第1話 『カリメーラ、世界』
閉じている瞼に、仄かな光が視界で確認できた。今日もまたこの時間が訪れたようだ。
上体のみ毛布を払い除け、両腕を伸び伸びと掲げ目を開く。
精神の疲労感はなく充実した睡眠であった為、いつも通りの時間帯に目を覚ました。
だが...
「いたたたたた、まだ痛み引いてないか」
身体のダメージはまだ回復しておらず彼方此方で眠っていた筋肉痛も呼び起こしてしまう。
流石に寝起きの痛みは中々に応えるものだ。特にももの部分が非常に痛く直ぐさま行動するのは、とても厳しい。
「少しだけ、この状態でいるか。時間もまだある事だし」
溜息を吐き、唯一動かせれる頭を窓の方へと向けた。
あれから6年もう見慣れているはずなのに、意識する度に憂鬱な思いを抱いている。今日という日まで明るい水色に戻る事はなく不気味に赤黒く天を色づけていた。
片手を上げ、空が青くなれと子供が空想でやる様に窓の左端から右側へとスライドをさせる。
「はぁ~~こんな事で世界が元に戻ればな」
そんな楽な妄想事を呟き、一人嘲笑する。
「お~~い、ポンデロス。飯出来たぞ」
聞き慣れたしゃがれた声がトビラの奥から聞えてきた。
私はその返事に応えると共に毛布を払い除け足を動かす。
「はーい、今行きます」
寝間着から白と黒の制服へ早々と着替え、鏡の前に行きぼさぼさの長髪を整えヘアゴムで髪を束ねショートのツインテールに仕上げていく。
セットの準備が完了し、昨夜に準備していた鞄を持ち自室から抜け出す。
年期の入った材木性の廊下を駆け足で去り階段を降りていく。ダイニングへ近づくにつれて、良い匂いが強まり私の食欲をそそのかす。今日は、あの料理だな。
そうウキウキしながら玄関へ降りダイニングへ通ずるトビラを開いた。
「じーちゃん。おはよ」
「あぁ、おはよっさん。飯が冷める内に食べなさい」
食卓の方へ見て、匂いの元と私が思っていたものと合致した。
皿には、少量の野菜と私の好物であるチーズパイ『ティロピタ』があった。
ささっと座り、手を合わせる。
「いただきます」
早速、先にティロピタを手に取り思いっきり食した。
中に入ってるチーズの塩味、パイの甘みなど多くの味が私の舌を楽しませてくれる。
あぁ、ほんとに美味である。
「どうだ。美味いか」
テーブルを挟んで私の前に祖父が座り話しかけてきた。
「いつも言ってるじゃん。じーちゃんの飯は最高だよ」
にかーっと、白い歯を見せる程の笑顔を祖父に向けた。
私がコーヒーに口を運んだと同時に、祖父が心配そうな声で会話する。
「今日は、なかなかに厳しい訓練があると聞いたが...」
「うん、今日は外演習だから。外の世界で実践訓練さ」
「そうか......」
そう私の答えを聞き視線を落とし長く白い顎髭を触り始める。
少し間を開けた後、何かを決め込んだのか腕をまくり威勢良く口を開いた。
「なら、帰ってきたら儂一番の料理をメインにしたパーティーでもするかのう」
「おっ、まじか」
この祖父の宣誓に私はキラキラと目を輝かせた。
久しく食べていなかった祖父の得意料理。これは、絶対に安全に帰ってこないといけない。
そう使命感に駆られながら、最後の一口を口へと入れ込みコーヒーを飲み干す。
「ごちそうさま、じゃ行ってくるね」
鞄を手に取り、満足感溢れた気持ちでダイニングから出る。
玄関に辿り着き運動用の靴を履き、ドアノブに手を掛けた。
「お~~~い、ポンデロス」
祖父の呼ぶ声に反応し、手をかけたまま後ろを振り向いた。
そこには綺麗なエメラルド色の目で私を真っ直ぐ見つめる笑みを浮かべる祖父が立っていた。
「気を付けて行くんじゃよ」
普段、ここまでの見送りはなく珍しい出来事だった為、少し驚いたが...
「は~~~い、いってきます」
祖父の返事に応え、私は元気よく返し玄関のトビラを開いた。




