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第6話 妥協

 ローレル村はシュトリーナ教国の中でも辺境にある。そのローレル村のさらに外れにある部屋に俺は監禁された。


 だだっ広い正方形で、中央にはテーブルと椅子が二脚。それきりしかない部屋。


 そもそも、俺が何の罪を犯したというのだろうか。人の傷を癒す。そのことが神聖教典の禁忌に触れたというのなら、完全に狂った教えだ。


 とはいえ、日本や世界の法律だって、似たようなものだ。ずる賢い奴は法を上手く利用して大儲けし、弱者はバカを見る。


 そういえば、会社にも下らない規則がいろいろあったっけ。残業代が30分単位でしてか払われないとか。ルールと言われればそんなものかと思うが、よく考えてみればおかしい。


 人間の決めたルールなんて、所詮そんなものだ。善悪の基準という鋼鉄の鎖でがんじがらめにされた弱者が今日も泣いている。この世界で言えば、俺がそれに当たるのだった。


「あああ、かわいそうに。あなたは低級の悪魔に取り憑かれています。きっと、その悪魔が悪さをしているのでしょう。農民の子が、わずか十歳程で魔法が使えるようになるはずはないのですから」


 人の良さそうな表情で、噛んで含めるように教え諭すのは、神官のような服装をした初老の男。神罰隊二十七団の団長とのことだ。ローレル村は二十七団の管轄の為、俺の尋問をしている。


「わ、わたしは悪魔になんか……」


「怖がらなくてもいい、安心なさい。すぐに救ってあげましょう。フィナ。悪魔祓いをしてあげなさい」


「……『悪魔祓(デビル・スイープ)』」


 フィナと呼ばれた女の子は不機嫌にも見える程に無表情のまま、俺に掌を向ける。目映い光が放たれた。やや切れ長の黒目で、黒髪ロングの美少女だ。俺と同じくらいの歳のようだが、魔法を使えるとは余程才能のある子なのだろう。


 十秒程魔法を放った後で、フィナは呟いた。


「……取り憑かれてない」


「何ですと? 間違いではないのですか?」


「……間違いない。邪な魔力を感知出来ない」


「と、言うことは……」


「……私では感知が出来ない程、上位の悪魔に憑依されているか、もしくは」


 フィナはふいに剣を抜き、俺を睨む。その綺麗な剣と同じくらいに目を光らせて。


「……この子自身が、悪魔」


「ち、ちょっと待てっ!」


 掲げた剣の先から迸る魔力が、まるで鞭のようにしなって俺の身体を撃つ。


神罰鞭(ペナルティ・ウィップ)


