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【短編版】女神様に許可をもらったので、聖女の力で復讐します!

作者: 春樹凜

結構長くなりました。

主人公は微妙に口は悪いです。クズキャラがそこそこ出てきます。

(連載版もはじめました→https://ncode.syosetu.com/n1439jw/)


 それはいつものように、村の教会で祈りを捧げている時だった。


『あなたに聖女としての力を授けましょう』


 なんとなく厳かっぽい声が私の頭に鳴り響いたかと思うと、急に胸が燃えるように熱く、苦しくなる。


「かはっ…!」


 あまりの苦しさに私はその場に倒れ込み、うめき声をあげながら痛みを取り除くように必死で胸をかきむしる。

 このまま死ぬんじゃないかと恐怖して、こんなことなら近くのパン屋のできたてをお腹いっぱい食べたかったと思ったところで、すっと胸の痛みが引いた。


「な、なんだったの、今の」


 ぜぇぜぇと大きく肩で息をしながら、私はその場から体を起こす。そして上下する自分の胸に何の異常が起きたのか確認しようとそちらに目を向けて……思わず素っ頓狂な叫び声をあげた。


 薄皮がかろうじて張り付いたぺたんこな胸の中央に、こぶし大の光を帯びた何かのマークが浮かび上がっていた。触ってみるが、どことなくあたたかい。


 すごいとか、何これとか思ったけど、最初に思い浮かんだ言葉は、


「気持ち悪い」


『神の与えた聖女の印を、気持ち悪いと評するとは何事ですか』


 さっき頭の中で聞こえたのと同じ声が、再び私の中に響き渡った。

 実は幻聴だと思っていたので、私は驚いてその声の主に話しかける。


「は? 聖女? ていうかあんた誰? 私の妄想じゃないの??」


『妄想ではありません! 私の名はベリアルラーテ。この国を守護する神聖なる女神です』


 ベリアルラーテは、かつて様々な民族が争って戦ってばかりだった地の人々を一つにまとめ上げ、現在の国を建国するために、初代国王が力を借りた女神の名だ。

 そしてこの教会はそのベリアルラーテを祀るものである。


『喜びなさい。あなたが今世代の聖女として選ばれたのです』


 そんな自称ベリアルラーテが、どこか誇らしげな声でとんでもないことを告げてきた。


 聖女。

 それはこの国に不定期に現れる、国を守り発展させる為に神から力を授けられた少女のこと。


 ふむ、確かによくよく見たら、胸に刻まれたものは女神様を表す印だし、体の中に今までとは違った力的なものが血液と一緒に体中に巡っているのを感じることができる。


『試しにあなたのその足の怪我が治ったイメージを作り、手を前にかざしてごらんなさい』


 半信半疑で女神様的な人の言う通りにしてみたら、ぽこっと光の球が手のひらから出た。


「わお!」


 そしてその光は右足の切り傷に飛んでいくと、なんと傷がさっと塞がっていくじゃないか。


『それが治癒の力です』


 この世界におとぎ話で聞く魔法というものは存在しない。

 不思議な力があるとしたら、それは聖女の持つ女神から与えられたものだけ。


 と、いうことは、


「まじで私聖女なんですか?」


『だから先ほどからそう言ってるではありませんか』


 やっと力を認識した私に、どことなく呆れ口調で女神様が答えた。


 調子に乗った私は何個も光の球を出したが、数年前にできた古傷も含めて、体にあった他の傷も全て治してしまった。


 と、ふと年季の入った教会の柱についた大きな傷が目に入る。

 ものは試しだと、それが綺麗さっぱりなくなったところを想像して球を出して当てたり、届かないところにはえいっと掛け声をあげて投げつけてみたら、驚くことにそちらも全て成功してしまった。


 なるほど、治癒とは人間以外、建物の修理=治療という解釈としても使えるらしい。


 ということは、聖女の力って私の解釈次第では色々と使えるんではないだろうか。

 認めざるを得ない、確かにこんな力を与えてくれた彼女は女神様なのだろう。


 ちなみにこの治癒は必ず与えられるものらしい。いかにも聖女らしいからっていうのと、汎用性が高く使いやすいからだそう。


 そして女神様から与えられる力はもう一つある。


『あなたに与えた二つ目の力は浄化です』


「ふーん」


 あれか、汚れたものを綺麗にする、ってやつか。


 最近水浴びに行けてなかったので、自分が綺麗になったイメージを作り上げて自身の身体に手を当てると、真っ白な光に包まれ、洗い立てのように髪も体も服もピッカピカになった。


 であれば、さっきの治癒では取れなかった建物の汚れもいけるかもと考え、イメージして光を飛ばせば、予想通り綺麗になった。


 面白そうな力だ。後で色々と実験してみよう。


 ……っていうか、なぜだか分からないけど急に体が重くなってきた。

 思わずその場に座り込み、女神様に尋ねる。


「めっちゃ目回ってるんですけど、これって治ります?」


『おそらくまだ力の使い方が定まっていないからでしょう。しかし安心なさい。一晩眠れば全て回復します。それに練習をすればもっと上手に使えるようになりますよ。ですが力を使い果たしてしまうと強制的に意識を失いますので気を付けなさい』


 寝れば全回復って何気にすごくない?

 これは是非とも早く力を使いこなせるようにならないと。


「もしかしてもしかしなくとも、女神様の力って結構すごかったりします?」


『ええ、過去に現れた聖女と同等の力を与えています。あなたがその気になれば、この力を利用して国を乗っ取ることもできるでしょうね』


「……物騒なこと言うんですね」


 女神様は国を守るために聖女を生み出すんじゃないのか。

 でもまあ、王族と結婚した聖女もいたらしいから、そういう意味では国を乗っ取ったともいえるのだろうか。


 それにしてもまさかこの時代に、よりによって私なんかに力が与えられるなんて。


 聖女が現れるのは決まって国が何か問題を抱えた時だ。 

 汚染された水源が原因で疫病が流行った時は、私と同じく治癒と浄化の力の聖女の、他国からの侵入があった時は治癒と守護の力の聖女の登場により、国は滅亡の危機から免れたと聞いたことがある。


 そして私が今、聖女としての力を持って誕生した──それはつまりこの国で、女神様が手を差し伸べねばならないほどの問題が起こっているというわけで。

 別に大災害が発生しているわけじゃないんだけど、なんとなくその理由に思い当たる節があった。

 なんにせよ、私はこの力を使って問題解決に尽力すればいいのだろう。


 が、とりあえず気になることが二つほどあったので、女神様に聞いてみることにした。


「私が聖女だってのは分かりました。けど、なんで私なんですか?? 女神様なら知ってると思いますけど、私信仰心なんてほとんどないですよ?」


 女神様は直接人間に干渉することができず、初代国王を助ける時は、彼の恋人で後の王妃様となった方に力を与えたそうだ。その後不定期に現れる聖女は、特に二人の血を引く直系というわけでもないから、ただの一村娘が選ばれてもおかしくはないんだけども。


 おとぎ話で語られる聖女は皆、女神様に心からの信仰を捧げた、慈悲深い清廉な美しき少女ばかりだったはずなのに。


 私が教会に来ていたのは、この地に遣わされた神父様が大層熱心な女神信者で、祈りを捧げる為に教会に来れば、どんな人ももれなく食べ物をもらえるからだ。

 大体が岩みたいに硬くなったパンだけど、ないよりましだしね。


 すると女神様はクスリと笑い、


『正直なところ、これまでの聖女たちも、皆が皆語り継がれているような人間ばかりではありませんでした。聖女は気高い者だ、女神の力は偉大だとしておきたい教会と国側が作り上げた、それこそおとぎ話なのです。私が力を与えるのは、生まれも育ちも関係なく、その時代で問題を解決するのに最も適した人物です。そしてこの度、私はあなたに力を付与しました。あなたならばこの国を──私の愛したギルバートの国を守ってくれるに違いないと、そう確信して』


 ギルバート、その名は初代国王の名だ。

 亡くなって何百年も経つのに、女神様は彼の国を守る為、こうして奇跡を起こしに人間界にやってくる、ということか。

 私には愛とか恋とかまだ分からないけど、それだけ女神様は初代国王陛下を愛しているんだろう、現在進行形で。


「なるほど理解しました。ではもう一つ疑問なんですが」


 それだけ自分に期待されているっていうのはなんかむず痒いが、女神様が確信をもって選んだのだから私に異論を挟む余地はない。


 ということで、もう一つ確認しときたいことを私は口にした。


「この力、何のためにどんな使い方をしても問題はないんですかね? 例えばさっき言ってたように、国を乗っ取っちゃっても」


 さっき光を出しながら力の使い方をなんとなく理解したのだが、この力、正直解釈次第で何でもできそうな気がした。

 浄化の力だって、例えば濁った水をきれいにする……なんて分かりやすい使い方以外にもできることはありそうだ。私の頭に中には一つやってみたいことがあった。 


 そして返ってきた答えは。


『構いません。あなたの心のままに使うこと。それが、たとえどのような結果になろうとこの国を守ることになるのですから』


「了解しました。では私はこの力を私利私欲の為に使わせていただきます。女神様、どうもありがとうございます」


『ええ、どういたしまして。何かあればいつでも心の中で私を呼びなさい』


 その台詞を最後に、感じていた女神様の存在が霧散していくのを感じる。と同時に、急に教会の扉がバンッと音を立てて開く。


 中に入ってきた神父様は、新品同様になった教会の内部、そして私の胸元の印に目を止め、天を仰ぎながら涙を流した。


「おお、なんと、わが村から聖女様が誕生された!!」

 

 


○○○○




 神父様が聖女の誕生を教会本部に知らせたことにより、すぐに私を王都に迎え入れたいと連絡が入り、半月後には迎えの馬車が到着するだろうと言われた。


 出発まで時間がある私は、村で濁りつつあった井戸の水を浄化したり、この土地を治める子爵家のおっさんに呼ばれて、私の聖女としての力を見せろと言われたので、お望み通り目の前で披露してあげた。

 無事に成功したこともあって、お礼にとたくさんの食料をもらったので、私は全て村に持ち帰って皆に配った。


 十二年前にここを治めていた貴族が行っていた不正が明るみになって処刑されたことで新たに就任したこの貴族様は、ものすごくケチで自分だけ私腹を肥やすようなタイプだったので、こんなにたくさんのお恵みが与えられるなんて、聖女の力ってやっぱりすごいんだねぇと村人たちは大喜びだ。


