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エピソード1

 5月半ばの木曜日。向かいの窓から綺麗な夕日が見えるが、それを眺めることは叶わなかった。対面に桃園心海が座っているから。心海は小柄で色白。少し乱れたショートヘア。ぶっきらぼうな座敷わらしをイメージしてほしい。本当はスマホで文字を読むと電車酔いするからオレ、井上将星はとりあえずいろんなアプリを開いたり閉じたりする作業に徹する。

 別に心海が嫌いなわけじゃない。ただ気まずいだけ。高校に入り知らない人だらけのクラスで、なりゆきで入った図書委員会では毎週二人で司書するときは事務的な会話だけ。最初がそうだとなかなか変わらない。

 今朝はチャリで駅から学校まで向かう途中、信号待ちしている心海がいた。気まずいのでわざと少し後ろに留まってオレも信号待ちしていると、心海が国民的あんぱんアニメのopの鼻歌を歌っていた。心海はいつも教室では一人どこか寂しげに分厚い本を読んでいて、歌どころか声すら聞いたことある人の方が少ないと思う。そんな心海が周りに誰もいないと思って小声でフンフン言っているのだ。絶対に存在を悟られるまいと信号待ちをした。永遠とも感じられる5秒の青チカは乗り越えて心海に先に行かせるためにペダルを漕がずにいると、心海はペダルに足を掛けながら後ろを振り返る。いつも無表情で感情が分かりにくい心海ではあるがそれでもご機嫌と分かるくらいには緩んでいた頬は、オレと目が合って一瞬でこわばる。鼻歌は一瞬でプツっと止んだ。オレはゴキブリはこんな気分なのか、なんて考えながらとりあえず会釈と痙攣の中間くらいの首の運動を交わした後、オレは慌てて数十秒間本気でチャリを漕いで心海と距離をとり登校した。その後昼休みに朝のことが気になってチラッと心海の方を見るとまた目が合ってしまい、今度は首の運動無しで目を逸らした。午後からは気になっても絶対心海の座っている廊下側には目を向けないようにした。ようやく下校になったが神様は無慈悲、電車で大きな駅でみんな降りていき混雑が解消されると目の前に野生の心海が現れた。今日は特に気合いを入れて心海に気づかないふりをする。

 心地よい揺れに釣られてウトウトしてきた。不意に電車の外、遠くから口論する声が聞こえてスマホから顔を上げてしまう。

完全に正面の心海と目が合った。心海は本から軽く顔を上げたところ。乱れた(そういう髪型なのかもしれない)ショートヘアから金色の木漏れ日が差し込み、少し大人っぽい彼女の顔を染め上げる。

 気まずいという感情と、どんな人なのかという好奇心が混じり一瞬フリーズする。分かるか分からないくらいの軽い会釈の後に慌ててオレはスマホの方に視線を落とす。ガタン、と車両が大きく揺れて、思わず目をつむる。ずっとこの関係というのも少し寂しい気がするな。そんなことを思いながら深く深く落ちてゆく。


 いつのまにか目が覚めていた。感じたことのないほどの完全な静寂を感じる。 

オレは心地よさに別れを告げて目を開くかどうかたっぷりと悩んだ後に薄目を開ける。停まっている電車の中のようだ。外は真っ暗。車内は冷たい色の電気がついており、反射しているため窓の外はよく見えない。向かいに心海が座ったまま心地よさそうに眠っている。それ以外に人影がない。悪寒がして居心地が悪い。ぼんやりした意識でオレは困惑する。とりあえず郷に入れば、だ。オレは自分の頬をつねってみる。痛い。これで夢でないと決めつけるのはどうかと思う、と姉は言っていた。痛覚ねぇなら夢精できなさそーじゃん、と。どういう状況だろうか。窓に目をくっつけて外を覗きこむがやはり何も見えない。別に駅ではなさそうだ。立ち上がり隣の車両に移動するがそこにも誰もいない。少し早足になりながらどんどん車両を見ていくが、誰もいない。運転席もとうとう空だった。ドアも開かなそう。オレがもといた車両に戻ると心海が目を覚ましたようで、頬をつねっていた。考えることは同じようだ。心海はこちらに気づいたようで、少し驚きの表情を見せる。

