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 ハッ――!


 (ろう)の中の石のベッドの上で跳び起きた。

 そのまま、ベッドを下り、牢の入口へ飛び込んでいく。

 レンガ壁を素通りして、らせん階段へでた。(きびす)を返して、階段を二段飛ばしで走り上る。


 ここからは時間との勝負だ。今回は絶対に負けるわけにはいかない!


 幸い、俺の牢は比較的塔の上の方にある。

 すぐに、最上階への出口にたどりついた。


「来たわね」


 影の中からサヌの声が聞こえる。


「幻術を解いてくれ」

「わかったわ」


 サヌが階段の入口を消滅させたように見せた幻術を解いている間に、俺は最上階へ扉を開く。


 ザバッーー!!!!


 開いた扉から一斉に水が押し寄せる。影の中にもぐりこんでやり過ごしつつ、影伝いにホールの中へ移動する。

 ホールの端の方、金色のきらめきが見える。もう、動いていない。ユリウス王子は(おぼ)れたのだろう。

 そのそばまで近づき、体を抱えて影の中へ一度退避。四方へ向かってすべての魔法を解除する。

 ホールを覆っていたすべての魔法の壁と床や柱を強化していた魔法が消滅し、そこから大量の水が塔の下へと滝のように流れおちていった。

 影の中へ退避させていなければ、王子の体は水流に押されて、今頃地上へ向けて真っ逆さまだったろう。

 すべての水が吐き出されたところで、俺は王子の体を抱えながら、最上階へと再び出現。

 もうそこには水はなく、外から星の明かりが照らすだけ。

 階段脇に二つの影が現れた。サヌと――


「うふ。来ちゃった♪」


 時間がない、相手にしない。


「ちょっとぉ~」


 床に王子の体を横たえ、(かぶと)に手をかける。


 スポッ!


 簡単に外れた。息はナシ。脈もナシ。


「手伝うわ!」

「足の方から頼む」

「了解!」


 サヌが手伝いに来てくれ、右のブーツから外していく。ついで(すね)当て。

 俺は固く握られていた剣を奪い去り、籠手(こて)を取り、上半身を起こして胴を外す。そして、サヌに手伝ってもらいながら、最後の腰鎧をはずした。

 装備一式が取り(のぞ)かれた。それらを片っ端から隅へ蹴飛ばす。

 でも、安心するのはまだ早い。

 ふたたび王子の体を横たえ、サヌに胸の横へ回らせる。一度、体を横にして、胸の下を圧迫。口から大量の水を吐き出させる。そして、あおむけに直し、


肋骨(ろっこつ)が折れてもいいから、力いっぱいグッと押し込め」

「了解!」


 サヌが心臓マッサージを(ほどこ)している間に、俺は新鮮な空気を肺一杯に吸い込む。あごを持ち上げ、気道確保。そして――


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 人工呼吸だ!

 さらにもう一度。もう一度。

 サヌが心臓マッサージを繰り返す間に、俺は何度も何度も王子の口の中に新鮮な空気を送り込み続けた。

 やがて……


 ゼー ゼー


 荒い息が戻ってきた。


「呼吸回復。鼓動は?」


 サヌが王子の胸に耳をあてている。


「鼓動が聞こえるわ」

「了解。あとは、魔法で体をあたた――」


 唐突に、俺の顔が二つの手で挟まれた。強引に首がねじられる。そして、俺の唇が柔らかくあたたかいものでふさがれた。


「――ッ!?」


 驚きで見開く目の先に、整った小さな顔がある。目をつむり、何かを(むさぼ)るかのような表情。いや、本当に、俺の唇から何かが吸いだされている感覚が――

 やがて、その小さな顔は俺から離れて行った。


「な、な……に……を……!?」


 驚きでまともに言葉にならない。

 その場を動けない。

 そんな俺の傍らで、サヌが魔法をとなえている。温かい空気が王子の体を包み込み、濡れた服をどんどん乾かしていく。

 一方で、この非常時に俺の唇をうばった犯人は、すこし離れた場所でぺたりと座り込み、両手で頬を押さえ、上気した顔をして、さかんに自分の唇を()めまわしている。


「お、お兄様の唇。お兄様の唇の感触。ああ、お兄様……」


 かなり危ない表情を浮かべて、うわ言をもらしている。


「ざらっとして、分厚くて、つめたくて。ああ、お兄様の唇ってなんて甘美♪」

「……」


 キモッ!


「これは、あなたから勇者ユリウスの唇の記憶と感触を奪って、堪能(たんのう)していらっしゃるのです」


 サヌが呆れたような声で俺に事情を説明してくれる。


「えっ?」


 そういえば、さっき俺が人工呼吸を施していた時の王子の唇の感触が俺の中に――ない(・・)

 代わりにあるのは、柔らかくあたたかくぷりっと弾力があって……

 ま、まあ、別に男である王子の唇の感触など今さら思い出したくもない。け、けど……けどなぁ~


「お、俺、今、くちづけ姫と……」

「忘れなさい! 忘れてしまいなさい!」


 サヌにすごい顔ですごまれた。


「あ、う、うん。そうする」

「ああ、夢にまで見たお兄様の唇が私の唇に……ぐへへへ」




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