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「助かった。感謝する」
「別に大したことでもないさ」
「なに格好つけてんだよ」
「うるせー」
腹部に大穴を開けられ、すでに動かなくなったトカゲのそばで、三人の男たちが握手を交わしていた。
「岩トカゲだな」
「ああ、A級モンスターの中でも上位種だ」
最初に戦っていた男は、どうやら一人のようだ。仲間はやられたのだろうか?
「そっちの仲間は?」
「いない」
「いない? このダンジョンでソロなのか?」
「そうだ」
「なんて無茶な……」
モーリスとロベルトは顔を見合わせて呆れていた。
「それより、もし余っていたらでいいのだが、予備の武器を分けてもらえないか? こっちの武器は予備も含めて全部壊れてしまった」
「それは構わないが、今は手持ちは槍しかない。槍は使えるか?」
「どうにか。たしか、以前、メモしていたはずだ。あった」
男はバックパックの中から分厚い紙束を取り出し、ランタンの光の中で何枚か選び出した。それから、そこに書かれていることを読みだす。
「なにしてるんだ?」
「槍の扱い方について以前記録したメモを確かめている」
「おい、おい……」
やがて、メモから視線を上げた男は、さっそく槍を受け取ると、その場でぐるぐると回し始めた。だが、とてもたどたどしい手先。まさに初心者という様子。とても実戦の役には立ちそうもない。
「ふむ、まだなにかコツが足りないな。すまないが、槍さばきの手本を見せてくれないか?」
「……」
さっきの戦いでみせたように剣の腕ならそれなりにできるようだが、その肝心の剣はすでにない。あるのは槍だけ。
そして、よりにもよってその槍の扱いを今から手本をみて学ぼうだなんて……
とても不吉な未来図しか見えない。とてもじゃないが、こんな槍初心者をひとりになんてしておけない。
「悪いことは言わない。危ないから、ここからは俺たちに同行しろ」
冒険者と言えば、おのれの腕だけで生き延びてきた人間たち。プライドが高い者が多い。この剣を失った男も、使えもしない槍を与えられたのに、使いこなせると自信満々に言ってしまうような男。相当高いプライドを持った男だろう。そんな男に保護してやるからついてこいと言ったわけだ。間違いなく断ってくるだろうな。
モーリスたちも半ば、その覚悟をしていた。だが、
「うむ。そうしてもらえるなら助かる。間近でそちらの槍さばきを観察させていただく」
「ああ、そうしろ……?」
予想外の反応に戸惑うしかなかった。
ホールには入口が二か所あり、モーリスたちが飛び込んできたものとは別の入口からこの男はやってきたようだ。男はロジャー・スミスと名乗った。
ウエスト王国ではありふれた名前。姓も名も偽名でよく使われる。だから、モーリスたちもその名乗りを耳にした途端、そう思ったのは当然だった。
もっとも、冒険者なんて、いずれも何かしらの事情があって、こんな命がけな割りに儲けの少ない商売をしている連中なのだから、偽名の一つや二つぐらい今さら気にもしないのだが。
「俺はモーリス。こっちはロベルトだ」
「モーリスとロベルト? たしか聞いたことがあるな。銀幕勇士と爆進王とかだったか」
「ああ、そう呼ぶやつも多いな」
「なるほど。それであのような大技を撃てたのか」
トカゲの腹に開いた大穴をロジャーは見上げた。
「俺の必殺奥義だ。これでも、十三年冒険者稼業をしているからな」
「なるほど」
「槍を飛ばしたのか?」
「そうだ」
「すごい威力だ」
素直に感心しているあたり、悪い奴ではなさそうだ。
「そっちは? 剣使いのようだったが?」
折れてホールの隅に転がっているショートソードへ目線を向ける。
「いや、このダンジョンへもぐりこんだ時は、別の武器を使っていたが、さっきみたいなモンスターと何度も戦っているうちに、予備の武器も防具も含めて全部だめになった。だから、仕方なく、途中で見つけた冒険者の遺体からさっきのショートソードと、このレザーアーマーを借用している」
「ああ、なるほど」
近くで見てみると、たしかにレザーアーマーは男の体には小さい。
「せめて、帰りにはあの遺体を回収して、ギルドへ引き渡してやりたいな。ギルドから家族のもとへ戻してくれるだろう」
「だな」
「まあ、家族がいるのなら、冒険者なんてやってないだろうが、一応な……」
モーリスもロベルトも、自分たちの過去のことを思いだし、すこし感傷的になった。
だが、しいて首をふり、気分を変える。
「さて、休憩は終わりだ。岩トカゲの戦利品は尻尾のトゲと背中の硬いうろこだが、今すぐに回収しなくても大丈夫だろう。この大きさなら屍肉喰らいどもに任せておけば、戻ってくるころには解体が終わってるだろうしな。いくぞ!」
「「おう!」」
そうして、三人はホールの奥からつづく、通路へ進んでいった。
三人が掲げるカンテラの光がホールから遠ざかったあと、どこからともなく、カサカサというかすかな音が聞こえ始める。
暗闇の中をうごめく無数の複眼が人間の目にはほとんど映らない赤い光を放ちながら、ホール内に横たわる岩トカゲの周囲へ群がってくる。
そして、岩トカゲの硬い皮膚をものともせず、強力なあごで食い破り、肉にくらいついて行く。無数の虫が岩トカゲにとりついている。
ホール内に肉をはむ虫たちの出すカサカサという音が充満していた。
不気味で禍々しい音が――