁまぁと手で制しながら彼女の口の端についているソースを手で拭ってやった。大神さんが真っ赤な顔で口を覆う。
「なっ!? て、てめぇ!」
彼女の慌てた様子に思わず笑っていると拳が飛んでくる。俺は咄嗟に目をつぶった。
ペチン
遅れて額に軽い衝撃。
目を開くと目の前の彼女がイタズラっぽく笑っていた。
「バーカ。ビビってやんの」
「……そりゃビビるでしょ」
あれから1ヶ月が経った。
そしてそれから俺と彼女は毎日昼ご飯をこうして一緒に食べている。
……不思議なこともあるもんだ。
俺が感慨深い気持ちで弁当に箸を持っていくと箱の中に何の感触もない。
「弁当の中身が消えてる!?」
スタンド攻撃でも受けたのかと思いきやなんのことはない。大神さんが俺の弁当を全て食べていただけだった。
呆れた顔で彼女の顔を見つめる。
食べる?とは言ったが全部食べていいとは言ってない。
「だ、だってよ……あんまり美味くてつい……」
叱られた犬のような顔で俯く大神さん。
自分の作ったものに対してそんな事を言われたらとても怒る気にはなれない。
俺が溜息を吐いてヤレヤレと首を振っていると彼女がおどおどした様子で何かを机の上に置いた。
それはピンク色の可愛らしい弁当箱だった。
「えっと、これは?」
「あ、あのさ……いつもお前に弁当もらってる、だろ? だからその……ウチも作ったんだ……弁当……」
消え入りそうな声でそう言う大神さん。
なんだ? ちょっと可愛いぞ。
「お前の弁当食べちゃったからさ……それ、全部お前にやる……良かったら、食え……」
彼女に促されるままに弁当箱の蓋を開ける。
中には米の他にコゲっぽい卵焼き(のようなもの)と刻んだキャベツが入っていた。ギョッとして大神さんのほうを見れば食い入るようにこちらを見ていた。
……あ、無理だ。これ食わないとダメな流れだわ。
俺は恐る恐る卵焼きを一欠片、口に入れて咀嚼した。
ジャリジャリ。
砂のような何かが歯の間で嫌な音を立て口いっぱいに甘さが広がる。思わず吐き出しそうになるのをギリギリ手で抑えて踏みとどまった。
……これ絶対に砂糖の分量間違えてるやつだな。え、これ言ったほうが良いのかな?
なんて俺が考えていると大神さんが捨てられた子犬のような顔でこちらを見てくる。
「……ど、どうだ? 美味いか?」
「うまい!!」
俺は即答した。
不味いなんて言えるわけがなかった。
頬を張って気合いを入れ、ジャリジャリと音を立てながら大神さんの弁当を食べ始める。
「……そうか、美味いのか。ふふ」
弁当を食べている途中、そう言って照れたように笑う彼女の顔を俺は見逃さなかった。
正直、めっちゃ可愛かった。