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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夢商人と夢見る少女の願い事

作者: 鳥路

あの夢を見たのは、これで九回目だった。

今日だけで、九回目。

怖くて、辛くて、逃げたくても、恐怖は常に私を追いかける。

でも、もう慣れてしまった。

それに、恐れることはないのだ。

私には、彼がいるから。


◇○


この世界の人は、寝ている間に夢を見ない。


幸福な夢も、予知夢も、悪夢だって、眠れば会えるわけではない。

けれど人々は無いものに、眠っている間の理想へ憧れを抱く。

そんな人々の願いを叶えるのが、夢売りの仕事。

彼らの主な仕事は人工的に夢を作り出すこと。

そして、もう一つ。


「はい、「夢の欠片」回収完了っと…。後は帰宅するだけだね」

「…」


夢を見る事ができる特殊な体質を抱く人間から、夢を採取することだ。

先程まで私が見ていた悪夢を封じ込めた試験管をくるくるさせながら、彼らは安堵したように息を吐く。


今日もまた、いつもどおり。

二人は私の夢を歩き、夢を記録として採取していた。


「今日も簡単だったね」

「…見回りに行ってくる」

「悪夢の中を歩き回るとか、変わっている」

「悪夢を消しておけば、いい夢を見られると思って」

「それ、意味があるわけ?」

「…将来の、投資」

「あ、なるほど。面倒くさいな。そういうのは頼むよ。僕は興味ないから」

「…」


同じ顔をした二人の青年の内、片方が夢から出て、片方が夢の中を歩き続ける。

私にとって苦手な方が夢からいなくなったのを確認してから、私は物陰から顔を出す。


「…さくちゃん」

「琴音。今日も無事だったか?」

「うん。さくちゃんが、悪夢を消してくれるから…」

「よかった。君が無事なら、俺も安心だよ」

「いつも心配ありがとうね」

「いいって。さ、行こう」


差し出された手を取って、本日九回目の悪夢の刈り取りへ挑む。

私は夢を見る事ができる人間の中でも、特別な部類にあるらしい。

精神的に疲れを感じると、どこへでも、歩いている間でも力が抜けて眠ってしまう。

そして必ず夢を見る。

いつでもどこでも、意図しないところで夢を見てしまう。

そんな体質の人間。私…霜月琴音しもつきことねはそういう人間。

天涯孤独の身になった後、そういう体質に目をつけた、夢売りを生業とする夢咲家に拾われて…生かして貰う代わりに夢を提供し続けている。


別に辛いことではない。

私にとって夢を見ることは当たり前。

辛い経験を凝縮したあの悪夢を一日九回見るのも当たり前。

その夢を回収されるのも当たり前。


それに夢咲家がなければ、こんな体質の私が学校に通ったり、普通らしい生活を送ったりすることはできなかった。


だから、辛くはない。

悪夢を見るのは怖いけれど、最後には必ず…幸せな夢になる。

悪夢に飲まれた恐ろしい夢の世界を、さくちゃんが手を引いてくれる幸せな夢の世界にしてくれる。


「夢の中だと、流暢に喋るよな。お前。大人びているというか」

「だって、夢の中で過ごす時間の方が長いから…。学びも夢の中で得ているし…現実には、持ち込めないけれど」

「そうか。持ち込めたら、いいのにな」

「もしも現実でも今の私になれたなら、学校でもお話していい?」

「…いや。やめておこう。夢咲家と懇意にしている人間なんて、どう考えても夢を持つ人間としか思われない。将来的に琴音が狙われる理由にも成りかねないから、学校では関わらないようにしよう」

「…うん」


「寂しい思いをさせてごめんな。俺たちが高校卒業したら…ずっと一緒だから」

「でも私、さくちゃんが高校卒業したら、中退することになってる」

「え」


さくちゃんが「嘘だろ」と言わんばかりに目を見開いて、私を見つめる。

おかしいな。あの話をされた時、さくちゃんは一緒にいた筈なのに。

いなかったのは確か、望さんの方だったはず。


…現実の私はいつも虚ろでぼんやりしているから、記憶も確かではない。

もしかしたら、一緒にいたのは望さんだったかもしれない。

それに、さくちゃんだって完璧じゃない。忘れてしまう事もあるだろう…。

それなら、ちゃんと。覚えている範囲で説明しないと。

私にできることは、ちゃんとやらなきゃ。


「夢先のおじさまがそう言っていたの。今だって夢の採取チャンスを見逃さない為にさくちゃん達と一緒の学校に入れて貰えているもの。さくちゃんと…のぞ、むさんが卒業したら、私もそれに着いていかないと。だから」

