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最終話 君と共に

 十三


「君の妹だ」


 目を覚ましたトゥーと共に、俺は一面の死者の花を眺める。


「君の妹の花が、君を救った」

「妹の命で生きながらえるのは、救いなのかしら」

「さあ」


 俺は肩を竦めた。


「ならば、己の母の命で生きながらえることは救いか」

「私にとっては」

「俺も、君が生きていることが救いだった」


 俺がそう言えば、トゥーは笑った。俺も笑う。手を繋ぎ、指を絡め、俺達は互いに身を寄せる。そうすれば、彼女の体温を感じられて気持ちが良かった。

 荒らされた墓地と、そこに広がる血の海と、転がる死体のそばで、俺達はいつものように穏やかに会話を重ねた。


「禁忌を犯してしまったな。死者に咲く花を食し、死者に咲く花を生者に与えた」

「もう墓の守り人失格ね」

「そうだな。墓の守り人は生者のために生きている。そのためには己の欲を持ってはならないというのに、俺は禁忌を犯してしまった」

「ねぇ、イエン――貴方自身のために、生きてみない?」

「俺自身のために?」


 俺が繰り返すと、彼女は頷く。


「そう、もう貴方は墓の守り人失格なんだから、今度は貴方自身のために生きてみましょうよ。貴方とフアおばさんを殺して薬を強奪しようとした村なんて捨てて、旅に出ましょう。ほら、ちょうど流行病が流行りそうみたいだし、遠くに行きましょうよ」

「遠くとはどこだ?」

「ずっとずっと遠くよ。だってこの世界は果てなく広がっているんだもの、いくらだって遠くへ行けるわ。私もこの村から出たことがないから知らないけれど、きっと見たことのないものが山程あると思うのよね。それを全部見てみたい。余すところなく、私は全てを楽しみたいの。ねぇ、それってとっても心が躍らない?」


 無邪気に笑う女に、俺もなんだか楽しい気分になってきた。


「そうだな、面白そうだ」

「でしょう?」


 トゥーはくすくすと笑う。


「したいこと、全部しましょう。私は私のために生きて、貴方は貴方のために生きる。だから、やりたいことは全部やりましょう」

「俺は、君と一緒にいたい」


 俺がそう言うと、トゥーはほんの少し目を見開いた。暫くの間、俺の瞳をじっと覗き込み、俺がそのまま彼女を見つめ返していると、やがて彼女は幸せそうに微笑んだ。


「奇遇ね、私もよ」


 俺達は立ち上がった。一面に咲き誇る花に背を向け、俺とトゥーは手を重ねて歩き出す。いつかこの地へ戻ることはあるのだろうか。再び帰ることがあるかもしれないし、二度と戻らないかもしれなかった。そこには唯一咲いた深紅の花はすでになく、女の愛した妹の花は摘み取られ、血に塗れながらも咲き誇る純白の花だけが静かに広がっている。それは俺の生まれた地であり、両親に愛された所であり、トゥーと初めて出会った場所であった。墓の守り人とその配偶者の他には何人たりとも息をしてはならず、それは死者が眠るためだけの場所であった。

 そして死者に咲く花は、人々が生きる限り咲き続ける。


(終)



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