「あのさ…桃園さん。何が起きてるか分かる?」

 なんて薄い質問。心海の表情を見れば分からないのは一目瞭然。

「分かんない。井上くんは?」

「分かんない。」

すぐに会話が終わり、沈黙が訪れる。とりあえず会話を続けないと気まずさで死にそうなので、

「ドッキリとか?」

ととりあえず言ってみる。とりあえず二人で車内を周り状況をよく確認することにする。やはり人はおらず電車から出れそうにない。食料はオレのカバンの奥底に忘れられていたカロリーメイト数本。スマホは圏外で時計は00:00で止まっている。いつの間にか外には小さい星が出ていた。オレは深くため息をついた後ふと思い出したことがあり、心海に問う。

「髪の毛の編み込みって出来るか?」

唐突なオレの質問に不信そうにしながら彼女は

「急にどうしたの?」

と聞いてくる。尤もな質問だ。

「昔姉貴と異世界転生したらまず何するか話し合ったときに姉貴が、自分じゃ答えの想像がつかない質問をするって。それに納得できる答えが返ってきたらそこは夢とかの自分の頭の中で完結した世界じゃない可能性が高いって。もちろん答えが分からないってことも脳の嘘かもだから100%とはいえないけど。」

「なるほどね。」

彼女は納得して編み込みの方法を見せてくれた。オレの記憶が正しければオレは女子の編み込みを見るたびにどうなってるのか意味不明だと感じてたので、こうしてオレが編み込み出来るようになったこの世界はオレだけのものではなさそうだ。今度は心海が答えの想像がつかない質問をしようかと、

「髪の毛ってほっとけばいくらでも伸びそうだけど他の毛は一定以上伸びないじゃん?なんでか知ってる?」

と聞きながら、質問のチョイスちょっとミスったなと思う。なんかちょっと下品に聞こえる。心海は

「ん…ううん」

と否定する。

オレはもう一度自分の髪を編み込みにしながらその理由を説明した。姉貴にこの状況を相談したらどうなるだろう。シないと出れないやつだね、なんて言うのだろうか。


姉は異世界はあまり信じていないと言っていた。本当に自我が移るには少なくとも時間が離散的に過ぎるべきだ、と。結局異世界転生したら、現世の自分は全て存在しない妄想だと考えるのが自然らしい。

「そういえば井上くんってお姉さんいるんだね。」

オレは曖昧に返事をした。その後何か今後の方針のアイデアがないか話し合うが、特にいい案はでない。

オレは右手を前に出して、

「ステータスオープン」

と言ってみた。何も起きない。感じたことのないほどの完全な静寂を感じる。彼女はじっとりとこっちを見ている。

「い、一応。」

とオレは慌てて言った。

 全く策は無いしこれからどうなるか不安だったが、とりあえず沈黙はキツいし打ち解けようとポツリポツリと他愛のない話をした。高校のこと、クラスのこと、互いの趣味のこと。心海はデジタルで絵を描くのが趣味らしい。今朝の話や委員会の話は暗黙の了解的なやつでどちらも触れなかった。

 窓からぼんやりと光る雲が見えて月の位置が分かる。話題はすぐに尽きて各々で時間を潰す。ある程度会話をしてからだと不思議とさっきまでより沈黙が気まずくない。オレは心海が読んでいた分厚いミステリー小説を借りて読んだ。心海はというと、学校から支給されたiPadでイラストを描き始めた。顔を上げてチラッと様子を伺うと、心海は銀縁の眼鏡を掛けていた。眼鏡姿は初めて見たが、より大人っぽい。美しい夜空を望む女の子のイラストを描いていた。とても綺麗だと思った。

 数時間経っただろうか。1時間くらいな気もする。

満月が雲からでてきた。グー、と腹が鳴る。ちょっと恥ずかしい。ひとまずオレ達はカロリーメイトを食べることにした。心海は眼鏡を外し、しまってから食べ始める

「私の編み込みにはノーコメントなの?」

と静かに悪戯っぽく心海が言う。

「オレのにノーコメントだったじゃん」

と言い返す。こっちを見て顔を真っ赤に吹き出すのを堪えて

「だって…」

と。なんて失礼な。

今度は今後の方針を話す。戻れそうなトリガーとして、2人の手と手が触れ合う、もう一度寝る、死ぬ、とかを試すことにした。死ぬのは最後餓死するのを待つとして、とりあえず握手することになる。これで終わるかも、と思うとホッとするのと同時に少し寂しい気もする。しかし手を差し出す心海を見て恥ずかしいという感情以外なくなった。