「…家の事情で振り回して申し訳ない」

「そんなこと思ってないよ。夢を見る体質を気味悪がって私を捨てた両親の代わりにここまで私を育ててくれたのは夢咲家の皆さんだから、その恩は夢で返さなきゃ」


「でも、せっかく高校生になれたんだ。やりたいこととか」

「…眠ってばかりの私に友達はさくちゃん以外いないし、ずっと保健室にいるから、授業とかにも出たことない。やりたいことと言えば…」

「なんでも」

「一回だけでいいから、学校でさくちゃんとお喋りしたい」


普通の学生らしく、普通の友達らしく。

他愛ない話でいいのだ。

何でもいい。ただ、一度だけ。

学校でも、友達の扱いをしてほしい。


「ああ。ああ。わかった。明日、必ずやろう」

「いいの?」

「ああ。約束」

「ん」


いつも通り指切りをして、笑い合う。

夢の終わりはもうすぐ近い。

目覚めなければいけない瞬間はもうすぐそこに。


けれど私は願ってしまう。

この夢を何度も見たいと。終わらないでほしいと。

その行為がさくちゃん達を傷つける事になろうとも、願ってしまうのだ。


○◇


「…」


翌日、目が覚めた琴音は朝の身支度を夢咲が用意してくれた使用人にやって貰い、朝食を半眠り状態で口の中へ運んで貰う。


「まるで要介護者」

「朔」


相変わらず物言いが酷い朔を窘める。

双子の片割れは俺と同じように琴音の夢を採取する役目を賜ったのに、やる気が全然足りない。

なんなら、琴音のことを「夢を見る道具」「金儲けの手段」としか見ていない。

…クソ親父と一緒だ。


「ごめんんごめん…。あ、起きたばかりなのにまた寝かかってるの?僕まだ仕事やりたくなーい」

「我が儘をいうな、さく。琴音から夢を採取するのは俺たちの」

「それでもさぁ。琴音の夢って悪夢ばっかりじゃん。ま、他人を不幸にしたい人の需要は凄いから、高値で取引されるとはいえさ〜。やっぱ凶暴っていうか、面倒!」

「仕方ないだろう。色々あったんだ」


「色々って。夢を見るから起こったことじゃん。夢さえ見なければ、普通に生きられたのに。カワイソー」

「朔…」

「はいはい。ごめんね。じゃ、僕は先に行っているから。いつも通りお姫様の送迎頑張れ〜」

「…」

「さく、ぼく…ゆめ?…んぅ」


先に学校へ行く朔から目を逸らし、食事を終えて満足したのか、よだれを垂らしかかっている琴音に声をかける。


「琴音。まだ寝るな。今日は約束を果たすんだろう。学校に行かなきゃ、果たせないぞ」

「…すぴっ」

「ほら、手を引いてやるから、学校へ行こう」

「ん…」


今は、朔の事なんてどうでもいい。

けれど、琴音は軽薄なあいつの方が好きなんだよなぁ…。

逆に俺の事は「望さん」なんて言い出して、苦手そうにしているし。

…顔だけは一緒。現実でぼんやりしている琴音は俺と朔の区別がついていない。

それを利用して、俺はあいつの名前を借りて一緒に過ごしているなんて知られたら、朔からは笑われるだろう。


琴音からは、どう思われるのだろうか。


まあいい。バレる時が来たら、自然とバレる。

本格的に嫌われたのなら、その時だ。


「…ゆめ、おなじ…ほか」

「そうか」


夢と同じように、琴音の手を引いて前を歩く。


「…あり、さく」

「…いいって」


けれどそこに、俺の夢はない。

またあの呼び方で呼んでほしいという些細な夢は、俺の愚かさで———。

———琴音に好かれている朔に嫉妬して、朔の名を騙った時点で、叶わぬ夢となっているのだから。


◇◇


さくちゃんから手を引かれ、私は学校に連れて行かれる。

そこから夢咲が手配した職員に引き渡され、そこからは保健室で一日寝てすごすご事になる。


「今日もお願いします」

「任されました、望さん。そういえば、朔さんは?」

「いつも通りです」

「そうですか…送迎当番とかは?」

「あいつはしません。それに俺は、好きでやっているので」

「…そうですか。では、霜月さんはこちらでお預かりします。合図はいつも通り。本日もよい一日を」

「はい」


おかしい。さっきまで私の手を引いてくれたのはさくちゃんの筈だ。

私の事が大嫌いな望さんが、私の送迎なんてするわけがない。

夢咲お抱えの職員に引き渡された後、私は廊下を歩いて行く。


「保健室に着くまで寝るなよ。運ぶの面倒だから…」

「…」


職員さんから文句を言われるのにはもう慣れた。

面倒なのは事実だし、仕方がない。


「あ」

「どうした…あ、ちょっと、勝手に進むな!そこは三年の!」

「さく、ちゃ…」


職員さんに止められる中、私は廊下で見つけたさくちゃんの姿を追う。

視界は朧げ。ほとんど見えちゃいないけど…声だけは、頼りに歩ける。

回りにいるのは女の子みたい。

当然と言えば当然かな。優しいし、頼りになるし…。

…でも、寂しいな。


「でね、朔君…あれ、この子…二年生の?」

「げ…学校では寄るなって言っただろ…」

「申し訳ありません、朔さん。ほら、行きますよ」

「…やく、そく」

「約束?何のこと?」


私の問いに対して、目の前のさくちゃんは首を傾げるだけ。

それに、なんか…声が高い気がする。

いつも聞いているさくちゃんの声はもうちょっと低くて、安心できる声なのに。

…気のせい、だよね?


