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02

 バサ、バサッ――


 不意に魔族の女がコウモリの羽をばたつかせた。それから、少女を眺めていたようなさっきまでの優し気なまなざしをひっこめ、鋭い視線を水平線の果ての方へ投げかけた。


「魔王様?」

「うん、わかってるわ」


 呼びかけられた少女の方はストローを咥えながら、のんびりとした口調だ。

 だが、そのサングラス越しの視線は、油断なく水平線の方に向けられており、明らかにそこにあるなにかを眼にしているようだ。

 やがて、海を渡って風が吹き、海岸沿いのヤシの木の葉がざわめいた。

 水平線の向こうには、しだいに、ちいさな白い雲が()きあがってくるのが見える。夕方ごろにはこの島の上にまで来て、激しいスコールをもたらすかもしれないが、今はまだまだ遠く小さい。

 そんな中で、水平線上にポツンと太陽の光を反射する真っ白く小さなものが現れてきていた。


「こんなところへ、珍しくお客さんかしら? それとも漂流者?」

「確かめて参りましょうか?」

「ええ、どちらにせよ、ここまで案内してあげて」

「かしこまりました」


 サヌは少女にぺこりと一礼し、コウモリの羽を大きく広げた。そして、力強く羽ばたく。

 羽ばたきのせいで生じた強い風が海岸に吹きつける。白い砂が吹き飛ばされる。

 吹き上げられた砂粒は、少女の体にも容赦なく襲い掛かっていく。少女を砂まみれにしてしまいそうだ。だが、そうはならなかった。巻きあがった砂粒がパラソルの陰の部分に入った途端、消滅していくのだから。だから、少女を砂埃(すなぼこり)にまみれさせることはなかった。

 一方、力強い翼の羽ばたきで宙へ浮き上がったサヌは、一定の高度を保ちながら、一度パラソルの辺りを旋回し、やがて、水平線へ向けて離れて行った。

 その間も、水平線に現れた白いものは少しずつ大きくなり、今は小さな帆の形になっている。船だ。小型のようだから、ヨットだろうか?

 サヌはそちらへ向かって勢いよく羽をはばたかせながら空を飛ぶ。やがて、ほどなくヨットの白い帆が付いた柱の天辺に降り立った。だが――


 ヨットの甲板から立ち上った白い光がサヌを刺し(つらぬ)く。


 すぐさま、サヌはよけようと羽ばたこうとしたようだ。だが、その体が十分に空の高みへ持ちあがる前に、失速し、そのまま、海面へ向けて真っ逆さまに落ちていった。

 ヨットのそばに水柱が立ったのが見えた。


「あら、あら。どうしましょう」


 すべてを目撃していてもなお、まったく緊張感も感じさせないのんびりとした口調で少女はつぶやいている。

 そうして、のんびりと眺めている間にも、白い帆のヨットはなにごともなかったかのようにしだいに大きくなってくる。どうやら、ヨットの目的地は、少女のいるこの島で間違いないようだ。というか、このあたりにある陸地はこの島しかないのだからわかりきっていたことだが。

 少女は、半分ほどに減り、すっかりぬるくなった手元のジュースをデッキチェアの平らな手すり部分に置いた。それから、両手の指をからませながら、ウ~ンと一つ背伸びをする。


 「さて、お客様は何者かしら? あのサヌを一撃で仕留めちゃうなんて、大したものね」


 不敵な笑みを浮かべながら、スラリと伸びた足を組み替える。

 不意に、パラソルの影が濃くなった。先ほどのように、影が実体を持っていく。

 パラソルの陰に現れたのは、先ほどの魔族の女だった。

 サヌは、少女に頭を垂れてひざまずいた。


「どうだった? 何者だった?」

「それが、相手の正体を確認する間もなく、まともに攻撃を受けてしまいまして…… もうしわけございません」

「ええ、いいわ。わかった。じゃあ、サヌはしばらく控えていなさい」

「はい」


 そうして、現れた時と逆のプロセスをたどって、サヌは影の中へ溶け込んでいった。




 それから間もなく、白い帆を持つヨットが島のサンゴ礁の端へ接岸した。ヨットの中から一人乗り用の小さなカヤックを下ろし、何者かが乗り移るのが見える。ついで、オールで漕ぎながら、近づいてくる。


「男かしら? しかも、やたら暑いのに、もしかして鎧を着けている?」


 その言葉通り、ボートの中の人物、体がまるで金属で覆われているかのように、キラキラと太陽の光を反射している。焼けるような日差しだ。金属鎧ならその中は料理中のフライパンの上ほどに熱されているだろう。

 やがて、少女が見つめている間に、ボートはサンゴの間を器用にすりぬけ、海岸へとたどり着いてきた。

 やはり、乗っていたのは一人で、この暑いのに、本当に金色に光る全身鎧を着けていた。


「見てるだけで暑苦しいわね。なんなの、その格好? 島に上がるなら脱ぎなさいよ!」


 全身鎧のその人物、少女の抗議の声を無視して、その姿のまま島に上陸してくる。そして、一言もしゃべらないで、剣を抜き放った。


「なによ。物騒(ぶっそう)ね」


 全身鎧、海岸の白砂を踏みしめ、体の前で剣を構える。そして、ヘルメットのせいでくぐもる声を発した。


「貴様、魔王だな。お前が王宮からさらったわが祖国タマロへニア王国の姫アナタスシアさまを返せ。さもなければお前をこの勇者の剣の(さび)にしてくれるわ!」

「……」

「……」


 少女は全身鎧の男を戸惑ったように見つめた。そして、一言だけこぼした。


「なんだって?」





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