 そりゃあ歴史に名を残すほど圧倒的な力を有しているからね。なにせ、王都からすぐにお迎えが来るくらいだ。


 他にも、私は聖女の力をもっとうまく使えるようにと色々と試行錯誤を重ね、鍛錬に費やした。


 そして予定通り。

 私の力が発現してから半月後、えらく豪華な馬車が貧相な村の入り口に到着した。馬車には王家の家紋がでかでかと記されている。


 中から現れたのは、白地に金の縁が入ったマントをなびかせた大柄な騎士の青年と、私よりも少し年上っぽい、だけど可愛らしい顔立ちのワンピース姿の女性だった。


「私は王国騎士団長のジェルス・ゼルダン、そして横にいるのが聖女様の身の周りの世話をするメアリー・ハーベイです。私たちのことはジェルス、メアリーと名でお呼びください」


 神父様から私が聖女だと紹介されたジェルスさんは、みすぼらしい身なりの私に対して侮蔑の視線を送ることもなければ嘲ることもせず、いかにも騎士らしくその場に跪くとそう自分達を紹介する。


「初めまして。アリアと申します」


 自己紹介とともに貴族様がするようなカーテシーも披露して見せたら、二人の表情が変わる。


「あ、すみません、この前子爵様のお屋敷で、ご当主様に挨拶するからと屋敷の方たちに教えられて……。そこでも上手だと褒められたので、つい調子に乗ってやってしまいました。やっぱり変でしたよね、すみません!」


「いえ、こちらこそ申し訳ありません。あまりに見事で驚いてしまいまして」


 ジェルスさんが慌てて謝罪しながらそう言ってくれた。隣のメアリーさんも同意するように頷くと、


「これほど美しいカーテシーがおできになるようでしたら、国王陛下の御前での挨拶の際にも問題ないかと思います」


 褒められて、私はほっと胸を撫で下ろす。と同時に、やっぱり私はこの馬車に乗せられて王都入りしたら、すぐに国王陛下の前に直行させられるんだなと知る。


 そんな挨拶もそこそこに、さっそくだけど私を王都に連れて行く前に、まずは聖女としての力を確認させてほしいと言われた。


「えーと、とりあえず女神様の印はこれですね」


 私はボタンを外し、見やすいように大きく広げると、二人にずいっと詰め寄る。


「どうぞご確認ください」


「……そんなに胸元を開かずとも確認できますので」


 少し目を逸らしながらジェルスさんにそう言われ、メアリーさんには顔を赤らめながら、


「同性ですので、私が確認させていただきますね!」


 と言われて馬車の中に連れられ、改めてメアリーさんが目視で確認してくれる。


「あ、触ってもらった方が分かりやすいかもです」


 そうそう、力を使用していなくても印にはずっと妙な熱がこもっており、確かめてもらうべく私はメアリーさんの手を取ると私の胸に押し当てる。

 そうして確認作業が終わり、女神の印を偽るために描いたものでもないと証明され、私たちは外へ出る。


 まあぶっちゃけ、印がどうだろうがもらった力を見せれば一発なんだけどね。


 それにしても何を見せようか。この前井戸の水は全部浄化しちゃったし、私自身──どころか村の人たちは私が力を使っていることもあって傷一つない。


 などと思い悩んでいると、不意に風が吹いた。

 そしてその時、メアリーさんの右側に重くかかっていた前髪が風で少し露になり、右目の上辺りに大きな火傷の跡があることに気付いた。


「メアリーさん、その顔は……」


「お見苦しいものをお見せして申し訳ありません。幼い頃に熱湯を被り、以後このようなことに」

 

 私は彼女に近付くと、その火傷の跡を見せてほしいとお願いする。

 本人もこうして隠しているからこうやって人の目に触れるのは嫌なんだと思うけど、彼女は頷くと、快く承諾してくれ、ちびっこい私の為に屈んでくれた。


 私がそっと彼女の赤毛をめくると、確かにそれは火傷の跡だった。


 私は心の中で念じ、あの光の球を出す。そしてそれが彼女の目の辺りに着弾した途端、光が弾け、それと同時にきれいさっぱりなくなっていた。


 隣で間近で見ていたジェルスさんが、驚いたように目を丸めているのを横目に感じながら、私はいつも持ち歩いている古い手鏡を差し出した。


「ちょっと曇ってますけど、見えると思います。どうですか?」


 鏡を確認したメアリーさんは、ジェルスさん以上に驚愕したように大きな目を更に大きく見開き、そして。


「あ、ありがとうございます!! もうこの怪我は一生治らないと言われておりましたので、本当に私は、どのようにお礼を申し上げたらいいか……」


 ぽろぽろと、大粒の涙を流した。

 どうしよう、泣かせるつもりはなかったんだけどな、でもこれ喜んでもらってるっぽいから喜びの涙かな、でも、えと、どうしようとあわあわしながらメアリーさんの隣の騎士様を見上げたら、彼は彼でこちらを見て固まっていた。


 なんだよ使えねぇ奴だなと思ってたら、馬車が到着したあたりからわらわらと集まってきていた村人たちの中から一番のモテ男が進み出てきて、メアリーさんにハンカチを差し出していた。

 さすがモテるだけあるよ、女性の扱いに慣れてるよ。しかもきちんと断りを入れてから彼女の涙をそっと拭ってやってるよ。


 とにもかくにも、私の聖女としての力の証明は、これで果たされた。

 勿論二人も認めてくれて、大した荷物もない私はすぐに出発することになった。


 私には家族はいないが、嬉しいことに、ごはんを恵んでくれた宿屋のおばちゃんやパン屋のおっちゃん、一緒に遊んだ近所の子達や私によくしてくれた親御さんたちに神父様その他諸々、つまり村人総出で私を見送ってくれた。


 別れの挨拶の代表は齢七十とは思えないほど背筋がピンと伸びた、村長の爺ちゃんだ。

 彼が手を差し出してきたので、私も同じく自分の手を出してがっしりと握手を交わす。


「アリア、こちらのことは心配するな。王都でもしっかりやれよ」


「勿論。そして聖女としての役目を果たしたら、必ず一度は戻ってくるから」


 皆と離れるのは寂しかったけど、私には聖女としてやるべきことがある。だから、そう約束して後ろ髪を引かれる思いで村を去る。


 馬車の中には私とメアリーさんが乗って、ジェルスさんは馬に乗って護衛役をしてくれている。

 そして村から少し進むと、なんとジェルスさんの部下らしい、馬に乗った騎士の軍団がいた。数が多すぎて私や村人が委縮するおそれがあり、離れた場所で待機させていたらしい。


「他ならない聖女様の護衛ですからね。これでも人数は絞った方です」


 ジェルスさんの言葉を聞いて、いやいやこれで削ったの!? と正直ビビった。


 こうして騎士の軍団と合流した私たちは、今日はとりあえずここから少し離れた大きめの街を目指すらしい。野宿ではなく、宿も取ってくれているという。


 自宅の木の台に敷いてるか敷いてないか分からないくらいの薄い布の上で寝るよりは、さぞかし寝心地がいいだろうなぁと楽しみにしていた私だけど、それよりも早く睡魔がやってきた。

 考えてみたら、特にここ数日はほとんど寝ていなかった。力を授かった私は、様々な使い方を試した。他にも、どのくらいで疲れるのかとか、なら疲れないために最低限の力で聖女の力をより多く行使できないかなどなど。


 正直寝る間も惜しんでぶっ続けで力の使い方を練習していたせいもあって、私はここが馬車の中だということも忘れ、ついうとうとと眠ってしまったのだ。

 あと、椅子のくせにふかふかすぎるのも原因だと思う。


 はっと目が覚めた時には、夕焼け空が窓の外に広がっていた。昼過ぎには出たはずなので、数時間は熟睡してたらしい。おかげで力は半分ほど戻ってたけど。


 もうすぐ街に着くということなので窓から外を見ると、うっすらと壁的なものに囲まれた何かが見えてくる。


「あちらはオーベラという名の街です」


 聞いたことがある名だった。オーベラを含むこの辺りはもう、あの子爵家の治める地ではない。隣の領地である。


 こうして予定通り街へ到着したわけだけど、まずは夕食を摂ることになった。


 街の食堂の個室っぽいところに案内された私は、目の前のテーブルに並ぶごはんについ目がハートになる。ちなみに今ここにはジェルスさんとメアリーさんだけで、他の護衛の人たちは警備で外を守るチームと、同じ食堂の個室じゃないエリアで先にご飯を食べるチームに分かれている。


 一人で食べるのも味気ないし、二人にも一緒の席で食べてほしいと頼むと了承してくれたので、私は気になる料理を片っ端から頼んでみた。

 

 そうしてやってきたご飯はどれも美味しそうで、勿論味もめちゃ旨で、思わず食べ過ぎてしまったため、胃がびっくりして腹痛に見舞われる羽目になった。

 自分に治癒かけたらすぐに治まったけど。

 なので調子に乗って甘いものが食べたいなぁと口にしたら、


「駄目です」


 ジェルスさんに即座に却下されてしまった。


「でも、もしお腹痛くなっても治癒かけたら別に……」


「そういう問題ではありません。第一アリア様は食べ過ぎです。……あなたのそのお姿から察するに、これまで十分な栄養を摂れていなかったことは分かります。だからこそ、少しずつ食べ物に体を慣らしていかなければなりません」


 彼の言葉はもっともだ。

 私だけではなく、村人全員に言えることだけど。

 久しぶりの豪勢な食事についはしゃぎすぎてしまった。


「すみませんでした。もう十八なのに落ち着きがないと、村の人たちにもよく言われてたんです。今度から気を付けます」


 するとジェルスさんとメアリーさんが分かりやすく息を引きつらせたあと、同時に叫んだ。


「十八なのか!?」


「十八歳ですか!?」


「……分かってますよ、見えないって言いたいんですよね」


 確かに一般的な十八歳と比べると、顔立ちは幼いし背も小さいし胸もまあ、ささやかすぎるくらい。

 栄養環境がっていうのもなくはないだろうけど、同じ村の同い年の子に比べたらその差は歴然だったから、遺伝とかもあるんだろう。


「うちの一家は皆童顔で小柄だったらしいです。だから私もそれを受け継いでるんだと思います」


 ちなみにメアリーさんは二十歳で、ジェルスさんは二十三歳だそうだ。

 二人とも年相応である。そしてどちらも美形だ。


 ジェルスさんは侯爵家の三男だそう。金にオレンジが混ざった色合いの髪で、顔つきは険しいけど、赤みの強い瞳はどこかあたたかげで、なんだか安心させられる。

 精悍な顔つきと鍛えられた肉体をお持ちで、その上いいとこのボンボンの騎士様とか、ジェルスさんを見守る隊的なものの一つや二つくらいありそうな感じだ。


 光に透けるとキラキラする赤毛をお持ちのメアリーさんは、伯爵家の生まれ。真ん丸なエメラルド色の瞳とぷっくりした唇で、綺麗というより可愛らしい。男たちが放っておかないだろうなと感想を述べたら、火傷がありましたから……と消極的なお答え。