「…きの、う」

「昨日?知らないよ。昨日、僕と君は何も話しちゃいないだろう?」

「…」


夢の中のさくちゃんは、ちゃんとお話ししてくれた。

夢の中のさくちゃんは、ちゃんと約束してくれた。

明日、学校で話そうって。

なんで、こんなことを…。


「何動揺してんのさ…僕は本当に、何も、知らないってば。聞こえてる?」


ああ、そうか。これも悪い夢か。

いつの間に見ていたのだろう。

視界が大きく揺れ、周囲の音が消えていく。

意識が遠のき、全身から力が抜けた。

床に全身が打ち付けられるが、その痛みで私の意識は表面化しない。

何をしても、藻掻いても。深く、深く…底へと沈むだけ。

悪夢を見ることには慣れている。

毎日何度も見ているから、怖くても慣れてしまった。

けれど。


「何あれ…」

「どうしたの?」

「朔君、靄が見えないの?あの女の子から、黒い靄!」

「え…?」


さくちゃんと一緒にいた女子の叫び声と共に、意識が沈む。

さくちゃんに拒絶される夢を見るのは、初めてだ。


◇◇


用事を済ませてから、三年のフロアへ向かうと…そこには人だかりができていた。


「何、この子」

「保健室の眠り姫じゃね?」

「何それ」

「いや、何か二年に睡眠障害か何かで保健室登校してる子がいるって噂、後輩から聞いて。その子かもな〜って」

「あーね」


人だかりを割って進み、真ん中へ。

その先には呆然と立つ朔と、琴音を預けたはずの職員。っx

そして、今頃保健室で寝ているはずの琴音が倒れていた。


彼女の全身には、悪夢の靄がかかっている。

何重にも重なった夢が待つ証。

彼女はまた、夢の中で夢を見る悪夢の中へ囚われている。


「…なんで」


これが出る時、彼女は決まって九つの夢を見る。

彼女がこうなってしまった、地獄のような九つの事象。

でも、この夢は…よっぽどの事がない限りは見ないはずなのに…。


「夢咲弟、お前に近寄ってたけど、知り合い?」

「…いや、無関係」


「じゃあ夢咲兄の方の知り合いかな」

「顔一緒だもんな〜。勘違いしたんだろ」

「望、ちょうど来たよ」

「ちょうどよかった、望。この子知り合い?」

「あ…ああ。そんなところだよ」


理由はわからない。

ただ、朔と琴音の間に何かあったのは確かだろう。


「あ、あの…お兄さん」

「君は確か…朔とよく一緒にいる」

「その子、朔君に「昨日」の事を聞いていたの」

「…そうか。原因は俺か」

「何か知っている?」

「ああ。よく知っている。昨日のことを朔に聞いて、知らないと言われて、動揺して…そのまま靄を出しながら倒れた。そんな感じか?」

「あ、お兄さんには靄見えるんだね」

「…朔には、見えている様子は?」


靄は夢の象徴。黒い靄なら悪夢を示す。

これが見えていると言うことは、この女子生徒…俺たちと同じ才能があるらしいな。

朔も目をつけるわけだ。

でも、朔に見えないのが気がかりだな。

夢商人の才を持つ人間なら、誰もが見える代物なのに。


「朔君だけじゃなくて、一緒にいたあの女の人にも見えていないみたいなの」

「…そうか。色々教えてくれてありがとう」

「ううん。それからその子、急に倒れたけど、頭はぶつけていないから…」

「助かるよ」


女子生徒の情報から、運んでも問題ないと判断し、彼女を抱き上げようとするが…荷物が邪魔な事に気がつく。

そんな俺の肩を叩くのは、俺の友人達。


「のーぞむ」

「荷物、机に置いておくよ」

「助かる。俺はこの子を保健室に運ぶから、先生には遅れるって言っておいてくれ」

「いつもなんだ。病気でな。それのせい」

「大変だねぇ」

「一人で運べるか?」

「手、貸すよ」

「いや、大丈夫。ありがとうな、空、昴」

「わかった。でも、人手が必要な時は授業中でも構わず連絡しろよー!」

「友達だからね〜」


空と昴の見送りを受け、俺は琴音を連れて保健室に向かう。


