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06

 状況が変化したのは、牢に入れられてから、五日が経過した後だった。

 普段は、石壁に囲まれて物音一つしない牢の中にまで、突然の怒鳴り声がくぐもって伝わってきたのだ。


 ――ヤツはつい先日、ようやく成人したばかりのまだ子供ですぞ! そのような犯罪に加担しているわけないではないですかっ!

 ――バカげた話です! ありえませんっ!

 ――ありえないっ! あいつのことは幼いころから存じておりますが、そのようなものではないです! ただの酒場の小僧ですぞっ!


 衛士長のサムの声だ。サムが誰かと議論しているのだろうか? それもかなり激昂(げっこう)しているようだ。

 だが、サムの声しか聞こえてこない。相手の方は高ぶることなく冷静に話しているのだろう。で、相手はだれだ?

 話の内容からすると、俺のことについて議論しているようだが?

 相手の正体がわかったのは、その直後だった。


 ――いけません! 絶対に、あってはならないことです! 市長! 市長! そのような決断をしてはいけません! ご再考を! 今一度のご再考をお願いします! 市長!


 市長? サムは相手のことを市長と呼んだか? なんだって市長がこんなところに?


 このミ・ラーイの市長といえば、金に欲目のない俗物だ。それでも、俺になにかの罪をかぶせようとするほど、恨ま(うら)れるような覚えはないのだが?

 もちろん、俺だけでなく単なる酒場の亭主にすぎない親父もお袋も住む地域も階層も違う市長なんかに関わったことすらないはず。まったく接点のない存在。なのに、なんで俺のことを議論しているんだ? 一体、市長は何を決めたっていうんだ?

 もどかしい思いをかみしめながら、石壁の向こうの気配に耳を澄ませていたのだが、聞こえてきたのはそれが最後だった。




 翌日の早朝、逮捕されてからここまで、冷たい牢の空気や硬いベッド、寒さをしのぐことすらできない薄い毛布に悩まされ、ほとんど満足に睡眠がとれていなかったが、それでもまだ十八歳の若い肉体であり、うとうととまどろみかけていたころだった。


 ガシャン。キィーー――


 突然、牢の扉が開く金属音がして目が覚めた。

 驚いて顔を上げると、牢の扉を開けて数人の衛士たちが牢の中へ入ってきている。無造作に俺の体を押さえつけ、頭から麻でできた分厚い袋をかぶせて、縛って牢の外へ引っ張っていった。

 頭にかぶった袋は息苦しく、布地越しではなにも見通すことはできないが、それまで牢の中のよどんだ冷たい空気の中にいた俺には、束の間、外の温かくさわやかな空気が肌に触れるのを感じた。詰所の外へ連れ出されたのだろうか。

 だが、それもごく短い時間で、そのまま詰所の庭に待機していた囚人護送用の馬車に放り込まれたようだ。

 乗り心地最悪な上にガタガタとうるさい馬車。一体俺はこれからどこへ運ばれるのだろうか?




 ガシン――


 かなりの時間馬車に揺られ、そして、下ろされた後も長い階段を上った先、俺が放り込まれたのは冷たいレンガ造りの牢だった。

 入口の頑丈な鉄の扉はすでに固くしまっており、中側にはノブもカギ穴もない。


 ここは?


 扉の反対側には、鉄格子のはまった窓がある。鉄格子の間に顔を寄せると、そこに見えるのは一面の森。かなり高い位置から森を見下ろしている。ここは森の中の塔だ。

 目をこらすと、森の向こうかすむように町が見える。建物のシルエットにどこか見覚えがあるような……

 すぐに分かった。俺が住んでいた町だ。

 とすると、下に見える森は、町の外に広がる森。そして、その中にある高い塔のある建物といえば……

 それって……!?


 コーナン監獄(かんごく)か!


 一度入れられたら、二度と生きて外へ出ることが許されないとされる重犯罪者用の監獄。


 な、なんで俺がここに? 俺がなにしたっていうんだ!


 俺はまっとうに生きてきた。まっとうに働いて、人をだましたり、ものを盗んだこともない。たまに町で喧嘩をすることはあっても、相手に大きな怪我をさせたりまではしていない。

 そんな俺が大量殺人の犯人だとか、国への反乱を企てたものとかが入れられるコーナン監獄に放り込まれただと! ありえない!


 なんてことだ! なんてことだ!


「なんかの間違いだ! 俺はなにも悪いことをしていない! 俺は無実だ! 俺は、俺は!」


 固くしまった扉をガンガン叩いて大声で叫んでも、なんの反応もなかった。

 看守ですら様子を見にくる気配もなかった。


「なんてこった……」





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