「いくよ、いくよ」

と2回言ってしまう。姉貴は今の発言にも反応するんだろうな、なんて思いながら手汗を拭って手を伸ばす。しかし何も起きなかった。拭ったばかりの手から手汗が出てきた。心海も恥ずかしかったようで頬が少し紅潮していた。

「アメージング」

と呟くと軽くどつかれた。

 気を取り直して次。寝てみることにした。もちろん普通の意味で。電車の座席で横になるのは背徳感があってなかなかいいものだ。仰向けになると天井の冷たい電気はいつの間にか消えており、代わりに窓から満天の星空が見える。なんでも受け入れてくれそうだがどこか寂しそうな夜空だ。なんとなくセンチな気分に浸っていると、向かいの座席で寝ている心海がぽつりぽつりと語り始める。

「絵描くのが好きって言ったじゃん?割と本気で描いてるんだけど、この空はずっと描きたかった景色に似てる。」

返事に困った。「ずっと描きたかった景色」について深掘ってもいいものなのだろうか。自分で話を続けないのはそれ以上の説明はしない、ということなのか。とりあえずオレは

「ふぅーん」

と相槌を打つ。それだけだと心海の話に興味がなさそうな感じなので、

「絵描くの好きなんだな」

と続ける。

「うん。学校じゃ描かないけど家だとイラスト描いてばっか。見たことないでしょ私の絵。めっちゃ上手いんだから。」

と心海が冗談っぽく自画自賛する。さっき見たから知ってる、と思いながら

「ソウナンダースゴイネー」

と棒読みで返す。向かいの座席から空のペットボトルが飛んでくる。心海はゆっくりと

「今仰向けになってるまま黙って目を瞑ると、頭の後ろとか背中とかが座席から力を受けて、その感覚だけで今自分がここにいるって感じるでしょ。眠ってる時は自分がここにいるって感じがないからいつのまにかすぐ朝になってる。でも昼間はやっぱり目で見ることで一番自分がここにいるって感じる。私は読んだ人が引き込まれる本みたいに、本当に入り込めるくらいのイラストを描きたいの。」

と続ける。クラスではいつも無表情で読書してる心海にそんなに夢中になるものがあるとは。こなすだけの人生を望むオレとは大違いだ。

それからまた他愛ない話をしていると、カロリーメイトで腹が膨れたからか、意外に早く眠くなる。心海が

「もしこのまま戻ったら向こうで友達になるのかな?」

と言う。友達、か。眠い頭でかつての姉貴との会話を思い出す。

「私、男女の友情ってないと思う。」

「それはホモサピエンス全雄に対して友達じゃねーからって戦線布告してんのか?それとも発情してんのか?」

「発情だね。人間に最も近い動物はつがいにならずに色んな異性とヤリまくるんだよ。人間も法とか常識を捨てればその高みに登れると思うんだよ。」

「今すぐオレの部屋から出てって欲しい気がしてきたなぁ。」

「えー、本当は期待してるくせに。でも残念。家族間は基本ないから。」

全く酷い記憶だ。それを思い出していたせいで、心海の質問に返答できずに眠りへと落ちていった。


 目を覚ました。オレは座っているようだ。今度は意識を感じた瞬間に目を開く。正面には心海が本を膝に置いて座っており、少し前に起きたところのようだ。ほかの乗客もいる。もとの電車に乗ってるようだ。心海も同じ体験をしたのだろうか。さっきまで編み込まれていた髪に違和感を感じて手で確かめながら心海の方を見ると心海も本を読んだまま同様に髪を触っていた。心海の髪はいつもの乱れたショート。俺の髪も戻っていた。どうやらもとの世界に戻れたらしい。外は真っ暗で電車はもうすぐ心海が降りる駅。変な世界での出来事はこっちでは20分くらいということらしい。駅に着き心海がこっちに意味深な視線を送った後降りていく。オレの駅は次。とりあえず窓の外の景色を見ながら座っておく。空は変な世界の夜空のようで、住宅街と田畑が順番にぼんやり見えた。すぐにオレの駅に着く。田舎にも都会にもなれなかった半端な町の中ではオレの駅は発展してる方。駅の目の前にはショッピングモールや休憩出来るホテルがある。

 電車を降りると姉貴がいた。オレは不思議と驚きはなく、自然とその事実を受け入れていた。白衣姿は初めて見るし顔に見覚えのない傷があるが、数年ぶりなのに最後に見たままの背丈、顔である。