「怖い時間はもう終わり…もう、大丈夫だから」


いつも通り耳打ちをするが、琴音に聞こえているわけがない。

俺の言葉だけじゃない。彼女には何も届かない。

言葉も、感情も、思いも全て。


◇◇


保健室でいつも通りベッドを借りて、琴音を寝かせる。

魘された彼女の額に浮かぶ汗をハンカチで拭って、彼女の夢に入る前の準備を進める。

夢を回収する試験管を入れたホルダー。そして、障害物を取り除く為の武具。

俺の場合は刀。


朔みたいな銃も憧れると言えば憧れる。

けれど、弾切れの心配があるから…こっちの方が安心。

折れない限りは、戦い続けることができるから。

無限に悪夢が湧いて出る琴音相手だと、こっちの方がいいのだ。


「さて」


琴音の手を握り、静かに目を閉じる。


「現と夢の境界を繋ぎ…夢に生き、夢を語りし者への深淵に我を導け」


夢咲に伝わる「夢入りの呪言」を唱え、自分の意識を琴音の夢の中に飛ばした。

水の中に入るように、重く、纏わり付く意識の海から…夢の世界へ。


◇○


琴音が見る悪夢は決まって八種類。

最初の悪夢は、ご両親と過ごす夢。

夢を見る事ができる琴音は、ご両親から不気味に思われ…拒絶されていた。


『お母さん、お父さん』

『こっちに来るな、化物!』


無邪気に駆け寄る琴音を怒鳴りつけ、萎縮させる。

怖い物が立ち去るのを待つように、大人は二人寄り添って…涙を流す。


『どうして、どうして私達の子供は普通じゃないの…?何をしたって言うのよ…』


近寄る度に、罵られ…恐れられ。


『…普通じゃなきゃ、愛されない』


幼い子供は目から光を失い、事実だけを噛みしめる。

そんな彼女の地獄を終わらせる為に、両親の影を切り裂いた。

欠片が一つ、地面に転がる。


朔なら、普通の夢商人ならこれに飛びついていただろう、

『両親に拒絶される悪夢』琴音の作り出す良質な悪夢なら、七桁は余裕で動く代物なのだから。


でも、こんなものはどうでもいい。触れる価値もない。

それに、悪夢が一つ終われば終わりという話でもない。

深呼吸を繰り返し、心に平穏を取り戻した後…刀を握り締める。


また、次の悪夢がやってくる。

二つ目の悪夢は、そんな両親に捨てられた時の夢。


『消えろ!消えろ!消えろ!』

『これ以上貴方と一緒にいたらおかしくなる!』


意識を失うよう、何度も何度も殴られた後…琴音は「夢を見ることができます」と書かれた看板を首に巻き付けられて、夢売りを生業としている夢咲家の前に捨てられた。

ボロボロの衣服を着込んだ彼女は、殴られた影響で顔面が腫れ、元々の顔が分からないほどになっていた。

あの日は、大雨だったな。琴音。


『げ、なにこれ…気持ち悪い』

『この子。怪我をしている…手当をしてあげてください』

『家に入れるの〜?』

『救急車を呼ぶだけだよ…でも、どうしてこの子はこんなことに…』


俺たちと琴音が出会ったのは、この時だった。

ここで何を切り裂けばいいのかは分かっている。

朔を、切り裂けばいいのだ。


手を差し伸べた俺の手に、琴音の手が重ねられた後…また地面に欠片が落ちる。

「暴力を振るわれ、痛みで悶える夢」…これは億単位で動くんだよな。

相手を苦しめるにはわかりやすくてちょうどいいから、と。


この欠片で見られる悪夢はなかなかの効果があるらしい。

現実にも痛みを引き継ぐ程に、強力な悪夢。

でも現実に怪我は継承しない。

琴音の様に、顔面の腫れが落ち着くのに、砕けた骨が元に戻るまで…数ヶ月かかったりはしないのだ。


足で欠片を砕ききり、切り替わる夢を待ち受ける。

これまでと同じなら…三つ目に「虐待で捕まった両親から罵倒される夢」

四つ目に「両親との日々を何度も見続け、気が触れる夢」

五つ目に「悪夢の価値に目をつけた夢咲の人間に、悪夢の純度を保つ為に嫌がらせを開始された時の夢」

