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「ねぇ、ダメ?」
「お断りです!」
「チェッ! ケチぃ~」
なんなんだ、この王女様は。どこの世界に自分の父親でもある国王を殺させようとする王女がいるっていうんだよ!
しかも、まるで傘でも借りるかのような気軽な雰囲気で。
「だいたい、あんたは聖女様じゃなかったのかよ?」
「あら? なに言ってんのよ。見ての通り、どこからどうみても聖女にしか見えないでしょ? うふ」
「どこの聖女様が、国王の暗殺なんかくわだてんだよ!」
「特にヘンなことでもないと思うのだけど?」
「十分、ヘンだよ!」
「あら? そうかしら? うふふふ」
なんなんだ? この王女様は。
「聖女様と言ったら、神殿の奥で国の繁栄や人々の安寧を神様に祈り、平和を愛し、争いごとを避ける。そういう存在じゃないのかよ!」
「別にあんたなんかに教えてもらわなくたって、そんなの知ってるわよ。ちゃんと私、中央神殿の奥で毎日の聖女のお勤めをしているし、ここ十年、毎朝の魔神様への祈りを欠かしたことはないわ」
「なら、なんで……」
思わず、睨みすえてしまっていた。
「……」
って……えっ?
目が合った。いっそ優しげといっていいような、まったく悪びれない瞳。
――ってか、魔神様?
「なんで、魔神?」
「決まってるじゃない、私が聖女だからよ」
「いや、聖女さまがなんで神様でなく、魔神に祈りを捧げるんだ?」
「あら? 知らないの? 魔神様も立派に神様の一人じゃないの」
「んなわけあるかぁ!!!!」
俺の怒鳴り声に、わざとらしく耳をふさぐ仕草をしてるし。なんかからかわれてないか、俺? ってことは、このやりとりって、実は最初から全部ジョークとか?
そうだよな。どこの世界に聖女が国王を暗殺しようだなんて……
「うるさいわね。怒鳴らないでよ。大体、なんで私がこの世界の神様なんかに祈りを捧げなきゃいけないのよ。あんな頭のおかしいヤツになんかさ」
「えっ?」
「どこの世界に、勇者と魔王が指先を触れ合わせただけであたり一帯が吹き飛ぶような大爆発起こす世界があるっていうのよ。おかげで、この世界の勇者であるお兄様とスキンシップもとることができないじゃない。まったく」
「えっと……?」
「知ってる? 他の世界、あなたたちにとっての異世界では、勇者と魔王とは分かちがたい運命で定められた固い絆で結ばれたふたりって呼ばれているのよ? 考えてもみなさいよ、勇者にとって魔王は、魔王にとって勇者は、その世界で唯一対等に付き合える存在なの。それ以外の存在は、隣に並び立つことすらできないの。だから、ここではない異世界では、大抵、勇者と魔王は固い友情で結ばれているものなのよ」
「は、はぁ?」
一体、なんの話だ?
「そして、ほとんどの場合、二人はお互いにひかれあい、恋をし、結ばれるの。それが勇者と魔王の真にあるべき姿なの。なのに、このイカれた世界と来たら……はぁ~」
「……」
「ねぇ? 聞いてる?」
「あ、え、はい……」
「この世界ときたら、勇者と魔王が触れ合うだけで大爆発おこすし。なんで、ここの神様ってヤツはそんなバカな設定をこの世界にほどこしたのよ。まったく!」
なぞの愚痴を俺は聞かされているのだが?
これは一体……?
「とにかく、そんなバカな世界設定をするような神に、なんで私が祈りを捧げなくちゃならないのよ。ありえないわ!」
「で、ですが、神様に祈らなければ、聖女の役割を果たせないんじゃ? 国中が天変地異に襲われて、大変なことになるのじゃ……」
「そんなの、わざわざ無能な神になんて祈らなくても、私の魔王の力で、ササッとどうにでもなる話じゃない」
「……!?」
「なんなら、勇者であるお兄様の力でもいいし」
「あ、あの。ミ、ミレッタ殿下。今、なんと?」
「ん? お兄様の力でも――」
「い、いえ、その前におっしゃったのは?」
「無能な神に祈らなくても――」
「いいえ、その後」
「えっと―― 私の力でどうとでもなる――」
「いま、単語を一つ飛ばしましたよね。わざとですよね」
「『ササッと』?」
「別の単語です!」
「……」
「……」
ミレッタ姫は俺に白い歯を見せニッと笑いかけてきた。無邪気で天真爛漫な笑顔で開き直ったように。
「だって、私、魔王だもの」
「聖女じゃなかったんかいっ!」
「バカね。そんなわけないじゃない」
「で、でも、確か洗礼式の神託では――」
「ああ、あれね。あれは、さっきの魔眼の力を利用して、神官長の精神に介入して『聖女なり』って無理やり言わせただけよ。けど、あの神官長には悪いことしたわね。おかげで虚言の禁の戒律だったっけ? 中央神殿に仕える神官になるための掟を破ることになってしまって、天罰で寿命が大幅に縮んじゃったのよね。洗礼式終わってすぐ後、あの神官長死んじゃったのよね。本当、悪いことしたわ」
「……」
「あ、でも、ちゃんとつぐないはしたのよ、私。そのあたりは義理堅いのよ。あの神官長の次の転生先は魔族なの。前世の記憶を持ったまま魔族に転生して、魔神様の神殿に仕えられるようにしてあげたもの。うん、私ってなんて親切。えらいわよね。ねぇ、ほめて。ほめて」
「……」
神官長にとっては戒律を破ってまで嘘つかされて寿命が縮まることよりも、そっちの方がはるかに迷惑だったのでは……?
と、ともあれ、憐れな神官長の冥福を祈る。
「なんてこった……」