表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

嫌われホストの夜食

作者: 松本ねね

バスを降りてアパートに帰る途中に、お洒落な看板のスナックがあった。


当時付き合っていたカレシと、初めて飲みに行った時にマスターから

『 店で働かないか?』と、その後も行く度に誘われていた。

 

 彼と別れて数ヶ月経ったある日、店の前を通り過ぎようとした時に、お客を送り出すマスターと、思いがけず鉢合わせをして「1杯飲んでいきなよ!」と誘われた。帰ろうとしたお客も店に戻り1杯が数杯になり、当時 化粧品会社で働く私は化粧が濃く、やや派手な顔立ちが水商売に向いていると思ったのか、帰ろうとした時にマスターがまた

「働いてくれないか?」と懇願するような勢いだった。


彼とはもう別れたし、出勤日は気まぐれでもいいことを条件に働くことにした。


 カウンター8席、小さなテーブルが2つのさほど広くないお店だったが、いつも賑わっていて、お客は 4.50代の既婚者が多く、2.3杯飲んでカラオケを数曲歌って帰る人が殆どだった。

そんなお店に、紫陽花が咲き出した小雨が降る日にその男はきた。

お客を見送りに出た時に入れ違いに「いいですか?」と二人の男が入って来た。


サラリーマンには見えない高そうなスーツを着ていて、雨に濡れたから…と上着を渡されて、ハンガーにかける時に見えたタグが、当時はまだ日本では無名の、ゴージラインの低いアルマーニだった。二人はカウンターに座るとバーボンを注文して、ひとりの男が私に名刺をくれた。


ホストか…


黒沢年雄似の色黒のホストが、それから時々店に来るようになった。


 来るのはいつも遅い時間で、閉店になるまで飲んでいて、マスターが

『彼は危ないから…」と、いつもそのホストが帰るのを待って店を閉めた。

その日は彼もかなり酔っていて、店を閉めると言っても帰らず、私を送っていきたいとしつこく言う彼に根負けして、仕方なく彼を表で待たせて店の裏口を閉める時にマスターが、私の耳元で

「彼は気を付けなよ」と言った。


 店から5分ほど歩きアパートの階段下で私が「ここでいいから」と言うと、「コーヒーくらい飲ませてよ!」と彼がニヤついた。嫌だな…と思いながらもお客さまなので仕方なく部屋にあげたが、今日の彼はちょっと危険な気がして、お湯が沸くまでヤカンの側で立ったまま話をして、ちょっとぬるめのお湯でコーヒーを入れた。


ぬるめの珈琲を三口ほど飲むと「お腹が空いたから何か食べに行かないか」というので、アパート裏の人気ラーメン店に行った。お腹が空いたと言っていた彼は1/3ほど残し、私が食べ終わると彼は「財布を忘れた」という。仕方なく私が払った。


ホストの世界では当たり前のことかもしれないが、昭和50年代当時の 私の日常には、女性が男性に食事を奢ることなど有り得ないことだった。


ラーメン屋さんを出てアパートの階段を駆け上り、部屋の鍵を開け

「ちょっと待ってて!! 」と彼に声をかけ、急いで部屋に入り彼のセカンドバッグを取った。


「ラーメン代は要らないから!!」


そう言って彼にバッグを渡しドアを閉めた。


 苛立ちを露わにした彼の靴音が遠ざかるのを聞きながら、部屋の灯りをつけると、飲みかけのコーヒーカップの横に、彼が忘れて行ったカフスボタンがあった。


彼はラーメン屋を出る時も、バッグを渡した時も、ごちそうさま!! と言わなかった。財布を忘れたのは、もう一度部屋に上がり込む為の手段だったのか。

私は、彼が忘れていったカフスボタンを右手でぎゅっと握り窓を開け、アパート前の空き地に思いっきり放り投げた。


やはりなるべく関わりたくない人種だ。

あの男が食べたかった夜食は…。


たとえご私が馳走になったとしても、そう簡単に落ちる女じゃない。

まして自腹でラーメン代を払って抱かれるほど、私は安い女じゃない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] いい女の強さが しっかりと現れていて  ねね先生の ブロック解除してほしいです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