六つ目に「睡眠障害を患い、外で眠ってしまったら知らない男の家に連れて行かれ、それから逃げようと藻掻く夢」

七つ目に「感情を失ったときの夢」

八つ目に「小学校で誘拐事件の話題が出て、その話題でいじめられる夢」

九つ目に「夢にも現実にも絶望して、死にたいのに死ねず…泣き叫ぶ夢」

変わっていなければ、いつも通り。

俺がこの一連の夢を見て、入り込んだのは、九回目だから。

嫌でも、覚えてしまった。


「…あと、一つ!」


三つ目から八つ目までをこなして、九つ目に。

いつも通りにやればいい。

そう言い聞かせて、前に進んでいく。

もうすぐ琴音の深層に辿り着き、彼女を目覚めさせることができる。

彼女が望んでいなくとも、彼女を現実に連れ戻せる。


世界が九つ目の世界に合わせて変わる中、辿り着いたのは…学校の廊下。

いつもならここで琴音の自室になるのに…。

何が、起きている?

狼狽える中、目の前に琴音の姿を見つけた。


「琴音」

「…さくちゃん」

「迎えに」

「どうして約束、忘れちゃったの…?」

「…それは」

「楽しみにしていたの、私だけだったの?」

「…ちが」

「そうだよね。体裁、だよね…さくちゃんも、望さんと一緒で、私の事…夢を見る道具としか思ってないんでしょう?」

「違う」

「はっきり言ってくれていいんだよ。そういうの、慣れているから」

「慣れているって…」

「望さんからよく言われるの。夢を見る道具なんだから、もっと高い夢を見ろって。いつも安い夢ばかりでしょう?使えないなって罵られるの」

「俺は、そんなこと…」


俺は言ってない。じゃあ、誰が…直接、琴音に。

———考えられるのは、自分と同じ事。

俺が朔の名前を騙る様に、朔もまた俺の名前を騙っていたら?

…ああ、本当に馬鹿だな。俺たちは。

双子で同じ事をするだなんて。


あいつの恨みを買う機会は一度だけ。

———夢咲家の次期当主の任命時。

琴音を救う手段を探し、色々な夢を渡り歩いた仕事が評価された結果だが、朔は納得がいっていないようだった。


…俺の品位を落とすために、望の名を騙って琴音に鬱憤晴らしをしていたのだろう。

道理で、望が嫌われるわけだ。

そして望を騙る朔が琴音をいじめることで、琴音は望を苦手に思うようになり…優しくしてくれる朔へ————朔を騙る望へ、懐いた。


そんなごちゃごちゃした関係も、今日でおしまい。

俺の失敗が、全てを台無しにしたのだから。


「…朔さん」


琴音の目が、俺へと向けられる。

光も夢も、希望も一切ない。真っ暗な目。

悪夢に飲まれてしまった瞳は、何も映してはいなかった。


「もう、いいですから。私は悪夢しか見れませんし、それしか価値がありません」

「そんなことはない、だから」

「だから、朔さんもいいんですよ。悪夢を見せるために、ストレス発散でも何でもしていいですから。夢咲に生かされている私をどうすべきか…夢咲に連なる貴方は好きに決めていいんです。おじさまの方針で私に悪夢を見せるべきなら、そうすべきです」

「琴音」

「…幸せな夢なんて、希望なんて持つべきじゃなかった」


いつも、悪夢の中で彼女は助けを求めながら泣き叫んでいた。

けれど、今は。

涙を流さず、淡々と…心の中を吐露する。


ここで彼女から目を背けたら、俺も彼女はもう、戻れない。

…ここで事実を伝えなければ、戻る機会はもうないだろう。

例え、元に戻れなくても俺は…。


『望は、門に捨てられていた子、引き取りたいの?』

『うん。だって、前のお家で酷い目に遭っていたんでしょう…?だから、俺が、あの子に笑える時間を作ってあげたいんだ』

『優しい子ね、望。確かにあの子は可哀想な子。だけどどうやって救えるかもわからないし、救えるかどうかも…。夢を見る体質が本当なら、あの子はこの家にいない方が幸せになれるはずよ。この家で、夢を見る人間は利用されるだけだから』