「よっ」

と数年ぶりなのに軽過ぎる挨拶をされる。オレは何から喋ればいいのか分からなかった。歩き出した姉貴に付いてきながらとりあえずここ数年何をしてたか質問した。

「テキトーに放浪してたんだ。あんたも今のうちに好きな子とヤッといた方がいいよ。(好きな事やっといた方がいいよ)」

なんかはぐらかされた感じ。姉貴は駅前の休憩出来るホテルに入って行く。今オレが一人暮らししてるアパートに来ればいいと提案したが、イカ臭え部屋が嫌だ、だそうだ。ホテルの部屋に着いてオレが先に風呂に入る。風呂から上がると姉貴はコンビニのビールとおつまみで一人宴会していた。オレには夕食にと弁当を買ってきてくれていた。オレはベッドの上で食べながら姉貴に今日の変な世界のことを話す。

「十中八九ただの夢ね。あんたが寝ぼけて寝る直前のことが頭に残ったまま眠って夢を見た。ただそれだけ」

「じゃあ降りてく前意味深にこっち見たのはなんでだよ」

「知らない。あんたが意識し過ぎなだけじゃない。それか眠って副交感優位になって元気になったあんたのチーカマを見られたとか?」

と食べかけのチーカマを振りながら答える。オレは一度考えこみ、姉貴はあんたはまだこうか、とか言いながらチーカマの透明のフィルムをいじっている。

「やっぱり姉貴はパラレルワールドとか異世界転生は信じてないの?」

「べつに異世界転生自体はどちらかというと信じてるよ。人間の自我を決める細胞の組み合わせは天文学的数字あるけど、

所詮天文学的数字しかない。宇宙がいくつあるかもいつまであるかも分からないなかでたった150億歳の宇宙の50歳の星にしかあんたと同じ思考回路が存在しないと思う?もちろんそもそものコンピュータの役割をする機関は人間の脳だけじゃ全然ないけど私達の自我は使い回しされてる。もっというと量子でニューロンを再現出来ればたった1cm四方であんたの自我は宿せる。100年もすればあんたはchatGPTの中の人にもネット上の小説の主人公にもなれる。」

「じゃあなんでただの夢だと思うの?」

「自我は記憶で連続性をもつでしょ。私が死んでも私の自我は使い回される。でもその自我は使い回されてることに気づかない。その証拠に数億年前の別の宇宙とかから転生してきたって主張する人はなかなかいないでしょ。未来で使い回しされると考えるのが自然なように、過去にも使い回しされて今の人がいるって考えるのが自然。ただこれはあくまで自然にこの世に構造体が生まれるかどうかの話。あんたの一匹目が生まれたことに起因して二匹目が生まれるとするなら話は別。それこそ誰かがなんらかの目的で量子コンピュータのマイクラであんたの脳を作る、とかね。そこでまず議論すべきは…」

よくは分からんが異世界やパラレルワールドには否定的っぽいことだけ分かった。オレは眠った。

金曜日、朝起きるとオレはパジャマのままヌルヌルで、姉貴の姿はなかった。書き置きが残されている。


 過去、未来に自我が使い回しされるように、現在もあんたの脳と同じコンピュータがどこかにあるかもしれない。あんたの自我がちゃんとあんたにあるのは記憶のおかげだと思うが、もし仮に外界からの情報がありその瞬間あんたに思考があるからだ、と仮定するなら夢を共有することはあるかもしれない。その瞬間の五感、思考が全く一致していたならあり得る。あんたの話をそうやって解釈すると、まず先に起きたあんたがその子をあんたの夢、潜在意識に招待した。だんだんその子の意識がはっきりすると、徐々に二人の意識が混じった夢になった。そう考えることも出来る。でも私は違うと思う。まぁまずは編み込みしてみ。出来なくなってれば100%ただの夢。


 様々なことを考えるが、すぐに時計を見て頭が真っ白になる。7時30分過ぎ。いつもの電車は逃した。駅前のホテルではあるが、次の15分くらい後の電車を逃すと遅刻。朝っぱらからみんなの前で担任に詰められるのはしんどい。オレはシャワーを浴びてローションを落とし、昨日脱ぎちらした制服を着てとにかく全部鞄に入れ、急いで部屋を出た。