 だけどその痕もなくなったことだし、これからは存分に彼女の可愛らしさを自信をもって発揮させられるだろう。


 それに比べて私ときたらですよ。

 でもまあ、だからといって不満があるわけでもない。鏡を見るたびに家族との繋がりを感じられて幸せな気持ちになれるから。


「失礼ながら、アリア様のご家族は……」


 気にかけるような声音でジェルスさんに尋ねられた私だけど、あえて暗い空気を壊すように明るい口調で答えた。


「うちはお父さんとお母さん、それに兄が二人いたんですけど、みんな不慮の事故……のようなもので、いっぺんに死んじゃいました。で、身寄りを亡くして一人になった私を、あの村が引き取ってくれたんです。誰かが親代わりっていうより、皆が親代わりになってくれたって感じかな? んで、村の空き家を改装してくれて、今までそこに一人で住んでいました」


 寂しさを感じなかった、といえば噓になるけど、皆が私を気にかけてくれた。同い年の友達もたくさんいたし、ごはんもあちこちでお呼ばれした。

 自分ちに住みなよって言ってくれたところもあったけど、私がそれを望まなかった。

 一人になる時間は苦ではなかったし、何より私が気を遣ってしまう。そうすると相手の方もさらに気遣ってくれて……となるのが分かっていた。

 貧乏だけどそれなりに幸せだった、と最後に締めくくると、なんかメアリーさんが号泣していた。


「わー、いや、本当に私、気にしてないですからね!? 自分のこと不幸だったとか思ってないし、むしろ拾ってもらってラッキーだったって感じですし」


「申し訳ありません、つい……」


 本日二度目の光景に、しまったなぁ、私はハンカチ持ってないし、かといって横にいるのはさっきでくの坊みたいに立ってた騎士様だけだしなぁって思いながら何気に彼を見たら、今度は空気を読んだのか、さっとハンカチを取り出すとメアリーさんに手渡していた。


 やればできるじゃないか。さすがイケメン。

 思わずぐっと親指を立てて彼に向けたけど、彼はそれには気付かず、何かを考え込むように宙に目をやっていた。




○○○○




 あれだけ寝たにもかかわらず、夜は夜で爆睡した私。

 しかし爆速で聖女の力は溜まるから、それは大変にありがたい。


 旅も中盤に差し掛かり、ジェルスさんともメアリーさんともなんとなくうまくやれている。


 メアリーさんとは、馬車の中も一緒だったりと一番長く過ごしていることもあって、仲良くなってきている自覚はある。


 私から喜んでもらえるような話題はないけど、メアリーさんは王都での話とか、伯爵家や貴族の話とか、王都や領地、美味しいスイーツのお店とか、色んなことを教えてくれる。


 ただ。

 湯浴みできる場所は宿でも限られているし、村でも毎日水浴びすらできなかったから体が洗えないのは別にいいんだけど。


「アリア様、体をお拭きいたします」


「……」


 怪我を治してくれたお礼を兼ねて全力でお仕えいたします! と張り切っていて、私としてはめっちゃ恥ずかしい。他人に体を拭かれるとか慣れてないからね。

 だけどメアリーさんは頑として譲らず、観念した私は彼女に身を委ねることにした。


 自分に浄化を使えば汚れも落ちて綺麗にはなるんだけど、あんまり力は無駄遣いしない方がいいかななんて思ってるので、緊急性がないときには使わないようにしている。

 あ、旅の初日の食べ過ぎによる腹痛は、緊急性が高いものだったのであれは無駄遣いではない。


 ついでにお世話好きのメアリーさんは、私に色々と服飾品やらを買ってくる。馬車で移動しかしてない身だから、その辺の服でいいんじゃと言ってみたら、怒られた。

 アリア様の可愛らしさを少しでも皆に周知しないと! と張り切っているので、私はもう何も言わずにされるがままだ。

 実際綺麗な服を着たりするのは、テンションが上がるのは事実でもある。


 ジェルスさんと絡むのは、主に食事の時だ。


「アリア様、野菜も食べてください」


「だってこれ、匂いがちょっと……」


「まったく……。好き嫌いしてると大きくなれませんよ」


「遺伝的にこれ以上大きくなれないからいいんです」


「背はともかく、頑張ればいろいろとまだ間に合うかもしれませんよ」


 はっきりとは言わなかったが、こんにゃろう、身長以外の発育が劣ってると言いたいようだ。


 とりあえず、ジェルスさんは口うるさい。そして結構失礼な男だった。

 しかも、腹が立ったので無理やり野菜を口に押し込むと、


「よくできましたね」


 まるで小さい子供を褒めるような言い方で頭を撫でてくる。


「私十八歳! 分かります? これでも立派なレディなんですけど!?」


「立派な淑女の方は、決して好き嫌いせず全てお召し上がりになります。メアリーのように」


「くっ……。そんなに嫌味だと女性にもてないですよ!」


「ご心配には及びません。放っておいてもあちらから寄ってこられるせいか、特に不自由は感じておりませんので」


「こらこらお二人とも」


 そのうちにメアリーさんの仲裁が入って……という感じである。


 私よりも五つも年上なのに大人げないぞとか思うことはあるけど、彼が私を聖女様って敬い奉るタイプじゃなくてよかったとは思ってる。


 ちなみに他の騎士の人たちだけど、数日前、馬車が野獣に襲撃された際、ケガをした数人に治癒をしたのを目の前で見たからなのか、以降、キラキラした瞳で拝まれるようになった。

 うん、なんか、期待が重い。そして微妙にストレスが溜まる。悪気がないって分かってるだけに余計に。


 そんな感じだが、ともあれ旅は順調である。


 私が聖女として現れた、という話は正式には発表されておらず、おかげで人に群がられるとか面倒な事態はあまり起きなかった。


 そもそも王家の紋章入りの馬車での移動なので、目立つには目立つけど、周囲には私の姿をかき消すほどの護衛がいたし、正直馬車から出るとこを見られたところで、メアリーさんの方が目立つ。私は彼女のお付きの子供くらいにしか見られていないだろう。


 王家からも、自分たちがその力を確認できるまでは力を使うな、と言われていて、私も特に自分から目立つようなことを率先してはしていない。


 まあ、ひどい怪我や病気の人を見てしまった時には、私だとばれないように遠隔から光球を飛ばして聖女の力をこっそり使ったりはしたけど。太陽の光の下だと、意外とばれない。


 だけど私は最近気になることがあった。

 なぜかジェルスさんとメアリーさんの表情が、ふと私を見た時にどこか憐れむような、暗い表情になってることがある。もっとも二人とも、私が見てることに気付いたら、すぐにそのどんより曇り空みたいな表情は消えちゃうんだけど。


 という訳で、さっそく私は次の二人とのごはんの時に聞いてみることにした。




○○○○




 旅も三分の二ほど進んだ先にある街での夕食時。


 巨大なぷりぷり海老の殻外しに格闘しながら、私はズバッと切り込んだ。


「ところで最近、お二人とも私のこと暗い表情でじっと見てますけど、何かありましたか?」


 その言葉に、二人の食事の手がピタリと止まった。


「気付いていたんですか」


 ジェルスさんがそう言ったので、私は首を縦に振って見せる。


 ジェルスさんとメアリーさんは二人で顔を見合わせ、意思疎通でもしたのか、互いに頷くと、私に向き直る。


「不快な思いをさせてしまっておりましたら、申し訳ありません」


 二人が謝罪として頭を下げてきたので、慌てて動きを止める。


「いいえ! 別に不快には思ってませんよ! ただなんでかなぁと気になったので、気になることはサクッと聞いちゃえ的なノリで言っただけなので」 


 そうして謝り倒す二人に何とか頭を上げてもらって、理由を教えてもらうことができた。


 私はこれから国王陛下と、教会のトップである教皇の前で力を見せることになる。そして能力を認められ、聖女として認定されれば、正式に我が国に聖女が現れたと大々的に発表されるだろう。

 その後は、歴代の聖女と同じくこの国の発展の為に、国王陛下と教皇の指示の元、力を尽くすことになるらしい。


 勿論衣食住は確約されるし、それなりの地位を与えられる。話だけ聞けば生きていくのに困ることはなさそうだし何の問題もないように思えるけど、事態はそんな単純な話じゃないことは、私にも予想がつく。


 おそらく二人は分かっているのだろう。


 私がこれからどうなるのか──ある意味この国で最も害悪と呼ぶべき王家と教会のトップに、死ぬまで彼らの私欲を満たすために使い潰されるのだろうと。


 これが童話の魔法使いみたいに、炎を吐くドラゴンの召還とか一瞬で辺りを凍てつかせる氷の魔法とか出せるなら脅威になるかもしれないけど、所詮私は浄化と治癒の力を保有してるだけの、知識もない貧しい村の出自の小娘だ。


「どの時代も、聖女は最も尊ぶべき存在です。文献にも、国を守る聖女様のことを、王家の方々はとても大切に扱ったと残っています。ですが……」


 そこまで言ってジェルスさんは悔しそうに唇を噛む。


 なんとなく知っていたけど、彼はとてもいい奴だ。食事中に嫌味をお見舞いしてくるのは私の野菜嫌いを克服させようとしているからだし、そもそも私に対する態度は、私がストレスなく過ごせるようにあえてやっていることなんだろう。

 ジェルスさんとポンポン言い合うのは、私は結構好きだ。

 

「アリア様は聖女様の称号に恥じない、とても綺麗な心根をお持ちの方です。私の痣の治療もありますが、街でもこっそりケガや病気の方を治療されていますよね? 誰からも気付かれないように。そんなあなたを、これから虐げることが分かっているのにあの方々の前にお連れすることが心苦しくて。ですが、私を含め、貴族の大半は彼らに逆らえません。それが自分でも悔しくてならないのです」


 メアリーさんは泣き虫だ。今だってぽろぽろと私の為に涙を流してくれている。

 しかも私の心根が優しいとか……いやいや、そんなことはないんだけど、メアリーさんの方こそ、優しいし綺麗な心を持っている、まさに聖女みたいな人だ。 


 にしても、王族も教会も、噂に違わず相当腐ってるみたいだ。

 彼らが私利私欲で民や貴族から搾取してる話は、噂程度だけどあの村にも届いていた。ついでに言うと、うちの村を管轄下に置くあの子爵家のおっさんも、確か王家の息がかかってる奴だったはず。


 もっと言うと、豊かな領地を狙った子爵家おっさんと、王家に敵対する貴族の中でもそこそこ力があったが故に目の上のたん瘤的存在だった元伯爵家を排除したい王家が結託して、元伯爵様に無実の罪を着せて処罰したともまことしやかに囁かれている。


