イタリアンは昼か夜
初夏の薫りが心地よく、薄着で街を歩ける身軽さが楽しい。今なら何処まででも行けそうな気がする。実際は億劫になって行かない事が多いのだが、そういう気分にさせる不思議な季節だ。
テレビでは曇りやら急激な雷雨に注意と連日言っているが、今日はそんな事もなくスッキリとした青空が広がっていた。私は、せっかく晴れた休日なので新しい服でも買いに行こうと、ウインドウショッピングをしていた。
目的の物は買えたので、お昼を食べようとお店を探す。さっぱり済ませたい気もするが、せっかく外出しているのだから、豪華にしようかと考えていると、後ろから「佐奈!!」と呼ぶ声が聞こえた。声のした方を見ると、友人の若葉がいた。
「若葉!!久しぶり〜!!」
手を振ると、一纏にした長い髪を揺らしながら若葉が駆け寄ってくる。
若葉は高校の頃の友人で、就職してからも頻繁に会っていた。ただ、ここ2年くらいは転勤で九州に行っていたはずだ。
「どうしたの??帰って来てたなら教えてくれても良かったのに」
「ごめんね、戻って来たのは先週なんだ。引越しとかでバタバタしてたからさ」
「そうなんだ、お疲れ様」
「せっかくだし、もし時間があればランチでもどう??」
「いいね!!」
積もる話もあるだろうから、ゆっくり出来る近くのカフェに私達は入る事にした。
料理を注文して、運ばれてくる間、私達はお互いの近況報告をした。若葉は営業から商品開発部に異動になってますます忙しいらしい。入社当初から何も変わらない私からすれば、忙しい分輝いているように見えて羨ましい。
「全然そんな事ないよ〜。むしろやっかみが多くてね」
「やっかみ??」
「女の私が開発部に来たのを良く思わないらしく、小さい嫌がらせもあるのよ」
「何それ!!いい大人なのに」
「ほんとそれ〜。まあ負けたくないから知らないフリしてるけど」
冗談っぽく言う若葉だが、私ならきっと耐えられない。相談しようにも上司に見えないところでやるだろうから証拠も集めるのも難しいだろう。知らないフリを出来る心があるからやっていけるのだろう。尊敬の眼差しを向けていると、「そう言えば」と若葉が思い出したように話を変える。
「一昨日、美希に会ったよ」
その名前を聞いた瞬間、私はシラケた表情になってしまったのを自分でも分かった。若葉も驚いていた。
「どうしたのよ」
「……いや、ちょっと色々あって」
「……なるほど。美希が言っていた友人の1人ね」
「どういう事??」
あまり聞きたくないが、詳細は気になるので話の続きを促した。
美希も高校の友人のため、若葉とも面識がある。美希は若葉が苦手だった印象だが、大人になって変わったのだろうか。若葉が美希と会ったのは仕事を終えての帰り道だった。
「その日は遅くなったのよね。20時頃だったかな〜。外食にしようか買って帰ろうか迷ってたら、大きいキャリーケースに寄りかかってる美希がいたのよ」
運ばれて来たオムライスを食べながら若葉の話を黙って聞く。
「どうしたのか声掛けたら急に『泊めて』って言うのよ。急に言われても泊められないから断ったけど」
「それがどうして『友人の1人』に繋がるのよ」
「理由を聞いたら会社辞めたんだってね。それで友人の家を転々としてるらしいよ」
「なるほど……。まだそんな事やってるのね」
私は呆れて何も言えなくなった。若葉に私も美希を泊めた事、喧嘩して追い出した事を話した。私の話を聞いた若葉はお腹を抱えて笑った。
「み、美希らしい……。」
「ちなみに、他の友人達にも追い出されたの??」
「そうらしいよ。何でもつい最近追い出された理由は『イタリアンをいつ食べるか』らしいよ」
「…………また訳の分からない事を」
そんな事はその時の気分でも変わるし、人によって違うのに揉めてどうするのか理解出来なかった。
「そして美希の中では『イタリアン』はパスタじゃなくて『ピザ』を指すらしいよ」
「そんなの分かる訳無いじゃない!!」
人の事なのに何故か私が怒ってしまった。そんな面倒な事に出来れば金輪際、関わりたくないので遭遇したくない。
「………また会ったらどうしよう」
「声掛けなければいいんじゃない??美希から来たら逃げるしか無いけど」
「簡単に言ってくれるわね」
1度泊めてしまっているから、再び来ないとも限らない。喧嘩別れのようになったが、美希の事だから気にせずにやって来そうだ。
「………よし、なるべく会わないように外出控えるわ」
「そこまでしなくても……」
極端な対策に若葉は呆れつつも「頑張れ」と応援してくれる。乾いた笑みを浮かべながらお礼を言い、美希の話はそこで終わりにした。
それからは、若葉が帰らなければならない時間までデザートまでたっぷり堪能し、別れを惜しみつつも店を後にした。
