テンジン様のお通りじゃ
⚠️注意⚠️
最初の犠牲者が出ます。死体表現がありますので、苦手な方はご注意ください。
4人が鳥居をくぐった瞬間だった。突然空気が変わった。
湿気を含んだ霧が、足元から立ちのぼる。
まるで地面そのものが息を吐いているようだった。
薄ら寒かった空気がさらに気温が下がり、冬のような寒さだった。
「え……なんかやばいか?」
先ほどまでの冒険心は何処へやら。
春人の足は止まり、後ずさる様子を見せた。
霧は段々と濃くなり、すぐそこにいるクラスメイト達の姿もぼやけているように見えた。
突然、霧の奥からぴゅー、と龍笛の音が高く、遠くで鳴った。
神楽のような、天から降りる音。
「とぉーりゃんせ、とぉーりゃんせ…。」
高い笛の音でそう奏でられたような気がした。
「今、何か音がしなかった?」
涼馬はみんなに問いかけるも、自分以外は聞こえなかったようだ。
細道の奥も、霧が深く、何も見えない。
その時だった―。
霧の奥から、鼻にかかった様な、すすり泣く音色が風に乗って木霊する。
篳篥の音が、通りゃんせの旋律を歪めながら繰り返す。
まるで誰かが鼻歌を歌っている様に…。
声がどんどん近づいて、ついに霧が割れた。
そこには鬼の様な形相の男が立っていた。
来ているのは、平安の官人が身につけるべき狩衣だった。
しかしそれは朽ち果て、垂れ下がり今や見る影も無くなっていた。
その朽ち果てた衣から見える腕は異様だった。
白骨の様に細い腕から伸びるのは、痩せ細った老人の様に皺が多い手に、
まるで獣の様に伸びた爪が生えていた。
目と眉は吊り上がり、眼球があるはずの場所には暗闇しか無かった。
口は裂け、引き攣ったまま開きっぱなしの様だった。
全員が直感した。
これこそが噂の正体。テンジン様だと言うことを。
足がすくみ、立ち向かうことも、逃げることもできない。
テンジン様…天神様。
神を目の前にした圧が4人にのしかかる。
テンジン様は無い眼球をこちらに向けた。
「何様……か…。」
なんと問うてきたのだ。何をしにここへ来たのかと。
その声は、地の底から響いてきたかと思うほど、重く、恐ろしくしわがれていた。
「…か、帰してくれ。家に帰らせてくれ……。」
春人が声を震わせながら返事をした。
美香はハルトの腕を抱きしめて怯えていた。
「……承知した……。」
テンジン様がそう言った瞬間だった。
足元の霧が美香の足に巻き付いた。
「…え……。」
彼女は理解するよりも早く、春人の腕から剥がされテンジン様の正面に立たされた。
叫ぼうとしたが、声にならなかった。恐怖と絶望の色が浮かぶ。
「行きは良い良い……。」
そうテンジン様が呟いた瞬間
空が裂けた。
バチン、と鋭い音がしたかと思うと光が美香に向かって垂直に落下した。
一瞬の出来事だった。
美香と思われる人型の消し炭が地面に落ちていた。
焦げた肉と髪と、ゴムが焼けた様な匂い。
生ゴミをそのまま燃やした様な、耐え難い異臭が辺りを覆う。
あまりにも一瞬のことで、涼馬達は何が起きたか分からなかった。
「嘘だ…。嫌だ!死にたく無い!!!」
誰よりも早く、状況を把握できたのは春人だった。
彼は嗚咽を溢しながら、絶叫し始め、来た道を全速力で走って行った。
テンジン様は「……帰りは怖ひ。」
と呟き、また霧の奥へと消えて行ってしまった。
やっとこさテンジン様が出てきました。そして最初の犠牲者も…
本文に出てくる龍笛、篳篥は平安初期に盛んだった雅楽で使われていた楽器です。
YouTubeに、それぞれ通りゃんせを演奏してみたという動画がありましたので、お時間があれば是非聞いてこの物語をイメージして下さると嬉しいです。