「ぐはっ!」


「……口はいくらでも嘘をつける。身体に聞いた方が早い。どんな悪魔でも、やがては身体から出ていくはず」


「ぐうっ!」


 数メートル程吹き飛ばされた俺は、部屋の壁に激突した。痛い。痛い。


「あああ、かわいそうな子。エリアスティーゼ様の御力の前では悪魔も無力。早く消え去るといいが」


 休む間もなく、光の鞭がしなる。痛い。痛い。痛い。このままでは、俺は死んでしまうだろう。


 何より、俺は身体よりも心を撃ち据えられているような気がした。不条理に負けたくないという、俺のプライドを。


 前世で俺が死んだのも、そのちっぽけなプライドを守ったからだ。会社の不正を見過ごすことなど出来なかった。


 シュトリーナ教の教えは訳がわからない。苦しむ人の傷を癒しただけで、なんで俺がこんな目に逢わなくてはいけないのか。


 フィナとかいう小娘が使う魔法も訳がわからない。どういう原理で、光る鞭が出現するのか。


 なんで俺がこんな世界に生まれ変わってきてるのか、わからない。わからない。ワカラナイ。ワカラナイ。ワカラナイ……。


 光の鞭で攻撃されながら、渦のように出口のない思考が駆け巡る。時間にしては、恐らく十秒も無かったかもしれない。


 そして、頭の中が沸騰するように熱くなった瞬間、俺は反射的に魔法を使っていた。


聖炎(ホーリー・ファイヤー)』」


 掌から放たれる巨大な火球。部屋の空気が一瞬にして熱せられた。驚いたフィナは光を身に纏わせるが、直後に豪火が直撃。


「……あり、えないっ!」


 せめぎ合う炎と光。数秒後、光の鎧は消失。フィナは炎に包まれた。


「……あ、ああっ!」


 火傷を負い、崩れ落ちるフィナ。団長は、そんなフィナには目をくれず、うっとりと炎を見つめている。


「ななな、なんと……! これはまぎれもないエリアスティーゼ様の魔力! 美しい! 美しいっっっ!」


 俺の身体から立ち上る膨大な魔力に、団長は魅せられていた。赤と金を混ぜたようなオーラが部屋中を照らしている。


「……こんな魔力が出せるなんて信じられない。この子は、生かしてはおけない。必ず、教国に仇なす者になる!」


 よろめきながら立ち上がったフィナが、剣で切りかかってくる。


 俺は腹が立っていた。この世界の全てに。そして、俺のちっぽけなプライドそのものに。


 でも、もう俺には、このプライドしか残ってない。


聖炎(ホーリー・ファイヤー)!』」


 再度、聖なる炎を放つ。この世界を滅ぼすつもりで放った魔力を前に、フィナは絶望的な表情を浮かべた。


 その刹那。


「リカーレちゃん!」


「リカーレ、やめるっぺ!」

 

「お父さま、お母さま……?」


 両親が、部屋の扉を開けて飛び込んで来た。


 フィナに炎が当たる直前で、俺は魔法をキャンセルした。あと1秒でも遅かったら消し炭になっていたことを想像したのか、フィナはヘナヘナと膝をついた。


「目を覚ますっぺ! 元の可愛いリカーレちゃんに戻って!」


「団長様、リカーレは悪魔なんかじゃありません、親孝行で優しい子です。そうだな? な? リカーレ?」


 見るからに貧しい服装の両親が、目に涙を浮かべて団長に直訴している。


 本当に不思議なことだが、なんだか、俺はその二人の暖かさが、この世界で唯一の真実のように思えた。


「あああ、哀れな民草よ。救い難き者にも、エリアスティーゼ様は御手を差しのべる。それでは、リカーレに聞こう。汝は、エリアスティーゼ様の御教えを信ずるか?」


「……」


 正直に言えば、もちろん信じてない。前世の俺であれば、即座にNOを突き付けただろう。


 だが、両親の涙が俺を捕らえて放さない。二人の姿は、前世で勤めた会社の社長とも重なっていく。


 俺が前世、命をかけて守ってきた正義が、氷のように溶けて小さな固まりになっていく。


「はい。信じています」


「それでは、汝の過ちを詫びるのだ。エリアスティーゼ様は寛大な御方。心より改心するのであれば、此度は許そう」


「はい。本当にごめんなさい」


「……行けません、団長。神罰隊に歯向かう者は、例外無く死刑のはずです!」


「黙りなさい。フィナ」


 柔和な表情が一変。冷たい言葉の響きは、さながら喋る冷徹だ。あまりの迫力に、フィナも俯いた。


「リカーレよ。汝の改心を受け取りました。今後は教国の為に尽くすように。そして、汝の才能を見込んで、修道院への加入を許可する」


「……団長、いけません!」


「黙りなさい」


 フィナはビクッと身体を震わせ、口を結んだ。


「はい。ありがとうございます」


 修道院がどういう組織なのかは不明だが、ここで拒否することは出来ない。


「良かったぁ! リカーレ!」


「リカーレちゃん! リカーレちゃん!」


 涙ながらの抱擁。両親の体温は『聖炎(ホーリー・ファイヤー)』」よりも熱く感じた。


 不条理は何よりも嫌いだが、俺には二人の笑顔の方が重かった。


 ただ、これで本当に良かったのか?


 心にほんの少しの凝りを残して、俺は両親を抱き締め返すのだった。

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