若葉と別れ、家に帰る前に夕飯の材料でも買おうと、普段は行かない近くのスーパーへ足を運んだ。
すると、スーパーの前で何やら揉めている女性が2人いた。客同士の揉め事のようで、近くにいる店員らしき人がオロオロしている。迷惑だろうなと思い、なるべく近付かないように店に入る。
横切ったその時、女性の1人は知り合い、しかも会いたくないと思っていた美希だった。
何を揉めているか知らないが、どうせ夕飯のメニューとかだろう。私は顔を見られる前に、急いでその場から逃げ店内に入る。幸い、見つからなかったようで一安心して買い物をする。必要な物を買い、店を出る前に美希がいないか確認したが、出入口付近には姿は無かった。きっと店員に追い出されたのだろうと思い、店を出る。
その時、肩をポンッと叩かれた。驚いて振り向くとそこには満面の笑みを浮かべた美希が立っていた。
「み、美希……」
「久しぶり、佐奈。この前はごめんね〜」
何処に隠れていたのか、全く気づかなかった。この前の事などお構い無しににこやかに話しかける美希に、私は顔を引き攣らせつつ距離を取る。
「悪いけど、急いでるから……」
「そうなの??せっかくだからご飯でも行こうよ」
「無理。夕飯の材料買ってしまったから」
「そんなの明日使えばいいじゃん」
「嫌よ。今日はこれが食べたいって思って買ったんだから。さっき一緒にいた人と行けばいいじゃん」
「あれ??見てたの??」
見ていた事をバレていなかったのであれば黙っていればよかったと後悔した。何故、馬鹿正直に言ってしまったのだろう。そんな私の思いとは裏腹に美希は「さっきの人はね」と話し始める。
「元同僚なんだけど、社宅に入ってない人。だから、今泊めてもらってたんだけど…。夕飯の件で揉めちゃった」
聞いても無いのに美希はペラペラと話す。そして、揉めていた理由も想像通りだった。
「じゃあ謝ってお世話になればいいじゃん」
「無理よ」
「何で??」
「だってこれ以上付き纏うなら警察に言うって言われちゃったもん」
私は呆れて何も言えなかった。そこまで言われるなんて相当迷惑だったのだろう。だが、私はふと疑問が浮かんだ。
「………前から思ってたけど、何で実家に帰らないの??」
美希は頬を膨らませ、いじけたように話す。
「だって……兄夫婦が住んでるし、親に人様に迷惑かけるなって怒られてから帰ってない」
どうやら親には全て筒抜けのようで、美希も迷惑をかけた自覚はあるようだ。それならば大人しくホテルに泊まればいいのにと思ってしまう。
「………という訳で、また泊めてほし「嫌よ」えー!!」
どうして私がまた泊めてくれると思うのだろう。前回、喧嘩した事など忘れたのだろうか。
「また美希の訳分からないリクエストされたくないわ」
「そんな難しい事言ってないじゃない!!皆こだわり強すぎるのよ」
まるで自分は普通だとでも言いたいようだ。私からすればこだわりが強いのは美希だ。
「………ちなみに何で揉めたの??」
「夕飯にイタリアンを食べるか食べないか」
なんかついさっきも聞いたような内容だった。美希はイタリアンと言えば「ピザ」なので、夕飯にそんな高カロリーな物は食べたくなかったらしい。だが、元同僚の人はイタリアンと言えば「パスタ」なので、揉めたらしい。
「それは元同僚の人に賛成するわ」
「どうしてよ!!『和風パスタ』ってあるんだからイタリアンじゃないでしょ??」
どこから説明すれば良いのか分からず私は頭を抱える。と言うか早くこの場から逃げ出したい。
「和食じゃないから『和風』って名前がついてるのよ。それじゃ、私は帰るから」
「あ、ちょっと……」
後ろで美希が何やら騒いでいるが、私は聞こえないフリをして走って逃げた。申し訳ないが、これ以上関わりたくない。
走った勢いでそのまま駅に向かい、電車に駆け込むように乗り込む。ドア付近に寄りかかり、ようやく一息吐いた。
逃げたのはやりすぎだったかなと思ったが、面倒事に巻き込まれてストレス抱えるよりは良いだろう。美希には申し訳ないが、他を当たってもらう。
「……夕飯、どうしよう」
買った食材を見つめて私は1人で呟いた。若葉と話してて、イタリアンの話になったからパスタでも作ろうかと思って買った。
だが、美希に会ってすっかりそんな気分じゃ無くなってしまった。
イタリアンを見る度に、暫くは美希の顔がチラつきそうだ。パスタは長持ちするから、今日は違うメニューにしよう。冷蔵庫に何があったか思い出しながら、静かに電車に揺られる。
日は落ち始め、ビルの隙間からオレンジ色の太陽が覗いている。明日からは天気が崩れるらしい。束の間のオレンジ色を堪能しようと、私は駅に着くまでずっと窓の外を眺めていた。
「朝食はハムエッグ」の続編になります。