『俺が、守る』

『…そう。じゃあ、うちに置けるように手続きを取るわ。養子にはできないけれど、身元保証人ってことでね』


『なんで養子にはできないの?俺はあの子が妹でも』

『養子にしちゃったら、もしもの事があると簡単に逃がせないから。それに、望が将来あの子を妹と見れなった時の為にもね』

『あの子を嫌いになることは絶対にないのにな…』

『今以上に幸せにしたいと思うようになったら、妹じゃなくてよかったと思うはずだから。ね?』


琴音がいていい場所を作り、俺に琴音を助けるチャンスをくれた母さんに、顔向けできない。

母さんが亡くなってから、夢咲家は幸せな夢より悪夢に価値を見いだすようになった。


俺は、今の夢咲家を許すことはできない。

昔の様に、生活が苦しくてもいいから…誰かに希望を見せられる夢を売る夢商人でありたい。

目の前にいる琴音を、幸せにできる人間でありたい。


「琴音」

「…なんですか、朔さん」

「まずは、ごめん。俺はずっと君を騙していた」

「…いいですよ。なんとも思いませんから」


「俺の本当の名前は望。今までずっと朔の名前を騙っていた」

「…どうして、ですか?」

「君が望を苦手と言いだした、から」

「…暴力を振るうように、あれ?」


「君を罵っていた望、一人称が「僕」じゃなかったか?」

「確かに、僕…だったかと」

「それが本物の朔。そっちはそっちで俺の名前を騙っていた」

「…じゃあ、今まで私が望さんだと思っていた方が本当の朔さんで」

「今まで君が朔だと思っていた人間が…本当の望。騙して、本当にごめん。でも、怖がらせたくなくて…」

「苦手だと、言われたから?」

「そんな、ところ」


事実を告げる。

もう取り返しは付かない。後は流れで進むのみ。


「…貴方は望さん、なんですよね?」

「…ああ」

「今まで、一緒にいてくれた人は…望さんですか?」

「そうだ」

「昨日、私と約束したのは、望さんですか?」

「そうだ」

「じゃあ、朔さんが約束を知らないのは当然ですね」

「…俺が君を騙していたから、こうして傷つける結果を生み出した。申し訳ない」


「謝らないでください…あの、でも…」

「何か、気になることでも?」

「…どうして、望さんは私にここまで優しくしてくれるんですか?」

「…それは」

「メリットは何一つないと思うのですが…」

「損得は、今までも一切ない…」

「じゃあ義務ですか?」

「義務だけでここまでできやしない…」

「新手の嫌がらせ…」

「そんなことするわけがないだろう!?」

「じゃあ、どうして?」


真剣な面立ちで、琴音は俺に問いかける。

ここで変な解答はできない。嘘も許されない。

感情を偽ることも、許されるべきではない。


今一度、きちんと考えよう。

俺は琴音のことをどう考えている?

彼女に、どうなってほしい?

自分は彼女を、どうしたい?