 それ以来、元伯爵家の二の舞にならないように、貴族達は王家に従っているという。

 で、二人の生家もその中の一つらしい。

 まあ王家派じゃない貴族を、そもそも私のところへ寄越さないだろうし。

 二人とも、本気で私の身を案じてくれているのだ。


 だが皆知らない。

 聖女の力は、私がどういう解釈で使うかによって、脅威にすらなりうるということを。

 そして案じなければならないのは、私ではないのだ。


 私は彼らに向かってニヤリと笑った。


「心配していただいてありがとうございます。でも、私を誰だと思っているんですか? この国のみんながその存在に喜んで頭を垂れる、伝説級の聖女様ですよ?」


 聖女としておおよそふさわしくない笑顔になってる自覚はある。

 まあ、もともと聖女っぽいかと言われると疑問しか残らないけど。

 確かに食っちゃ寝ぐうたら生活のお陰か、少しはふっくらほっぺと厚みのある体を取り戻してはいたし、黄ばんだぱさぱさ髪もキューティクルが復活した栗毛色になってる。だけど別に語り継がれているような絶世の美少女の聖女様ってわけでもない。

 それには結構な誇張が混じってそうなことは女神様は言ってたけど、そんなことを知る人間はいないわけで。


 それでも私は間違いなく聖女なのだ。

 たとえ王家や教会がどんな手を使って来ようと、それを打ち砕く力を私は持っている。そして、女神様の加護は絶対だ。故に女神の力を受け取った私は、この国において絶対的正義なのだ。


 だから二人が考えているような未来にはならない。絶対に。


「大丈夫です、おそらくお二人が思っているようなことにはなりません。いえ────もっと面白いことになるかも」


「面白いこと、ですか?」


 メアリーさんが小首を傾げるけど、その様子が可愛いなと思いながらも彼女の問いには答えず、私は意味深な笑みで返しておく。


 一方のジェルスさんは、じっと私を見ていた。

 相変わらず目つきは険しいけど、あれが標準なんだなと一緒にいて分かってきた。

 警戒しているようにも、メアリーさんのように不思議がる様子もない。ただ、じっと。


 まるで何かを見極めるかのように。


 その視線の意味にはまるで気付いていないかのように、私は手をパンと叩くと、


「さあ、食べましょう! 折角のごはんが冷めちゃう!」


 明るく声をかけて再度、目前の大海老の咀嚼に取り掛かった。




○○○○




「参った参った、メアリーさんってば本当によく泣くよね」


 二人と話したその日の終わり。

 いつでも寝られるように夜着に着替えた私は、宿屋にとってもらった一人部屋のソファに座って、対面に座る一人の女性と話していた。


「とても優しい人ですよね。まるで自分のことのように涙を流して」


『彼女はとても心の美しい女性です。時代が違えば彼女が聖女として選ばれていてもおかしくありませんでした』


 わずかに光を放ったその女性は、女神ベリアルラーテ様だ。

 床に着くほどの長くて美しい銀の髪と、慈愛に満ちた深い紫の瞳の女神様は、教会で飾られている像の何倍も綺麗な方だった。

 彼女とは、何度かこうして会っている。主に私が呼びかけて、それに応じてくれてる形だ。

 私が目の前に姿があった方が話しやすいって言ったら、こうして姿を見せてくれるようになった。


 女神様はにこりと微笑むと、地上のどんな楽器よりも澄んだ、これまた美しい声で言った。


『しかし今回のような事案には、優しさよりも、あなたのような復讐心を宿した強い心の持ち主が適任でした。自信をお持ちなさい。あなたは間違いなく、私の選んだ聖女です』


「自信はまあ、それなりにはありますけどね」


 村での修行中、一回目に女神様を呼び出した時、もしも、もっと早く女神様によって聖女が遣わされていたら、私の家族は死ななかったかもしれないのかなぁと何気に口に出してしまったけど、神々の世界の理によって今のこの時にしか遣わせなかったと、申し訳なさそうに謝られた。


 女神様のせいじゃない。悪いのは全てあいつらなのだから。


『まさかあの方の子孫がこのような愚かな行いをするとは』


「仕方ないですって。建国時から何年経ってると思ってるんですか? 初代の血なんて入ってるか入ってないか分からないくらいに薄まってますよ。だから今残ってる王族はカスどころか屑ばっかりで……ああでも、第二王子のルーカス殿下はあの王族の中にいたって思えないほどにまともらしいですね。女神様的にはどうなんです? ルーカス殿下に次の国王になってほしいですか? ならそういう風に調整しますけど。まあ、国王なんて、まがい物じゃなくそういった人がやるべきだし」


 すると彼女はなぜか腰をくねくねさせ、手を頬に当てぽっと顔を赤らめたではないか。


『うふふ、叶うことなら、でしょうか。実は彼、ギルバートに生き写しのように、よく似ているんですのよ』


「……え、もしかして顔だけで選びました?」


『も、勿論、人柄も能力も問題ありません。確かに始めは苦労するかもしれませんが、彼には支えてくれる家臣がたくさんおります。ですから心配しておりません。彼ならばきっと、この国をより良き方向へ導いてくれることでしょう』


「それならいいんですけど」


 なんせ建国時からこの国を見守るほどにギルバート様好きだもんな。万が一見た目で選んでたとしても、まあ仕方ないかなと思える。

 それに建国時の国王と瓜二つっていうのは、国民にとってはモチベーションがさぞかし上がることだろう。現にそれもあってか人気あるみたいだし。


「というか女神様、ぶっちゃけそのルーカス殿下に王位を継がせるために私を聖女にした感じですか? っていうか絶対にそうですよね。ま、私としてはあいつらに鉄槌を下せればいいんで、それに従いますよ」


 女神様は答えず静かに微笑んだだけだけど、多分そうなんだろう。


 と、そこまで喋ったらなんとなく瞼が重くなってきた。


『アリア、今日は疲れたでしょう。もうおやすみなさい』


「そうします。それじゃあまた」


『あなたに加護があらんことを』


「それを授けるのは女神様でしょう? 吉報を期待しててくださいね。必ずあなたの国は、あなたの愛した国へと戻してみせますから」


 そう答えると、女神様は嬉しそうな微笑みを浮かべながら姿を消した。




○○○○




 そして予定通り、出発から二週間ほど。

 これまで見てきたどの街よりも煌びやかで活気のある王都へと到着した。


 あふれんばかりの人と店と物であふれる王都の様子見もそこそこに、豪華絢爛としか言えない城へと連れていかれた。

 ちなみにジェルスさんとメアリーさん、その他護衛を務めてくれた騎士団の皆さんとはここでお別れで、思いのほか悲しかった。


 で、私は、旅の疲れをとる暇もなく、別室で新たな侍女的な人たち数人がかりで小綺麗に身なりを整えられ、城の大広間へと連行された。 


 中にいたのは、一目でこの国の最高権力者と分かる(なにせ王冠が頭に載っている)でっぷり肥え太った国王陛下と、スリムな体形で美容と装飾品に全力を注ぐ王妃殿下、美しき王妃によく似ている美麗の青年と、金の三本ラインが入った教会で頂点に立つべき人間が纏う修道服に身を包んだ、俗世に塗れた体形のおっさんだった。


 ここに来て、奴らと対峙して初めて、私は自分の身体が緊張で少し震えた。


 聖女の力を女神様からもらった時、私は自分の為に使うと決めた。

 そしてそれが彼女曰く、聖女としてこの国を導くことに繋がるのだろう。


 私がしたいことは、簡単なこと。

 一人目は既に終えている。


 で、次のターゲット達が今私の前に立っている。彼らは噂でも、そしてジェルスさんやメアリーさん、他騎士団の方や街で聞こえてくる人達の声を聞いても、共通しているのは、屑だということ。


 けれど、やはりきちんと自分の目で確かめなくてはならない。

 彼らが言われているように、本当にどうしようもない屑なのか。


「お前が噂の聖女とやらか」


 女神様の威厳には到底及ばない厳かを装ったおっさん、もとい陛下の声がする。多分この流れは挨拶でもするのだろう。

 なのでとりあえず、皆から褒めてもらったカーテシーを披露してみせる。それでも高位貴族のそれには到底及ばないのだろう。不格好だとばかりに皆が一瞬眉を顰める。


 お辞儀だけでなく、見た目もまあ、彼らが普段見ているだろうご令嬢には遠く及ばないのも原因だと思うけど。まあ平民などこれが精いっぱいだろうと思われたのか、言葉にする者はいなかった。 


 けれど一片の曇りのない黄金の髪を後ろに撫でつけた、最高級の職人の作品の如き麗しきお顔立ちの青年は、私を見た瞬間豚のように不満げに鼻を鳴らした。


「なんだこの貧相なガキは。俺は歴代聖女のような美しく豊満な体の女を期待してたんだが」


「そう言うなアレク。だが顔立ちは悪くない。それにまだ成長期だ。女はある時を境に見違えるほどの見目になる。この聖女もその要素は持っていそうじゃないか。長い目で見るがよい」


 国王陛下の言葉に、この顔だけイケメン男はやはりアレクサンダー殿下だと確信する。

 やはり噂に違わず、陛下は屑だ。そして屑の子供もやはり屑。こんなのが次期国王とか、そんなに自国を自分たちで滅ぼしたいのかと言いたくなる。


 しかしそんなことを思っていると気付かれるのはまずい。

 いや、最終的には気付かれたところで痛くも痒くもないんだけど、もうちょっとだけ先だ。

 イラッとした気持ちはいったん胸にしまって無を貫く。


 アレクサンダー殿下は尚も不満げに、何か言いたそうにしていたが、遮るように修道服のおっさんが口を開いた。


「初めまして聖女殿。私はパレスチです。あなたが聖女としての力を有していることは、聖女の印しかり、部下を通じて確認済みですが、今一度この場でその力を見せてはもらえないでしょうか。まず濁りのある水を持って参りますので、まずはそちらの浄化を。その後、これから怪我をした者を連れてまいりますので、治癒をお願いいたします」


 丁寧な口調で満面の笑みだが、私の力を利用しようという魂胆が丸わかりだ。

 嫌悪感しか湧かないが、


「分かりました」


 と素直に返事をしておく。


 合図があるとすぐに水がたっぷり入った瓶が、二人がかりで運ばれてきた。

 かなりの大きさがある透明のガラスの瓶の中身は、明らかに濁っている。しかもヘドロ的なのも浮いてるし、ちょっと臭う。

 うげぇと思いながら、気持ちを作り、真っ白な光の球を出す。

 で、光が着弾した瞬間弾けたあとに残されたのは、透明で美しい水。


 どれだけ綺麗か確認するため、私は瓶に近寄ると手ですくって飲んだ。ちょうど喉が渇いていたので、その行為を五回ほど行うと、力を認めたようですぐに瓶は下げられた。

 多分別室で本当に飲める水になるほどに綺麗になったのか、確認でもするんだろう。


 ともかく、一応私には浄化の力があるとまずは認められた。


「見事じゃったぞ、聖女よ」


「お褒めに与り光栄です」


 陛下の言葉に、とりあえず頭を垂れとく。おっさんに褒められても嬉しくもなんともない。


 えーと、確か次は治癒だったな。ところで頑張ったらこれ、ピンクとか青とか色付けた光が出せたりしなかろか、しょうもないことを考えていた私の前に、件の怪我人が現れたのだが。


