08
少女は何事もなかったかのように、カップに口をつける。
ってことは、あのカップが将来の王女の夫になるのか……
なんて馬鹿なことを考えつつ、恐怖とともに見守っているしかないわけで。
けど、今はそんな現実逃避をしている場合なんかじゃなくて。
「あ、あの。質問してもいいでしょうか? お、王女殿下?」
「ええ、いいわよ。許すわ」
「ありがとうございます。あの、その、一体ここはどこですか?」
少女は花が咲いたように微笑んだ。
「決まっているじゃない。王宮の中よ。王宮内の私の居室」
「王女殿下の?」
「そう」
「ど、どうして……? お、俺、いや、私はコーナン監獄の塔の中の牢に入れられていたのじゃ」
「ええそうよ。あなたの後ろの壁と牢の壁が転移魔法でつながっているのよ。ついさっきあなたはそこから転がりでてきたの」
「……!?」
慌てて振り返ってみるが、そこには汚れのない真っ白な壁があるばかり。まったくさっきまでいた牢とつながっているようには見えない。
ためしに腕を伸ばして壁を触ってみると、ズボッと腕が壁の中にめり込んだ。でも、なんの抵抗もなく、腕の先に感じる空気はこの部屋のものと違ってつめたい。牢の中の空気のように。
「どう、納得した?」
「え、ええ…… えええええええ!!!!」
「なによ、いまさら驚かなくてもいいじゃない」
「い、いや、驚きますって! な、なんで王女殿下の居室と牢が転移魔法なんかで……」
「あら、そんなの決まってるじゃない」
「はい?」
「あなたを呼び寄せるためよ」
「お、俺を!?」
少女は真っ赤な舌で唇をなめた。もう少し年上の妙齢の女性(たとえば、アルテナのような)であったら妖しくセクシャルな雰囲気を醸し出す仕草なんだろうけど、まだ十三の少女。楽しいいたずらを考えている子供のようにしか見えないわけで。
「あら、失礼。唇の端にジャムがついていたものだから」
「はい、でしょうね……」
「ね、今のドギマギした?」
「……」
「ドギマギしたわよね?」
「えっと……」
「ドギマギしたわよね?」
なんだか、さっき耳元を何かがかすめたときと似た表情で睨まれているのだけど。なんだか、その視線が俺の心臓のあたりを見つめている気がするのだけど。少女の手が新しいナイフをつかんでいるのだけど……
「は、はい。ドキドキしました。ええ、今でもとてもドキドキしています」
「そう、でしょ。うふ。そうよね。そう。うふふ。今度、お兄様にも試してみなくっちゃね」
「は、はあ……?」