 なんとか間に合った電車の中でもう一度姉貴の書き置きに目を通す。編み込みはできた。書き置きの内容は五感で自分の存在を感じる、というあの世界での心海の主張に似たものを感じる。偶然だろうか。変な世界の冒頭がオレの潜在意識というのは不本意だがなんとなく納得がいく。我ながらあまり気持ちのいい夢ではなかった。だんだん心海の意識も混じった夢になっていたのだろうか。結論は保留した。おそらく当分会えないだろうと思ったが、次姉貴に会った時には聞こうと思う。

学校では昼休みまでは特に変わったことは無かった。チラッと心海の方を見てもいつも通り落ち着いた様子で読書をしている。喜ぶべきだろうか、よりによって今日が二週に一回の委員会活動。4限が終わり昼休みが始まると、僕は弁当を持って図書室に向かった。

心海はもう貸し出しカウンターのバーコードリーダーが置いてある方の席に座って本を読んでいた。いつものように無言でカウンターのもう一つの席に着く。ちらっとこっちを見てきた気がしたが、特にそれ以上の反応はない。友達になるのかな、なんて言ってたくせに。心海は変な世界には行かなかったのだろうか。沈黙の中黙々と弁当を食べる。

数分後、図書室の扉が開き

「精○出ーす。(失礼します)」

大声とともに上級生4人のグループがふざけながら入ってくる。やばいって、なんて言って。ちなみにうちの学校は数年前から下ネタがめちゃくちゃ流行っているらしい。全く関係ない話だと思いたいが、姉貴もこの学校のOBだ。その集団は本棚には目もくれずにカウンターの方に来て心海に絡みだす。

「ぶっとくてお硬い本読んでんね。俺は薄い本の方が好きだね。」

一番チャラそうな茶髪が言う。心海は完全に困っている。正直後輩を困らせて爆笑する4人組に気分が悪い。下ネタは人をいやな気分にするものでなくいやらしい気分にするものだ、と姉貴も言っていた。オレは怒りに身を任せて反射的に

「先輩時間長いとすぐ果てちゃいそうですもんね」

と早口に捲し立てた。茶髪は少し驚いた様子を見せた後まだへらへらと食い下がる。

「少年は図書委員だし本が好きなの?超包茎(長方形)だからシンパシー感じてんの?」

茶髪はオレの地雷を思いっきり踏み抜いた。冗談でも言ってはいけないこともある。オレが言い返そうとしたとき騒ぎを聞きつけた司書の先生が奥の司書室からやってきた。その様子を見て先輩は

「やっぱ過保護じゃん少年」

という捨て台詞を残して3人引き連れてそそくさと去って行った。最後まで癪に障る。先生には適当に本の貸し出しについて少し揉めたと伝えると、先生はまた司書室に戻って行った。

少しずつ怒りが引いて視野が広がるとオドオドした心海が目に入る。

「うるさくしてごめんな」

「いや、困ってたしありがと」

思えば今日初めての会話だ。どうやら変な世界でのことは心海は体験していないっぽい。ギャルゲーを2周目プレーしてる感じだろうか、仲が戻って違和感を感じる。今までならこれで会話が終わるところだがここで何も喋らないと気まずくなることをオレは知ってる。オレは心海に無難に

「今日はいい天気だね」

と話しかけると心海は戸惑いながら

「はぁ」

と答える。オレは話しの広げ方が分からず無難に

「好きな食べ物とかある?」

というと心海は

「?…さ○やかのハンバーグかな。まぁ県民はほとんどそう言うかもだけど」

なかなか会話って難しいな、なんて思いながら無理矢理話し続ける。こっちの世界に帰ってきても友達がいいと思うから。


ふっと目が覚めた。電車の中いつも通りの景色、自分の駅だ。慌てて荷物を持って降りる。スマホを確認すると1日前の木曜日、心海があんぱんアニメのopを歌ってた日の夕方だ。駅から一人暮らしの家までは徒歩で十数分、今までの経験について考えながら歩く。全て夢だったのだろうか。姉貴はやはり行方不明のままだろうか。

程なくして個人的には納得のいく一つの仮説を思いついた。茶髪がいた二つ目の世界は心海の潜在意識だ、という説。二人しかいない一つ目の世界の最後の心海の質問にオレは最後答えられなかった。だから心海はオレを潜在意識に招待して試したのかもしれない。姉貴が俺の自宅を頑なに拒んだのも心海が俺の自宅を知らないからだろうか。なら顔の傷以外は俺の記憶まんまの姉貴はなんだったのか。疑問は尽きない。ちなみにまだ編み込みは出来る。

まあもしこっちの世界で姉貴に会えたら聞いてみよう。

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