 まるで罪人のように後ろを縄で縛られた、大柄な体つきの青年。金とオレンジの混ざった髪色のその人は、私の前に転がされた。


 すぐに駆け寄ると、顔はぼこぼこにされ、腫れあがっていて、とてもじゃないけど判別できない。それでも私には分かった。だてに一緒に旅をしていない。


「ジェルスさん!!」


 声をかけると私だと分かってくれたんだろう、何かを言おうと口を開くけど、言葉にはならず、うめき声が上がるだけ。

 しかも腹部から赤黒いなにかが服に染み出している。


 どう見ても人為的なキズだ。それも誰かの悪意に満ちた。

 そしてそれをニタニタと面白そうに見つめていたのは、アレクサンダー殿下だった。


「なに、我らの所有物となる聖女の処遇についてこの俺に意見してきたから、俺様直々に立場を分からせてやっただけだ」


 怒りで一瞬目の前が真っ白になる。

 お前らは躾のなっていない獣よりもたちが悪いと、思わず私は力を行使し掛けて、でもなんとか冷静になって堪えた。


 今私がすべきなのはジェルスさんの治癒だ。王族に力を見せるためじゃない、ジェルスさんから痛みと怪我を取り除くために力を使う。


「ごめんなさい」


 彼の怪我をきちんと確認するため、私はシャツのボタンを引きちぎらんばかりの勢いで外す。


 やはり腹部を刺されたみたいで、申し訳程度に布が当てられていたけど、止血の意味をなさず、血がじゅくじゅくと漏れ出ている。 


 正面の傷はパッと見それだけ。

 続いて背中側。大きな体を半分傾け、邪魔な縄を村暮らしで鍛えた腕力で引き千切って確認すると、そちらは痣まみれだった。


 これだけたくさんの、しかも重症の怪我を治すのはそれなりに力を使う。それでも必ず治せる。


 私は彼の体が元通り綺麗になるイメージを作り上げると一際大きな光の球を作り出す。それは私のイメージ通りにジェルスさんの体をすっぽりと包み込む。


 やがて光が消えた時、そこには出会った時と同じ騎士の姿があった。


「よかった……」


 失敗するなんて微塵も思っていなかったけど、それでも知っている人の大怪我は、私の自信を存分に揺さぶった。


「どこか痛むところは?」


「大丈夫です。アリア様、ありがとうございます」


 いつもと同じ、女性を引き寄せる綺麗な顔に戻った彼の答えに、私はようやく安心して息を吐く。


 まさかこんなことをするなんて考えもしなかった。

 私は諸悪の根源に目を向ける。


「む、やはりその聖なる力は間違いなく女神ベリアルラーテ様のお力じゃ! これで我が教会の権威もますます高まるというものだ」


 私の力を確認し、目の前の権力者たちが喜んだのは言うまでもない。ただ一人、アレクサンダー殿下だけは面白くないといった顔をしていたが。


 まじでカスばっかりだ。

 殿下の行為も、聖女所有物発言も、彼らにとってはなにも問題ないことなのだろう。


 ということは、やはり彼らは私が復讐すべき奴らで間違いない。


 ならばさっそく準備をしないと。


 あ、でもその前に、まだ彼らが彼らとしての意識があるうちに、罵詈雑言ぐらいあびせようかと口を開いた私だったけど、その前に国王陛下がとんでもない爆弾を投下してくれた。


「わしの治世に聖女が現れるとは、なんと幸運なことよ!! 王家と教会が聖女の後ろ盾となろう。そして国民に向けて聖女降臨を知らせるとともに、我が息子アレクサンダーと聖女との婚約を発表しようではないか!」


「え」


 アレクサンダー殿下の明らかに狼狽した、そして大層嫌そうな声が広間中に響く。


「待ってください!! なぜ俺がこのような辛気臭い貧乏ったらしい女とも男とも分からない体の者と結婚しなければならないのですか! しかも結婚するとはこれと子を儲けろということですよね!? 俺にだって好みはある、これを抱くなどごめんです!!」


 こんな男と息ぴったりなのは嫌だが、私も同意見だ。


 それにしてもとんでもない言い草だ。確かに見た目はまだ鶏ガラ枠を抜け出せてないかもしれないが、王都の外には私以上に鶏ガラの体でなんとか生きながらえている国民もたくさんいる。

 それを作り出している元凶は、お前らだというのに。


 しかし王の提案は想像してなかったわけでもない。


 歴代の聖女も、実は王族と婚姻を結んだ者が多かった。

 聖女の力は受け継がれるものではないけれど、やはり血縁として取り込むほうが都合がいのは確かだ。とはいってもそのほとんどが、相思相愛の関係だったと語り継がれているが。

 まあ、真実は分からないけど、少なくともこれまで聖女様が降臨した時の権力者はまともな治世だったらしいから、無理やりとかではなかったんじゃないだろうか。


 私としては王族に取り込まれるのはごめんだし、ましてこんな失礼で、人を人とも思わない畜生以下の男などこちらから願い下げだ。

 しかも徒に人を虐げる加虐趣味のある男だ。虫唾が走る。


 しかし私が発言するよりも早く、王妃殿下は下卑た口元で息子にこう告げた。


「なに、聖女と言っても所詮はその辺の平民よのう。一応アピールとして結婚して正妃として据えるが、平民の女の子供に王位を継がせるつもりはないわ。聖女とは子ができなかったことにし、後に側妃を迎えてそちらと子を儲ければよい」


 本人を前にとんでもないことを言ってくれている。


「アリア様に対して何を……」


 なんとか堪えてたみたいだけど、ついに我慢が出来なくなったらしいジェルスさんが奴らに詰め寄ろうとするのを、私は手で制す。


「ですが……」


「大丈夫です。だからちょっとだけ、私の好きにさせてもらえませんか?」


「っ分かり、ました」


 私の為にボロボロになるほどにこの身を心配してくれる優しい彼には、黙って見ててほしいという私のお願いは到底聞き入れ難いことだろう。

 それでも彼は私の為に、ぎりりと歯噛みしなながらも耐えてくれた。


 さて、と私は次に害悪どもに向き合うと、眉を顰め、不満を隠すことなく述べることにした。


「そちらからのご提案の件ですが。あなたたちのくだらない権力誇示の為に、私を婚姻という形で縛り付けるのはやめてください。それにこちらこそ好みというものがあります。そこのぼんくら……失礼、アホ殿下との婚姻など結びたくはありません」


 まさか私から拒否するなど思いもよらなかったという顔で、皆がこちらを見やる。

 この発言に一番に喰いついたのがアレクサンダー殿下だった。


「貴様……たかだか聖なる力が使える如きで、この俺との婚姻をお前から拒むだと!? しかもアホだとか言いやがったなっ!!」


「ですが本当のことですので。ご存知ですか? 殿下は巷では、次期国王としての能力がまるで皆無の顔だけしか取り柄のない空っぽな王子として有名らしいですよ」


 しかし彼の怒りなどどこ吹く風で私は更に怒りを煽るような発言をして見せる。


 ちなみにこれは事実だ。

 まともな国民は現政権に不安を感じており、更に次代を担うアレクサンダー殿下は素行が悪く、頭も悪く、ただただ権力を振りかざすだけの無能なので、近い将来この国は滅びるんじゃないかとさえ危惧している。

 既に周辺諸国にこっそり逃げ出す商人や、実は家族だけでも避難させている貴族もいるらしい。


 そして、もう一つ囁かれている噂がある。


「能力も人望もない、非常に残念なアレクサンダー殿下を次期国王に据えるのは危険だと、最近ではひそかにあなたの弟殿下……えーとなんでしたっけ、そこの馬鹿国王が無理やりメイドを手籠めにして産ませ、離宮にて冷遇している第二王子を王位へ押し上げようとする動きがあると……」


「馬鹿とはなんだ貴様! お前如き平民の分際で、わしを愚弄するとは到底許されぬぞ! しかもよりにもよって養ってやってるあの男のことを口に出すなんぞ!」


「あのどこの馬の骨とも分からない女の子どもと私の可愛いアレックスを比べるなんて、お前死にたいの!?」


「へ、平民崩れの女の腹から生まれた下賤な血の男が、よりによってこの俺を差し置いて王になれるはずがないだろう────っ!!!!」


 この話は禁句だったようで、各々怒髪天を衝くほどにきれていらっしゃる。


 さっさと殺すなり追放するなりしておけばよかったものを、手近に置いたのは、それぞれが彼をボロ雑巾のように扱い、憂さ晴らしをする為というクソみたいな理由だ。

 あとはスペアという意味合いも若干ある。

 どうも王妃様は子供ができにくい体質らしく、アレクサンダー殿下以降王妃様は全く子供に恵まれなかったらしい。

 

 それが彼らにとっては悪手だったのに。

 第二王子ルーカス様が、彼らに虐げられたままでいるふりをして密かに仲間を増やし、力をつけていることに気付かないだなんて。

 ま、このことは私もつい最近女神様に聞いたことなんだけど。


 だったら私がわざわざ聖女にならなくても、そのルーカス殿下が革命でも起こして王位に就くのも時間の問題だったんじゃって女神様に言ったら、もう少し時間がかかる上、血がたくさん流れそうなので嫌だったんだと。


 とりあえず、もういっか。

 彼らの更生は、既に人の力では不可能と判断した。なら神の力を使うしかない。


「とにかく。私はあなた達に手を貸すのはごめんです。断固拒否。未来永劫お断りいたします」


「村娘如きが生意気なっ!! くそっ、その剣を貸せっ!!」


 誰かが止める間もなく近くの護衛から剣を奪い取ったアレクサンダー殿下は、怒り狂った顔で私の方へ近付いて全力で剣を振りかぶったけど、


「させるかっ!」


 ジェルスさんがすぐに間に入り難なく素手で受け止めると、逆に彼からあっという間に剣を取り上げ、鋭い切っ先を殿下の首元に突き付けた。


「ひぃぃぃっ!!!」


 殿下が情けない声を上げる。助けに入りたくとも、少しでも動いたら迷わず刺すとジェルスさんに言われ、護衛もその場で固まることしかできない。


「私は助かりましたけど、いいんですか? 殿下に剣を向けちゃっても」


「誰が相手であろうとアリア様を守るのが私の仕事ですから」


 そう言って不敵に微笑むジェルスさんは、尋常じゃないくらいカッコいい。ってそうだ、この人顔はいいんだった。

 だけどそういうのはちょっと後回し。目の前のこれらをどうにかしないと。


 王子を盾に取られ、誰も何も言えずにいる中、私は自分の力についての説明を始める。


「えっと、私の力はご存知のように、治癒と浄化なんですけど、色々と実験を繰り返した結果いくつかのことが分かったんです。特に浄化ってとっても面白い使い方があって」


「お、お、おお面白いだと!?」


 すごいなこの王子。

 喉が震える度に剣が刺さりそうになってるのに、構わず喋ってるよ。

 いや、喋った時に先が当たって「いてっ!」って言ってたから、単に気付かなかっただけか。


 なんかこの状況、私のほうが悪役みたいだよなと思いながら、説明を続ける。


「女神様の力って、生物にも植物にも無機物にも効くんですよ。んで浄化ってつまり、汚い物とか不純物を取り除いて綺麗にするって感じなんですよね。そして何が汚いのかの判断は私の主観と言いますか」


