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01

 世界オーガル・サーワッラ。そこの最大の大洋の中心に、どの大陸からも何千キロも離れてポツンと存在している小さな島がある。

 赤道の近くにあり、何万年も前から噴火がやんではいるが中央部には綺麗な円(すい)形をした火山がある島で、島全体がジャングルで覆われている。名実ともに完全なる絶海の孤島。無人島。

 だが、今は無人ではない。

 最近、海岸に面した丘の上にこじゃれたコテージが建てられた。そして今、その丘のすぐ下の海岸には大きなパラソルとデッキチェアが出ており、(くつろ)いでいる人影も見える。

 熱帯の強い日差しが降り注ぐ白砂の海岸。どこまでも白く、美しい。

 この島の周囲はサンゴ礁で覆われており、ひとたびその海に潜れば色とりどりの魚たちと思う存分に(たわむ)れることができる。そして、海岸の白い砂は時折島を襲う大嵐の波で細かく砕かれ打ち上げられたサンゴの欠片でできている。

 さらに、遠くへと目をやれば、濃い青に(いろど)られた大洋がどこまでも広がり、雲一つない真っ青な空と一直線の境をなしているのが見える。

 まさに南国の楽園そのもの。

 そんな景色を今、一人占めしているのは少女だった。

 日に焼けて健康的な小麦色の肌をした少女は、まぶしい太陽光を遮るサングラスをし、本当に隠すべきところしか隠しきれていない真っ白なビキニを身につけている。あどけない顔つきの見た目からは十五、六歳といったところか。なのだが、その年ごろの少女としては規格外なほどのメリハリがつきすぎる体つきをしている。そんな少女が隠すところが隠されているとはいえ、きわどい面積しかないビキニを身につけているのだ。地上波ではどこからか差し込んでくる謎の光が大いに活躍するのは間違いないだろう。

 そんな少女がすこしウェーブのかかった赤銅色をした長い髪をデッキチェアの端から垂らし、大洋から吹き付けて来る涼しいそよ風を全身にあびながら、今は眠っている。

 と、


「う、う~ん……」


 少女は、デッキチェアの上で寝返りを打つ。はずみで豊満な胸元が大きく揺れ、弾む。

 ポヨヨーン、ポヨヨーンとなかなか揺れが収まらない。

 それでも、少女は慣れたものでスヤスヤと一定のリズムを保ったまま寝息をもらし続けている。

 不意に、少女の傍らに気配が凝集し始めた。

 パラソルの陰からすこし外れたなんでもないサンゴが砕けてできた白砂の上。そこにしみのような影だけが生じようとしている。そばに光を遮るものがなにもないにもかかわらずだ。その影はしだいにその濃さを増し、ついには実体をともなった。

 しみのようだった影が、真っ黒な水たまりのようなものへと変化し、それもすぐに厚みを持った真っ黒なパンケーキに。さらに膨らんで(かさ)を増し、人の背丈ほどへと伸びていく。やがて、その人の背丈ほどの影は膨張を止め、今度は空気が抜けるかのように、しぼむ。人の形を(かたちど)るようにしぼんでいく。それにともない、真っ黒な影だったものが、淡い色彩を浮き上がらせ、ついには、人の形状と色合いをまとうようになっていった。

 そう、影は人へと変化したのだ。いや、より正確には影から人が生まれたといった方がいいのか?

 影の中から現れたのは、少女よりも十歳ほど年上に見える女だった。少女よりもさらに日に焼けた浅黒い肌をしているが、露出過多なのは同じといえ、はるかに健全といってよい漆黒のビキニを身につけている。もちろん、この程度の肌色ならば、謎の光が飛び交うなんてことはないだろう。

 とはいえ、体のメリハリは少女といい勝負なのだが。ただ――


 バサッ――


 女の背にはコウモリの羽が生えている。頭にはヤギの角。そして、尻からはトカゲの尻尾が……

 魔族だ。魔族の女が少女の傍らに出現したのだ。

 魔族の女は少女がデッキチェアの上で深い眠りに落ちているのを確認すると、蛇の舌で唇を舐めまわし、鋭くとがった牙をこぼしながら、少女の首元へ覆いかぶさるかのように身をかがめた。


 少女の首を()みちぎろうとしているのか!?


 いや、違った。


「魔王様。魔王様」


 魔族の女は耳元で少女を呼び、優しく揺り起こそうとしている。


「ん、んん~~~~」

「魔王様、お時間でございます」


 魔王と呼ばれた少女は、両手両足をいっぱいに広げながら大きく伸びをし、あくびをした。

 こちらは魔族の女とは違って、コウモリの羽もヤギの角もトカゲのしっぽも生えていない。その露出過剰な格好以外は極々普通の人間の少女だ。


「んん~~~~ よく寝たわ」

「お目覚めでございますか、魔王様?」

「うん、おはよう、サヌ」

「魔王様、冷たいお飲み物はいかがでしょうか?」

「ありがとう。いただくわ。寝起きでちょうどノドが渇いていたところなの」


 魔族の女はどこからともなく、手の中にグラスを出現させた。

 グラスの縁に色とりどりの南国のフルーツが刺しこまれた真っ赤な色のジュース。差し込まれているストローから一口吸い込めば、氷が入っているわけでもないのに、頭がキンとするような冷たさが感じられるよく冷えた甘いジュースだ。


「おいしっ」


 少女は頬を緩ませながら、ホッと息をはく。

 その様子を見つめながら、魔族の女は心底うれしそうに見る者をとろけさせるような笑みを浮かべていた。

 どこまでも平和で穏やかな時間がこのサンゴ礁に囲まれた島に流れていた。





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