その噂が嫌な訳
夏休み前日、つまり今は終業式の真っ最中である。
午前中は夏休みの宿題を配られたり、夏休みの過ごし方についての諸々の諸注意を
担任がプリントを見ながら話していた。
午後は全校生徒が体育館に集まり、長い校長の話を聞いて解散である。
涼馬は普段であれば、この校長の話など右から左へと流れていってしまうのだが
今日に限っては、この話が夜まで続けばいいのに、と思ってもない事を願ったりした。
それほどまでに涼馬はあの通りゃんせの横断歩道に行きたくなかったのだ。
涼馬は何故か昔から、あの通りゃんせの歌が好きでは無かったし、得体の知れない気持ち悪さを感じていた。
それが何故かと聞かれると、答える事は出来なかった。
涼馬には7歳より前の記憶が欠けていたた。
両親からは、7歳の誕生日前日に階段から転んで頭を打ってしまいその影響で、
記憶がすっぽりと抜けてしまった、と聞かされている。
両親の事や、幼馴染である光道のことは人物として覚えていたので、
所謂『思い出』という物を忘れてしまった。
記憶を失ってからはしばらく抜け殻のようになり、1年ほど家から出ずにぼーっと過ごしていたらしい。
そんな涼馬を心配してか光道は頻繁に顔を見せに来てはその日にあった出来事を話したり、
外へ遊びに誘ってくれたりしてくれていた。
その甲斐あって涼馬は段々と表情を見せるようになり、一般的な普通の生活に戻る事ができた。
しかし、それからだった。涼馬は通りゃんせを聞くたびに不快感と拒絶感を表すようになった。
身体が硬直してしまい、しばらく身動きが取れなくなってしまい激しい頭痛に襲われてしまう。
あの横断歩道も、一度拒否反応が出てから避けていた。
童謡なんて検索さえしなければ聞くことはないから、今まで平和に過ごす事が出来ていた。
それなのに…と涼馬は心の中でため息をついた。
あの噂話を初めて聞いた時は冷や汗が止まらなかったし、周りから見ても顔面蒼白になっていた。
足取りもふらふらで、光道が「心配だから。」と家まで送ってくれた程だ。
ああ、もしかしたら佐々木が誘ってきたのはそれも理由のひとつかも知れない、と涼馬は思った。
怖がる涼馬を後ろから観察して面白がる為に声をかけてきたんだろう。
佐々木から見たら涼馬は怖い話が苦手なビビりだという印象を受けたはずだ。
妙に納得してしまった時、丁度校長先生の長い話が終わった。
もうすぐ放課後だ。あの横断歩道へ行かなければならない。
所詮は噂話だ。噂の通りにしたって異世界に行けるわけがない。
だけどどうしてだろうか。行かなければいけない様な気がするのは。
あそこにいる何かに会わなければいけない様な、謎の使命感が働くのは。
何となく、涼馬はそう思ったのだった。