 治癒が、人間にも建物にも効くように。

 浄化が、濁った水とか以外にも、人間にかけたらどうなるのかなって考えた。


「やっぱり実験してみないとなってことで、試しに、私が思うこいつ中身腐って汚れてるよなーって人にかけてみたんですよね、浄化」


 実験体第一号は、うちの村を領地の一つに持つ、あの子爵家の当主だ。


 結果は上々で、これまでの彼と同一人物とは思えないほどに改心した。

 いや、改心は適切じゃないか。不純物────私が彼自身の内部を真っ黒だと判断し彼の本質たる心を取り除いたのだから、それは既にあの男の顔をした別の人間だ。


「つまりですね、私の浄化っていうのは、その人の肉体ではなく精神を、心を殺すということと同義なんです」


「ひぃっ、くく、くる、くるなっ!!!」


 私が一歩王子に近付くと、彼は恐怖で顔を引きつらせながら後ろへと下がろうとするけど、力が抜けてしまっているのか動けないようだ。


「俺、俺が何をしたっていうんだ!? お前ら下賤な人間を導いてやる未来の王だぞ!? こんな暴挙が許されると……」


「暴挙はどっちでしょうね。少なくとも、このままあなた達が国を治め続ければ、この国は数年以内に確実に滅ぶ。そう女神様が判断したから、女神様が私に力を授けたんですよ。だって女神様が現れるのって、いつだって国の存続の危機の時、でしょう?」


 そう言って私は微笑んだ。


「やめろ、待て、待ってくれ、俺は……俺は悪くない! 頼む、許してくれっ!!」


 王子が体中から液体を垂れ流し、懇願する。


 私はちらりとジェルスさんに目を向ける。

 今からやることは、もしかしたら彼に軽蔑されるだろうか。もしくはそんなことはするなと止める?

 まあ、もう止められないところまできてるんだけど。


 だけど彼が私を見る目はそのどちらでもなく、ただじっと見届けるように、静かに私と殿下のやり取りを見ていた。


「それじゃあ、そろそろ終わりにしましょうか」


 私は人が一人入る大きさの光球を出す。

 そして顔面蒼白で今にも気を失いそうな王子に、えいっと投げつけた。


「さようなら、散々人々を弄んだ最低最悪なアレクサンダー殿下」


 一際眩しい光が一面に広がり、思わず目を瞑る。

 そして光が収まり、視界が元に戻った時、そこにいたのは────。


「私は間違っていた。これまでしてきた行いは全てこの国の民を傷付け弄ぶものだ。王家の人間として到底許されるべきことではない。私はここに全ての罪を打ち明け、責任を取るため自ら断頭台へ上がろう」


 跪いて涙を流す、アレクサンダー殿下と同じ顔形をし、彼としての記憶を有している全く別の人間だった。


 あの男だったものはここで消滅した。


「さて」


 続いて、同じように後ろで床にぺたりと座り込む国王陛下以下二名にも目線をくれてやる。

 浄化の力を目の当たりにし、いよいよまずいと悟ったのか、彼らも各々喚き散らしている。


「国か、国が欲しいか! それならくれてやる、王座を明け渡すから……勿論宝物この財宝も全て聖女のものだ!」


「いやよ、なんで私がこんな目に遭わないといけないの!? そこの兵達、さっさとあの女を捕らえなさい! あんたたちが死のうがどうでもいいのよ! 何のために雇ってると思ってるの!?」


「おお、女神ベリアルラーテよ! 王家の人間は既に汚れ切っております。ですが私は違いますぞ! どうかこのわたくしめだけはお助け下さい。さすればあなた様への更なる信仰をお約束いたしましょう!」


「うるさいわね! あんただってさんざん私たちについて甘い汁吸ってきたじゃない!? 自分だけ助かろうなんて虫が良すぎるわ!」


「聖女よ、この女も教皇も、聖女の邪魔になる者は全て排除してもらって構わん。だからわしだけは」


「この欲深き者達はどう処罰していただいても構いませんので、女神の代弁者たる私だけは」


「ははっ」


 なんて見苦しいのか。

 己だけは助かろうとみっともなく命乞いをする。

 これが今の王家だ。


 兵たちは動かない。

 私に敵わず、自分が浄化される可能性を考えている。どちらにつけば生存率が上がるか分かっているのだ。

 まあ彼らも心からあいつらに忠誠を誓ってるわけじゃなさそうだし、見物人として見届けてもらおう。それに、人間の浄化って結構疲れるし、余計な力は使いたくない。


 とりあえず、私は三つ、白い球を出す。

 彼らが化物を見ているかのように口から恐怖の息を吐きだす様を見ながら、ゆっくりとそれらが三人に近付いてくる。


 後ずさるが、それは着実に距離を詰める。


「そうだ。最後に」


 彼らにしてみれば私の────私たちの存在なんて忘れているかもしれない。


 だけど最後にきちんと名乗っておかないと。


 私はスカートを持ち上げると、先ほどよりも丁寧になるよう心がけたカーテシーを披露し、言った。


「私の本名は、アーリアロッテ・フェルシモ。あなた方が不正の証拠を捏造し、それがバレる前に急いで処刑して殺した、あのフェルシモ家の生き残りです」


「ま、さか……」


 覚えがあったのか、驚いたように三人の目が見開く。

 それが、彼らが彼らとしての生を終える最後の瞬間だった。




○○○○




「……ふわぁあ。あれ、ここどこだ?」


 欠伸混じりにパチリと目を開ける。っていうか私、いつの間にベッドで寝てた?

 しかも、おかしいな、快適とは言えない我が家の天井は、隙間風が吹き込む小さな穴が多数あるはずなのに、穴なんて一つもないし、色も綺麗に壁紙がなされていて白くてとても綺麗だ。

 まるで昔住んでいたお屋敷の天井みたいだなって思ってたら、急に横から声がした。


「ここは王城の客間ですよ」


「!?」


 がばっと起き上がって声の主を確認すると、ジェルスさんがいた。


「ちょっと、乙女の起き抜けの顔を見るとか、配慮に欠けますよ! マジでモテませんからね!」


「だから私は女性に困っていないと言ってるじゃないですか」


「なんですか、自慢ですか!? 異性にもてない私への自慢ですね!?」


「事実なんですから仕方ないでしょう。あなたが異性からの人気がないのも、私がモテるのも」


 当然のように言われ、ムキーッとなった私はジェルスさんをぽかすか殴った。


「暴力に訴えるのは感心しません」


「鍛えているんですから私のへなちょこパンチなんて大したことないでしょう! 甘んじて受け入れてください!」


 私の言葉通り、ジェルスさんは抵抗せず、されるがままだった。


「……お元気そうで何よりです」


 目尻を下げ、安心したように微笑むジェルスさんの言葉に、はっとした私はすぐさま攻撃をやめる。


「あ、そういえば私なんでこんなところで寝てるんでしたっけ?? 確か、あの広間にいた全員を浄化して、離宮で死にかけていた第二王子を解放したところまでは覚えているんですけど……」


「その囚われの王子の大怪我を治したあと、あなたは気を失ったんですよ。おそらく力の使い過ぎかと。そして一晩この部屋でぐっすりです」


 なるほど、道理で体が軽いわけだ。力も全回復してる。

 そして昨日の記憶も、意識がはっきりしてくると共に思い出してきた。


 真実を突きつけ浄化された三人は、おおよそアレクサンダー殿下と同じような状態になった。

 ジェルスさんは、やっぱり最後まで何も言わず、黙って見届けた。


 さすがにこんなことをした私のこと引いちゃってるかなって思ったけど、そんな確認も後回しにして、私はジェルスさんを伴って離宮へと急いだ。


 実は女神様に第二王子のことを聞いていなかったら、浄化して新しく生まれ変わった陛下たちに国を治めてもらおうかと考えていた。これまでのことを悔い改め、国民の為の政治を行うだろうし、実際あの子爵家のおっさんが、私利私欲を捨て、領民の生活向上の為にと、不必要に高かった税金を引き下げ、今や模範的な領主になってたから。


 けれど女神様はその道はあまりお望みではなかったようだし、私もそれはそれでどうなんだろうと考えていたから、強制的に浄化する必要のない第二王子の存在は非常にありがたかった。

 女神様のお墨付きなら間違いないだろう。


 実際離宮で虐げられていたらしい王子は、体こそ全身傷と痣まみれで弱っていたけど、瞳に宿る意志は強く、玉座を狙う野心家そのものだった。こんなのを置いてたら喉元食いちぎられるに決まってんじゃんって危機感もなかったんだろうな、あいつらは。


 離宮は人の出入りが少ないけど、逆に秘密裏に動くのには適していたみたいで、その状況を利用して徐々に仲間を増やし、虎視眈々と機会を狙っていたんだと。

 怪しまれたらまずいから、振るわれる暴力には抵抗せず、無力な王子を装って。


 にしたって酷い有様だった。よくもそれだけの理不尽な暴力を耐えたものだ。

 そんな第二王子に私は全身治癒を施して……そこで力尽きたようだ。


「ルーカス殿下? でしたっけ。無事に治癒できてました? 確認する前に気を失ったんですよね」


 その問いに、ジェルスさんは小さく頷く。


「はい。外傷は全て治療されていました」


「それでジェルスさんは隣でずっと……」


「私はあなたの護衛ですからね。一晩、片時も目を離さず、じっと見つめておりました」


「やだ怖い!」


 なんてわざとらしく怖がるふりをしてたら、急にジェルスさんが腕を伸ばし、私をぎゅっと抱きしめた。


「え、なんですか突然!」


 予想外のことに慌てた私だったけど、ジェルスさんは離さず、消え入りそうなほど小さな声を漏らす。


「もしかしたらあなたがこのまま目覚めないのではと、この一晩ずっと不安だったんです」


「ジェルスさん……」


 そうか、だからずっとここにいてくれたのか。

 さっき目の下に隈があったように見えたんだけど、気のせいじゃなかったみたいだ。


 私は手を回し、とんとんと安心させるように背中を叩く。


「だけど私はこうして目覚めました。まあ、ぶっ倒れるまで力を使ったのは初めてでしたけど、力も一晩で戻っていますし」


「力が無くなっていても構いません。生きていてくれて本当によかった」


 こんなジェルスさんを見るのは初めてだった。マジで心配をかけてしまったみたいだ。

 しばらく彼の気が済むまでされるがままにしておこうと、しばらくそのままでいたんだけど、なんか、一向に離れる気配がない。


 これはもしや……。


「ジェルスさんとのラブロマンスが始まる前兆では────痛いっ!」


「何を言ってるんですかあなたは」


 ひどい、何も殴ることはないだろう。

 さっきまで暴力に訴えるのは感心しないと言っていたのはどの口だよ!


