教授の無茶振り
「遠宮くん。君の論文にぴったりの事件が起こったよ。行ってみたらどうだい?」
馴染みの教授の研究室へ篭っていた時、突然教授から告げられた。
この初老の教授は見た目こそ穏やかな老人だが本心は何を思っているのかわからない節がある。
一つ言えることは日本の伝承にのめり込みすぎている人、と言うことだ。
楓はそんな変人教授の元、神話や信仰と呪術の関係性について研究をしており、
卒業に向けて論文の課題を探している所だった。
「ぴったりの事件…ですか?」
教授はゆっくりと頷いて、こう続けた。
「福岡にある太宰府天満宮に奉納されている神器が破損した様だよ。
あそこで信仰されているのは誰だかわかるかい?」
「…天満大自在天神、歴史上の人物の名前で言うと、菅原道真公です。」
楓の答えに教授は満足気に微笑んだ。
「では、菅原道真公は神になる前、恐れられていた事は知っているかい?
確か私の授業で教えたと思うが。」
まるで一対一の授業をしている様で、少し緊張した空気が流れる。
しかし、道真公の逸話は楓にとって授業で学ばずとも興味をそそられる物だった為、
間違えるはずは無かった。
「彼は平将門、崇徳天皇と並んで、日本の三大怨霊の1人です。
亡くなった後、彼を裏切った一族が急死したり、疫病が流行ったり、
天変地異が起こったりしたと言われています。」
その通り、と教授はある写真を見せてくれた。
それは街並みの写真だった。
おかしなところと言えば、一カ所だけかなり大きな雷雲があり
その場所以外は雲の量は多いが青空が見えているという箇所だろう。
「この雲の真下はね、北野天満宮だよ。2、3日前だったかな。
数十分だけだったが、此処だけ嵐の様な雷雨だったそうだよ。」
不思議だよねぇ、と教授は続ける。
「何人か知り合いに連絡をとってみたんだけどね、天神信仰の神社が何カ所か、
急に天気が変わったり晴れてるのに落雷があったりしたみたいよ。」
本当に不思議だねぇ、と繰り返して、何処か楽しそうに笑った。
「学問の神として信仰されているが、一方で怨霊として有名な道真公。
そんな彼を祀っている神社に次々と異常が起きているんだ。
研究対象としてはぴったりだろう。」
楓も気にはなっていたが、実際に研究するとなると心配な面も課題もある。
実際に天候や異常現象が出てしまっている所に、
一介の学生が何処まで調べられるのかも疑問となり、研究題材にするには余りにも困難では、とも感じた。
そんな楓の葛藤を見抜いたのか、教授から助言をされた。
「君は考えすぎだよ。学生にそこまで完璧な論文は求めていない。
何かあれば手助けしよう。私も気になるからね。
まずは天神信仰の神社を観察する所から始めてみればいい。」
とにかくまずは行動したまえ、と言って教授は自分の業務へ戻ってしまった。
「わかりました。今から一番近い天神信仰の神社に行ってみます。」
教授の言うことも一理ある、と考え楓は研究室を後にした。
「……怨霊を鎮める事を目的として道真公は神格化したのだが、
今は彼の怨霊を恐れる人は限りなく少ない…。
神器が壊れたという事はそういう事だよ。遠宮君は気付けるかな…。」
業務に取り組みながら、教授は不適な笑みを浮かべた。