03
「とぼけるなっ! 貴様が、魔王が我が姫を誘拐したことはすでに明白! さあ、アナスタシアさまを返せ!」
「いや、だから、そのアナ――なんとか姫ってなんなのさ?」
「アナスタシアさまだ。お前がさらった我が国の姫様だ」
「はぁ? いつ?」
「先年の二つの月が地平線に輝く明るい夜に」
「二つの月? それって、なんのこと?」
「まだとぼけるかっ! 今さら知らぬとは言わせぬぞ! 貴様が小の月の影から突如襲来し、王宮のバルコニーでくつろいでおられた姫様をさらったこと、すでに判明しているのだぞ!」
「小の月? なにそれ? 大体、この世界には月は一つしかないわよ」
「つまらない嘘をつくな!」
全身鎧の人物、いらだち、声を荒げる。
「ウソじゃないわよ」
「まだ言うか! まあ、いい。そんなことより、アナスタシア姫を今すぐ我に返還するつもりはあるのか?」
「だから、そのどこぞとやらの姫さまなんて、私、知らないわよ!」
「な、なにを!」
「会ったことないもの」
「それこそ、ウソだな。先年の黄竜の日、姫さまがロンゲルニカ大聖殿を御参詣なされたおり、たまたまそのお美しい姿を目にした貴様・魔王が、たちまち姫さまに横恋慕し、ついには暴挙にでたこと、すでに露見しているのだぞ!」
「黄龍の日って、いつよ! ロンゲル――なんとかってどこのことよ! わけわかんない! 大体、あなた、その目は節穴なの? どこをどう見ても、私、女でしょうが! なんで、女である私が同じ女である姫さまとやらを見初めるのよ!」
「魔王とは両性具有だと聞いている。だから、問題ない!」
「問題あるわよ。この私の姿見なさいよ。どこにアレがついているっていうのよ!」
「……」
「……」
「尻尾が代わりを務めて……」
「尻尾なんてないわよ。ほら」
少女が背を向ける。もちろん、尻には尻尾などなく。
「なら、指をつっ……」
「バカっ!」
少女が宙を指ではじくと、そこにあった空気の塊が圧縮され、弾となって全身鎧の人物を真っ直ぐに撃ち抜く。だが、鎧を貫くかに見えた空気弾は、鎧に触れた瞬間になにごともなかったかのように霧散した。
「フハハハハ。バカめ。わが勇者の鎧にはそなたごときの放つ魔弾など通用せぬわ!」
「むっ…… つまり、あなたは勇者ってことね」
「そうだ。最初からそう名乗っておろう!」
「いや、最初に登場したときから、ここまで、全然、名乗ってすらいないし」
「な、なんだと……!?」
「改めて、名乗ろう、魔王よ! 我はタマロへニア王国近衛騎士団所属の上級騎士にして、勇者ヨウラル。貴様がさらったアナスタシア姫さまを救いにまいった」
「……」
「潔く、我らの姫さまを返せ。さもなくば、貴様をこの勇者の剣で退治してくれよう!」
少女は、頭痛がするのか、こめかみを人差し指でトントンと叩いている。
「大体、そのタマロ――なんとかって国は、どこの大陸にある国よ。知らないわよ。そんな国」
「なにを! よりにもよって、我が祖国にして、世界に一つしかない大陸たるタマロへニア全域を支配するタマロへニア王国までをも侮辱するというのか! ゆ、許せん!」
「世界に一つの大陸って…… この世界には大陸なんてもの七つもあるじゃない!」
「ふ、つまらない嘘を」
「ウソじゃないわよ! 知らないの? それが、この世界の常識じゃない!」
「……」
「……」
少女と勇者ヨウラルは険悪な雰囲気のままにらみ合った。
「いいだろう。そちらが、あくまでもつまらない嘘をつき続けて、姫さまを返さないと言い張るのなら、こちらの最終奥義で貴様をこの世界から消滅させてくれる! 覚悟しろ!」
「はぁ? なんでよ!」
「行くぞっ! 魔王!」
少女の抗議の声を無視して、勇者ヨウラルは勇者の剣を上段に構えなおし、そして、叫んだ。
「最終奥義! 破魔英雄光!!」
ヨウラルが叫び、剣を鋭く振り下ろした瞬間、その勇者の剣は光の粒となって弾けた。
海岸に強烈な白い光が爆発し、まるで新しい太陽が島に出現したようだ。強烈な光はあっという間にヨウラル自身だけでなく、少女の姿を包み込む。
「な、何なの……」
「うははは…… 滅びろ! 魔王!」
そして、光が弾けた。ほどなく、その光が薄れていき、元の平和な南国の島の景色へともどっていったとき、海岸線にはもはや何者の姿もなかった。
少女の姿も、勇者ヨウラルの姿も。
ただ、白い砂浜にパラソルと無人のデッキチェアだけがポツンと残されていた。