…いや、考えるほどではないな。

答えはもう、決まっている。

心はあの日、琴音を迎え入れた日から決まっていて、変わらない。

琴音に幸せになって欲しい。ただ、それだけなのだ。


「俺は、君に笑ってほしいから」

「…私が笑っても、夢咲家にメリットは」

「損得は関係ない。一人の人間として、幸福を得てほしい。幸せになってほしい。俺はそう願っている」

「…どうして、そこまで願ってくれるんですか?」

「君が、君が…その、なんだ。大事、だから…」

「望さんにそう思われるきっかけ、ありましたっけ…」

「…確かに、出来事としてはないよ」


現実で関わる機会はほとんどなくて、彼女を知るのは常に夢。

彼女がどれほど苦しんできたか。

苦しむことになるのを、止められなかった事実を噛みしめて…。

それでも悪夢が晴れて、俺の顔を見たら安堵して、頬を緩める琴音に、現実でも笑ってほしいと願うようになるのに時間はかからなかった。


俺に手を引かれて、普通の女の子らしく微笑む姿をずっと見ていたいと。

自由がほとんどない中で願う些細な出来事を叶えてやりたいと思うのも。

全部、琴音が作り上げ、琴音だけに向けられる感情だと、俺は断言できる。

例え騙していたことで嫌われても…俺の感情だけは変わらない。


「君と関わる些細な時間の中で、手に入れた気持ちだから」

「…つまり」

「…君を幸せにするのは、俺でありたい。その気持ちに偽りはない」

「…信じられません」

「仕方ないよ。ずっと騙していたんだ。俺の言葉を受け入れられないのも…当然だ」

「違います。自分が、誰かに好かれていることが、信じられなくて」


見て分かる程に狼狽えて、今にでも泣き出しそうな顔で、俺に手を伸ばす。

その手を、取らないわけには行かない。


「…あの、望さん」

「なんだろうか」


差し出された手をしっかり握り締め、返事をする。

琴音は潤んだ目を泳がせてから、俺の方をしっかり見据える。

けれど顔は合わせにくいのか、それだけは逸らしたままだった。


「…本当に、私なんかでいいんですか?」

「君がいい」

「私はその、普通じゃないです。悪夢ばかり見ます」

「悪夢を見る暇がないぐらい、君を沢山幸せにする」

「一緒にいたら、望さんまで馬鹿にされるかもしれません。汚れているとか、いらぬ噂まで…」

「構わない。もしもまだそんなことを言う奴がいたら俺が今まで通りちゃんと排除する」

「ここまでして…貴方は、私に何を望むんですか?」


「…君を世界一幸せにしたい。そして、また小さい頃のように名前を呼んでほしい。それだけだ」


「…のぞちゃん」

「ん」

「ずっと変だと思ってたけど、本当に変だね」

「…そうか?」

「そうだよ。私に幸せになってほしいって言ってくれたのは、のぞちゃんだけだから」


瞳からぽろぽろと涙が零れた琴音は、小さくはにかむ。

そして、恐る恐る訪ねるように…言葉を紡ぐ。


「もう一度、貴方を信じていいですか?」

「信じていてほしい。今度はもう、偽らない」

「ずっと、離さないでいてくれますか?」

「流石に学校の授業中とか無理だけど…できる限り、一緒にいよう。夢でも、現実でも。俺たちは一緒だ」

「…うん!」


琴音が手を、ぎゅっと握り締めてくれる。


「一緒に現実へ帰ろう」

「うん。目が覚めたら、側にいる?」

「いつも側にいる。これからも、ずっと変わらないさ」


周囲の夢が崩れて、光に包まれる。

あの悪夢が続く夢を見たのは九回目だった。

けれど途中で夢の内容が変わって、悪夢が晴れた。

彼女が九つの悪夢が続く夢を見るのは、これで最後にしよう。

もう見なくて済むように、俺ができることを、これからも続けていくんだ。


二人で一緒に現実へ戻る。

琴音が温かい夢を、光と希望に満ちた夢を見て、俺がそれに足を踏み入れたのは…琴音と関わり続けた十年間で、初めての事だった。


○◇


あの日から、半年ほど経過した。


のぞちゃんはあれからずっとできる限り私の側にいてくれる。

朔さんは、それが面白くなさそうに睨んで来る事が増えたけど…のぞちゃんは「気にすることはない」と、私を朔さんから遠ざけてくれた。

いじめていた使用人にも圧をかけて、解雇をちらつかせて黙らせた。


ついでにおじさまを始め、夢咲に関わる人間が私に何をしていたか、夢商人の管理を行っている協会ってところにリークしたらしい。

今では夢咲家も没落寸前レベルまで追い込まれたそうだ。

「俺が家を継いだら即刻廃業する。それで親父と朔にトドメをさせる」とのぞちゃんは息巻いている。暴走とか、しなければいいけれど。


残念ながら、半年経過しても悪夢を見るのは変わらない。

私に根付いたものはそう簡単に変わらないし、消すことはできない。

でも、今は怖くない。

悪夢を見ることに慣れただけではない。


「…おはよ、のぞちゃん」

「おはよう。琴音」


私は眠る体勢を、のぞちゃんは夢に入る体勢を変えた。

普段は身体の負担を考えて、ベッドに寝かせて貰っていたけれど…今は床に腰掛けたのぞちゃんの膝の上が、私のベッド。

のぞちゃんに抱っこされて、肩を枕にして。

のぞちゃんの暖かさを感じながら眠ると…悪夢は凄く弱くなる。


「足はきつくない?」

「平気。俺にだっこされているだけで、あんなに幸せそうに寝ているんだから…見つかったとき、恥ずかしいとはいえ…やってみるもんだなぁ…」

「ま、可愛い望ちゃんが恥ずかしい思いをしないよう、俺たちがこの場所の立ち入りを制限したりしているんだけどな〜」

「夢商人と夢見体質、それから病気のこと、公開したら先生達にも色々配慮して貰えるようになったし、色々良かったね、お二人さん」

「いつもありがとうございます。空さん、昴さん」


私が目覚めている時間が増えて、できることが増えたタイミングで、のぞちゃんは私に「信頼できる友達」として鷲塚空わしづかそらさんと白鳥昴しらとりすばるさんを紹介してくれた。