 だけどようやく落ち着きを取り戻したのか、ジェルスさんは私の身体を離すと、その場で跪き、神妙な面持ちで口を開いた。


「アリア様、いいえ、アーリアロッテ様、先日は私の治療のために力を使っていただき、ありがとうございます」


「待って、そんなにかしこまらないでください! むしろお礼を言うのはこっちの方です! 怪我をさせられるって分かっていたはずなのに、私のためにあいつらに盾突くようなことを言うなんて。あと私のことはアリアのままでいいんで」


「……私は、彼らがあなたにどのような対応を取るのか分かっていたにもかかわらず、何も行動を起こしませんでした。彼らに進言したのは、私の自己満足のようなものです。もっともアリア様のあの力なら、私の心配も杞憂だったようですが」


 そんなに自分を責めないでほしい。どうしよう、こっちがどれだけいいですよって言っても、頭を上げてくれる気配がない。


 とりあえず話題でも変えようと思い、前々から気になっていることを聞いてみることにした。


「実は気になっていたことがあるんですけど。ジェルスさん、旅の間ずっと私を見てましたよね。いやいや自意識過剰とかじゃなく。多分監視も兼ねてたんだと思うんですけど、でもそれだけじゃない気がしていて。うーん、何て言うんだろう、ジェルスさん自身が興味を持って観察している、的な?」


 この言葉に、はっとした様子で彼の顔がようやく上を向いた。


「それは、その……。ですが決してやましい気持ちで見ていたわけではありません。断言します。あなた相手にそんな気持ちは一切起きませんから」


「それはそれで乙女心的には微妙に傷付くんだけど。……で、見ていたのは私の正体に気付いたから、ですよね? どこで分かったんですか」


 彼らに正体を明かした時、私がとある元伯爵家の令嬢だったと知っても、ジェルスさんは驚いたようには見えず、むしろそれが事実だと当たり前のように受け入れている節があったから。


 私は話を聞きたいので元の椅子に座ってとお願いしたら、渋々席に着いてくれて、色々と観念したらしいジェルスさんは大きく息を吐くと、


「アリア様が見せたあのカーテシーに、持っていた手鏡に小さく描かれていた紋章。そして特徴的な見た目。そこからあなたは処罰されたとされているフェルシモ伯爵家の人間なのではと考えました」


 彼の問いに、私はにんまりと笑う。


 おそらく今挙げた以外にもいくつか私へ繋がる何かがあったのだろう。

 にしても、道理でメアリーさんが最初に泣いていた時、彼の様子がおかしかったはずだ。あれは彼女の涙に動揺してたんじゃなくて、手鏡の方に注目していたからか。それは気付かなかった。


 彼の言う通り、私は子爵家が現在治めている地を以前統治していた、フェルシモ家の生き残りの末娘だ。  

 本当は家族と一緒に首をチョッキンされたはずだけど、不正を犯したという無実の罪を着せられて処刑される幼い子供だった私を、処刑人が憐れんで秘密裏に逃がしてくれたのだ。


 勿論、村の人たちも私のことを知っている。むしろ知っているから匿ってくれていた。


 我が家が無実で、実はあの土地を手に入れたかった隣の小さな領地しか持っていなかった子爵家のおっさんが、王家に便宜を図ってもらって我が家の罪状を捏造し、故に我が家はスピーディーに処刑に至った。

 そしてあのおっさんは望み通り我が領地を引き継ぎ、存分に私腹を肥やし、報酬として王家にその利益を流している、というわけだ。


 そんな事情は勿論公にはされていないけど、貴族達の中では事実として受け止められていて、我が家が生贄になったことにより、王家に逆らう貴族が減ったのは有名らしい。


「私の生家であるゼルダン家も、あの事件以来王家に与した貴族の一つです。それに倣い、王家の為に働けとこの地位を授けられました。王家に不満はありましたが、私一人の力では抗えず」


「そりゃ普通はそうなりますよ。なにせ王家の力は絶大。長年いがみ合っていた教会と手を組むことで互いの権威と権力が増して、革命でも起こらない限り絶望的なほどに腐り切ってましたからね。だけどあの四馬鹿がいなくなった今、ルーカス殿下が王位に就くんですよね?」


「はい。アリア様が眠られている間に、ルーカス殿下が新国王となりました。そして浄化された四人の悪事を聞き出し、彼らに積極的に味方していた貴族達もろとも粛清すると宣言しております。ただ、フェルシモ家の断罪により彼らに与していた貴族の処罰は軽くすると」


 ならあの子爵のおっさんも一緒に粛清だな。


 とりあえず私のやりたかったことはこれで終わった。

 彼らに復讐すること。終わってしまえばあっけなくて、ちょっと拍子抜けだ。


「あ、そうだ。私って一体どんな扱いになるんですかね」


「アリア様が望めば、フェルシモ家を再建し元の領地を治めることも可能かと」


「うーん、それはどうかなぁ」


 正直貴族としての生活よりも、一村人として生活していた時間が長すぎて、全然実感が湧かない。それに、統治能力があってまともな人が来てくれるなら、その人が治めてくれる方がいいんじゃないか。


「そちらに関してはおそらくルーカス陛下よりお話があるかと思います」


 そうジェルスさんが答えた瞬間、扉がノックされ、大泣きしながら私に抱き着いてきたメアリーさんから、まさしく件のお方に、目が覚め次第連れてきてほしいと言われていると聞かされる。


 面倒なことにならなければいいなと思い、でも多分面倒なことになりそうだよなと心の中で呟きながら、今までで一番気合いの入っているメアリーに着飾られ、私はルーカス陛下の元へ向かった。




○○○○




「救国の聖女よ。君のおかげで無用な血を流さずに済んだ」


 通された謁見室の奥にいたルーカス陛下は、やはりあの男の兄弟なのだと実感させられるほどによく似ていた。

 ただし、アレよりも圧倒的に理知的で、そして一見にこやかだけど目の奥は全く笑っていない。


 彼もあの場に居合わせた兵達から話を聞いたのだろう。私が悪と認めたら簡単に浄化できる力を持っているとか、脅威以外の何物でもない。


 とりあえず適当に私も笑って挨拶を交わし、表面上はにこやかな対談が始まった。

 余計な話を聞かせないためか、室内にいるのは最低限の人数だ。


「さて。私も急に王位に就いたものでなにかと忙しくてね。早速だけど本題に入らせてもらってもいいかな?」


「勿論です」


 そう答えると新陛下はにこりとした笑みを浮かべ、まるで日常的な会話のように問題発言をぶっこんだ。


「では聖女アリア──いや、アーリアロッテよ。是非この私と結婚してもらえないかな?」


「……確かに聖女と王族の婚姻のケースは多く見られていますが、無理にする必要はないと思います」


「私を助けてくれた君に、一目で恋に落ちたんだよ。それに君はこの国を救ってくれた恩人だ。決して悪いようにはしない」


「……」


 絶対嘘じゃん。笑ってるけど目の奥、完全に冷めきってるじゃん。

 超嫌なんだけど。けどあいつの時みたいに、バッサリ嫌とか言ってもいいのかな。


 そう考えていたら、思考でも読み取ったのかルーカス陛下は、


「君がどんな発言をしようと咎めることはしないと約束しよう。正直に言ってほしい」


 よしきた。言質は取ったからな。

 私はゆっくり深呼吸すると、ルーカス殿下の顔をまっすぐに見て答えた。


「お断りいたします」


「理由を聞いても?」


「理由も何も。王妃の座に興味がありません。私を近くで監視しておきたいという陛下のお心は大いに理解できますが、縛られるのは御免です」


「……なるほど。この顔で笑いかければ落とせると、君をただの少女だと侮っていたよ。だけど君はこの国を救った聖女であると同時に、滅亡させることもできる人間でもある。君の力を目の当たりにした兵達には緘口令を敷いたけれど、正直恐ろしい力だ」


「では今ここで殺しますか?」


 けれど陛下は首を横に振る。


「聖女の君を害すれば、女神ベリアルラーテよりこの国は見放されるだろう。そのような愚かなことはしないさ。私の本心がどうであろうとね」


 それってつまり、聖女を手近において、監視がてら利用できるならともかく、それが叶わないのなら、本音では危険だからとっとと葬り去りたいってことじゃん。


「心配しなくても、私がルーカス陛下の治世を妨害することはありません。むしろ私は、女神様が認められた陛下を王位に就けるべく聖女として任命された者ですので。その過程で私が復讐するのは構わないと」


「では君はこの後どうするつもりなんだい? フェルシモ家の復権も、君はあの家の正当な後継者なのだから望めばすぐに果たせるぞ」


 今度は私が首を横に振る番だった。


「いいえ。それは望みません。今更貴族に戻ったところで窮屈なだけですし。ただできることなら、せっかく女神様からもらった力がありますし、聖女は聖女らしく人助けの旅でもしようかななんて。だって使わないともったいないじゃないですか。……そうやって聖女の私が国中を巡れば、より陛下の治世が安定すると思いますし」


 一度力を与えられたら、生涯消えることはない。

 もしもこの力を使って陛下に仇為すことがあったらどうなるのかと以前女神様に尋ねたら、そうならないための人選だと言っていた。女神様がそういうのだからそうなんだろう。


 まあこの陛下に盾突こうとは思わないよ。

 だってどう考えたって前のあいつらよりもまともで、若いけれど王としての貫禄を既に備えている。こういうタイプは敵に回すと怖いと本能が言っている。


 それに国を守る女神様のお墨付きなんだから、滅多なことは起こらないはずだ。


「私の言葉を簡単には信じられないかとは思いますが、こればかりは信じてくださいとしか言えません」


 …………っていうか、今思ったんだけど、これ女神様が直接この陛下に言ってくれた方が良くない?

