15
ガッつくようにして朝食を食べ終え、取り出し口に食器を戻し、さて、今日も資料を読み込んで。などと今日の段取りを考えていたら、
「もう目が覚めてるわねぇ。魔王様がおよびよぉ。ただちにこちらへ」
サヌが俺に声をかけてきた。
「ああ、おはよう。わかった」
あれ? 昨日はあのおバカ、今日は夜明け前からなにか外せない用事があるとかいっていたのに?
立ち上がり、転移魔法のかかった壁へ入っていく。
壁の向こうでは部屋着姿のおバカ魔王が待っていた。
俺が入ってくるなり、腕組みしたままで、しげしげ眺めながら俺のまわりを一周する。
「うん、大丈夫みたいね。実験はうまくいっているみたいね」
「実験? なんのことだ?」
「ううん。なんでもないわ。それより、これをちょっと握りなさい」
そして、手渡してきたのは、金属製の卵形の物体。なにやら怪しげな気配を感じる。まあ、手渡してきたヤツ自体がそもそも怪しいのだが。
「魔道具?」
「そうよ」
一瞬ためらったが、思い切って強く握ると、金属タマゴが熱を帯びはじめ、そして、上部が輝き、淡い光を放ち始める。
上部から扇形に広がって伸びた光、その中に表のようなものが浮かんでいる。
「これは?」
「あなたの能力を検知して、表にまとめたものよ」
よくよく見てみると、俺の名前ヒューゴー・グッドウィルが左上に書かれ、その横に、種族名:人間 レベル:1 職業:囚人(レベル1)
くっ…… 俺は本来酒場の小僧だというのに、職業囚人とは……あんまりだ……
そして、その下に筋力やら敏捷やら知力やらのいくつかの数字が並んでいる。
子供のころ仲間うちで流行ったことのある冒険ゲームのキャラクターシートみたいだ。あのときは、自分が作成したキャラクターの能力値を書き込んでいたが、俺自身がキャラクターとして扱わるなんて…… 無邪気に遊んでいた子供のころには思ってもみなかったな。
で、最後に生命力と攻撃力/防御力、それに魔力の数字が並んでいる。
ざっと見るところ、大抵の数字が十台半ばだが、知力だけは二十を越えている。これが他の人と比べて高いのか低いのかまではわからないが……
「低いに決まってるじゃない。人類でも最低ランクよ」
実に魔王らしい一言をもらった。
「ちなみに、そっちのシートは?」
俺の好奇心に満ちた質問には目をそらすばかりで。
「サヌ、このバカにあなたのシートを見せてあげなさい」
「はい、魔王様」
見せてくれたサヌのシートはどの数字も四桁だったのはいうまでもないだろう。
「で、そっちのは?」
「さあ、今日もはりきって神殿のお仕事へでかけてこなくちゃね」
「ねぇ、そっちのは?」
とはいえ、俺、人間としても職業人としても最低ランクのレベル1。さすがにこれじゃあまずいだろう。
あ、いや、だからといって囚人としてのレベルをあげるのもどうなのかとも思うのだが。
ちょっと内心焦っていたら、俺の内心を見透かしたようにおバカ魔王が一冊の本と裁縫道具と布切れを手渡してくるわけで。
「これは?」
「今日はこれでも読んで、人間力を磨きなさいよ」
手渡してきた本のタイトルは『刺繍入門』
「えっと、まさか、俺に刺繍をしろと?」
「ええ、そうよ。当然じゃない」
もちろん、俺は即答したわけで、
「ことわる!」
「なら、あなた、永久に職業:囚人よ。しかも、ただの囚人のレベル1よ」
「……」
「……」
にらみ合いが続いた。俺の強固なプライドに支えられて、断固拒否の姿勢を貫き通す。
「喜んで、やらせていただきます」
というわけで、牢に戻って、針と布を片手にチクチクやり始めたのだが、これが始めてみると案外楽しかったりするのだ。意識を針先に集中しているうちに、雑念がどこかへ飛んでいく。明鏡止水とでもいうのか、心が澄んでどこまでも平穏な境地に入っていく。気が付くと、いつの間にか、日は傾き、薄暮があたりを包み始めていた。
――時間がすぎるのもあっという間だな。
意外とバカにできないな。
そうして、あらためて例の能力値をはかる卵を握ってみると、光の中に浮かんで見えたのは、レベル12の数字であり、職業:お針子見習い(レベル5)の文字だった。各能力値も上昇している。しかも、どれも二十台に乗っている。さらに、朝には何もなかったスキル欄には、ランニングステッチだとか、バックステッチだとか書きこまれているわけで。
うむ、大いなる成果が得られた。
そうして、俺は今日の成果に満足し、夕食を平らげて、寝た。
――明日はチェーンステッチに挑戦してみよう。