そのタイミングでのぞちゃんは自分が隠していたことを二人に告げた。

最初こそ困惑していたが、受け入れてくれて。今ではこうして私が眠っている間の色々を手助けしてもらっている。


「いいって。ほら、水。喉渇いたろ?」

「今は昼休みだから、二人ともゆっくり休んでなよ。お昼は何食べたい?」

「購買行ってくれるのは助かるけど…俺、今日琴音の弁当があるから」

「「作れるようになったの!?」」

「簡単なものだけ、ですけど…野菜炒めとか…おにぎりとか…」


「それだけでも十分な進化だって」

「あの過保護の権化の彼氏のぞむから包丁と火を使った調理の許可が下りるんだよ…僕、泣けてきたね…」

「「と、いうわけだ。一口でいい。女子の手料理を食わせてくれ」」

「調理実習の時に別の女子から食わせて貰え。以上」

「「残念」」


「大丈夫ですよ。三人分用意していますから」

「「「そこは四人分用意すべきでは」」」

「た、確かに…」


のぞちゃんの鞄に入れて貰っていたお弁当を取りだして、皆で小分けする。

三人分を四人分に。それから二人が買ってきたパンもわけっこ。

夢に見た、楽しい理想のお昼の時間。

いただきますを告げて、食事を口に含んだ。

ご飯をこうしてまともに食べられるようになったのも久しぶり。

新鮮な味を噛みしめながら、普通に食事できる喜びを飲み込んだ。


「それで、望。お前卒業後の計画どうすんの?」

「今も家を出て、うちの民宿に彼女同伴で陣取ってるけど…ずっとって訳にはいかないでしょ?」

「卒業後、家を片付けたら、行方を眩ますために県外へ出る」

「寂しくなるなぁ」

「大学、いかないの?」

「就職を考えているよ。早く一人立ちしたいし」

「琴音はどうすんだよ」

「高校を中退することは受け入れています。どこまでも、のぞちゃんと一緒の所存です」

「ちゃんと連れて行く。他人を理由に引き離されないよう、次の琴音の誕生日が来たタイミングで籍も入れるつもりでいる」

「そっかぁ…ちゃんと本人以外戸籍変更の申請が通らないようにできる書類出した?」

「初日に出した。無事なことも確認した。クソ両親が生きていることも確認してしまった」

「琴音ちゃんのことになると仕事早いね、望…」


昴さんから呆れられるが、その顔は笑っていた。

もちろん、空さんも。何ならにやついている…のかな。


「両親のことはどうでもいいよ、のぞちゃん。どうせこれからも関わらないから」

「ならいいんだが…」


お昼ご飯を終えて、空さんと昴さんは先生から進路に関する話があると、職員室へ行ってしまう。

また、いつものように二人きり。

冬らしい暖かな陽光を浴びていると、ふと眠たくなってしまう。

首を上下に揺らし、船をこぎ始める前に、のぞちゃんが声をかけてくれた。


「眠いか?」

「少し」

「じゃあ、いつもどおり。こっちにおいで」

「ん」


のぞちゃんの膝の上に乗り、いつも通り肩を枕にして…眠りにつくのを待つ。


「のぞちゃん」

「どうした?」

「今から見る夢は、どんな夢になると思う?」

「幸せな夢になる。そうじゃなくても、そうするよ」

「ありがとう、のぞちゃん」


今日もまた、私はのぞちゃんの腕の中で眠る。

見る夢は、いつも通りの悪夢なのか…それともここ最近見るようになった、のぞちゃんがいる私が望む幸せの夢なのか、実際に見るまで分からない。

正直…「悪夢の方がいいな」と思い始めてしまったのは…複雑なところではある。

だって…私が見る「幸せな夢」は…。

のぞちゃんと家族として過ごし、孫に囲まれて老後を仲良く過ごす夢だから…。

正直見られるのは恥ずかしい…。


「…おやすみ、琴音。いい夢を」

「お、おやすみ…のぞちゃん。いつも通り、よろしくね」


覚悟を決め、目を閉じる。

今日の夢は、どんな夢だろう。

のぞちゃんに苦労をかけず、目覚めた時に気まずくない夢でありますように。

そう願いながら、私は自分の意識を夢の中へ向かわせた。

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