 私の言葉は信憑性がなくても、女神様本人に言われたらさすがに陛下も信じてくれるだろう。


 ということで、私は早速女神様を呼び出すべく、心の中で語りかける。


「あのー、女神様、かくかくしかじかでこういう訳なんで、ちゃちゃっと出てきて陛下に説明してもらえないですかね?」


 するとベリアルラーテ様は、声の感じからしてなんかもじもじしながら、


『ちょ、ちょっと待ってください! まだ心の準備がですね、できていないんですよ。だってまんまギルバートと同じ見た目ですし、あぁいえ、ギルバートの方がもう少し体つきもがっしりしていましたし、完全に同じではありませんが──』


「なんでもいいので早く出てきて下さいよ。大丈夫です。女神様は綺麗で可愛くて最高です。ルーカス陛下も一目で女神様のこと大好きになっちゃいますから。だからほら早く」


 それからも若干ぐずぐず言っていたけど、観念したのか、ゆっくりと部屋全体を光が覆い尽くし、同じようにゆっくり消えていくと、その中心にベリアルラーテ様が立っていた。


 女神様はさっきまでもじもじしていたとは思えないほど、背筋をピンと伸ばし、いかにも女神らしく微笑み、ルーカス陛下に語りかける。


『初めまして。私はそこのアーリアロッテに聖女としての力を与えた女神ベリアルラーテです』


 すると、突然の事態に固まっていた陛下ははっとなり、慌ててその場に膝を突くと頭を下げる。


「初めてお目にかかります、美しく気高き女神ベリアルラーテ様。私はルーカス・ラッセン。この度聖女様のお力により新たにこの国の王となった者です」


 そこから二人の会話は進み、女神様の口から、私が彼を害する行為は行わないと断言され、ようやく納得してもらえたっぽい。


 時間にすれば短い対話だったけど、とりあえず私の首が繋がってよかったよ。




○○○○




 で。

 結局私の、聖女として国中を旅しながらえっちらおっちら回りたいという要望が通った。


 ちなみに私が人間を浄化できたり、その力を使って彼らを無害な人間に変貌させたという事実は伏せられ、私の聖女としての清らかパワーで彼らが改心したという話で民衆には持っていくらしい。


 国一番の要人だからものすっごい護衛とかつけさせられそうになったけど、それだと色々動きにくいし面倒なので、丁重にお断りした。

 かといって一人で行かせるわけにはいかないというのも理解できるので、最少人数でとお願いしたら。


「あれー、ジェルスさんじゃないですか」


 盛大に見送られるのは性に合わないしと、巡礼の旅立ちはまだ朝靄が立ち込める早朝にした。

 火傷の跡が治って即行で婚約者が決まったメアリーさんとの別れも昨晩終え、あくび混じりに護衛がいると教えられた場所へ行くと、すごく見覚えのある人物がそこにいた。


「早いですね、こんな時間に何してるんですか?」


 彼は例のカッコいい真っ白いマントも重たい鎧もつけておらず、服装は軽装だけど、背中には大きなリュックがあるし、腰には使いやすそうなサイズの剣がしっかりと差してある。


「もしかして旅行ですか? いやー、奇遇ですね。実は私も今から旅立つんですよ」


「あなたは分かっていて聞いていますよね」


 ジト目を向けられ、やっぱりバレバレだったかとわざとらしく肩をすくめてみせる。


 それにしてもジェルスさんか。

 一緒に旅した仲間だし、彼がめっちゃ強いのは知ってて、むしろこの人がいたら護衛人数は彼だけでいいよねって納得できるレベルだし、私としては気が楽でやりやすいんだけど。


「え、ってかジェルスさんいいんですか? あなたって確かそこそこに出世してた人ですよね? 私と一緒に旅するとか、出世コース外れちゃいません? それに旅を終える時期も決めていないんで、完全に婚期とか逃しちゃいますよ。……はっ、もしかして陛下に命じられたからですか? だとしたら確かに断りにくいでしょうけど、代わりに私が断ってきましょうか? 別に出発が数日延びるのは問題ないですし」


「お気遣いは無用です。陛下からの命だということは否定しませんが、これは私の意志ですから。それに私は元々出世には興味がないもので。むしろ面倒だった騎士団長の任を解かれてありがたいくらいです。あと、婚期については大きなお世話です」


「ジェルスさんがいなくなったら、王都にいるファンの子達が泣いちゃいそうですね」


 王城に滞在する間、ジェルスさんが騎士の中でも一二を争うモテ男子だとメイドさん達が言っていて、実際にファンクラブもあるんだと。


 しかし当の本人は至って冷静な顔で、


「今の私にはあなたの方が大切ですから」


 なるほど。

 私はわざとらしく咳払いをすると、胸を張りながら得意げな顔で口を開く。 


「それってつまり、ジェルスさんはあなたを助けた慈悲深いこの素晴らしき聖女の私に、やっぱり惚れちゃ……っむぐぅぅっ!!」


 なんか喋ってたら突然ジェルスさんが私の口を思いっきり塞いできた。

 マジで苦しいんだけど! 

 しかもジェルスさんの顔、デフォルトでもそこそこ強面なのに、なんかいつもの倍以上に怖いし! 私変なこと言った!? 

 いや言ったけど、冗談だよ!? 冗談に決まってんじゃん!! 


 とりあえず手を離してほしくて必死で目で訴えるけど、ジェルスさんはそれをまるっきり無視し、ものすごーく怒っている口調で一気にまくしたてた。


「馬鹿も休み休み言って下さい。あなたに惚れた? そんなわけないでしょう。私はただ、あのままだとすぐに死んでいた私を助けてくれたあなたの恩に報いるため、騎士としてこの命を懸けてあなたの剣となり盾となる為に護衛を引き受けたんです。それこそ陛下に命じられなくても志願するつもりでした。いいですか、騎士精神に基づいて、です。そこのところ、誤解しないでいただきたい。分かりましたか?」


 コクコクと一生懸命首をフリフリして、ようやく解放された。


「やっばい、死ぬかと思った……」


「あなたが変なことを言うからです」


「あんなのジョークじゃないですか! 私だって、ジェルスさんが私に惚れるとか、天地がひっくり返ってもあり得ないって分かってますって!」


 そう言ったら、なぜだかジェルスさんの周りの温度が五度くらい下がった。しかもまた顔怖くなってるし。

 その上、「自分でもありえないと思っていたのに……」となんかぶつぶつ呟いているし。


 でもまあ、とりあえずジェルスさんと旅をするのは確定なわけで。仲良くはやっていきたいよね、うん。


 って思ってたけど、いつの間にか立ち直っていたジェルスさんから衝撃的なことを告げられる。


「そうでした。あなたは旅の間絶対に偏った食生活になりますよね。だから私がしっかり管理します。野菜は必ず一食の半分は摂取してもらいますから」


「げ。……せめて二、いや、一割くらいがいいかなぁなんて」


「却下です」


 マジかよ。せっかくこの旅にかこつけて、王国美食マップに載っているご飯屋さんとかスイーツ店巡りをしようかなって考えてたのに。野菜を半分もお腹に入れちゃったら、それらの入る隙間が小さくなってしまうじゃないか。


 しかしジェルスさんは絶対に妥協してくれないだろうなぁ。

 交渉は早々に決裂した。


 ……やっぱり仲良くやれんかもしれん。


「あと、できれば倒れるまで全力を使うことは控えてください。勿論、そうなってもあなたを守れるように私が一緒にいるわけですが」


「ああ、それはまあ、気を付けます。重症患者の治療も大変ですけど、正直人間の浄化が一番力持っていかれるので。それさえしなければぶっ倒れることはないと思います。それに、ああいったことはできればもうしないって決めてますから」


 自分のやったことが正しかったとは思っていない。ただ復讐がしたかっただけ。私のしたことは人殺しと変わらない。

 それに、ルーカス陛下にもそれとなーく、そういった行動は控えてほしいと言われてるし。


「それで、これから村へ帰られるんですか?」


 早朝便の乗合馬車の乗り場へ向かっていると、さりげなく私の荷物も持ったジェルスさんに尋ねられ、私は頷く。


「一度帰るって約束しましたしね。それに、旅に出るんだったらちゃんとお別れの挨拶もしておきたいですし」


「しかし乗合馬車で行くのは個人的にはあまりお勧めできませんが。あなたが聖女だと気付かれて混乱を招く恐れも……いいえ、それはありませんね」


 ジェルスさんは私を頭の先からつま先まで眺めた後、失笑混じりにそう言いやがった。


 やあ、まあね、確かにね、分かるよ?

 私の存在はルーカス殿下によって皆に大々的に発表され、王都でのお披露目もあったから知られてるっちゃ知られてるだろうけど、なにせ見た目は十人並み。  

 化粧で顔も胸も身長も盛り盛りに盛られていたあの時ならともかく、今の私は素。間違いなくあの時の聖女と同一人物とは気付かれまい。


 が。


「マジのマジで、ジェルスさんって超失礼ですよね。みんな顔に騙されてるんですねきっと」


「私もそう思います。……というより、あなた以外にはこんな失礼なことを言わないんですけどね。どうやら私は自分で思っていたよりも子供だったようです。本音を言えば優しい言葉をかけたいんですが」


「いやいいですよ。ジェルスさんから、優しいアリア様! とか言われても気持ち悪いだけですし……にゃんでほっへたちゅねるんでひゅか!」


「いいえ、ただイラッときたもので」


 荷物を持っていない反対の手で、ジェルスさんにほっぺの片側をつねられた。


 解せぬ。


 しかし、これからどんな旅路が待っているのかは分からないけど、ジェルスさんとの旅は多分楽しくなるんじゃないだろうか。


 が、とりあえずの第一目標は。


「今日宿泊予定の街に、挑戦者大募集! 特盛ジャンボ飯ってのがあるらしいんで、まずはそれを食べに行きましょう!」


「なるほど、片側の痛みだけでは足りなかったようですね。では馬車の中で、ものを食べられないほどに存分に両頬を捻り上げて差し上げましょう」


 にっこり微笑んで非道なことを言うこの男をどう説得するかだな、うん。

アリアは恋愛方面激鈍。アリアとジェルスのやり取りが書いてたら意外に楽しかったので、気が向いたら続きを連載で書くかもです。

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「悪心の浄化」で「星雲仮面マシンマン」の「カタルシスウェーブ」を思い出しました。 …アレよりも大分凶悪ですが…( ̄▽ ̄;)
あ~面白かった。 ありがとうございました。 楽しい午後を過ごすことが出来ました。
腹黒なルーカスも浄化しないと駄目だったのでは。女神が好きなのは顔だけだし、中身は浄化しても問題無い訳で。 あと浄化したクズ4人はどうなったんでしょうね? 浄化された綺麗な馬鹿王子の希望通り、傾国の4…
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