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04

 ――あなたは、この者を生涯の伴侶(はんりょ)となし、(すこ)やかなるときも、()めるときも、富めるときも、貧しきときも、お互いを愛し、(うやま)い、(なぐさ)めあって、共に生きることを誓いますか?


 神殿内の(おごそ)かな雰囲気の中、愛の女神の神像が見守る祭壇の前で、俺は司祭が唱える誓いの言葉に耳を澄ませていた。もちろん、俺の答えは『はい』以外にはない。だから、心からの自信をもってそう口にした。

 つづいて、俺の隣で真っ白なベールを頭からかぶったアルテナに、司祭が同じ誓いの言葉をかける。

 一瞬、『いいえ』なんて言われたらと焦り緊張したのだが、一呼吸ののち、アルテナは消え入りそうな声だが、それでもはっきりと『はい』と答えていた。

 俺の中で喜びの感情が急激に膨らんでいくのを感じていた




 生家が隣同士で幼いころから兄妹のように育った異性の幼馴染み。子供のころはいつも一緒で、日が暮れるまで二人で遊んでばかりいた。だが、いつからか、ともに遊ばなくなっていた。たまに何かの拍子で顔を合わせても口喧嘩ばかり。でも、そんな間でさえも、俺はずっと思っていた。アルテナはこの町に住むどんな同世代の女たちよりも、綺麗で美しいと。もっとも、それを当時の俺は素直に口にすることはできなかったが。

 そんなとき、ここ港町ミ・ラーイの守護天使アカレン・ガソコーのお祭りがあった。俺の仕事はまだ残っていたが、息抜きがてら親友のハーレンを誘い、いつもつるんでいる仲間たちと会場となっている広場へ繰り出した。祭りではバカ騒ぎしながら大いに楽しんでいたのだが、ふと広場の隅に目をやると、地元のチンピラにしつこくからまれている女たちがいる。チンピラたちは女たちの前で行く手を遮り、いやがる女たちの腕をつかんで、無理やり暗がりの方へと連れ込もうとしている。女たちは恐怖の目をして「いやっ! いやっ!」と悲鳴を上げている。だが、その声は祭りの喧騒の中で、人々に気づかれていない。ただ、俺たちだけがそれに気が付いていた。


「助けにいくぞ、お前ら」

「おうっ!」


 俺とハーレンと仲間たちはチンピラと女たちの間に割って入り、チンピラたちの前に立ちふさがった。


「待て待て、お前ら何やってんだ!」

「はぁ? なんだぁ てめぇら?」

「女たちが嫌がってるじゃねぇか。いい加減にしろ!」

「どこが嫌がってるってんだよ。むしろ、こいつら、俺たちに相手してほしくてたまらねぇって顔してんじゃねぇか! たっぷり可愛がってやんぜ! ゲヘヘ」

「ゲスだな」

「なにっ! 聞き捨てならねぇなっ! 俺たちファブレス商会に喧嘩売ろうってのか? ああっ?」

「なにがファブレス商会だ。御大層な名乗りをしやがって。いつも金持ちの親に泣きついて悪さの尻ぬぐいをしてもらうだけの腰抜けぼんくらのくせによ!」

「なんだと!」

「やんのか?」「やんのか、こら!」


 というわけで、ファブレス商会のバカ息子トム・ファブレス(チンピラのこと)とその仲間たちと俺たちが殴り合いの喧嘩をはじめたわけだ。

 もちろん、日がな一日街で悪さばかりしているだけのチンピラどもと、毎日(ひたい)に汗して働いている俺たちとじゃ、鍛え方が違う。相手になるはずもない。

 大した手ごたえもなく、拍子抜けするほどのうちに、


「お、覚えてろ! この借りは必ず倍にしてかえしてやるからな!」

「ふん! せいぜい親にでもみっともなく泣きついてやがれ!」


 トムは、せせら笑う俺たちに背を見せて一目散に逃げていった。

 でだ。俺たちは女たちの危ないところを助けてやった。だから、当然、その女たちから感謝の言葉とともにこのお祭りの間一緒に過ごす時間を与えられてもバチはあたらないよな?

 お前らもそう思うよな?

 というわけで、振り返って背後を確認すると……


「いねぇ~しっ」


 はぁ~


 まあ、世の中こんなもんだ。

 隣にいるハーレンと肩をすくめて苦笑を交わすしかなかった。

 でも、まあ、なんだかんだと見ている人はいるもので。

 俺たちが気を取り直して祭りを楽しもうと歩き出したら、近くの屋台のおばちゃんが声をかけてくる。


「ほら、あんちゃんたち、もってきな。ヒーローみたいでカッコよかったよ」


 そうして、俺たち全員に屋台で売っている串焼きをくれたりしたわけだ。半額で。


「金とんのかよ~!」

「なにいってんだい。こちとら商売だ。でも、あんたらの活躍に免じて半額に負けてやったんだから、ありがたくおもいな」

「ったく」


 大人しく金を払い、串焼きを頬張りつつそぞろ歩いた。それからしばらく祭りを見て回る。

 そうして、家業の酒場の手伝いに戻るために、途中でハーレンたちと別れ一人になったときだった。


「あ、あの……」


 俺の背に声をかけてくる人がいた。

 振り返ると、長い髪の頭を勢いよく下げる女がいる。


「さっきはありがとう」

「えっ?」

「助けてもらって」

「ああ、さっきの女たちの」

「うん」


 顔を上げてはにかむようにして微笑んだのはアルテナだった。ほつれ毛を気にして細い指で耳にかけている。バラ色の唇に視線がくぎ付けになる。それらを呆けたようにして見つめていたら、自然と誘う言葉が俺の口からあふれ出て来た。


「ひとり?」「うん」

「一緒に回るか?」「うん」


 まだ、これから仕事があるのも忘れていた。ただ、今目の前にいるアルテナと一緒にいたいという欲望だけが俺を突き動かしていた。

 すぐに俺たちの手はお互いをもとめ、そして、やさしく握りあった。

 もうこの手は離したくはない。なにがあってもどんなことがあっても。

 二人で歩いて行く先には人ごみがあふれていている。多くの人たちが俺たちとすれ違う。けれど、俺たちは手を離したりしたくはない。しっかりと手をつなぎ直す。手をつないだまま、通りを歩いて行く。ゆっくりとお互いの歩幅に合わせて。

 交わす言葉はすくなく、視線はお互いに逆方向。それでも、二人の手だけはしっかりとつないだまま、ただただ歩く。ただお互いの体温を感じながら。

 そうして、気が付いた時には、港の方から花火が打ちあがる中で、俺たちは初めての口づけを交わしあっていた。

 あれ以来、俺たちは――

 まあ、長いようで短い交際期間をへて、俺とアルテナはついにこの日を迎えたのだ。




 アルテナと向かい合い、震える手をベールに伸ばす。そして、ゆっくりと慎重に端から持ち上げる。

 伏し目がちだったアルテナの目が、ベールがあげられるのに合わせて、すこしずつ上がってくる。俺の顔をあごの先からとらえていく。

 やがて、俺と目が合った。アルテナはかすかに微笑みながら、ゆっくりと(まぶた)をとじていく。

 俺は一歩前に進み出て、そして、アルテナの唇の位置にあわせて、背を丸め、俺自身の唇を寄せていき――


 カラン、カラン、カラン――


 神殿の塔からミ・ラーイの町中に伝わるように祝福の鐘の音が鳴らされている中、俺はアルテナと誓いの口づけをしていた。





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