世紀の一戦 前日
秋になり、夏の暑さも少しは落ち着いたのか、過ごしやすくなった。
世紀の対決と名を打たれたこの試合、チラシを見ると。
―――――世紀の対決―――――
世界ミドル級王者防衛戦12回戦
王者ジェームス・ロビンソン 年齢31歳
通称THE・ONE戦績49戦49勝49KO
挑戦者ラリー・フィールド 年齢28歳
通称Maravilla(驚異の男)戦績32戦25勝25KO7引き分け
どちらかが、真の王者になるか…世界は見ている、どっちが最強なのか!!
試合前日、チラシの煽り文句を見ながら、首都イデアルにある、収容人数2万人のMSGスタジアムへ車を飛ばしていた。
※※※
スタジアムに着くと、ある準備をする。
前日計量が行われるからだ。
計量が終われば、両陣営はそれぞれ予約しているホテルに泊まり、選手も計量の為に疲れた体を労るように、食事や睡眠を取る。
そんな訳で、公開計量が行われる会場へラリーは、向かっていった。
会場には、世紀の一戦との事で、マスコミ関係者がカメラを携え待ち構えている。
ミドル級の体重は、72.57キロまで、それをパス出来なければ、体重落とす為、運動するか、備え付けのサウナに入り汗を流すか、それでも落ちない時には最後ツバを吐き、パンツまで脱いで、リミットの体重まで合わせる。
会場に向かうと、王者ジェームス・ロビンソンが待ち構えていた。
そして、計量の為、シャツ、ズボン、靴を脱ぎ、計量台に登った。
結果は…72.57キロ! ジャスト!計量をポーズ取りながらパスした。
そして、我らがラリー・フィールドもパンツ一枚になり、計量台へと登る。
こちらも、72.57キロ、ジャスト!! にこやかにポーズを取り、パスしていく。
両者、ズボンと靴だけ履き、計量台の前でフェイスオフで向かい合う。
マスコミのカメラのフラッシュがたかれ、睨み合う両者を写真に納めようと躍起だ。
両者、身長はロビンソンが若干低く、体格差は、それほど差は無かった。
しかし、どちらも限界まで、絞った身体は鋼のようで、最強の人間とそれに挑戦する者の身体からは、覇気すら感じた。
睨み合うこと、数分間、乱闘になるかもと、緊張溢れる中、止める為、俺とマークは用意するも、何事もなく、フェイスオフは終わった。
泊まるホテル中、記者が「ラリー・フィールド選手、ロビンソン選手の印象を聞かせて下さい!!」
それに、ラリーは「語ることはない、全て明日に決まる!」と記者に語りかけていた。
※※※
ホテルに着くと、ラリーがにこやかに話しかけてきて、「どうだ、世界戦の計量の雰囲気は? 」と聞いてきた。
独特の雰囲気だった、いつ両者が爆発するかも知れないフェイスオフや、計量の緊張感…それは、俺が今まで体験したものとは、まるで違った。
言うなれば、猛獣の檻に放り込まれ、二体の猛獣を見守る……そういう感覚に近かった。
きっと、明日はもっと凄いんだろうなぁ。
最強の男と俺が最強だと思っている男が、激突する。
「ラリーは緊張とかしないのか? 」
俺は当事者のラリーに聞く。
あの世界チャンピオンと戦うに、平常心を保ってなんかいられるのか! それを確かめたかった。
「緊張はするね、いい緊張感というか…高揚してる感じと五分と五分でいい感じかな…試合前になったら、また違うけれど…」
持参していたペットボトルの水を飲みながら、ラリーはそういった。
確かに、そう思える。
そう感じた時、ラリーの口から衝撃的な言葉が発せられた。
「私はな、この戦いが終わったら、引退しようと思うんだ」
「引退…引退するのか…ラリー」
思わず、2度聞いてしまった。
それぐらい、衝撃的だった。
「ああ、勝っても負けても、引退したら後進育成の為、トレーナーを務めようと思ってな、丁度、スカー、お前のような者をな」
「俺はいつか、プロのリングであんたと闘いたかった…」
「ハハ…悪いなぁ、勝ち逃げみたいでよ、でも、プロのリングに上がれば、俺より強い奴と戦うことだって出来るんだぜ…ってこれから、世界戦の前で言う事じゃねぇよな」
「ずるいよ…あんたみたいに強者にならなきゃって思ってたし…」
俺が気を落とすように、項垂れて《うなだ》ると肩に両手で、ポンっと手を置かれる。
「慰める気はないが、リングの上は、みんな、それぞれ何か何かしら、抱えた強者ばかりだ、俺を目標にボクシングしてくれたのは、嬉しい…本当さ…でもな、結局、人間というのは、どこか、弱くって頼りないもんさ、お前が言う【強くならなきゃ】って思いは否定せん、でもな、本当は弱くたっていいんだぜ、人間は神様じゃないんだから」
「弱くたっていいって、でも…強くなきゃ…」
「それを弱者恐怖症と言うのかね…最近は、これを見よがしに、弱いもんが弱いもんを屈伏させて強いだろ!!と悦にいるだろ…周りも巻き込んでな、そんなのは、社会に生きる人間としては未熟に過ぎないんだ、お前にはそうなって欲しくない、俺はそう思ってる」
「ラリー、俺はそうならない!本当に強い奴と闘って闘って、強いってこうなんだって…みんなに証明するよ…それこそ、世界チャンピオンになってさ!」
いつの間にか、自分のほうが奮い立たせられた。
ラリーは、いつもそうだった、この半年間も俺とのスパーリングでも真剣に付き合ってくれた。
「さて…そろそろ睡眠でも取るよ、時間取らせちまったな、スカー、いい夢を!」
そう言ってホテルの個室に戻っていく、ラリー…この時までは、分からなかった…ラリーとの会話が最後になるなんて………。




